
1. 歌詞の概要
Davidは、NoSoのデビュー・アルバムStay Proud of Meに収録された楽曲である。
NoSoは、韓国系アメリカ人のシンガーソングライター、プロデューサー、ギタリストであるBaek Hwongによるプロジェクト。Stay Proud of Meは2022年7月8日にPartisan Recordsからリリースされ、Davidはアルバムに先がけて2022年3月30日に単独シングルとしても配信された。YouTube上の公式音源情報でも、Davidは2022年3月30日リリース、アルバム版は2022年7月8日リリースとして確認できる。
この曲は、名前を借りた自己変身の歌である。
Davidという名前は、歌詞の中で単なる他人の名前として置かれているわけではない。
むしろ、語り手がなりたかった姿、演じたかった姿、あるいは一時的に身にまといたかったアイデンティティの象徴のように響く。
NoSo本人は、Davidについて、若いころの自分がアイデンティティと折り合いをつけていくテーマを体現した曲だと語っている。Rice & Spiceのインタビューでは、この曲がStay Proud of Meの味わいをどう示しているかという質問に対し、若い自分がアイデンティティと和解していくテーマを含んでいると答えている。Rice & Spice
ここで重要なのは、Davidが単純な「なりたい自分」ではないということだ。
もっと複雑である。
名前を変えること。
服を変えること。
声の出し方を変えること。
鏡の前で違う自分を想像すること。
他人の目の中で、別の性別、別の身体、別の物語として見られたいと願うこと。
Davidは、そうした感覚を柔らかく、少し痛みを含んだインディーポップとして描いている。
曲のサウンドは穏やかだ。
ギターは透明で、リズムは軽く、ボーカルは近い。
派手な爆発はない。
けれど、声の奥にある切実さがじわじわと立ち上がる。
これは叫びの曲ではない。
むしろ、部屋の中でひとり、自分の名前や身体や未来について考えているような曲である。
外へ向けた宣言というより、内側で何度も繰り返される想像に近い。
Stay Proud of Meというアルバム全体は、NoSoがトランスマスキュリンな自己認識、韓国系アメリカ人としての疎外感、成長期の記憶を、柔らかなギター・ポップとドリームポップ的な音像で描いた作品として受け止められた。Partisan Recordsの紹介文では、同作はトランスマスキュリンなアイデンティティを受け入れる未来を夢見るようなアルバムであり、主に隔離期間中に書かれたと説明されている。Partisan Records
Davidは、その中でも特に「名前」と「想像」の曲だ。
自分の名前ではない名前。
でも、なぜか自分を救うかもしれない名前。
その名前を呼ぶことで、語り手は一瞬、別の身体へ入る。
別の人生を試着する。
そして、自分が本当は何を望んでいるのかに少し近づく。
2. 歌詞のバックグラウンド
NoSoという名前自体にも、アイデンティティの問題が含まれている。
Bandcamp上のNoSoのプロフィールでは、NoSoはNorth/Southの略であり、韓国系アメリカ人がしばしば受ける「北朝鮮か南朝鮮か」という無神経な質問への応答でもあると説明されている。また、彼らの曲作りはアジア系アメリカ人としての不安や疎外感に間接的に向き合うものだとも紹介されている。NoSo
つまりNoSoは、最初から名前の中にずれを抱えたプロジェクトである。
どちらの韓国なのか。
どちらの性別なのか。
どちらの文化なのか。
どちらの身体なのか。
そうした二択を迫られることへの違和感が、音楽の中に流れている。
Davidも、その延長線上にある。
この曲の中では、Davidという男性名がひとつの仮の場所になる。
まだ完全には到達していないかもしれない。
けれど、その名前を通して、自分がなりたい姿を少し見ることができる。
Stay Proud of Meは、NoSoにとってデビュー作であり、2022年のインディーポップの中でも非常に繊細な自己表現を持つアルバムだった。Atwood Magazineのインタビューでは、同作が「coming-of-age」、つまり成長物語として語られ、NoSo自身も19歳から22歳ごろに多くの曲を書いたと話している。Atwood 19歳から22歳という時期は、法的には大人であっても、精神的にはまだ自分の輪郭を探している時間である。
自分の身体に対する違和感。
家族や友人との関係。
恋愛ではなく、共同体や家族の中での自分の立ち位置。
アジア系としての視線。
クィア、トランス、ノンバイナリーとしての自己理解。
そうしたものが、Davidの背後にもある。
