発売日: 2022年1月7日
ジャンル: シンセポップ、オルタナティブR&B、ニューウェーブ、エレクトロポップ
概要
『Dawn FM』は、The Weekndが2022年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、“死後の世界で流れるラジオ放送”という独創的なコンセプトに基づいた作品である。
本作は『After Hours』に続く物語として位置づけられており、前作が“夜の終わり”であったならば、本作はその先に訪れる“夜明け”——しかしそれは新たな目覚めではなく、“光の中にある死”を象徴している。
アルバム全体は架空のラジオ局「Dawn 103.5」を舞台に展開され、俳優ジム・キャリーがDJとしてナレーションを務めるという仕掛けが施されている。
また、プロダクションにはOneohtrix Point Never（OPN）、Max Martin、Swedish House Mafiaらが関与し、1980年代のシンセポップと現代的R&Bを融合させた音像が広がる。
『Dawn FM』は、The Weekndのキャリアにおける最も明確なコンセプト・アルバムであり、“死に向かうプロセス”を音楽と物語で描いたメタフィジカルな作品といえる。
全曲レビュー
1. Dawn FM
オープニングは、ラジオの周波数を合わせるようなSEから始まり、ジム・キャリーの声が導入される。
この一節が、死後のリスナーに向けた“救済の案内放送”として機能する。
2. Gasoline
OPNらしい歪んだシンセと、低音域で歌われるThe Weekndのボーカルが不穏な空気を醸す。
自分自身の死と薬物依存に対する半ば他人事のような視点が描かれる。
3. How Do I Make You Love Me?
レトロなビートと煌びやかなアレンジが特徴。
叶わぬ愛を必死に手繰り寄せようとする主人公の姿が、ポップな衣をまとって描かれている。
4. Take My Breath
『Dawn FM』を象徴するダンスナンバー。ディスコとシンセポップが融合し、呼吸を奪われるような快感の追求がテーマ。
Extendedバージョンではブレイクダウンがより強調され、クラブ感覚が増している。
6. Out of Time
日本のシティポップ（特に亜蘭知子「Midnight Pretenders」）をサンプリングし、感情的な後悔を歌ったミディアム・バラード。
別れた恋人に「もう手遅れだ」と語りかける歌詞が、切なさと静かな諦念を漂わせる。
7. Here We Go… Again (feat. Tyler, The Creator)
Tyler, The Creatorとのコラボで、トラップとソウルが交差する一曲。
恋と成功、そしてそれに伴う空虚を語る2人の視点が対照的で興味深い。
9. Starry Eyes
アルバム中でも最も情緒的なトラック。
破綻した関係への赦しと再生を願うような祈りのような楽曲で、ボーカルの揺らぎが感情の振幅を映し出す。
11. Every Angel is Terrifying
詩的ナレーションとフェイクの映画予告編を交えた実験的トラック。
「天使は恐ろしい存在である」というタイトル通り、崇高さと不安を併せ持つ異色の一曲。
16. Phantom Regret by Jim
ジム・キャリーの詩的モノローグで締めくくられるラスト。
死後の魂が後悔と向き合い、赦しを得て昇華されるような構成で、アルバム全体が一つの“魂の旅”として完結する。
総評
『Dawn FM』は、The Weekndが築き上げてきた耽美と退廃の美学を、シンセポップというノスタルジックな形式に変換し、“死と救済”という哲学的テーマに挑んだ意欲作である。
80年代の空気感を現代に再構築するというアプローチは過去作でも試みられてきたが、本作においてはそれが世界観と密接に結びついており、単なる懐古趣味にとどまらない奥行きがある。
ラジオという枠組みを通じて、楽曲が途切れなく流れる構成は没入感を高め、まるで“聴く映画”のような体験を提供する。
The Weekndのボーカルは時に人間らしく、時に機械的に処理され、そのたびにキャラクターの感情や距離感が変化していくのが印象的だ。
また、“死後の放送局”という設定をジム・キャリーという意外性ある人物がナビゲートすることで、現実と幻想、芸能と哲学の境界が曖昧になるという構造も秀逸である。
エンタメでありながら、自己認識や贖罪といったテーマを深く掘り下げるこのアルバムは、The Weekndの芸術的成熟を強く感じさせるマスターピースである。
おすすめアルバム（5枚）
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After Hours / The Weeknd
『Dawn FM』の前日譚とも言える作品。破滅と快楽に沈む男の末路が描かれ、2作で一つの物語が完成する。 -
1989 / Taylor Swift
シンセポップによるポップの再定義という観点で共通点がある。レトロと現代性の融合が魅力。 -
Replica / Oneohtrix Point Never
『Dawn FM』のサウンド面に多大な影響を与えたアーティストによる傑作。幽霊的な音響美が特徴。 -
Random Access Memories / Daft Punk
懐古と未来を結ぶサウンドアート。シンセと生演奏、哲学的リリックのバランス感覚に通じるものがある。 -
A Moon Shaped Pool / Radiohead
死や喪失と向き合う静かな覚悟を描いた作品。『Dawn FM』の終末的な感覚に重なる空気を持つ。
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