アルバムレビュー:Candy Apple Grey by Hüsker Dü

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発売日: 1986年3月17日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポスト・ハードコア、メロディック・パンク


甘くて、鈍い色をした痛み——メジャーデビュー作に滲む繊細な崩壊

Candy Apple Greyは、Hüsker Düがメジャー・レーベル(Warner Bros.)から初めてリリースした作品であり、同時にバンドの創造的緊張が頂点を迎え、内側から崩れはじめたことを記録する1枚でもある。

前作Flip Your Wigで磨かれたメロディセンスはそのままに、より内省的でメランコリックなトーンがアルバム全体を支配している。
タイトルの「Candy Apple Grey(飴りんごグレー)」という矛盾に満ちた比喩が示す通り、本作には甘さと苦さ、鮮やかさと鈍色が同居している。

Bob MouldとGrant Hartの二人のソングライターによる視点の違いもますます鮮明となり、ギリギリのバランスで感情がぶつかり合い、まるで崩れかけた家の中から聴こえてくるような切実なポップ・ソングが並ぶ。


全曲レビュー

1. Crystal

アルバムの冒頭を飾る、不穏なノイズとともに始まるMould曲。
クリスタルのように“見えてしまう”ことの痛みと、壊れやすさが交錯する。
オープニングから陰鬱で鋭いトーンを打ち出している。

2. Don’t Want to Know If You Are Lonely

Hartによる、本作で最も知られたトラック。
明快なギター・リフと疾走感あるビートに乗せて、別れと無関心の虚しさが描かれる。
「君が孤独かどうかなんて知りたくない」——拒絶の裏にある弱さが胸を打つ。

3. I Don’t Know for Sure

Mouldによる短くも攻撃的なナンバー。
確信のなさと、全てを壊してしまいそうな衝動が露骨に表現されている。

4. Sorry Somehow

Hartの手による名バラード。
“たぶんどこかで悪かったんだろう”という曖昧な謝罪が、関係の終焉のリアリティを突く。
シンプルなコード進行とヴォーカルの切実さが、聴き手の内面に静かに届く。

5. Too Far Down

Mouldが歌う、鬱屈と自殺願望が垣間見えるような重いバラード。
「もう底まで来てしまった」と語るその声は、叫びではなく、囁きに近い。
本作の中心にある沈んだ感情が最も深く露出する曲である。

6. Hardly Getting Over It

6分にわたる、Mouldによる長編バラード。
父の死と自分の老いを重ね合わせながら、「乗り越えたなんて言えない」と繰り返す。
シンプルなフレーズに、永続する喪失感がにじむ。

7. Dead Set on Destruction

ハードでアップテンポな一曲。
破壊衝動がそのまま曲の推進力になっており、タイトル通り「破滅への決意」がテーマ。
アルバムの沈静を一時的に突き破る瞬間でもある。

8. Eiffel Tower High

Hartらしいポップな旋律と比喩に満ちた歌詞。
“エッフェル塔”という異国のイメージが、実際の恋愛と現実逃避の間を揺れ動く。

9. No Promise Have I Made

静かなピアノをバックにした、非常に内省的なナンバー。
約束をしないことで、痛みを避ける。そんな自己防衛の論理が静かに語られる。

10. All This I’ve Done for You

ラストを飾る、激しくも悲壮なMouldの一曲。
「すべては君のためだった」という言葉が、愛情の形を問い直す。
終幕としての余韻を強く残す、感情の爆発がここに集約されている。


総評

Candy Apple Greyは、Hüsker Düがパンク・バンドという括りから完全に逸脱し、“感情を音で記録する装置”として成熟した瞬間をとらえた作品である。

本作ではハードコア的なスピードやアグレッションは後退し、代わりにメロディ、コード、そして“沈黙”の重みが増している。
それは彼らがよりパーソナルな領域へ踏み込んだからに他ならない。

Bob Mouldの痛々しいまでに露出した内面と、Grant Hartの奇妙にカラフルな哀しみ。
ふたりのソングライターの美学がかつてないほどに乖離しながらも、作品としては驚くほど統一感を保っているのがこのアルバムの凄みである。

これ以降、バンドはより大きな表現の場を求めながらも、関係性は急速に崩壊へと向かう。
その予兆すらも、このアルバムには美しい“鈍色”として刻まれている。


おすすめアルバム

  • Warehouse: Songs and Stories / Hüsker Dü
     バンド末期に生まれた豊穣な二枚組。創造のピークと崩壊の記録。
  • Workbook / Bob Mould
     ソロとしての第一歩。内省と静けさを極めたアコースティックな名作。
  • Intolerance / Grant Hart
     ハートによるソロ・デビュー。自由奔放なポップと毒が共存する。
  • Document / R.E.M.
     メジャー初期のオルタナティブ・ロックの模範的作品。
  • The Queen Is Dead / The Smiths
     感情と皮肉をポップに昇華した、同時代の孤独の美学。

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