
発売日:2015年8月28日
ジャンル:ネオソウル、ジャズ・ヒップホップ、インストゥルメンタル・ヒップホップ、R&B、ローファイ・ビート、エレクトロニック、ソウル
概要
Tom Mischの『Beat Tape 2』は、2010年代中盤のロンドン発インディー・ソウル/ジャズ・ヒップホップの空気を象徴する作品であり、彼が後に『Geography』で確立する洗練されたギター・ソウル、ジャズ的なコード感、ヒップホップ由来のビート感覚の原型が濃く刻まれたアルバムである。タイトルに「Beat Tape」とあるように、本作は伝統的な意味でのシンガーソングライター・アルバムというより、ビートメイカーとしてのTom Mischが、短いスケッチ、インストゥルメンタル、ゲスト・ヴォーカル曲、ラップ曲をまとめた作品として機能している。
Tom Mischは、ロンドンを拠点に活動するギタリスト、プロデューサー、シンガー、ソングライターであり、SoundCloud世代以降の音楽家らしく、ジャンルの境界を軽やかに横断してきた。彼の音楽には、J Dilla以降の揺れたビート感、Robert Glasper周辺のジャズとヒップホップの融合、D’AngeloやErykah Badu以降のネオソウル、さらにギターを中心としたメロウなポップ感覚が混ざっている。『Beat Tape 2』は、その混合感覚がまだ若く、瑞々しい形で表れた作品である。
本作の重要な特徴は、ビートメイクの質感にある。ドラムは過度に硬くなく、少し後ろに揺れるように配置され、サンプル的な質感やローファイな温度を持つ。そこにTom Misch自身のギターが加わることで、単なるヒップホップ・ビート集ではなく、暖かく有機的なソウル・ミュージックとして響く。彼のギターは派手な速弾きやロック的な主張をするものではなく、コードの響き、短いフレーズ、滑らかなメロディによって曲の空気を作る。これは後年のTom Mischの最大の個性にもつながっている。
また、『Beat Tape 2』はゲスト・アーティストの配置も重要である。Loyle Carner、Jordan Rakei、Zak Abel、Carmody、Sam Wills、Alfa Mistなど、後にUKジャズ、ネオソウル、インディーR&Bの文脈で重要性を増すアーティストたちが参加している。特にLoyle Carnerの内省的なラップやJordan Rakeiのソウルフルな歌唱は、本作のロンドン的な空気を強めている。ここでのロンドンは、派手なクラブ文化の中心というより、部屋、夜、友人同士のセッション、穏やかな都市生活の感覚を持つ場所として響く。
アルバム全体には、青春の穏やかな時間、恋愛の淡い揺れ、内省、日常の小さな高揚が流れている。大きなドラマや政治的主張ではなく、生活の中にある短い瞬間を、ジャズ的な和音と柔らかいビートでスケッチしていく。ヒップホップのビート・テープ文化は、本来ラッパーが乗るためのトラック集や、ビートメイカーの作品集として発展してきたが、Tom Mischはそこにギター、歌、ソウル、ロンドンの若いミュージシャン同士のつながりを加え、より親密なアルバムへと変換している。
キャリア上の位置づけとして、『Beat Tape 2』はTom Mischがプロデューサー/ギタリストとしての個性を明確に示した出発点であり、『Geography』へ向かう重要な橋渡しである。後年の作品では楽曲構成がより明確になり、ポップ・アルバムとしての完成度が高まるが、本作にはビート・スケッチ集ならではの自由さと未完成の魅力がある。曲によっては短く、断片的で、アルバム全体も緩やかに流れていく。しかし、その緩さこそが本作の本質である。これは大きな物語を語るアルバムではなく、メロウな時間を積み重ねるアルバムである。
全曲レビュー
1. The Journey
冒頭の「The Journey」は、タイトル通り旅の始まりを告げるインストゥルメンタルである。柔らかなギター、温かいコード、軽く揺れるビートが組み合わさり、『Beat Tape 2』の世界観を一瞬で提示する。ここでの旅は、壮大な冒険というより、音楽的な散歩に近い。Tom Mischのサウンドは、聴き手を強く引っ張るのではなく、ゆっくりと歩幅を合わせる。
ギターは曲の中心にあるが、ロック的な前景化はされていない。むしろ、コードとメロディの間を滑るように響き、ビートと一体化している。ドラムの質感も重要で、硬質なクラブ・ビートではなく、ヒップホップ由来の揺れとローファイな丸みがある。アルバムの入口として、Tom Mischの音楽が持つ「演奏」と「ビートメイク」の中間的な魅力を示す曲である。
