
発売日:1980年2月15日
ジャンル:パワー・ポップ/ニューウェイヴ/ロックンロール/ポップ・ロック
概要
The Knackのセカンド・アルバム『…But the Little Girls Understand』は、1979年の大ヒット作『Get the Knack』の成功をほとんど間を置かずに引き継いだ作品である。デビュー作で「My Sharona」を世界的ヒットにした彼らは、一気に1979年のロック/ポップ界の中心へ躍り出た。その直後に制作された本作は、前作の基本的なフォーマットを維持しながら、よりタイトで直接的なロックンロールへ踏み込んでいる。
The KnackはDoug Fieger、Berton Averre、Prescott Niles、Bruce Garyからなるロサンゼルスの4人組で、1960年代のThe Beatles、The Who、The Kinks、The Rolling Stonesなどから強い影響を受けていた。一方、登場した時代はパンクとニューウェイヴの直後であり、彼らの音楽は古典的なロックンロールの簡潔さを、1970年代末のスピード感と硬質なプロダクションによって更新したものだった。
『Get the Knack』は、白黒写真、統一された衣装、短くキャッチーな曲、簡潔な演奏によって「新しいBeatles」のように売り出された。しかし、その急速な成功は同時に反発も招いた。過剰な宣伝、性的な歌詞、意図的に作られたレトロなイメージなどに対して批判が起こり、The Knackはデビュー直後から「人気がありすぎるバンド」特有の逆風にさらされることになる。
そうした状況の中で登場した『…But the Little Girls Understand』は、前作以上に攻撃的で、皮肉を帯びたタイトルを持つ。
タイトルはロックンロール史に連なる表現であり、The Knackの若い女性ファンをめぐる世間の視線に対する挑発としても機能する。一方で、現在の視点から見ると、アルバム中の一部の性的表現や若い女性を対象化するような視線は明確に時代性を感じさせる。そのため本作は、パワー・ポップとしての完成度と、1970年代末〜1980年代初頭の男性中心的なロック文化の問題点を同時に抱えた作品でもある。
音楽面では、前作と同じくMike Chapmanがプロデュースを担当した。ChapmanはSweetやSuzi Quatro、Blondieなどの仕事でも知られ、簡潔なポップ・ソングを非常に強い音圧と明確なフックへ変換する能力に長けていた。
本作でもギター、ベース、ドラム、ヴォーカルという基本編成を崩さず、余計な装飾を加えない。Berton Averreの鋭いギター、Prescott Nilesの動くベース、Bruce Garyの硬質なドラム、Doug Fiegerの鼻にかかった高音ヴォーカルによって、The Knack独自の焦燥感が作られている。
アルバムの代表曲は「Baby Talks Dirty」である。
「My Sharona」のリズム感やギター・フックを意識した楽曲であり、The Knackが自らの成功パターンをかなり直接的に継承していることが分かる。しかし本作全体を見ると、「Tell Me You’re Mine」「Mr. Handleman」「The Feeling I Get」「The Hard Way」など、より細かなソングライティングの違いも存在する。
その意味で『…But the Little Girls Understand』は、The Knackが一発的なヒットだけで説明できるバンドではなかったことを示す一方、あまりにも早い速度で前作の成功を反復しようとした作品でもある。
全曲レビュー
1. Baby Talks Dirty
アルバム冒頭の「Baby Talks Dirty」は、本作を象徴するナンバーであり、「My Sharona」に続くThe Knackの王道パターンを最も明確に提示する。
硬質なドラム、タイトなベース、短く切られたギター、そしてタイトルを強く反復するコーラスによって、最初から強烈な推進力を作る。
リズムの作り方は非常に身体的で、単なる速いロックンロールではない。各楽器がわずかに隙間を残しながら配置されるため、音数は少ないのに強いグルーヴが生まれる。
歌詞は性的な言葉を使う女性への興味を直接的に扱っており、The Knack特有の少年性と覗き見的な視線が強く出る。
この種の歌詞は当時のロックでは珍しくなかったが、The Knackの場合はその無遠慮さがバンドのイメージそのものと強く結びついていた。
音楽的には非常に計算されたシングルであり、成功したフォーマットを意図的に再利用した曲としても重要である。
2. I Want Ya
「I Want Ya」は、タイトルが示す通り、欲望を最小限の言葉で表現したロックンロールである。
The Knackの歌詞では、複雑な心理描写より「欲しい」「会いたい」「こちらを向いてほしい」といった直接的な衝動が頻繁に使われる。
