
発売日:2018年2月9日
ジャンル:インディーロック/ダンスロック/ポストパンク・リバイバル/エレクトロポップ
概要
Franz Ferdinandの『Always Ascending』は、2018年に発表された通算5作目のスタジオ・アルバムであり、2000年代ポストパンク・リバイバルを代表するバンドだった彼らが、よりエレクトロニックでダンス志向の強いサウンドへ踏み出した作品である。2004年のデビュー作『Franz Ferdinand』は、鋭角的なギター、ファンキーなベース、簡潔で洒落たメロディ、アートスクール的な知性を組み合わせ、2000年代英国インディーの象徴的なアルバムとなった。「Take Me Out」に代表されるそのスタイルは、Gang of FourやWire、Talking Headsの影響を現代的なダンスロックへ翻訳したものだった。
その後のFranz Ferdinandは、『You Could Have It So Much Better』『Tonight: Franz Ferdinand』『Right Thoughts, Right Words, Right Action』を通じて、ギター・ロックの機敏さとダンス・ミュージックの身体性を行き来してきた。『Always Ascending』は、その中でも特にシンセサイザー、反復するビート、ディスコ的な高揚感を強めた作品である。プロデューサーにはPhilippe Zdarを迎え、フレンチ・ハウスやエレクトロポップにも通じる滑らかで光沢のあるサウンドが作られている。
本作は、ギタリストNick McCarthy脱退後の新体制で制作されたアルバムでもある。そのため、従来のFranz Ferdinandらしいギターの掛け合いはやや後退し、代わりにキーボード、シンセベース、エレクトロニックなリズムが前面に出る。これは単なるメンバー変更の結果ではなく、バンドが自分たちのダンス性をさらに拡張しようとした試みといえる。
タイトルの“Always Ascending”は、「常に上昇している」という意味を持つ。そこにはポジティブな高揚感がある一方で、上昇し続けなければならない現代的なプレッシャー、自己改善や進歩への強迫観念も含まれている。Franz Ferdinandらしく、本作の明るさは単純な楽天性ではなく、皮肉、演技、都会的な焦燥と結びついている。踊れるが、どこか落ち着かない。軽やかだが、空虚さもある。その二面性が『Always Ascending』の核である。
全曲レビュー
1. Always Ascending
タイトル曲「Always Ascending」は、アルバムの方向性を象徴するオープニングである。曲は静かに始まり、徐々にシンセサイザーとリズムが上昇していくように展開する。この構成そのものが、タイトルの「上昇」を音楽的に表現している。
従来のFranz Ferdinandのような鋭いギターリフよりも、ここでは電子音の反復と空間的な広がりが重要である。ビートはダンサブルだが、単純なロックの勢いではなく、クラブ・ミュージック的な持続感がある。Alex Kapranosのヴォーカルは、いつものように少し演劇的で、言葉の響きに皮肉と洗練を含ませる。
歌詞では、上昇し続けることへの誘惑と不安が描かれる。成功、進歩、快楽、社会的な上昇志向。そうしたものが魅力的に見える一方で、終わりのない上昇は人を疲弊させる。本曲は、アルバム全体に漂う高揚と空虚を同時に提示する重要曲である。
2. Lazy Boy
「Lazy Boy」は、怠惰をテーマにした軽快な楽曲である。タイトルは「怠け者の少年」を意味するが、曲調は非常にリズミカルで、怠惰そのものを楽しむような軽さがある。Franz Ferdinandらしいユーモアと皮肉がよく表れている。
サウンドはシンプルで、反復するベースとギター、タイトなビートが中心となる。初期のFranz Ferdinandを思わせるミニマルなダンスロック感もあり、本作の中では比較的従来のバンド像に近い曲といえる。
歌詞では、働くことや成功することへの社会的圧力を軽くかわすような態度が描かれる。怠けることは欠点であると同時に、過剰に効率化された現代社会への抵抗でもある。タイトル曲の「常に上昇」と対になるように、この曲では上昇しないこと、何もしないことが一種の自由として響く。
3. Paper Cages
「Paper Cages」は、紙の檻という印象的なタイトルを持つ楽曲である。紙でできた檻は、一見すると簡単に破れそうだが、実際には人を閉じ込める。これは、社会的な規則、自己イメージ、書類、契約、言葉、メディアによって作られる見えない拘束を象徴している。
音楽的には、軽快なビートと明るいメロディを持つが、歌詞には閉塞感がある。この明るさと不安の対比は、Franz Ferdinandの重要な特徴である。彼らは暗いテーマを重く演奏するのではなく、踊れる音楽の中に閉じ込めることで、現代的な皮肉を生む。
