発売日: 1993年10月12日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ、フォーク・ロック
概要
『Come on Feel the Lemonheads』は、The Lemonheadsが1993年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、
前作『It’s a Shame About Ray』でブレイクを果たしたバンドが、その勢いを保ちながら、より大胆かつ多彩な表現に踏み出した意欲作である。
このアルバムは、エヴァン・ダンドゥがメイン・ソングライターとして完全にバンドの中心を担うようになった最初の作品でもあり、
パンクの衝動とフォーク的叙情、カントリーの感傷、そしてポップセンスがひとつの作品の中で絶妙にせめぎ合っている。
全体としてはよりカラフルで自由奔放な印象を与えるが、
その裏にはダンドゥ自身の内面の不安定さと、名声とプレッシャーへの葛藤が垣間見える。
結果として本作は、“The Lemonheads流アメリカーナ”とも呼べる音楽的幅の広さを見せながら、
1990年代オルタナティヴ・ロックの中でもひときわ異彩を放つ作品となった。
全曲レビュー
1. The Great Big No
オープニングにふさわしいアップテンポなギターロック。
“でかいノー”という否定形が力強く響くが、どこかポップで軽やか。
迷いと解放が同居する、皮肉な青春の応援歌。
2. Into Your Arms
本作最大のヒット曲であり、全米モダンロックチャート1位を記録。
原曲はオーストラリアの女性SSW、Robyn St. Clareの作品だが、
ダンドゥの透明感あるボーカルとシンプルなアレンジにより、**“90年代インディー・ラブソングの金字塔”**となった。
3. It’s About Time
ミディアムテンポのジャングリー・ポップ。
リリックは恋愛の機微を描いており、少しの怒りとたくさんの未練が混ざり合っている。
4. Down About It
アコースティックギターが美しく響くフォーキーな一曲。
鬱屈や気分の落ち込みをテーマにしながらも、メロディは優しく、どこか救いがある。
5. Paid to Smile
軽快なカントリー・ロック調。
「笑顔を金で買われてる」と歌う、芸能界的な風刺も込められた曲。
6. Big Gay Heart
スチールギターが印象的なカントリーバラード。
タイトルと歌詞はジェンダーと恋愛観への開かれた視点を感じさせ、
保守的なロック文脈に風穴を開けるような包容力がある。
7. Style
ダンドゥの語り口が効いた、軽妙なナンバー。
“お前にはスタイルがある”と繰り返すリリックに、賞賛と皮肉の両方が含まれている。
8. Rest Assured
歪んだギターと甘いメロディが絶妙に絡み合う、Lemonheadsらしいオルタナ・ポップ。
“安心していいよ”という言葉の裏にある、不安や虚無感がリアルに滲む。
9. Dawn Can’t Decide
夜明け(Dawn)に感情を委ねられない、というテーマが斬新。
カントリーとオルタナが交差し、夜と朝の狭間で揺れる心情が描かれる。
10. I’ll Do It Anyway
テンポは速いがどこか抜けた感じのあるポップチューン。
“どうせやるんだから”という投げやりなタイトルが、ある種の諦観と決意を同時に表現する。
11. Rick James Style(feat. Belinda Carlisle)
元Go-Go’sのベルンダ・カーライルがゲスト参加。
曲名の通り、ファンクの文脈を意識したナンバーで、アルバム中最も異色で遊び心満点。
12. Being Around
わずか2分にも満たない、最小限の言葉とコードで成立した究極のラブソング。
“僕の耳が伸びたら君は気にする?”という問いから始まる、
不器用で可笑しくて、ちょっと切ない名曲。
13. Favorite T
恋人のTシャツをめぐる記憶と感情を歌う。
ミニマルな構成に、“物”を通して語られる関係性の余韻が漂う。
14. You Can Take It With You
優しさと諦めが入り混じったフォーク調のバラード。
“君が持っていけるなら持っていっていいよ”というフレーズが、別れの余白を語る。
15. The Jello Fund
隠しトラック的な存在。
ピアノの弾き語りから始まり、突然爆音ギターが入るというカオティックな構成。
本作の自由奔放な姿勢を象徴するような締めくくり。
総評
『Come on Feel the Lemonheads』は、The Lemonheadsの音楽的幅広さとポップセンスの頂点を示した作品である。
『It’s a Shame About Ray』のフォーミュラを継承しながら、
ここではよりカントリー、フォーク、ガレージ・ポップ、語り、ファンク的な遊びまでを大胆に取り込み、
“エヴァン・ダンドゥの万華鏡的な音楽観”がアルバム全体に投影されている。
その一方で、アルバム全体に感じられるのは、どこか居場所のなさと孤独の気配。
商業的成功の最中にありながら、ダンドゥの歌声は常に少しだけ不安げで、甘さのなかにほろ苦さを滲ませている。
自由であることと、まとまりがないことの境界線を危うく渡るようなこのアルバムは、
聴き手に**「正しさ」ではなく「心の動き」を信じさせる力**を持っている。
おすすめアルバム
- Soul Asylum『Grave Dancers Union』
オルタナティヴ・ロックとアメリカン・ルーツの折衷。 - Wilco『A.M.』
オルタナ・カントリーとパワー・ポップの交差点。Lemonheads的情緒に通じる。 - Gin Blossoms『Congratulations I’m Sorry』
甘さとほろ苦さの共存、90年代のリアルな憂いが共通。 - Teenage Fanclub『Grand Prix』
メロディ重視のギター・ポップ。Lemonheadsと兄弟的存在。 - Paul Westerberg『Eventually』
The Replacements後期〜ソロ期のソングライティングとエモーションが重なる。
ファンや評論家の反応
『Come on Feel the Lemonheads』は、前作以上に高い注目を集め、
特に「Into Your Arms」はバンド史上最大のヒット曲として知られる。
評論家からは**「ポップの粋と混乱の共存」「90年代のアメリカーナ・ポップの試金石」と評され、
一方で“やや散漫”という声もあったが、それすらエヴァン・ダンドゥという人物の魅力の一部**とする見方も多い。
音楽的には開かれ、感情的には閉じたこの作品は、
ポップでありながら痛みを抱えたリスナーすべてに寄り添うアルバムとして、今もなお静かに輝いている。
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