この曲もその典型であり、欲望の対象を前にして理性的な説明を挟まない。
音楽も同様に直接的で、ギター・リフとビートを中心に短くまとめられている。
Doug Fiegerのヴォーカルには、完全な自信よりも少し焦った感じがあり、それが曲の少年っぽさを強調する。
The Knackのパワー・ポップが、Big Starのような切なさよりも、もっと即物的な欲望とロックンロールへ寄っていたことをよく示す一曲である。
3. Tell Me You’re Mine
「Tell Me You’re Mine」は、所有欲と不安が交差するラヴ・ソングである。
タイトルは「君は僕のものだと言ってくれ」という意味で、相手の気持ちを確認しないと安心できない人物像が描かれる。
ここで重要なのは、The Knackの歌詞に見られる「自信と不安の同居」である。
表面的には強引で、欲望を隠さない。
しかしその裏には、相手に拒絶されるかもしれないという焦りがある。
音楽的にはメロディの比重がやや高く、単なるハードなロックンロールではなく、1960年代型ポップの影響が感じられる。
コーラスの作り方もThe BeatlesやThe Holliesなどに通じる多声的な感覚があり、The Knackがニューウェイヴ的な見た目とは裏腹に、非常に伝統的なポップ・ソングの作法を持っていたことが分かる。
4. Mr. Handleman
「Mr. Handleman」は、少し風刺的な人物描写を持つ楽曲である。
The Knackの作品では、恋愛やセックスだけでなく、日常生活の中にいる人物を戯画化するような曲も存在する。
この曲ではタイトルになっている人物を中心に、社会的役割や態度の滑稽さが描かれる。
音楽的には、ギターの細かいアクセントとリズム隊の硬さが目立つ。
The Knackの演奏は、見かけほど単純ではない。
特にPrescott Nilesのベースは、単にルート音を追うだけではなく、メロディの一部として動き続ける。
「Mr. Handleman」はそうしたバンドのアンサンブル能力を確認できる曲である。
5. Can’t Put a Price on Love
「Can’t Put a Price on Love」は、アルバムの中でも比較的ロマンティックな方向へ傾いた曲である。
タイトルは「愛に値段は付けられない」という意味で、消費や交換では測れない感情を扱う。
このテーマ自体は非常に普遍的で、The Knackの直接的な性欲中心の曲とは少し異なる。
音楽的にもメロディを重視し、ヴォーカルの感情的な側面が前面に出る。
こうした曲があることで、The Knackが「My Sharona」型のリフ中心バンドだけではないことが分かる。
一方、彼ら特有の短く乾いたサウンドは維持されており、過剰なバラードにはならない。
6. Hold On Tight and Don’t Let Go
「Hold On Tight and Don’t Let Go」は、関係を失いたくないという切迫感を中心にした楽曲である。
タイトル通り、「しっかりつかまって離すな」という命令形が使われる。
The Knackの恋愛表現では、相手との距離が常に不安定である。
得たものを維持したい。
しかし、そのために相手を強くつかもうとする。
この構造には、バンドの歌詞にしばしば見られる所有欲が表れている。
音楽はテンポよく進み、ギターとドラムの切れ味が強い。
ロックンロールの身体的なエネルギーと、歌詞の心理的な焦りが自然に一致している。
7. The Hard Way
「The Hard Way」は、失敗や困難を通じて何かを学ぶというテーマを持つ。
タイトルの「hard way」は「痛い目を見て学ぶ」といった意味で使われる表現である。
ここでは、自分の選択や関係の結果を後から理解する人物像が描かれる。
The Knackの歌詞にはしばしば若さゆえの衝動があるが、この曲ではその衝動に対する少し成熟した視線が加わる。
音楽的には、比較的ストレートなパワー・ポップで、メロディとギター・リフのバランスが良い。
アルバム後半へ向けて、単なる欲望の連続から、行動の結果を考える方向へ少しずつ変化していく。
8. It’s You
「It’s You」は、特定の相手への強い感情を簡潔な言葉で表した楽曲である。
The Knackは複雑な比喩を多用するタイプのバンドではなく、一つの短いフレーズを繰り返すことでフックを作ることが多い。
「It’s You」という言葉もその典型であり、他の誰でもなく「君だ」と強調する。
音楽的には、1960年代ポップへの影響が比較的強く出る。
短いメロディ、コーラスの反復、ギターの明快なコード進行によって、古典的なポップ・ソングの構造が作られる。
その上にニューウェイヴ期特有の硬い音質を乗せることで、古さと新しさが共存する。
9. End of the Game
「End of the Game」は、関係や駆け引きの終わりを扱った曲である。
恋愛を「game」と表現するのはロック/ポップでは古典的な手法だが、この曲ではそのゲームが終わる地点に視線が置かれる。