2. Wander with Me feat. Carmody
「Wander with Me」は、Carmodyを迎えた楽曲であり、本作の中でも特に親密な雰囲気を持つ。タイトルは「一緒にさまよってほしい」という意味で、明確な目的地へ向かうというより、誰かと時間を共有しながら歩く感覚を示している。『Beat Tape 2』全体に流れる穏やかな移動感を象徴する曲である。
Carmodyの歌声は柔らかく、Tom Mischのメロウなギターとよく馴染む。彼女の声は強く押し出すタイプではなく、ビートの上にそっと乗ることで、曲に夢のような軽さを与える。サウンドはR&B的でありながら、過度に艶やかではなく、インディー・ソウルらしい控えめな温度を持つ。
歌詞では、誰かと共に漂うこと、明確な答えを出さずに時間を過ごすことの親密さが描かれる。恋愛の強い告白ではなく、相手と同じ空間にいることそのものが大切にされる。このささやかな感情表現が、Tom Mischの音楽と非常に相性が良い。
3. Nightgowns feat. Loyle Carner
「Nightgowns」は、Loyle Carnerを迎えた楽曲であり、本作の中でも特にヒップホップ色が強い。Loyle Carnerのラップは、攻撃的な自己誇示よりも、日常、家族、記憶、感情の揺れを丁寧に描く内省的なスタイルで知られる。この曲でも、Tom Mischの穏やかなビートの上で、言葉が自然に流れていく。
サウンドは非常にメロウで、ギターとビートがラップのための広い余白を作っている。ビートは主張しすぎず、Loyle Carnerの言葉を支える。Tom Mischのビートメイクは、ラッパーを圧倒するのではなく、言葉が呼吸できる空間を作る点に優れている。
歌詞では、夜、親密な空間、記憶、若者らしい不安が感じられる。タイトルの「Nightgowns」は寝間着を意味し、外向きの自己演出ではなく、私的で無防備な時間を連想させる。ヒップホップがしばしば強さや街の外側を描くのに対し、この曲では部屋の中、心の中、夜の静けさが重要になる。UKインディー・ヒップホップの繊細な側面を示す楽曲である。
4. Falafel
「Falafel」は、タイトルからして軽いユーモアを持つインストゥルメンタルである。ファラフェルという食べ物の名前を曲名にすることで、Tom Mischの音楽が持つ日常性や親しみやすさが表れる。大仰なタイトルではなく、生活の中にあるものをそのまま音楽の入口にしている点が本作らしい。
サウンドは短いビート・スケッチに近く、ギターのフレーズとドラムのグルーヴが中心になる。曲は大きく展開するというより、ひとつの雰囲気を作って去っていく。これはビート・テープ文化の特徴でもある。完成されたポップ・ソングというより、アイデアやムードの断片を楽しむ曲である。
この曲において重要なのは、Tom Mischが演奏の技巧を誇示するのではなく、空気を作ることに集中している点である。短い曲ながら、メロウで少しコミカルな日常の質感がある。アルバム全体の緊張を和らげる小品として機能している。
5. Wake Up This Day feat. Jordan Rakei
「Wake Up This Day」は、Jordan Rakeiを迎えた楽曲であり、本作のハイライトの一つである。Jordan Rakeiの歌声は、ソウル、ジャズ、R&Bを横断する深みを持ち、Tom Mischの柔らかなビートと非常によく合う。曲全体には、朝の光のような穏やかな明るさがある。
タイトルは「今日目覚める」という意味で、日々を新しく始める感覚が込められている。歌詞では、前向きさ、意識の変化、穏やかな再生が描かれる。大げさな自己改革ではなく、朝に目覚め、その日を少し良く始めようとするような小さな希望である。
音楽的には、ギター、キーボード、ビート、ヴォーカルが非常に自然に溶け合っている。Jordan Rakeiの歌唱はジャズ的な陰影を持ちながらも、曲を難解にしない。Tom Mischのプロダクションは、声の魅力を最大限に引き出すように抑制されている。ロンドンのネオソウル/ジャズ・ヒップホップの魅力が詰まった一曲である。
6. In the Midst of It All feat. Sam Wills
