アルバムレビュー:Cheap Trick by Cheap Trick

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発売日: 1977年2月
ジャンル: パワーポップ、ハードロック、グラムロック


鋭く尖ったアメリカ版“ビートルズ・ミーツ・パンク”——Cheap Trickの原点

1977年、イリノイ州出身の4人組バンドCheap Trickが世に放ったデビューアルバム『Cheap Trick』は、パワーポップの原型にして異端とも言える作品である。
この時代、アメリカのロックシーンはAORやサザン・ロックの台頭でやや保守的になりつつあったが、彼らはそこにイギリス的なメロディセンスと破天荒なロックンロール精神を持ち込んだ。

プロデュースはジャック・ダグラス(Aerosmithのプロデュースで知られる)。
音の質感はハードでシャープだが、その中にビートルズ的な構成美、そして不穏なユーモアが潜んでいるのが本作最大の特徴である。

ボーカルのロビン・ザンダーは美声と狂気を併せ持ち、ギターのリック・ニールセンは当時から“変人ギタリスト”としての存在感を放っていた。
「これがアメリカから出てきたビート・ロックだ」と言いたくなるような、捻くれた正統派のデビュー作である。


全曲レビュー

1. ELO Kiddies

「ELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)の子供たちへ」という謎めいた皮肉を込めたキラーチューン。
硬質なギターとシンコペーション気味のリズムがクセになる。ポップでありながら攻撃的。

2. Daddy Should Have Stayed in High School

問題作とされる一曲。
ロリコン教師という設定の不穏な語り口が、70年代ならではの危うさを漂わせる。
意図的な不快感すらサウンドに転化するCheap Trickの異能性が際立つ。

3. Taxman, Mr. Thief

ビートルズの“Taxman”へのオマージュ+社会風刺。
マネーと権力の不条理を叫ぶ、パンク的な攻撃性を内包したナンバー。

4. Cry, Cry

キャッチーなサビとパワーコードの応酬が特徴的なパワーポップ・ナンバー。
単純な失恋ソングとは違い、どこか狂気をはらんだ情念が感じられる。

5. Oh, Candy

ドラムのBun E. Carlosの友人であるカメラマンの自殺をテーマにした楽曲。
キャッチーで軽快なサウンドと、重たいテーマの対比が胸を打つ。
文字通り“甘くないCandy”の物語。

6. Hot Love

ハードロック的ギターリフとシンプルなビートが炸裂する。
セックス・ドライヴ全開の歌詞と共に、ロックンロールの原初的衝動を感じさせる。

7. Speak Now or Forever Hold Your Peace

マイナー調で展開する陰のある楽曲。
オリジナルはイギリスのTerry Reidによるもので、Cheap Trickはそれをダークで荘厳なロックへと昇華している。

8. He’s a Whore

ファスト&ルーズなリズムと挑発的な歌詞。
性の倒錯や社会批判を逆説的に織り交ぜた、いかにもCheap Trickらしいブラック・ユーモアが冴える。

9. Mandocello

このアルバムの“隠れた名曲”。
タイトル通りマンドチェロが使われ、メランコリックなバラードに仕上がっている。
甘さと憂いのバランスが絶妙で、彼らの繊細な一面が垣間見える。

10. The Ballad of TV Violence (I’m Not the Only Boy)

シリアルキラー“リチャード・スペック”を題材にした、衝撃のロックバラード。
暴力、テレビ、アイデンティティの崩壊が重なり合うダークな世界観。
ラストにして最も重く、最も強烈な印象を残す。


総評

『Cheap Trick』は、明るく見せかけて実は毒々しい、二重構造のロックンロールである。
パワーポップという枠にとどまらず、グラムロックの演劇性、ハードロックの骨太さ、パンクの異端性が混在している。
70年代後半のアメリカン・ロックの中で、ここまで“ひねくれたポップセンス”と“狂気”を両立させた作品は珍しい。

後の日本のバンド(特にジュンスカやThe Pillows)への影響も含め、今なお語り継がれるべき名盤である。


おすすめアルバム

  • Big Star / #1 Record
    パワーポップの金字塔。メロディの美しさと内省的な詞世界が共通する。
  • The Raspberries / Raspberries
    70年代初期のアメリカン・パワーポップ。Cheap Trickの前段階とも言える存在。
  • New York Dolls / New York Dolls
    グラムとパンクの架け橋的バンド。Cheap Trickの派手さと皮肉に通じる。
  • Kiss / Dressed to Kill
    同時期に活躍したグラム寄りハードロック。Cheap Trickとともにアメリカン・ショーマンシップを牽引。
  • XTC / Drums and Wires
    UKのニューウェイヴ的パワーポップ。ひねくれたメロディとインテリジェンスが共振する。

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