駆け引きが終われば、そこには結果だけが残る。
勝ったのか、負けたのか。
それとも、そもそも最初から勝敗を決めるような関係ではなかったのか。
The Knackの直接的な歌詞の中では比較的余韻を持つテーマである。
サウンドはやや抑制され、楽曲の終着点を意識させる。
アルバム後半に配置されることで、勢いだけでは終わらない構成上の役割を果たしている。
10. The Feeling I Get
「The Feeling I Get」は、特定の出来事ではなく感覚そのものを中心に置いた楽曲である。
恋愛や欲望について詳しく説明するのではなく、「相手といるときに自分がどう感じるか」を重視する。
The Knackの曲としては比較的内面的であり、外向的な欲望よりも、感情の反応そのものが中心になる。
音楽的にはメロディが前に出ており、Berton Averreのギターもリフだけでなくハーモニーを支える役割を担う。
パワー・ポップというジャンルの本質である「ギターの強さとメロディの甘さ」が分かりやすく表れた一曲である。
11. (Havin’ a) Rave Up
「(Havin’ a) Rave Up」は、The Knackのロックンロール志向を最も直接的に示す楽曲のひとつである。
タイトルの「rave up」は、1960年代英国ロックでも使われた表現で、演奏やパーティーが激しく盛り上がる状態を意味する。
The Yardbirdsなどの1960年代ブリティッシュ・ロックにもつながる言葉であり、The Knackが自分たちを単なるニューウェイヴ・バンドではなく、ロックンロールの伝統に連なる存在として捉えていたことが分かる。
楽曲自体もシンプルで勢いがあり、ギター、ベース、ドラムが一直線に突き進む。
この曲では洗練よりも演奏の瞬発力が重要になる。
ライブ・バンドとしてのThe Knackの魅力を感じさせる一曲である。
12. How Can Love Hurt So Much
アルバムを締めくくる「How Can Love Hurt So Much」は、本作の中でも特に感情的なタイトルを持つ。
「どうして愛はこんなにも痛いのか」という問いは、それまでの強引で自信に満ちた恋愛表現とは対照的である。
アルバム序盤では「I Want Ya」「Tell Me You’re Mine」と相手を求め続けていた語り手が、最後には恋愛そのものの痛みに直面する。
この配置によって、作品全体にある程度の感情的な円環が生まれる。
音楽的にも、他の曲よりメロディとヴォーカルの哀愁が強い。
The Knackというバンドのイメージは性的なジョークやキャッチーなリフによって語られがちだが、この曲ではその裏にある脆弱さが見える。
アルバムを単純な快楽主義で終わらせず、愛情の代償を示して閉じるという意味で重要なクロージングである。
総評
『…But the Little Girls Understand』は、The Knackの成功と限界が同時に表れたアルバムである。
最大の強みは、4人の演奏が極めてタイトであることだ。
Bruce Garyのドラムは無駄がなく、キックとスネアによって曲の輪郭を鋭く作る。
Prescott Nilesのベースは非常によく動き、単純なコード進行にもメロディックな厚みを与える。
Berton Averreのギターは、ハード・ロック的な長いソロよりも、短く記憶に残るリフやアクセントを重視する。
そしてDoug Fiegerのヴォーカルが、その上に焦燥感のあるポップ・メロディを置く。
このアンサンブルは『Get the Knack』ですでに完成していた。
『…But the Little Girls Understand』では、それをさらに短く、速く、硬くする方向へ進んでいる。
問題は、その完成された様式をあまりにも早く反復したことにある。
デビュー作の成功から短期間で制作されたため、本作には意図的な「第二のMy Sharona」を思わせる瞬間がある。
特に「Baby Talks Dirty」はその代表であり、リズム、ヴォーカルのアクセント、ギターの配置に前作の大ヒット曲との明確な連続性がある。
商業的には合理的だった。
しかし芸術的には、The Knackがすでに自分たちのフォーマットに閉じ込められつつあることも示した。
これはThe Knackのキャリア全体を考えるうえで重要である。
彼らは非常に短期間で巨大な成功を手にした。
その結果、ゆっくりと音楽的変化を見せる時間を与えられなかった。
メディアも聴衆も「次のMy Sharona」を求め、同時に「My Sharonaの繰り返し」を批判する。
この矛盾した期待の中で、本作は登場した。
したがって『…But the Little Girls Understand』は、「前作と似すぎている」という批判と、「このサウンドこそThe Knack」という評価が同時に成立する作品である。
パワー・ポップの観点から見ると、その完成度は高い。
