発売日: 2021年1月15日
ジャンル: ポストパンク、アートロック
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概要
『Drunk Tank Pink』は、Shameが2021年に発表したセカンド・アルバムであり、彼らの音楽的成熟と精神的深化を示す重要な転機となった作品である。
前作『Songs of Praise』で見せた若さゆえの怒りと衝動は、今作ではより構築的で内省的な形へと変化している。
タイトルの「ドランク・タンク・ピンク」とは、精神の鎮静効果があるとされるピンク色の独房から引用された言葉であり、アルバム全体が自己との格闘と沈静化をテーマにしている。
制作はコロナ禍直前の2019年から2020年にかけて行われ、メンバーが長期ツアーの反動で直面したアイデンティティの崩壊、不眠、孤独といった心の乱れが、作品全体に深く染み込んでいる。
レコーディングはプロデューサーのJames Ford（Arctic Monkeys、Foalsなど）を迎え、サウンドは前作よりも遥かに洗練され、よりリズム重視のコンセプトが強く表れている。
曲によってはTalking HeadsやLiars、さらにはGang of Fourといったアートパンクの流れも色濃く感じさせ、音楽的にも明らかにレンジを広げている。
Shameはここで「外に向けた怒り」から「内に向かう問い」に転じており、その変化が音と言葉の両面において明瞭なのだ。
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全曲レビュー
1. Alphabet
不穏なギターのカッティングとマシンのようなドラムで始まる一曲目。
リズムの緊張感が張り詰める中、繰り返される「Are you waiting to feel good?」という問いが、無感覚な社会への違和を煽る。
開幕から知的かつ肉体的な緊張を強いられる。
2. Nigel Hitter
シニカルな日常描写と反復するリズムが印象的なポストパンクナンバー。
ツアー後の「規律のない日々」と「空虚な自我」への苛立ちが浮き彫りとなる。
奇妙に跳ねるビートが、心の落ち着かなさを体現しているようだ。
3. Born in Luton
ノイジーで重たいギターと共に、感情が爆発的に吐き出される楽曲。
家庭や出自、個人史への問いかけが込められており、感情の起伏が音の波となって押し寄せる。
特に中盤以降のうねる展開が強烈なカタルシスを生む。
4. March Day
タイトなドラムとミニマルな構成で進む、短くも鋭い一撃。
ルーティン化した日常に対する疲弊と嘲笑が込められた一曲である。
Shameの特徴でもある「語り口調」のボーカルが特に映える。
5. Water in the Well
サイケデリックなギターのフレーズとグルーヴィーなベースラインが耳に残る。
タイトルの井戸の水は、渇望と虚無の象徴のようにも思える。
聴けば聴くほど深みに引き込まれる構成が秀逸。
6. Snow Day
アルバム随一のスケール感を持つ長尺トラック。
静と動の対比が劇的に展開し、曲の終盤にはノイズが感情の限界点を突破するように膨れ上がる。
孤独な冬の時間を象徴するようなサウンド・ドラマ。
7. Human, for a Minute
ピアノをフィーチャーした静謐なミディアムバラード。
「人間でいる」というテーマが、優しくも痛々しく響く。
前作にはなかった繊細な感情の表現がここにある。
8. Great Dog
再びテンションの高いポストパンク調へ回帰。
不穏なメタファーとともに、荒々しく生々しい演奏が突き抜ける。
狂気寸前のテンションが、Shameの本質を凝縮している。
9. 6/1
拍子の変化が特徴的な実験的ナンバー。
構造に歪みを持たせることで、心理的な不安定さを音で表現している。
アルバム後半における重要なエッジ。
10. Harsh Degrees
早口のボーカルとノイジーなギターが交差する、攻撃的なショートトラック。
「現実の温度差＝Harsh Degrees」は、疎外された若者の感覚そのものだ。
皮肉と怒りのエッセンスが凝縮されている。
11. Station Wagon
静かに幕を開け、やがて崩壊するように高まっていくラストトラック。
個人の精神崩壊、または再構築の過程をなぞるような展開がドラマティックである。
旅の終わりを象徴するような曲であり、「今」のShameを象徴している。
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総評
『Drunk Tank Pink』は、Shameが「バンドとしてどう生きるか」という問いを突き詰めた結果として生まれた、内的な緊張感と実験性に満ちた傑作である。
前作が「外部への怒りと衝動」だとすれば、本作は「内部との対話と迷い」に満ちている。
音楽的にも飛躍が見られ、ミニマリズム、変拍子、ポストパンクに限らない引用が随所に散りばめられており、音響的にも濃密なアルバムとなっている。
James Fordのプロダクションが音に奥行きを与え、ライブハウス的なラフさではなく、抽象画のような知的な配置感が際立っている。
ギターの質感やドラムの硬さ、空白の使い方まで含めて、まるで精神空間を音で描いたかのようなのだ。
リスナーは、感情が昂るわけでもなく、癒されるわけでもない。
むしろ「落ち着かないまま考え続ける」ことを強いられる。
それがこの作品の持つ異様な吸引力である。
Shameは『Drunk Tank Pink』によって、UKポストパンクの中で一段と高い位置へと上がった。
怒りだけではなく、「虚無」「内省」「崩壊と再構築」という、より深い情動を音楽にできることを証明している。
この作品は、2020年代初頭の若者たちが抱える孤独と焦燥のリアルな写し鏡なのかもしれない。
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おすすめアルバム（5枚）
- Squid『Bright Green Field』
音の構築性と実験精神において、本作と双璧をなす2021年のポストパンク代表作。 - Black Country, New Road『For the first time』
内省的な歌詞とクラシック的構成が特徴の知性派アートロック。 - Talking Heads『Fear of Music』
Shameのリズム面の影響源。アフロビートとアートパンクの融合。 - Preoccupations『New Material』
無機質かつ精神的なテーマに踏み込んだカナダ産ポストパンク。 - Ought『Room Inside the World』
知的な歌詞とミニマリズムに傾倒したモントリオールのポストパンク。
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6. 制作の裏側（Behind the Scenes）
『Drunk Tank Pink』の制作は、バンドメンバーが共有していた一軒家での閉鎖的な生活から生まれた。
ボーカルのCharlie Steenは、壁をピンクに塗った自室（＝Drunk Tank Pink）で、不眠症と向き合いながらリリックを書き連ねていたという。
まるで「精神の監獄」で過ごすかのような時間の中で、音楽は必然として生まれたのだ。
また、プロデューサーのJames Fordの影響で、バンドはリズムと構造への探究を深め、ライブ重視だった初期の荒々しさから一歩距離を置いた。
機材面でもドラムに複数のマイクを使用し、音の残響と密度を重視する方向に舵を切っている。
このようにして完成した『Drunk Tank Pink』は、ライブ感というよりは「室内に閉じ込められた心の音」を描く、音響的にも緻密なアルバムなのである。
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