アルバムレビュー：Close to the Bone by Thompson Twins

アルバムレビュー

2025.05.10

発売日: 1987年4月**
ジャンル: ポップ・ロック、アダルト・コンテンポラリー、シンセポップ

『Close to the Bone』は、Thompson Twinsが1987年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、
チャートヒットの頂点から距離を置いた“内省と再出発”のアルバムである。
この作品は、1985年の『Here’s to Future Days』以降にトム・ベイリーとアラナ・カリーの私生活において、
子どもの死という深い喪失を経験した直後に制作されており、
アルバム全体にわたって、これまでのポップ志向とは異なる静かな感情の震えと成熟した視点が流れている。

ジョー・リーウェイが脱退したことにより、実質的に“デュオ体制”となったThompson Twinsは、
よりパーソナルで、よりミニマルなサウンドを志向し、
本作では派手なプロダクションを排し、ギターと生楽器、アコースティックな質感が前面に出ている。
これは80年代中盤のシンセポップ隆盛から離れ、アダルト・コンテンポラリー寄りの楽曲構成へと歩み寄ったことを示す作品である。

全曲レビュー
総評
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全曲レビュー

1. Follow Your Heart
アルバム冒頭を飾るアップテンポなナンバーだが、サウンドは控えめで軽やか。
タイトル通り“心の導きに従え”というポジティブなテーマで、再出発の意志を感じさせる。

2. Bush Baby
リズミカルなギターと、トロピカルなパーカッションが心地よいポップ・ソング。
歌詞には育児や生命を思わせる言葉も散りばめられており、失われたものへのオマージュのようにも響く。

3. Get That Love
本作のリードシングル。
シンセポップとアダルト・ポップの中間にあるサウンドで、コーラスの厚みやエレクトリック・ビートが80年代後期らしい。
歌詞はロマンティックでストレート、ヒット性も意識された楽曲。

4. Twentieth Century
ポップなメロディに乗せて、“20世紀という時代の矛盾”を批評するような視点が垣間見える。
軽快なテンポの中にも皮肉や疑念が漂い、ベイリーの内面的な視線が印象的。

5. Long Goodbye
バンド屈指のバラード作品。
喪失と別れを静かに歌い上げる一曲であり、個人的な悲しみが普遍的な感情へと昇華されている。
柔らかいシンセとギターの重なりが非常に繊細。

6. Still Waters
“静かな水”というタイトルの通り、感情の深さと沈黙をテーマにした楽曲。
ミニマルなアレンジと間の使い方が、瞑想的な効果を生んでいる。

7. Savage Moon
月や自然をモチーフにした幻想的な歌詞が特徴。
ドラムとベースの有機的なリズムに、アラナのパーカッションが溶け込む、隠れた佳作。

8. Gold Fever
軽やかなファンク感覚があるナンバーで、リズムの面白さが際立つ。
資本主義や欲望を風刺するようなリリックも含まれており、ダンサブルでありながら社会的な視点も持つ。

9. Nothing in Common
映画『ナッシング・イン・コモン』（トム・ハンクス主演）のために制作されたバラード。
切なくも温かいトーンで、“分かり合えなかった者同士”の対話を描く名曲。
アメリカのACラジオでは一定の人気を誇った。

10. Perfect Day
ポジティブな言葉と爽やかなメロディで締めくくられるエンディング曲。
“完璧な一日”は、理想ではなく“ささやかな現実”として描かれており、
アルバム全体を包む“穏やかな再出発”のムードを象徴している。

総評

『Close to the Bone』は、Thompson Twinsにとって最も“静かで個人的な声”が響く作品である。
本作には『Into the Gap』や『Here’s to Future Days』のような大仰さはなく、
むしろ喪失からの再起、自分たちの居場所の再確認といった、人生の節目にある空気が通底している。

商業的には前作ほどの成功は得られなかったが、
その控えめな美しさ、内面性、そして2人だけで音を紡ぐことの誠実さに、
80年代後期という“喧騒の後”の静寂を体現した作品としての価値がある。

これは「華やかな80年代」を駆け抜けたポップバンドの、
静かで意味深い“祈りのようなアルバム”であり、
パーソナルな喪失を知るすべてのリスナーに、そっと寄り添う作品でもある。