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概要
「Drive」は、Gretel Hänlynが2023年にリリースしたEP『Head of the Love Club』の冒頭を飾る楽曲であり、逃避と孤独、そして疾走することでしか得られない“感情の仮初めの自由”を描いたオルタナティブ・ロックナンバーである。
グランジとドリームポップの中間を漂うようなサウンドに、彼女特有の低音ヴォーカルが重なり、不穏でありながらどこか温かい情感を帯びている。
この楽曲は単なる“逃避行ソング”ではなく、「動くことでしか自分を見失わずに済む」という切迫した内面がにじむ作品なのだ。
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歌詞の深読みと文化的背景
「Drive」という言葉は、単に車を走らせるという行動にとどまらず、衝動(drive)、動因、欲望といった心理的なレイヤーも持ち合わせている。
Hänlynはこの楽曲で、「動き続けることで自我を維持する」という現代的ジレンマを、非常に詩的に提示している。
歌詞には、場所や人物、時間の明確な描写はほとんどなく、むしろ“空白”の中をひたすら進むような、モンタージュ的なイメージが連なる。
それはリスナーの中の記憶や感情を引き出す仕掛けとして機能しており、「これは誰かの話」ではなく、「私たち全員の話」として聴こえてくる。
また、都市の夜、ヘッドライトの光、ラジオのノイズ——こうした“ドライヴの風景”が暗示するのは、デヴィッド・リンチ的なアメリカーナの幻想や、90年代以降の“ロードムービー的感性”でもある。
特に女性アーティストがこの主題に向き合う時、それは自己決定と逃避、被写体から主体への転換といったフェミニズム的視点を含むことが多い。
「Drive」はそうした文脈の中で、Z世代の孤独と衝動を、スタイリッシュでありながらも剥き出しに描いた、新しい“心の移動”の物語なのである。
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音楽的特徴
イントロはドリームポップ風のエフェクトギターとロー・ファイなリズムで始まり、やがて歪んだギターがゆるやかに重なっていく構成。
ビートはスロウでタイト、しかしどこか“突き動かされる”ような推進力がある。
Hänlynのボーカルは、非常に低く抑制されているが、時折見せる微細な揺らぎやため息のような語尾が、逆に強い感情の余韻を残す。
その歌い方は、Lana Del Reyの冷静さとPJ Harveyの切実さの中間にも感じられる。
サウンド全体には、あえて“空白”を活かしたプロダクションが施されており、音数の少なさが“逃げ場のない空気”を表現しているようでもある。
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特筆すべき点
- 「ドライブ=逃避」ではなく「ドライブ=生存」の比喩
—— 単なるロマンティックな逃避ではなく、自己を保つための儀式としての“運転”という構図がユニークである。 - 静かに燃える衝動の描写
—— エモーショナルな爆発ではなく、抑制の中に込められた切迫感が、よりリアルで普遍的な感情を引き出している。 - ジェンダー的読み解き
——「女性がひとりで夜の道を走る」というシチュエーションには、危険と解放、両方の意味が内包されている。それをGretel Hänlynは、恐れずに美しく描いている。
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結論
「Drive」は、Gretel Hänlynの作品群の中でも特に映画的な感触を持つ楽曲であり、その余白と静けさ、言葉にならない焦燥が、じわじわと心を侵食してくる。
それは「逃げているようで、実は立ち向かっている」すべての人にとってのアンセムであり、現代の“移動する孤独”を象徴する1曲である。
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