NoSoは、Rice & Spiceのインタビューで、Stay Proud of Meを自分自身へ向かっていく旅として捉えていると話している。Davidについても、若い自分がアイデンティティと折り合いをつけていく過程を表す曲だと語っている。Rice & Spice
この発言を踏まえると、Davidは単なるフィクションの人物ではない。
Davidは、語り手の中にいる可能性だ。
もし自分がDavidだったら。
もし自分が別の名前で呼ばれたら。
もし自分の身体が違うふうに見えたら。
もし他人の視線の中で、もっと自然に息ができたら。
そうした「もしも」が、曲の中で静かに鳴っている。
そして、NoSoの音楽はその「もしも」を大げさにドラマ化しない。
音はあくまで柔らかい。
ギターは涼しく、声は近く、メロディは淡い。
そのため、曲は告白のようでありながら、夢の中を歩いているようにも聞こえる。
これは、アイデンティティをめぐる曲としてとても重要だ。
自分が何者かを知る瞬間は、いつも大きな叫びとして訪れるわけではない。
むしろ、何気ない想像、名前への憧れ、鏡を見たときの違和感、誰かの服を見たときの胸のざわめきとして始まることがある。
Davidは、その小さな始まりの曲なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、Spotify、Apple Music、歌詞掲載サービスなどで確認できる。ここでは権利に配慮し、短い一部のみを引用する。
引用元:Spotify掲載歌詞、Apple Music掲載歌詞、公式音源
作詞・作曲:Baek Hwong
収録アルバム:Stay Proud of Me
リリース:2022年3月30日、アルバム収録は2022年7月8日
レーベル:Partisan Records
David
和訳:
デヴィッド
この名前そのものが、曲の中心にある。
名前は、ただの音ではない。
誰かが自分を呼ぶときの入口であり、社会の中で自分を認識させるラベルであり、時には自分の身体への違和感を強めるものでもある。
Davidという名前が曲中で響くとき、それは単に特定の誰かを呼んでいるだけではなく、語り手が触れたい別の自己像を呼び出しているように聞こえる。
Stay proud of me
和訳:
私のことを誇りに思っていて
アルバム・タイトルにもなっているこの言葉は、NoSoの世界を理解するうえで重要である。
誇りに思ってほしい。
見捨てないでほしい。
変わっていく自分を、過去の自分も、家族も、誰かも、認めてほしい。
この言葉には、承認への願いがある。
ただ褒められたいのではない。
自分の変化を、存在ごと受け止めてほしいという願いである。
I wanted to be
和訳:
私はなりたかった
このような「なりたかった」という感覚は、Davidの核にある。
なりたい、ではなく、なりたかった。
そこには過去の自分の視点がある。
若いころの自分が何を望んでいたのか。
その望みを、当時は言葉にできなかったのかもしれない。
でも、大人になった今なら、その願いの形が少し見える。
Davidは、その過去の願いに名前を与える曲である。
4. 歌詞の考察
Davidは、自分ではない名前に、自分自身の真実を見る曲である。
この構図は、とても繊細だ。
人は、自分が何者かを最初から完全に知っているわけではない。
特に性別や身体、社会的な見られ方に違和感がある場合、その答えはすぐには出ない。
ただ、何かが違うと感じる。
この服ではない。
この名前ではない。
この身体の見られ方ではない。
この役割ではない。
しかし、何が正しいのかまでは、まだわからない。
そんなとき、人は誰かの姿を借りる。
架空の人物。
映画の登場人物。
友人。
憧れの人。
名前。
服装。
声。
Davidという名前も、その借り物の入口として響いている。
NoSo本人がこの曲を、若い自分がアイデンティティと和解するテーマを体現した曲だと説明していることを考えると、Davidは「誰かになりたい」という単純な憧れよりも、「自分の中にすでにあったものに気づく」曲として聴ける。Rice & Spice
つまりDavidは、外から来る名前でありながら、内側にあった願いを照らすものなのだ。
曲のサウンドも、その感情に合っている。
NoSoのギターは、過剰に歪まない。
声も大きく叫ばない。
その代わり、音の端々に透明な揺れがある。
まるで、まだ確信になりきらない思考が、空中に浮いているようだ。
この曖昧さがいい。
アイデンティティの発見は、一直線ではない。
今日わかったと思っても、明日またわからなくなる。
自信を持てる日もあれば、急に恥ずかしくなる日もある。
ある名前に救われる日もあれば、その名前すら遠く感じる日もある。
Davidは、その不安定さを否定しない。
むしろ、揺れているまま歌にする。
