Eye of the Lens by The Comsat Angels(1981)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「Eye of the Lens」は、イギリスのポストパンク・バンド**The Comsat Angels(コムサット・エンジェルズ)**が1981年にリリースしたシングルであり、同年発表のセカンドアルバム『Sleep No More』のセッションから生まれた、彼らの芸術性と批評性が最も純化された一曲である。

この楽曲の中心にあるのは、**「見ること」「見られること」「監視と自己認識」**というテーマだ。「Eye of the Lens(レンズの眼)」というタイトルは、カメラの視点=外部の目線を象徴しながら、現代社会における自己の分裂とアイデンティティの不確かさを暗示している。

歌詞には明確な物語性はないが、無機質な視点とそれに晒される存在との関係性が、暗喩的に描かれていく。「I see you through the eye of the lens(レンズの眼を通して君を見る)」という一節は、人間同士の関係が直接的でなくなることの不安や隔絶感を象徴しており、**メディアやテクノロジーを介した現代的な感情の“距離”**を浮き彫りにする。

冷たく張り詰めたサウンドと、スティーヴン・フェロウズの抑制されたボーカルは、まるで都市の片隅から呟かれるようで、匿名性のなかに沈む主体の感情を静かに描いている

2. 歌詞のバックグラウンド

The Comsat Angelsは、1980年代初頭のイギリスで、Joy DivisionやThe Sound、Echo & the Bunnymenと並んで陰鬱さと知的鋭さを併せ持つポストパンクの中核を担ったバンドである。セカンドアルバム『Sleep No More』は、デビュー作『Waiting for a Miracle』よりもさらに音響的に重厚で緊迫感のある作品となっており、時代の不安を“音の空間”そのもので描く試みがなされていた。

「Eye of the Lens」はアルバム本編には収録されず、シングルとして独立して発表されたが、その不穏な美しさと哲学的なテーマ性によって、ファンの間ではカルト的な評価を得ている楽曲である。

リリース当時、イギリスではサッチャー政権下での経済不安、失業、階級間の緊張が高まり、社会に対する信頼が薄れていく時代だった。そうした背景の中でこの曲は、個人が“見られていること”によって内面を抑圧され、やがて自分の存在意義すら揺らいでいく感覚を、冷静かつ芸術的に表現している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“I see you through the eye of the lens”
君を見ている レンズの眼を通して

“As you turn away, I turn to stone
君が背を向けると 僕は石のように固まってしまう

“And I feel like nothing at all”
まるで何者でもないように感じてしまう

“But I remember your shape, your voice”
それでも僕は覚えている 君のかたちと声を

“You’re recorded, you’re replayed”
君は記録され 繰り返し再生される

引用元:Genius

4. 歌詞の考察

「Eye of the Lens」は、極めて視覚的かつ概念的な構造を持った楽曲である。
ここで語られる“レンズの眼”は、単なるカメラの比喩ではない。それは社会的な視線、メディアによる凝視、あるいは自己を客体化する意識そのものを象徴している。

語り手は「見ている」立場にありながら、同時に「見られている」存在でもあり、そこには観察と被観察の倒錯的関係がある。
そして、見られることによって自己が“何者でもなくなっていく”という不穏な感覚が、静かな恐怖として滲んでくる。

この歌詞の中で印象的なのは、「You’re recorded, you’re replayed」というフレーズである。
それは現代的な存在のあり方——**一度記録された映像や声が、本人の知らぬ間に繰り返し再生されていくという“主体の喪失”**を象徴している。

また、「As you turn away, I turn to stone」というラインには、他者との関係性によって自己の存在感が規定されているという依存性が表れている。君がいなければ、自分は「石」のように動けず、感じることすらできない——そこには、個人が社会や他者の視線に囚われすぎてしまうことの危うさが込められている。

全体を通して、「Eye of the Lens」は近代的主体の崩壊と、視覚メディアによる感覚の置換というテーマを、ミニマルで美しいポストパンクの音像に乗せて見事に描き切っている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Watching You Without Me by Kate Bush
     視覚と距離、記憶と実体の関係を幻想的に描く、ポストモダンな音の詩。

  • The Eternal by Joy Division
     喪失と追憶、存在の希薄さを極限まで研ぎ澄ませたメランコリックな終末曲。

  • All Cats Are Grey by The Cure
     意味と感情の輪郭が失われていく様を、沈黙と色彩の消失として表現した楽曲。

  • The Fire by The Sound
     内面の崩壊と再構築を、轟音の中に埋め込んだ、ポストパンクの真髄。

  • Camera by R.E.M.
     被写体としての他者と、視る自分自身の関係性に潜む喪失感を描いた名曲。

6. 見ることの暴力、記録されることの孤独——「目のレンズ」が映し出す現代の肖像

「Eye of the Lens」は、1980年代の社会的閉塞感を背景に、“見る”という行為そのものが持つ暴力性や、視覚情報に支配される存在の脆さを音楽として定着させた作品である。

それは、インターネットやSNSによって“常に見られている”感覚が当たり前になった現代において、むしろ当時よりもさらにリアルに響く。
自己の輪郭が外からの視線で形作られてしまうとき、人はどこまで“自分自身”でいられるのか。

The Comsat Angelsは、その問いを40年以上前に投げかけていた。
そしてその答えは今も見つからない。だからこそこの曲は、今という時代にこそ再び聴かれるべき、静かで鋭い預言書なのである。

「Eye of the Lens」は、見ることの暴力と、見られることの孤独を音に変えたポストパンクの鏡像——視線と存在の深層を、音のなかに封じ込めたモダンな寓話である。

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