歌詞では、人が自分で作った制約の中に閉じ込められる様子が描かれる。紙の檻は物理的な牢獄ではないため、本人も囚われていることに気づきにくい。社会的な期待や自己演出に縛られる現代人の姿を、ポップな形で表した楽曲である。
4. Finally
「Finally」は、タイトル通り「ついに」「ようやく」という達成感を持つ言葉から始まる楽曲である。しかしFranz Ferdinandの文脈では、この達成感も単純には信頼できない。何かにたどり着いたと思った瞬間、その意味が揺らぐ。
曲は非常にキャッチーで、サビの開放感が強い。ギターとシンセがバランスよく配置され、アルバムの中でもポップソングとして分かりやすい仕上がりになっている。
歌詞では、待ち望んでいたものが手に入ることの喜びと、その後に訪れる空白が感じられる。欲望は満たされると消えるのではなく、次の欲望へ移っていく。タイトル曲の上昇感ともつながる、現代的な満足の不安定さを描いた曲である。
5. The Academy Award
「The Academy Award」は、映画賞を意味するタイトルを持ち、演技、名声、評価、虚構と現実の境界をテーマにした楽曲である。Franz Ferdinandはもともと演劇的で、登場人物を演じるような歌詞を得意としてきたが、この曲ではその自己演出の問題がより明確になる。
サウンドは比較的抑制され、少し冷たい雰囲気がある。派手なアンセムというより、観察的で皮肉な曲である。歌詞では、誰もが何かを演じ、拍手を求める社会が描かれる。SNS時代においては、日常生活そのものが小さな舞台となり、誰もが自分の役を演じ続ける。
この曲は、ポップスターや俳優だけでなく、現代人全体の自己演出を扱っている。評価されるために演じること、その演技がやがて自分自身になっていくことへの冷たい視線がある。
6. Lois Lane
「Lois Lane」は、スーパーマンの物語に登場する有名な女性キャラクターをタイトルにした楽曲である。Lois Laneは、ヒーローに近い存在でありながら、自身も強い好奇心と行動力を持つ人物として知られる。本曲では、そのイメージを通じて、現代の女性像、メディア、恋愛、強さと危うさが描かれる。
音楽的には、やや軽快でポップな曲調を持つ。タイトルのポップカルチャー的な響きと、Franz Ferdinandらしい洒落たリズム感がよく合っている。
歌詞では、誰かを救うこと、誰かに救われること、ヒーローを待つことへの皮肉が含まれているように響く。Lois Laneは単なる脇役ではなく、物語を動かす視点でもある。Franz Ferdinandはこの曲で、ポップ文化の記号を軽やかに使いながら、人間関係の力学を描いている。
7. Huck and Jim
「Huck and Jim」は、Mark Twainの『ハックルベリー・フィンの冒険』に登場するHuckとJimを思わせるタイトルを持つ楽曲である。アメリカ文学における逃走、友情、自由、社会規範からの離脱といったテーマが背景にある。
曲調はリズミカルで、どこかロードムービー的な軽さがある。歌詞では、どこかへ逃げ出すこと、既存のルールから外れることへの憧れが感じられる。しかし、Franz Ferdinandの音楽における自由はいつも少し皮肉を帯びている。逃走は魅力的だが、その先に本当の解放があるかは分からない。
本曲は、アルバム全体にある「上昇」や「脱出」のテーマを、文学的な参照を通じて広げる役割を持つ。ポップなリズムの中に、自由と社会的制約の問題が忍ばされている。
8. Glimpse of Love
「Glimpse of Love」は、愛の一瞬のきらめきをテーマにした楽曲である。タイトルの“glimpse”は、ちらりと見えるもの、完全には手に入らないものを意味する。つまりここでの愛は、永続的で確かなものではなく、一瞬だけ姿を見せるものとして描かれる。
音楽的には、ダンサブルで明るいエレクトロポップ寄りの曲である。メロディは軽快で、アルバムの中でも特に親しみやすい。
歌詞では、愛そのものよりも、愛が見えた瞬間の興奮が重視される。これは現代的な恋愛観とも結びつく。人は深い関係そのものより、愛の気配、可能性、瞬間的な高揚を追いかける。Franz Ferdinandはその軽さを批判するのではなく、踊れるポップとして提示している。
9. Feel the Love Go
「Feel the Love Go」は、本作の中でも特にグルーヴ感の強い楽曲である。タイトルは、愛が流れていく感覚、あるいは愛が消えていく感覚を示す。ここでも愛は固定されたものではなく、動き続けるエネルギーとして描かれる。
