発売日: 2003年10月21日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポップロック、アコースティック・ポップ
「誰かのためにすべてを」ではなく、自分自身の声を探して——バネド流“多声”のあり方
2003年にリリースされたBarenaked Ladiesの6枚目のスタジオ・アルバムEverything to Everyoneは、そのタイトルが示す通り、“あらゆる人に応えようとすること”の限界とジレンマをテーマにした、深く内省的な作品である。
ポップバンドとしての人気を確立した彼らが、それと引き換えに失ってしまいかけた“自分たちの声”を探しに出た旅路のようなアルバムだ。
軽妙なユーモア、耳馴染みのよいメロディ、ラップ調の語りと美しいハーモニー。
これらおなじみの“BNLらしさ”は健在だが、その裏側では、メディア・文化・人間関係への疑問や批評が鋭く鳴っている。
“すべてを与えようとして、自分が空っぽになっていく”—そんな現代的感覚が、彼らなりのスタイルで描かれている。
全曲レビュー
1. Adlib
静かで不穏なイントロダクション的ナンバー。
即興(アドリブ)というタイトル通り、予定調和ではない始まりを提示する、BNL流の“序章”。
2. Testing 1, 2, 3
感情の揺れや不安を、シンプルなメロディに乗せて歌うオルタナ・ポップ。
「音が出てるか?」「感情は届いているか?」と問いかけるような、自己確認の一曲。
3. One Week
※収録なし(過去作Stuntに収録)
4. Upside Down
明るいメロディと反比例するような、内省的でアンバランスなリリックが光る。
「世界が逆さまに見える」という感覚が、不安と再構築のモチーフとして響く。
5. War on Drugs
アルバム随一のシリアスで重厚なバラード。
個人の内面と“戦い”のメタファーが絡み合う、深くエモーショナルな楽曲。
Pageのソウルフルな歌声が静かに胸を打つ。
6. Aluminum
素材“アルミニウム”を比喩に用いた、儚くも硬質なポップソング。
人間の感情と人工的な物質の対比が美しく、異色ながら印象に残る。
7. Bank Job
銀行強盗を題材にしたストーリーテリング調ナンバー。
コメディの皮をかぶった“失敗の物語”であり、BNLの物語性が存分に発揮されている。
8. Finish Line
レースに喩えた人間関係の終焉。
“ゴール”にたどり着くことよりも、その途中にあるすれ違いと疲弊を描いている。
9. Second Best
「2番手で構わない」と言いつつ、その裏にある諦念とアイデンティティの揺らぎが垣間見える。
ポップな装いで痛みを描く、BNLらしいナンバー。
10. For You
誠実で穏やかなラブソング。
「君のためにできること」をひとつずつ並べながら、深い信頼関係を静かに紡いでいく。
11. Shopping
買い物という日常行為を通して、現代消費社会の空虚さを風刺した一曲。
軽快でダンサブルなビートに、皮肉がにじむ。
12. Unfinished
未完成のまま残された感情、語りきれなかった言葉たちを描いた静かなバラード。
アルバムの終盤にふさわしい、優しくも切ない余韻。
13. Maybe Katie
Katieという名前の女性をめぐる、可能性と現実の狭間の物語。
RobertsonとPageのヴォーカルが掛け合いのように交差し、愛の曖昧さを軽妙に描いている。
14. Another Postcard
本作唯一の“ラップ×サビ”スタイルによるキャッチーなナンバー。
猿のポストカードが大量に届く、という奇妙な設定をコミカルに描きながら、現代コミュニケーションへの風刺がにじむ。
アルバムのプロモーション・シングルとして異彩を放った。
総評
Everything to Everyoneは、Barenaked Ladiesがポップの表現者として到達した、ある種の“分岐点”のアルバムである。
彼らはこの作品で、リスナーに「何でもなろうとする」ことの限界を示すと同時に、そこに潜む自意識や不安、優しさをも包み込んだ。
言葉の選び方、音の抜き差し、感情の抑制と爆発——そのすべてが精緻でありながら、あくまで人間的な温度を保っている。
彼らが“万人のため”をうたう時、それは決して八方美人ではなく、「すべての人に、何かしら響く自分」を模索する行為だったのだろう。
笑えて、考えさせられて、そっと心に残る。
Everything to Everyoneは、そんなアルバムである。
おすすめアルバム
- R.E.M. – Up
電子音と静謐な詩情が同居する、90年代後期の内省的名盤。BNLの陰影に通じる。 - Guster – Keep It Together
感情の陰影とポップメロディのバランスが光る、BNLと並ぶ良質ポップの担い手。 - Wilco – Yankee Hotel Foxtrot
実験と誠実さの融合。メディア批判や自己喪失といったテーマの共通性が強い。 - Ben Lee – Awake Is the New Sleep
優しいメロディと前向きなリリックで、BNLのポップサイドを好むリスナーに響く。 - Aimee Mann – Lost in Space
皮肉と叙情の狭間で揺れる視点が、Pageのソングライティングと重なる部分が多い。
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