Big Star、Cheap Trick、The Raspberriesなどが1970年代に発展させた、The Beatles以後の甘いメロディとハードなギターを結びつける方法論を、The Knackはより速く、より都会的な形へ変えた。
一方、ニューウェイヴとの関係も重要だ。
The KnackはTalking HeadsやDevoのように実験的ではなく、Blondieのようにディスコやレゲエを幅広く取り込むわけでもない。
それでも、曲を短くし、音を乾かし、装飾を減らし、ギターとリズムを前面に出すスタイルは明らかにパンク/ニューウェイヴ以後のものだった。
つまりThe Knackは、1960年代型ロックンロールを1979〜80年のスピードと音圧で再起動したバンドだった。
歌詞については、現在の視点では慎重に見る必要がある。
The Knackの作品には若い女性への性的視線、所有欲、男性側からの一方的な欲望が多く含まれる。
アルバム・タイトルそのものもその文脈にあり、当時のロック文化では挑発的なユーモアとして受け取られた部分が、現在ではより批判的に検討される。
これは作品を歴史的に評価する際に避けて通れない。
一方で、全曲を通して聞くと、語り手が常に支配的な人物として描かれているわけではないことも分かる。
「Tell Me You’re Mine」では確認を求め、「The Hard Way」では失敗から学び、「How Can Love Hurt So Much」では恋愛によって傷つく。
つまり、表面的な強引さの裏には拒絶への恐怖や不安がある。
この「マチズモの裏側にある少年性」はThe Knackの歌詞の一つの特徴である。
また、本作は後のパワー・ポップ復権にもつながる。
1980年代以降、パワー・ポップは巨大な主流ジャンルにはならなかったが、The Smithereens、Matthew Sweet、Teenage Fanclub、Fountains of Wayne、Weezerなど、強いギターと明快なメロディを組み合わせるバンドの系譜は続いていく。
The Knackはその中でも、最も商業的に成功した極端な例のひとつだった。
『…But the Little Girls Understand』は『Get the Knack』ほど歴史的インパクトの大きい作品ではない。
しかし、The Knackの魅力を一枚のヒット曲だけでなく、バンド演奏、パワー・ポップの構造、60年代ロックへの執着という観点から理解するには重要なアルバムである。
前作の成功を拡張した作品であると同時に、その成功がバンドの未来を狭め始めた瞬間でもある。
その意味で本作は、The Knackの絶頂期と転換点が同居した作品といえる。
おすすめアルバム
1. The Knack – Get the Knack(1979)
The Knackのデビュー作にして最大の代表作。「My Sharona」「Good Girls Don’t」などを収録し、60年代型ロックンロール、パワー・ポップ、ニューウェイヴ的な硬質さを一気にメインストリームへ押し上げた。『…But the Little Girls Understand』の直接的な原型として最重要の一枚である。
2. Cheap Trick – Heaven Tonight(1978)
The Beatles由来のメロディとハード・ロックのギターを融合したパワー・ポップの代表作。「Surrender」などを収録し、The Knackが登場した時代のギター・ポップの背景を理解するうえで重要である。The Knackよりハードだが、キャッチーさと大音量を両立する点で共通する。
3. The Cars – The Cars(1978)
ニューウェイヴ、パワー・ポップ、ロックンロールを非常に洗練された形で統合した作品。「Just What I Needed」「My Best Friend’s Girl」などを収録。The Knackと同様、古典的なポップ・ソングの構造を、1970年代末の乾いたサウンドへ更新している。
4. Blondie – Parallel Lines(1978)
Mike Chapmanのプロデュースによって、パンク/ニューウェイヴのバンドを世界的なポップ・アクトへ変えた代表作。The Knackとは音楽の幅が大きく異なるが、短いフック、強いリズム、明確なヴォーカルを使ってロックをポップ市場へ接続する制作思想には共通点がある。
5. The Raspberries – Fresh(1972)
1970年代パワー・ポップの重要作。The BeatlesやThe Whoの影響を受けた甘いメロディと力強いギターを組み合わせ、後のCheap TrickやThe Knackへ続く基本形を作った。『…But the Little Girls Understand』の背後にあるパワー・ポップの歴史を理解するうえで重要な一枚である。

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