
1. 歌詞の概要
「Creeping Death(クリーピング・デス)」は、Metallicaが1984年にリリースしたセカンド・アルバム『Ride the Lightning』に収録された壮大なスラッシュ・メタル・アンセムであり、聖書の出エジプト記を題材にした、バンド史上でも最も神話的で劇的な一曲である。
この楽曲は、モーセによる“エジプト脱出”の物語、特に神の怒りとして現れる「第十の災い」すなわち長子の死を象徴する“死の天使”=Creeping Death(忍び寄る死)を視点として描いている。
語り手は「死」そのものであり、ファラオの頑なさとそれに続く神の裁きが、怒涛のメタルサウンドに乗せて語られる。
「Let my people go(我が民を解放せよ)」というモーセの言葉が力強く響くこの楽曲は、単なる宗教的寓話の再解釈ではなく、支配からの解放、正義の怒り、そして無慈悲な報復といった、時代や場所を超えた普遍的なテーマを内包している。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲の発想は、映画『十戒(The Ten Commandments)』を見ていたギタリストのKirk Hammett(カーク・ハメット)が、モーセの怒りと災厄のシーンを「まるで忍び寄る死のようだ」と表現したことに端を発する。
その“Creeping Death”という表現がそのままタイトルとなり、聖書をスラッシュメタルの文脈で再構築するというユニークな試みが始まった。
歌詞はJames Hetfield(ジェイムズ・ヘットフィールド)とKirk Hammettによって書かれ、ヘヴィメタルにおける“宗教的テーマ”の扱い方に新たな地平を拓いた。
なお、曲中に登場する「Die by my hand!」という叫びはライブでの観客の合唱ポイントとして定番化し、今やMetallicaのコンサートにおける最高潮の瞬間を飾る“儀式”のような存在となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Slaves, Hebrews born to serve
奴隷として生まれたヘブライ人たちTo the Pharaoh
ファラオに仕える運命Heed to his every word
その言葉に絶対服従Live in fear
恐れに支配されて生きる日々So let it be written
書かれしものとしてSo let it be done
なされしものとしてI’m sent here by the chosen one
選ばれし者によって、俺は遣わされたSo let it be written
記せ、これは預言だSo let it be done
なせ、この裁きをTo kill the first born Pharaoh’s son
ファラオの長子を殺すためにI’m creeping death
俺は――忍び寄る死
出典: Genius Lyrics – Creeping Death by Metallica
4. 歌詞の考察
「Creeping Death」は、Metallicaの作詞史上でも最も“叙事詩的”かつ“黙示録的”な世界観を持つ楽曲である。
語り手が「神の怒り」そのものであり、単なる目撃者ではなく“執行者”として登場する点が非常にユニークだ。
その語り口は、まるで預言者のように荘厳であり、また「So let it be written / So let it be done(記せ、なせ)」という反復は、儀式的かつ不可避な運命を思わせるリズムを形成している。
この曲の白眉は中間部のブレイクダウン、“Die by my hand!”から始まるコール&レスポンスのパートだ。
ここで歌詞は神の意思そのものを語る“死の声”となり、聴き手に“裁きの瞬間”を直感的に体感させる。
それはもはや宗教的というより、「権力による抑圧への反抗」「歴史的正義の回復」という普遍的主題のメタル的翻案とも言える。
また、旧約聖書の文脈にある「自由」や「啓示」「代償としての血」を扱いながら、それを恐怖や暴力で包み込む手法は、Metallicaの社会的・文化的批評性を象徴している。
これは単なる“旧約メタル”ではなく、“現代の抑圧社会へのメタファー”としても読むことができる作品である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Four Horsemen by Metallica
黙示録の四騎士をテーマに、破滅と秩序の崩壊を描いた初期スラッシュの傑作。 - Disposable Heroes by Metallica
戦争に使い捨てにされる兵士の視点から、権力と暴力の構造を描いた痛烈な批判曲。 - Angel of Death by Slayer
実在の戦争犯罪を描いた凄惨かつ鋭利なスラッシュ・クラシック。 - South of Heaven by Slayer
宗教と暴力の関係を描いた、スローで陰鬱な黙示録的サウンド。 - Exodus by Bob Marley & The Wailers
異なるジャンルながら、“出エジプト”を讃えたレゲエの黙示録的名作。
6. メタルの黙示録――“神の怒り”がサウンドになるとき
「Creeping Death」は、Metallicaがヘヴィメタルの文脈に“神話”と“預言”を持ち込んだ画期的な一曲である。
それは単なる激しい音楽ではなく、“宗教的恐怖”と“歴史的正義”という深層心理に訴えかける、音の聖典だ。
ファラオの命を奪う神の使い、忍び寄る死。それは聖書の物語であると同時に、現代のどこかに潜む「報復の象徴」にも見える。
Metallicaはその“死”をギターとドラムで具現化し、聴く者の魂に刻み込んだ。
「Creeping Death」は、旧約の神が現代に現れたら、きっとこんな音を立ててやって来る――そんな妄想を現実に変えた、重く、美しく、破壊的な叙事詩なのである。
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