「In the Midst of It All」は、Sam Willsを迎えたメロウなR&B曲である。タイトルは「そのすべてのただ中で」という意味を持ち、混乱や日常の忙しさの中にある感情を示している。Tom Mischの音楽では、劇的な事件そのものよりも、その中でふと立ち止まる時間が重要になる。この曲もその感覚をよく表している。
Sam Willsのヴォーカルは滑らかで、ネオソウル的な柔らかさを持つ。サウンドは落ち着いており、ビートはゆったりと揺れる。ギターは歌を邪魔せず、コードの温かさによって曲全体を包む。R&Bとしての官能性はあるが、過度に濃密ではなく、Tom Mischらしい清潔なメロウネスが保たれている。
歌詞では、忙しさや混乱の中でも相手への思いや自分の感情を見失わないようにする姿勢が読み取れる。大きな物語よりも、生活の中で感情が静かに続いていくことが重要である。アルバム中盤において、歌ものとしての完成度が高い楽曲である。
7. Come Back
「Come Back」は、短いながらも切ないムードを持つインストゥルメンタル/ビート曲である。タイトルは「戻ってきて」という意味で、失われた相手や時間への呼びかけを連想させる。歌詞がなくても、Tom Mischのコード感とギターの響きによって、未練や距離の感情が伝わってくる。
ビートは抑えめで、曲全体に余白がある。ギターは歌うように鳴り、メロディが短い言葉の代わりに感情を運ぶ。Tom Mischのインストゥルメンタル曲では、この「声の代わりとしてのギター」が非常に重要である。彼のギターは技巧のためではなく、歌心のために存在している。
この曲は、アルバムの流れの中で間奏的な役割も持つ。ゲスト・ヴォーカル曲の間に配置されることで、聴き手はTom Misch自身の音楽的な核、すなわちギターとビートの関係に戻ることができる。
8. Your Love feat. Alexa Harley
「Your Love」は、Alexa Harleyを迎えた楽曲であり、R&B/ソウルの色が強い。タイトルは非常にシンプルで、「あなたの愛」を意味する。Tom Mischの音楽では、恋愛の言葉が大げさなドラマになるよりも、ビートの上で軽く揺れる感情として表現される。この曲もその典型である。
Alexa Harleyの声は柔らかく、少し気だるい質感を持つ。曲全体には夜の空気があり、メロウなコード進行とゆったりしたビートが、親密なムードを作っている。Tom Mischのギターはここでも控えめながら重要で、声とビートの間を滑らかにつなぐ。
歌詞では、相手の愛に包まれる感覚、あるいはその愛を求める気持ちが描かれる。強い情熱というより、安心感や心地よさが中心にある。アルバム全体の穏やかなトーンとよく合ったソウルフルな楽曲である。
9. Hark
「Hark」は、インストゥルメンタルとしてTom Mischのビートメイカー的な感覚が表れた曲である。タイトルは「聞け」「耳を傾けよ」という古風な響きを持つ言葉であり、曲そのものも、言葉より音の細部に注意を向けるよう促す。
サウンドは短く、スケッチ的で、ギターとビートが中心である。曲の中で大きな展開はないが、音の質感、ドラムの揺れ、コードの温かさによって、Tom Mischらしい世界が成立している。ビート・テープにおいて、こうした小品は非常に重要である。アルバムの流れを整え、歌ものとは違う聴取の余白を作る。
「Hark」は、Tom Mischの音楽が派手なサビだけでなく、短いループや響きの質感によっても成立することを示している。聴き流すこともできるが、細部に耳を傾けると、彼のギターとビートの配置の丁寧さが見えてくる。
10. Colours of Freedom
「Colours of Freedom」は、タイトルからして少し大きなテーマを持つインストゥルメンタルである。「自由の色」という言葉は、解放、広がり、個人の感情の多様さを連想させる。Tom Mischの音楽における自由は、激しい破壊や反抗ではなく、ジャンルを軽やかに行き来すること、リラックスしたグルーヴの中で自分の音を鳴らすこととして表れる。
曲は明るく、ギターの響きにも開放感がある。ビートは穏やかで、硬く押しつけるのではなく、自然に身体を揺らす。ジャズ・ヒップホップ的なコード感とソウルフルなギターが結びつき、短いながらもアルバムに鮮やかな色彩を加えている。
この曲では、タイトル通り、音の色合いが重要である。Tom Mischは音を強く主張するよりも、色を重ねるように曲を作る。ギター、ビート、ベース、キーボードが柔らかく重なり、自由という言葉が穏やかなムードとして表現される。
