発売日: 2018年3月2日
ジャンル: インディーロック、ドリームポップ、ベッドルームポップ、オルタナティヴ
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概要
『Clean』は、米ナッシュビル出身のシンガーソングライター Soccer Mommy(ソッカー・マミー/本名ソフィー・アリソン)によるメジャーデビュー・アルバムであり、内省と不安、愛と自己否定が繊細に織り交ぜられた、現代的な“ベッドルーム・カタルシス”の名盤として高く評価された作品である。
タイトルの“Clean(清潔/浄化)”という言葉は、恋愛、自己像、他者との関係における傷や曇りを拭い去りたいという願いと、現実にはそれが叶わないという痛みの象徴でもある。
サウンドはローファイ気質を残しながらも洗練されており、90年代オルタナ〜2000年代インディーロックの系譜にあるギターサウンドと、ソフィーのささやくような声が、聴く者の内面に静かに侵食してくる。
この作品は、Z世代のフェミニズムや恋愛観、メンタルヘルスの問題を個人的な記憶と交差させながら描き出した、“語ることで癒えない傷をそのまま提示する”音楽なのだ。
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全曲レビュー
1. Still Clean
静謐なギターとリヴァーブのなかで、「まだ汚れていない」と語る主人公の傷がにじむ。過去の恋愛の回想が、まるで“幻覚のように”戻ってくるオープニング。
2. Cool
ローファイ・ギターと痛快なリズムで、クールになりきれない自分を描くアイロニカルな一曲。憧れと劣等感の反復が、どこか愛おしい。
3. Your Dog
アルバムの中核にあるフェミニズム的怒りと自己主張。従順であることに疲れた女性の視点から、他者の期待や支配からの解放を歌う。静かなサウンドのなかに強い決意が宿る。
4. Flaw
“欠点”を見つめる歌。愛されたいのに、愛される自信がない。ギターのリフは淡く、歌詞の繊細な反復が痛みに寄り添う。
5. Blossom (Wasting All My Time)
感情が芽吹くようでいて、同時に枯れていく過程。愛に費やした時間とその無力感が、ドリーミーな音像に包まれている。
6. Last Girl
“あなたが最後に恋した女の子みたいになれない”という自己否定が滲む。嫉妬と自己崩壊が交差する、きわめて現代的な失恋の描写。
7. Skin
声とギターが剥き出しになったような、最も親密で痛々しい曲。誰かと肌を重ねても埋まらない空虚が静かに綴られる。
8. Scorpio Rising
占星術をモチーフに、愛と運命をめぐる曲。別れの後に残る記憶と、その余韻がどこまでも優しく、そして切ない。
9. Interlude
ギターのみのインストゥルメンタル。曲間に漂う余白と孤独が、次の曲への繋ぎとして機能する。
10. Wildflowers
アルバムラストにふさわしい、希望と痛みが混ざったバラード。“自分もまた咲けるだろうか”という問いを残しつつ、そっと幕を閉じる。
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総評
『Clean』は、Soccer Mommyが自分の脆さ、怒り、恥、孤独といった感情を“語る”のではなく、“そのまま差し出す”ことで、聴く者の心の奥底を静かに揺さぶる作品である。
ギターの歪みも、歌声の揺らぎも、感情の言語化の手前にある“音のため息”のようであり、誰かに理解されたいけど言葉にできない——そんな感情の臓器を、直接聴かせるようなリアリティがここにはある。
これは、ある意味で“ヒーリング”とは真逆の音楽。
だが、傷を隠さずに音にするという誠実さが、結果的に聴き手にとっての癒やしにもなる。
そう信じられるだけの力を、このアルバムは持っている。
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おすすめアルバム(5枚)
- Snail Mail『Lush』
10代の恋と不安を鋭く描く、ギターと声のドキュメント。 - Phoebe Bridgers『Stranger in the Alps』
ささやきと怒りが混ざった、現代的インディー・フォークの代表作。 - Julien Baker『Turn Out the Lights』
静けさとカタルシスが同居する、内省的ポストロック。 - Mitski『Be the Cowboy』
女性の自己と他者との関係性を解体し、再構築した名作。 - Lucy Dacus『Historian』
叙情性と力強さが共存する、感情の物語集のような一枚。
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歌詞の深読みと文化的背景
『Clean』に込められたメッセージは、Z世代の恋愛観、フェミニズム、SNS的自己像、そして“癒されないまま生きることの正当性”に根ざしている。
Soccer Mommyは、このアルバムで「清くあれ」「可愛くあれ」「分かりやすくあれ」といった社会的要請を退け、
むしろ「複雑であること」「傷ついたままでいること」の美しさを示す。
“Your Dog”のような曲で語られる怒りや拒絶は、単なる恋愛の物語ではなく、他者からの期待に抗う女性的主体性の表明でもある。
だからこのアルバムは、ベッドルームポップでありながら、ひとつの静かなフェミニズムのマニフェストでもあるのだ。
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