発売日: 2022年10月14日
ジャンル: インディーポップ、シンガーソングライター、オルタナティヴポップ
概要
『Can You Afford To Lose Me?』は、イギリスのシンガーソングライターHolly Humberstoneが2022年にリリースしたコンピレーションアルバムであり、
これまで発表したEPやシングルをまとめつつ、新曲を加えて再構成した、彼女のキャリアの第一章を総括する作品である。
Humberstoneは、デビューEP『Falling Asleep at the Wheel』や『The Walls Are Way Too Thin』で急速に注目を集めた。
本作では、その二つのEPからの代表曲に加え、アルバムタイトルにもなっている新曲「Can You Afford To Lose Me?」を含め、
成長と混乱、孤独と愛といったテーマを、より一層成熟した形で提示している。
単なるベスト盤的な内容ではなく、彼女の感情の軌跡──迷い、躊躇い、前進への小さな希望──を一本のストーリーとして編み上げており、
Holly Humberstoneというアーティストがどこから来て、どこへ向かおうとしているのかを鮮明に感じ取れる作品となっている。
全曲レビュー
1. Can You Afford To Lose Me?
このコンピレーションのために書き下ろされた新曲。
深い喪失感と自己防衛の感情を、ダイナミックなサウンドと共に爆発させる。
Humberstoneの歌声がここでは特に力強く、悲しみと怒りがないまぜになった複雑な感情をリアルに伝えてくる。
2. Overkill
恋愛初期の高揚感と、それに伴う不安を描いたポップチューン。
軽快なリズムの裏に、”本気になりすぎる怖さ”が滲む。
3. Scarlett
友情の破綻をテーマにした切ないロックポップ。
鮮やかなメロディとビターなリリックが絶妙に交錯する。
4. Deep End
家族への思いやサポートの難しさを描いた、静かなバラード。
温かさと悲しみが繊細に共存する一曲である。
5. Sleep Tight
別れを受け入れようとする複雑な心情を、軽やかで少し切ないサウンドに乗せたポップソング。
自己防衛と未練の間を揺れるリアルな感情が胸に響く。
6. Vanilla
恋愛における停滞感をテーマにした曲。
タイトル通り”バニラ”=”無味乾燥”な関係性を、ビターなユーモアで描いている。
7. The Walls Are Way Too Thin
都市生活の孤独と息苦しさを描いた代表曲。
内向的な歌詞と、広がりのあるエレクトロサウンドが見事に融合している。
8. Haunted House
家族の記憶と喪失感をテーマにした、美しいピアノバラード。
幽霊屋敷というモチーフが、過去と現在の曖昧な境界を象徴している。
9. Friendly Fire
心ならずも誰かを傷つけてしまう痛みを、静かに歌った一曲。
穏やかなサウンドの中に、罪悪感と自己嫌悪が滲んでいる。
10. Falling Asleep At The Wheel
人生のコントロールを失いかける感覚を描いた、彼女の出発点ともいえる重要曲。
不安と諦念を優しいサウンドに包み込んで表現している。
総評
『Can You Afford To Lose Me?』は、Holly Humberstoneがデビュー以来築き上げてきた音楽世界を、
あらためて鮮やかに照らし出すコンピレーションである。
バラバラに発表された楽曲たちが、こうしてひとつの作品として並べられることで、
彼女のテーマ──不安、孤独、愛、自己再生──がより立体的に浮かび上がってくる。
音楽的には、ベッドルームポップ的な親密さを基盤にしながら、
エレクトロニックな広がりやロック的なダイナミズムを積極的に取り入れ、
表現の幅が着実に拡がっていることがわかる。
特に、新曲「Can You Afford To Lose Me?」の感情の爆発力は、
Humberstoneが次のステージに進もうとしていることを強く感じさせる。
このアルバムは、彼女が過去を総括し、未来に向かって踏み出すための”節目”であり、
リスナーにとっても、彼女の旅路を静かに見守るような、特別な体験となるだろう。
おすすめアルバム(5枚)
- Gracie Abrams『This Is What It Feels Like』
内省的なリリックと、繊細なポップサウンドがHumberstoneと重なる。 - Olivia Rodrigo『SOUR』
恋愛、孤独、自己形成を率直に描く姿勢に共通点がある。 - Beabadoobee『Beatopia』
若さと喪失感をドリーミーに表現するスタイルが響き合う。 - Billie Eilish『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』
内面の暗さとポップセンスを巧みに融合させた作品。 - Lorde『Pure Heroine』
都市生活の孤独と若者の心情を鋭く描いた初期衝動が近しい。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Can You Afford To Lose Me?』の制作では、Holly Humberstone自身が多くの楽曲に深く関与し、
共作者であるRob MiltonやMatty Healy(The 1975)など、インディー/オルタナ界隈の重要人物たちとコラボレーションを重ねた。
レコーディングは、ロンドンと地方のスタジオを行き来しながら行われ、
自然体でいながらも、感情の奥行きを最大限に引き出すサウンドメイキングが徹底された。
この自由で柔軟な制作体制が、アルバム全体に漂う”親密さと広がりの同居”という独特の空気感を生み出しているのである。
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