発売日: 1974年5月24日
ジャンル: グラムロック、アートロック、プロトパンク
崩壊した未来都市の夢と狂気——ボウイが描くディストピアの叙事詩
『Diamond Dogs』は、David Bowieが1974年に発表した8作目のスタジオ・アルバムであり、グラムロック時代の総決算でありながら、次なる変身=ソウル/ファンク時代への橋渡しでもある。
Ziggy Stardustの終焉を受けて生まれた本作は、当初はジョージ・オーウェル『1984年』のミュージカル化を企画していたが、版権の問題で断念。
しかしその構想は形を変えて、都市崩壊後の野蛮な若者たちが支配する架空都市“Hunger City”を舞台にしたディストピア・アルバムとして結実する。
ここで描かれるのは、政治・文化・人間関係すべてが崩壊した後の世界。
スモーキーなギターとファンクの予兆、ボウイ自身による粗削りなリフ、そして狂気すれすれの歌唱によって、その荒廃と耽美が音像化されている。
全曲レビュー
1. Future Legend
退廃した未来都市“Hunger City”の情景を語る語りとSEで始まる短いイントロ。
まるでラジオドラマのような導入で、アルバム全体のトーンを一気にディストピアへと引きずり込む。
2. Diamond Dogs
タイトル曲であり、グラムとパンクの境界を行き来するボウイ流ハードロック。
Hunger Cityの住人たち——退廃と野蛮の象徴としての“ダイヤモンド・ドッグズ”を描く。ボウイのギター演奏がラフかつ生々しい。
3. Sweet Thing / Candidate / Sweet Thing (Reprise)
アルバムの核心とも言える三部構成。
セクシャルで耽美な「Sweet Thing」、権力と欲望の言説的な「Candidate」、そして崩壊への回帰としてのリプライズ。
演劇的、実験的、そして極めて詩的な、ボウイの中でも屈指の構成美を持つ楽曲群。
4. Rebel Rebel
ストーンズ風のリフと性の曖昧さをテーマにした、キャッチーな代表曲。
「君の母親は君が男の子か女の子か分からない」という一節は、70年代の性的解放と反抗精神の象徴。
5. Rock ‘n’ Roll with Me
ボウイにしては珍しいストレートなバラード。
演者と観客の関係性をロマンティックに描いており、Ziggy時代の残り香も感じさせる。
6. We Are the Dead
オーウェル『1984年』の影響が最も色濃い楽曲。
私語を許されぬ全体主義下の「死者たち」である私たちの姿を、不穏なコードと息づかいで描く。
7. 1984
ボウイ流ファンク/ソウルへの第一歩。
ワウギターとホーンセクションが支配するグルーヴィなナンバーで、のちの“ヤング・アメリカンズ”時代を先取りしている。
8. Big Brother
“ビッグ・ブラザー”による監視と支配のシステムを皮肉たっぷりに歌う。
宗教的で荘厳なメロディが、逆説的にその恐怖を増幅する。
9. Chant of the Ever Circling Skeletal Family
「Brother〜」のラストを受けて、呪術的なコーラスが反復される。
「Brother〜oo〜oo〜」というフレーズが永遠に続くような錯覚を呼ぶ、終末的で不穏なエンディング。
総評
『Diamond Dogs』は、Ziggy Stardustの伝説が終わり、ボウイが次の自己変容へと向かう中間点でありながら、単独のコンセプト・アルバムとしても極めて濃密で完成度の高い作品である。
演劇的構成、政治的なアレゴリー、崩壊後の美学、それらが混沌の中で一つの有機体として機能している。
音楽的には、まだロックの骨格を保ちながらも、ソウルやファンク、ノイズといった異質な要素が混ざり始めており、
それはまさに“未来へと向かう過程の中にある美”を捉えようとする姿勢でもあった。
このアルバムはポップではない。だが、その不穏さと劇性があるからこそ、後の“Station to Station”や“Low”といった傑作たちを理解する鍵となる。
『Diamond Dogs』は、変身する男ボウイの旅路の中でも、特に濃密で劇的な通過点なのである。
おすすめアルバム
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The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars / David Bowie
前作にあたるグラム・ロックの金字塔。ボウイの演劇性とポップ性の出発点。 -
Young Americans / David Bowie
本作の後に展開されるソウル/R&B期の代表作。“1984”の進化形とも言える作風。 -
Station to Station / David Bowie
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Berlin / Lou Reed
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The Idiot / Iggy Pop
ボウイがプロデュースしたイギーのソロデビュー作。ポスト・グラムのサウンドが本作と地続き。
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