また、この曲の優しさは、過去の自分への視線にある。
若いころの自分が、間違っていたわけではない。
うまく言えなかっただけ。
まだ言葉を持っていなかっただけ。
まだ自分を守る方法を知らなかっただけ。
Stay Proud of Meというアルバム名は、そうした過去の自分に向けたメッセージのようにも聞こえる。
誇りに思っていて。
ここまで来たよ。
まだ途中だけれど、ちゃんと進んでいるよ。
Davidは、そのアルバムの中で、名前と願望の形を通して、過去の自分へ手紙を書くような曲である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Parasites by NoSo
Stay Proud of Me収録曲。NoSoがジェンダー・アファーミング手術後の経験をもとに書いた曲として知られ、Partisan Recordsの紹介でもデビュー作がトランスマスキュリンなアイデンティティの受容をめぐる作品だと説明されている。Davidの名前をめぐる願望が響いた人には、Parasitesの身体性と再生の感覚も深く届くだろう。Partisan Records
- Suburbia by NoSo
NoSoの初期を代表する楽曲のひとつ。郊外、孤独、成長期の空気を柔らかな音で描く。Davidの内向きな自己探求が好きなら、Suburbiaの場所と記憶の感覚も相性がいい。
- I Feel You by NoSo
Stay Proud of Me収録曲。Korean Indieのレビューでは、この曲がNoSoのボーカルを中心にした印象的な楽曲として触れられている。Davidの繊細な声の近さに惹かれる人には、I Feel Youの裸の感情もおすすめできる。Korean Indie
- Silk Chiffon by MUNA feat.
クィアな自己肯定感を明るいポップとして鳴らした曲。Davidの静かな自己発見とは音の温度が違うが、クィアな感覚をポップの中で肯定するという意味で並べて聴きたい。
- Body Was Made by Ezra Furman
身体とアイデンティティを祝福するようなロックソング。Davidが内側で名前を試す曲だとすれば、Body Was Madeは身体そのものを外に向けて肯定する曲である。両方を聴くと、クィア/トランス的な自己発見の静と動が見えてくる。
6. 名前を借りて、本当の自分に近づく曲
Davidは、とても静かな曲である。
けれど、その静けさの中に大きな変化がある。
名前を呼ぶこと。
名前に憧れること。
名前の中に、自分の未来を見つけること。
それは、外から見れば小さな出来事かもしれない。
しかし本人にとっては、人生の向きが変わるほど大きなことだ。
NoSoは、その感覚を大げさなドラマにせず、柔らかなギターと声で描いている。
だからこそ、Davidは信頼できる。
ここには、自己発見のきらびやかな成功物語だけがあるわけではない。
むしろ、まだ不安定な途中経過がある。
自分は何者なのか。
何になりたかったのか。
なぜその名前に惹かれるのか。
その名前は、本当に自分の中の何を照らしているのか。
その問いの途中にいる曲だ。
NoSoのStay Proud of Meは、未来の自分を夢見るアルバムでもある。
Partisan Recordsの紹介文では、同作がトランスマスキュリンなアイデンティティを完全に受け入れる未来を夢見るアルバムとして説明されている。Partisan Records
Davidは、その夢の中にいる。
まだ現実ではないかもしれない。
まだ完全には手に入っていないかもしれない。
けれど、名前を通して、その未来の輪郭が見えている。
そして、この曲は未来だけでなく、過去にも向かっている。
若いころの自分。
言葉を持っていなかった自分。
自分の違和感をうまく説明できなかった自分。
その自分に向かって、今のNoSoが静かに歌っている。
大丈夫。
あの感覚は間違いではなかった。
あの憧れには意味があった。
あの名前の中に、自分へ続く道があった。
Davidは、そういう曲である。
派手なサビで世界を変える曲ではない。
でも、ひとりの部屋の中で、誰かの呼び名や身体感覚を少し変えるかもしれない曲だ。
それは、ポップソングにできる最も親密な仕事のひとつである。
Davidという名前は、曲の中でひとつの窓になる。
その窓の向こうに、語り手は別の自分を見る。
でも、その別の自分は完全な他人ではない。
ずっと内側にいた、自分自身の一部なのだ。
NoSoはその発見を、優しく、少し寂しく、そして美しく鳴らしている。
Davidは、名前を借りて本当の自分に近づくための、静かなインディーポップの名曲である。

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