1. 歌詞の概要
『Disco Yes』は、Tom Mischのデビュー・アルバム『Geography』(2018年)に収録された楽曲であり、彼の音楽性の核である“ジャズ、ファンク、ネオソウルの融合”を、ディスコ・グルーヴのフィルターを通して現代的に再構築した、ダンサブルで軽快な一曲である。本作では、ロンドンのSSWであるPoppy Ajudhaをフィーチャーし、対話的なヴォーカル構成が印象的な仕上がりとなっている。
歌詞の内容は一見シンプルで、「君とまた踊りたい」「あの夜に戻りたい」という願いが繰り返される。しかしその背後には、過ぎ去った関係や、かつての熱量を追い求める切なさが潜んでおり、表面的な陽気さとは裏腹に、内省的でノスタルジックな感情が滲み出ている。
タイトルの“Disco Yes”という言葉は、明確な意味を持たない曖昧な造語のように聞こえるが、そこには「音楽と感情に身を任せたい」「もう一度あの高揚を取り戻したい」という願望が込められている。夜、音楽、記憶、そして“もう一度”への渇望。それらすべてが、軽快なグルーヴに乗せて描かれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Tom Mischは、自宅のベッドルーム・スタジオからキャリアをスタートし、インターネットを通じて広がる音楽コミュニティの中で支持を獲得してきたDIY系アーティストであるが、その音楽には驚くほどの完成度と即興性、そしてアナログな温もりが同居している。
『Disco Yes』は、そんな彼のプロダクション技術とグルーヴ感がもっとも分かりやすく表れた楽曲の一つであり、フィーチャリングされたPoppy Ajudhaのソウルフルな歌声が、その魅力をさらに引き出している。Poppyは、UKジャズ/ネオソウル・シーンの中でも特に詩的な視点と哲学的な歌詞で知られており、本作でも彼女のヴォーカルがTomの音楽に深みを与えている。
また、この曲は『Geography』というアルバムの中でも特に“夜の感情”を描いた曲であり、都市生活のリズムと、孤独、記憶、再会への願いといった感情を繊細に描写する、Tom Mischならではの“クラブ以後のディスコ”といえる作品である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I want to dance with you tonight
今夜、君と踊りたいんだI want to feel your body close
君の体温を近くで感じたい
このフレーズは、“かつての誰か”との再会を願う率直な感情を表している。音楽という媒介を通して、失われたつながりを取り戻そうとする願望が込められている。
You got me singing like
君といると、思わず歌い出してしまうよ
ここで繰り返される“Disco Yes”は、理屈ではなく感覚的な肯定の象徴である。「踊る」「感じる」「もう一度」という衝動に素直に従う、そのシンプルさが魅力。
Don’t leave me hangin’ on the line
このまま宙ぶらりんにしないでI know you felt it too
君だって、あの感覚を感じてたはずだよね
この一節では、過去の共有体験への確信と、その延長線上にある“もう一度”への願いが語られている。記憶と感情の再訪というテーマが浮き彫りになる。
引用元:Genius – Tom Misch “Disco Yes” Lyrics
4. 歌詞の考察
『Disco Yes』は、表面的には“踊ること”や“夜の気分”を歌ったポップ・ソングのように聞こえるが、その内側にはきわめて感情的な物語が流れている。恋人との距離ができた今、かつての親密さや情熱を思い出し、それを再び取り戻そうとする“記憶への呼びかけ”が、この曲の核心にある。
「踊る」という行為は、この曲ではただの娯楽ではなく、「再接続」や「再確認」の手段である。言葉では伝えきれないこと、取り戻せない時間、断ち切れない想い――それらすべてが“身体のリズム”という形で語られている。
また、タイトルにもなっている“Disco Yes”は、否定ではなく肯定、迷いではなく直感を選ぶ態度そのものであり、「一度でもつながったなら、もう一度それを信じてみたい」というTom Mischなりのロマンティシズムを感じさせる。
Poppy Ajudhaの存在も重要だ。彼女が加わることで、語りは一方的なものではなく、対話的で開かれたものになっている。それは“もう一度”を願う歌でありながら、“拒まれるかもしれない”という不安や現実感も伴っており、楽曲に深みを加えている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Do You Feel by Jacob Collier feat. Lianne La Havas
複雑な感情を洗練されたリズムで描いた、ネオソウルとジャズの融合。 - Cyanide by Daniel Caesar
夜の色合いと恋の予感が漂う、スムースで甘美なR&Bトラック。 - Come Into My Life by Jermaine Jackson
80年代ディスコの文脈におけるロマンティック・グルーヴ。感覚的な親和性が高い。 - Last Night by The Marías
切なさと多幸感が交錯する、夢のようなインディー・ソウルの名曲。
6. “音と記憶の再接続”としてのディスコ
『Disco Yes』という楽曲は、単なるクラブ・チューンではない。それは「一度心を通わせた誰かとの時間を、音楽の中で再生する」という試みであり、踊るという行為を通して、自分と誰か、あるいは自分と“かつての自分”をつなぎ直すための儀式のようでもある。
Tom Mischは、ここで“音楽とは記憶の装置である”という命題を、非常にポップでありながらエモーショナルなかたちで体現している。『Disco Yes』はそのタイトル通り、踊るように、迷わず、感情の肯定を選ぶ。その潔さと軽やかさは、まさに現代的なロマンティシズムのかたちだ。
歌詞引用元:Genius – Tom Misch “Disco Yes” Lyrics
コメント