11. Beautiful Escape feat. Zak Abel
「Beautiful Escape」は、Zak Abelを迎えた楽曲であり、本作の中でも特にポップな魅力が強い一曲である。タイトルは「美しい逃避」を意味し、現実から離れたい気持ちと、その逃避が持つ魅力を表している。Tom Mischのメロウなサウンドに、Zak Abelの力強くソウルフルなヴォーカルが加わることで、曲には明確な歌ものとしての存在感が生まれる。
サウンドは柔らかいが、ヴォーカルの表情ははっきりしている。Zak Abelの声は感情の起伏をよく伝え、Tom Mischのビートによりポップな輪郭を与える。ギターは控えめながら、コードの響きによって曲のメロディアスな魅力を支える。
歌詞では、現実の重さから離れ、誰かと美しい場所へ逃げ出したいという感覚が描かれる。これは大げさな逃避行ではなく、日常の中で一瞬だけ別の時間へ移動するような感覚である。Tom Mischの音楽自体が、聴き手にとってそのような「美しい逃避」として機能している点も興味深い。
12. Home
「Home」は、タイトル通り帰る場所、安心できる場所をテーマにしたインストゥルメンタルである。『Beat Tape 2』には移動や旅を連想させる曲が多いが、この曲ではその旅の後に戻る場所が示される。派手な終着点ではなく、温かく、静かな場所としてのホームである。
サウンドは穏やかで、ギターの音色も非常に柔らかい。ビートは控えめで、曲全体に安らぎがある。Tom Mischの音楽における「家」は、物理的な場所というより、音の温度や人との関係によって作られる空間に近い。
歌詞がないことで、聴き手はそれぞれの「Home」を想像できる。ロンドンの部屋、深夜の帰り道、友人との時間、静かな朝。Tom Mischの音楽は、こうした個人的な記憶を呼び起こす力を持つ。この曲はアルバム後半における大切な休息点である。
13. The Day After Tomorrow
「The Day After Tomorrow」は、未来を示すタイトルを持つインストゥルメンタルである。「明後日」という言葉は、遠い未来ではなく、少し先にある時間を意味する。Tom Mischの音楽における未来感は、SF的な大きさではなく、日常の延長にある穏やかな期待として現れる。
曲はメロウで、少し浮遊感がある。ギターとビートは控えめに絡み合い、時間がゆっくり流れていくような印象を与える。大きな盛り上がりよりも、気分の変化を描く曲である。
タイトルを踏まえると、この曲は「今」と「少し先」の間にある感覚を音にしているように聴こえる。明日ではなく明後日という距離感には、すぐには解決しないが、少し先に何かがあるかもしれないという余裕がある。本作の穏やかな希望を象徴する小品である。
14. Sunshine
「Sunshine」は、明るさ、光、温かさを連想させる楽曲である。Tom Mischのサウンドは全体的に暖色系だが、この曲ではタイトル通り、より陽射しのような軽さが前に出る。ビート・テープの中でも、気分を明るくする役割を持つ曲である。
ギターの響きは軽快で、コードの動きにもポジティブな感覚がある。ビートはリラックスしており、身体を強く動かすというより、自然に揺らす。Tom Mischの音楽は、クラブで爆発するタイプのダンス・ミュージックではなく、日中の散歩や部屋での時間に合う柔らかいグルーヴを持つ。この曲はその性格をよく表している。
タイトルの「Sunshine」は、恋愛や友情、日常の小さな幸福の比喩としても読める。大きなメッセージはないが、音の温度そのものが肯定的な感情を伝えている。アルバムに明るい余韻を加える一曲である。
15. Before Paris
「Before Paris」は、次の場所へ向かう前の時間を示すようなタイトルを持つインストゥルメンタルである。パリという都市名は、旅、芸術、ロマンス、ヨーロッパ的な洗練を連想させるが、ここで重要なのは「Before」、つまりその前である。目的地そのものより、そこへ向かう直前の期待や余白が描かれる。
曲は静かで、移動前の落ち着いた時間を感じさせる。Tom Mischのギターはいつものように滑らかで、ビートは控えめに進む。大きな展開を持たないことで、曲は「前」の状態、つまりまだ何かが始まっていない時間を表現している。