サウンドにはディスコやファンクの要素があり、ホーン風のアレンジも印象的である。曲は明るく、ダンスフロア向きだが、歌詞にはどこか終わりの感覚がある。愛が“go”するという言葉には、流れることと去ることの両方が含まれる。
この曲では、失われていくものを悲しむより、その流れそのものを身体で感じることが重視される。Franz Ferdinandらしい、別れや喪失を踊れる音楽へ変換するセンスが表れている。
10. Slow Don’t Kill Me Slow
ラストを飾る「Slow Don’t Kill Me Slow」は、アルバムの中で最も重く、終曲らしい陰影を持つ楽曲である。タイトルは「ゆっくりと私を殺さないで」という意味に読める。急激な破滅ではなく、時間をかけて消耗していくことへの恐怖が込められている。
音楽的には、前曲までの明るいダンス感覚から少し離れ、より暗く、広がりのある構成を持つ。テンポも抑えられ、アルバム全体の高揚感に対して、最後に静かな沈降を与える。
歌詞では、関係や生活、社会的な圧力によって少しずつ削られていく感覚が描かれる。タイトル曲の「常に上昇」と対照的に、ここではゆっくりとした下降や消耗がテーマになる。
この終曲によって、『Always Ascending』は単なる明るいダンスロック・アルバムではなく、上昇し続けることへの疲労を抱えた作品として締めくくられる。
総評
『Always Ascending』は、Franz Ferdinandが新体制のもとでダンスロックの可能性を再定義しようとしたアルバムである。デビュー作のような鋭いギター主導のポストパンク・リバイバルからは距離を取り、シンセサイザー、エレクトロニックなビート、ディスコ的な反復を積極的に導入している。その結果、本作は従来のファンにとっては変化の大きい作品でありながら、バンドの本質である“踊れる知性”はしっかり残されている。
本作の魅力は、軽やかさと不安の同居にある。「Always Ascending」「Finally」「Glimpse of Love」「Feel the Love Go」などは明るく、身体を動かす力を持つ。しかし、その歌詞には、上昇志向、演技、虚構、束の間の愛、消えていく感情への意識がある。つまり、Franz Ferdinandは快楽を素直に肯定しながら、その快楽がどれほど不安定で演出されたものかも見つめている。
音楽的には、Philippe Zdarのプロダクションが大きな役割を果たしている。音は従来よりも滑らかで、電子的で、クラブ・ミュージックに近い。ギターは完全に消えたわけではないが、アルバム全体の主役はリズムと質感へ移っている。これにより、Franz Ferdinandは2000年代インディーの記憶に留まらず、2010年代後半のダンスポップ/エレクトロロックの文脈へ接続している。
一方で、本作には初期のような即効性のあるギターリフや、強烈な一撃としてのロック感は少ない。そのため、『Franz Ferdinand』や『You Could Have It So Much Better』の緊張感を求めるリスナーには、やや軽く感じられる可能性もある。しかし、本作は初期の再現ではなく、Franz Ferdinandが自らのダンス性を別の形で更新した作品として評価すべきである。
『Always Ascending』は、上昇を歌いながら、その上昇の空虚さも描くアルバムである。踊れるが、どこか疲れている。明るいが、どこか皮肉だ。Franz Ferdinandらしいアートポップ的な視点が、エレクトロニックなサウンドの中で再構成された、後期の重要作である。
おすすめアルバム
- Franz Ferdinand『Franz Ferdinand』(2004)
デビュー作にして代表作。鋭角的なギターとダンスビートが最も鮮烈に結びついている。
– Franz Ferdinand『Tonight: Franz Ferdinand』(2009)
ダンス・ミュージックへの接近を強めた作品。『Always Ascending』の前段階として重要。
– Hot Chip『In Our Heads』(2012)
インディー、エレクトロポップ、ダンスミュージックを知的に融合した作品。本作の電子的な軽やかさと響き合う。
– Phoenix『Wolfgang Amadeus Phoenix』(2009)
洗練されたインディーポップとダンス感覚を結びつけた名盤。Franz Ferdinandのポップ化した側面と比較しやすい。
– Talking Heads『Speaking in Tongues』(1983)
ポストパンク、ファンク、ダンス、知的なユーモアを融合した重要作。Franz Ferdinandの根源的な影響源として聴ける。

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