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楽曲概要
“Evergreen”は、Soccer Mommy(ソッカー・マミー/ソフィー・アリソン)が2022年のアルバム『Sometimes, Forever』に収録した楽曲のひとつであり、自己否定と執着、羨望と崩壊が織り交ぜられた、極めて繊細で残酷な愛の記録である。
タイトルの“Evergreen(常緑樹)”は、愛される“誰か”の象徴として登場する。季節が変わっても変わらず美しい存在=“彼女”と、それに劣等感を抱く“私”という構図が、この曲の核心にある。
この曲は、愛を求めながらも自分ではない誰かが“理想”として存在していることに気づき、自己の存在価値を揺さぶられる痛みと絶望を、やさしくも鋭く描いている。
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歌詞の深読みとテーマ
“She’s evergreen, and I’m just some wilted leaves”
→ 彼女は常に美しく生き生きとしているのに、私は枯れた葉のように色褪せていく。
この一節は、自己評価の低さと、“理想的な他者”に対する執着を象徴している。
“Evergreen”という言葉が持つ「変わらない」という意味は、
愛されること、記憶に残ること、美しさが永続するという幻想と結びつく。
対して、“私”は変わってしまう、価値を保てない、忘れ去られる。
この非対称な構図の中で、語り手は自分を愛してくれなかった相手に怒っているのではなく、自分が“evergreen”でなかったことを恥じている。
これは、ただの失恋ではない。
「自分が“あの子”だったらよかったのに」という、自己喪失に近い感情が込められている。
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音楽的特徴と構成
- 抑制されたギター・アレンジ:
柔らかく響くアルペジオが全体を包み込み、リリックの“内なる声”を静かに浮かび上がらせる。 - ボーカルの親密さ:
ウィスパー気味の囁くような歌唱が、リスナーの耳に“直接話しかけてくる”感覚を生む。
この歌は叫ばない。だからこそ痛みが濃く染み込む。 - 構成のミニマリズム:
大きな展開やビートの高揚はなく、感情が停滞する空間を維持し続けることで、より深い“感情の染み”を残す。
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位置づけと意義
“Evergreen”は、アルバム『Sometimes, Forever』の中でも最も内省的かつ傷ついた側面を象徴する楽曲である。
この曲は、Soccer Mommyが常に描いてきた「他者と比べられる自分」というテーマの集大成とも言え、
『Clean』での“Your Dog”の怒り、『Color Theory』での“Yellow is the Color of Her Eyes”の喪失に続く、
“私ではない誰か”をめぐる感情の完結編のようにすら聴こえる。
愛されたい。でも愛されたのは“あの子”だった。
その事実を、怒りや恨みではなく、ひたすらに自分を責めるかたちで表現する。
その残酷さこそが、“Evergreen”の美しさであり、Soccer Mommyらしさなのだ。
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関連楽曲のおすすめ
- Snail Mail「Speaking Terms」
関係の中で感じる“自分でないこと”への悲しみと怒り。 -
Mitski「First Love / Late Spring」
“自分が誰かに変われない”痛みを繊細に描く名曲。 -
Phoebe Bridgers「Moon Song」
自己卑下と愛の不均衡を、呟くように歌いあげるバラード。 -
Julien Baker「Appointments」
愛されなかった記憶の静かな再訪。 -
Lucy Dacus「Thumbs」
他人への嫉妬と自己の不在が交差する、リスナー殺しのバラード。
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歌詞と文化的背景
“Evergreen”は、ただの恋愛ソングではない。
それはZ世代に特有の自己比較、承認欲求、存在証明の不安が音楽として可視化された一曲であり、
とりわけSNSによって“他者が永遠に美しく見える世界”において、この楽曲はその呪縛を静かに告白する歌でもある。
Soccer Mommyはここで、
「永遠になれなかった“私”」を静かに弔いながら、
その不完全さこそが“真実の私”であるという、ひとつの受容の瞬間を記録している。
そしてその痛みと美しさが、聴く者の中にも静かに根を張っていくのだ。
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