この曲は、アルバム終盤において、旅の感覚を再び呼び戻す。『Beat Tape 2』は全体として、ロンドンの部屋から世界へ向かうような開かれた空気を持っているが、その移動は常に穏やかで内省的である。「Before Paris」は、その静かな期待を音にした曲である。
16. Everybody Get Down
「Everybody Get Down」は、タイトルからしてよりファンク/ダンス寄りの感覚を持つ曲である。「みんな下がれ」あるいは「みんな踊れ」というニュアンスを持ち、アルバムの中で少し身体的なグルーヴを強める役割を果たす。
サウンドは他のメロウな曲に比べてリズムが前に出ており、ファンク的な要素が感じられる。Tom Mischのギターはカッティング的に機能し、ビートと一体になって身体を動かす。彼の音楽にあるファンク志向は、後の作品でより明確になるが、この時点でもすでにその芽が見える。
この曲は、ビート・テープとしての楽しさをよく示している。深い歌詞や大きな物語ではなく、リズム、ループ、ギターの反復によって、聴き手を軽く踊らせる。アルバム全体の穏やかな流れの中で、少しテンションを上げるアクセントになっている。
17. Treat Me Right
「Treat Me Right」は、タイトルが示す通り、相手に正しく扱ってほしいという感情を持つ楽曲である。R&Bやソウルにおいて「正しく扱う」というテーマは重要であり、恋愛関係における尊重、誠実さ、相手への要求が込められる。Tom Mischのサウンドでは、それが強い怒りではなく、メロウな訴えとして表れる。
曲はゆったりしており、ビートとギターが心地よい余白を作る。歌がある場合も、声は過度に前に出すぎず、全体のグルーヴと一体化する。Tom Mischのプロダクションは、R&Bの感情を柔らかく包み込むのが特徴である。
タイトルの内容からは、恋愛における不均衡や、相手に大切にされたいという願いが読み取れる。大きなドラマではなく、日常的な関係の中で生まれる小さな不満や希望を扱っている点が、本作らしい。メロウな音の中に、相手への静かな要求が込められている。
18. I Wish
「I Wish」は、願望をテーマにした曲である。タイトルは非常にシンプルだが、Tom Mischの音楽ではこうした短い言葉が、コードやビートの質感によって豊かな感情を帯びる。願い、後悔、期待、もう少し違っていたらという感覚が、穏やかなサウンドの中に漂う。
インストゥルメンタル的な側面が強い場合、ギターのメロディがその願いを代弁する。Tom Mischのギターは、人の声に近いニュアンスを持つため、歌詞が少なくても感情が伝わる。ビートは控えめで、曲全体に静かな余韻がある。
「I Wish」は、アルバム終盤にふさわしい内省的な曲である。大きな結論に向かうのではなく、願いが願いのまま残る。その未解決感が、ビート・テープの断片的な魅力と合っている。
19. Outro
最後の「Outro」は、アルバムを静かに閉じる短い楽曲である。『Beat Tape 2』は大きな物語や劇的なクライマックスを持つ作品ではないため、終わり方も自然である。長い旅の終点というより、部屋の音が少しずつ消えていくような終幕である。
サウンドは穏やかで、Tom Mischのギターとビートの質感が最後にもう一度確認される。アルバム全体を通して聴いてきたメロウな温度が、ここで静かに残る。派手な結論を避けることで、本作は日常の中に戻っていく。
「Outro」は、ビート・テープという形式にふさわしい終曲である。完成された物語を閉じるのではなく、一連のスケッチを終え、また次のアイデアへ向かう余白を残す。Tom Mischの初期作品らしい自由さが、最後まで保たれている。
総評
『Beat Tape 2』は、Tom Mischの音楽的な原点と魅力を最も自然な形で味わえる作品である。後の『Geography』のような完成されたポップ・アルバムではなく、ビート・スケッチ、ゲスト参加曲、短いインストゥルメンタルが緩やかに並ぶ作品だが、その自由な構成こそが本作の魅力である。ジャズ・ヒップホップ、ネオソウル、R&B、ローファイ・ビート、ギター・ポップが、若い感性の中で無理なく溶け合っている。
本作の中心にあるのは、ビートとギターの関係である。Tom Mischのビートは、J Dilla以降のヒップホップが持つ揺れや余白を受け継ぎながら、より柔らかく、日常的な温度を持っている。そこに彼自身のギターが加わることで、トラックは単なるループではなく、歌心を持つ音楽になる。彼のギターは常にメロディアスで、声のように響く。技巧を前面に出すのではなく、曲の雰囲気を決定づけるために使われている。
ゲスト・アーティストの存在も、本作の重要な価値である。Loyle Carner、Jordan Rakei、Zak Abel、Carmody、Sam Wills、Alfa Mistらの参加によって、アルバムは単なる個人のビート集ではなく、2010年代ロンドンの若いソウル/ジャズ/ヒップホップ・シーンの記録として機能している。後にそれぞれの領域で評価を高めるアーティストたちが、ここでは親密なセッションのように集まっている。その空気が、本作に特別な瑞々しさを与えている。
歌詞の面では、恋愛、移動、日常、孤独、希望が穏やかに描かれる。強い社会批評や劇的な物語はないが、だからこそ、本作は生活の中に自然に入り込む。朝に聴いても、夜に聴いても、作業中に流しても、細部に耳を傾けても成立する。この柔軟さは、ビート・テープという形式の強みである。
一方で、『Beat Tape 2』はアルバムとしての強い起伏や、明確な物語性を求めるリスナーにはやや淡く感じられる可能性がある。曲によってはスケッチ的で、短く終わるものも多い。しかし、それは未完成というより、ビート・テープ的な美学である。断片が並ぶことで、聴き手はその間に自分の記憶や感情を差し込むことができる。
日本のリスナーにとって本作は、ローファイ・ヒップホップ、ネオソウル、シティ・ポップ、ジャズ・ギター、カフェ・ミュージック的な穏やかなグルーヴに親しんでいる場合、非常に入りやすい作品である。派手なサビや強いロック的な爆発はないが、コードの温かさ、ビートの心地よさ、ギターのメロディが長く残る。山下達郎以降の洗練されたコード感や、Nujabes以降のメロウなヒップホップ感覚に親しむリスナーにも響きやすい。
『Beat Tape 2』は、Tom Mischが後に大きく開花させる音楽性の設計図である。ギターとビート、ジャズとヒップホップ、部屋と都市、個人制作と仲間とのコラボレーション。そのすべてが、過度に完成されすぎない形で記録されている。大きな傑作というより、何度でも戻れるメロウな音楽のノートであり、2010年代ロンドンの若い才能が静かに集まった重要な作品である。
おすすめアルバム
1. Geography by Tom Misch
Tom Mischのデビュー・スタジオ・アルバムであり、『Beat Tape 2』で示されたギター、ビート、ネオソウル、ジャズの要素が、より完成されたポップ・アルバムとして結実している。「Movie」「South of the River」など、楽曲としての輪郭が強くなり、Tom Mischのソングライターとしての魅力も明確に味わえる。
2. Not Waving, But Drowning by Loyle Carner
『Beat Tape 2』にも参加しているLoyle Carnerの代表作の一つであり、内省的なUKヒップホップ、家族、記憶、日常の感情を丁寧に描いたアルバムである。Tom Mischのメロウなビート感覚と相性が良く、ロンドンの穏やかで個人的なヒップホップを深く味わえる。
3. Wallflower by Jordan Rakei
Jordan Rakeiのソウルフルで内省的な魅力が表れた作品である。ジャズ、ネオソウル、エレクトロニック、R&Bが洗練された形で融合しており、『Beat Tape 2』の「Wake Up This Day」に惹かれるリスナーに適している。より歌と内面性に重点を置いた作品である。
4. In My Room by Jacob Collier
ロンドン出身の若い音楽家による、ジャズ、ソウル、ポップ、ハーモニー実験を一人多重録音で展開した作品である。Tom Mischよりも理論的で複雑だが、若い世代が自宅制作を通じてジャズとポップを再構築するという点で関連性が高い。
5. Modal Soul by Nujabes
メロウなヒップホップ、ジャズ的なコード感、内省的なビートの美しさを代表する作品である。Tom Mischとは地域も時代も異なるが、穏やかなビートと感情的なメロディを結びつける点で強く響き合う。『Beat Tape 2』のローファイで温かい側面に惹かれるリスナーに適した関連作である。

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