
- 発売日: 1986年9月29日
- ジャンル: ポストパンク、シンセポップ、ニューウェイヴ、ダンス・ロック、オルタナティヴ・ロック、エレクトロニック・ロック
概要
New Orderの4作目のスタジオ・アルバム『Brotherhood』は、バンドが1980年代半ばに到達した二つの顔、すなわちギター・バンドとしてのポストパンク的な硬質さと、シンセサイザー/ドラムマシンを駆使したダンス・ミュージック志向を、ひとつのアルバム内で明確に対置した作品である。1981年のデビュー作『Movement』では、Joy Divisionの喪失の影が濃く残り、バンドはまだ自分たちの新しい声を探していた。1983年の『Power, Corruption & Lies』では、シンセポップとポストパンクを結びつける独自の方法を見出し、同年の「Blue Monday」によって、ロック・バンドとクラブ・ミュージックの境界を大きく変えた。1985年の『Low-Life』では、より洗練されたソングライティングとエレクトロニックな音響が融合し、New Orderのスタイルはほぼ完成形に近づいた。
その後に発表された『Brotherhood』は、しばしばNew Orderの中期作品として、前作『Low-Life』と次作『Technique』をつなぐ位置に置かれる。『Low-Life』がバンドのポップ性、エレクトロニックな洗練、メランコリックな歌心を高い水準で統合していたのに対し、『Brotherhood』はやや分裂した作品である。アルバム前半にはギター中心のロック・バンド的な楽曲が多く、後半にはシンセサイザーやリズムマシン、クラブ・ミュージックへの接近が強い曲が並ぶ。この構成は偶然ではなく、New Orderというバンドの内部にある二つの方向性をそのままアルバム化したものといえる。
タイトルの『Brotherhood』は「兄弟愛」「同胞意識」「結束」を意味する。しかし、このアルバムにある結束は、明るく安定した共同体の感覚ではない。むしろ、バンドとしての一体感がありながらも、その内部には異なる欲望や音楽的方向性が存在している。ギター・ロックとしてのNew Orderと、クラブ・ミュージックへ向かうNew Order。その二つが完全に溶け合うのではなく、並置され、時に摩擦を起こしている。その摩擦が『Brotherhood』の魅力である。
音楽的には、Peter Hookの高音域ベース、Bernard Sumnerの乾いたギターと抑制されたヴォーカル、Stephen Morrisの機械的かつ精密なドラム、Gillian Gilbertのシンセサイザーが、New Orderらしい冷たく透明なサウンドを作っている。Joy Division時代から続くポストパンクの冷たさは残りつつも、1980年代中盤のテクノロジー、クラブ文化、シンセポップの明快さが加わっている。特に「Bizarre Love Triangle」は、New Orderの代表曲のひとつとして、エレクトロニック・ポップの完成度を示す重要曲である。
一方で、『Brotherhood』にはギター・バンドとしてのNew Orderも強く存在する。「Paradise」「Weirdo」「As It Is When It Was」「Broken Promise」などでは、シンセサイザーよりもバンド・アンサンブルの硬さや、Peter Hookのベースとギターの絡みが前面に出る。これらの曲は、後年のよりダンサブルなNew Orderしか知らないリスナーには意外に感じられるかもしれない。しかし、New OrderはもともとJoy Divisionから生まれたポストパンク・バンドであり、その出自は本作でも消えていない。
歌詞面では、愛、疑い、裏切り、関係の混乱、自己不信、都市的な孤独が中心となる。Bernard Sumnerの歌詞は、Ian Curtisのような深い文学的絶望とは異なり、より日常的で断片的で、時に曖昧である。しかし、その曖昧さこそがNew Orderの魅力でもある。はっきりした物語や感情の説明ではなく、心の中に浮かぶ短いフレーズ、すれ違う感情、言い切れない関係の不安が、冷たいメロディと電子音の中に溶けている。
『Brotherhood』は、New Orderの最高傑作としては『Power, Corruption & Lies』や『Low-Life』、『Technique』に譲ると見なされることも多い。しかし、バンドの本質を理解するうえでは非常に重要な作品である。なぜなら、このアルバムには、New Orderがどの方向へ向かうべきかをまだ完全には決めきっていない緊張が残っているからである。ギターとシンセ、ロックとダンス、メランコリーと機械的快楽。その狭間に立つNew Orderの姿が、『Brotherhood』には鮮明に刻まれている。
全曲レビュー
1. Paradise
オープニング曲「Paradise」は、タイトルの「楽園」という言葉に反して、明るい解放感よりも、冷たく緊張した疾走感を持つ楽曲である。New Orderにとって楽園とは、無邪気な幸福の場所ではない。むしろ、追い求めても簡単には到達できない理想、あるいは都市の中で一瞬だけ感じられる高揚のようなものとして響く。
音楽的には、ギター、ベース、ドラムが比較的前面に出たロック寄りのサウンドである。Peter Hookのベースはメロディックに動き、曲にNew Order独自の輪郭を与えている。Stephen Morrisのドラムはタイトで、機械的な正確さを持ちながらも、バンドとしての肉体性を残している。シンセサイザーは全面を支配するのではなく、音の背景に冷たい光を加える役割を担う。
Bernard Sumnerのヴォーカルは、熱く歌い上げるのではなく、いつものように少し距離を置いた響きを持つ。彼の声は感情を直接的に表現するより、感情がうまく言葉にならない状態を表す。そのため「Paradise」という大きなタイトルも、どこか皮肉に聞こえる。楽園を歌っているはずなのに、そこには確かな幸福がない。
歌詞では、理想や関係への期待と、それが簡単には満たされない感覚がにじむ。New Orderの楽曲では、愛や幸福はいつも不安定で、明確な答えを与えない。この曲もまた、楽園を目指して走っているようでありながら、その楽園が本当に存在するのかは分からない。
「Paradise」は、『Brotherhood』前半のギター・バンド的なNew Orderを象徴する曲である。アルバムの入口として、冷たい推進力と曖昧な希望を同時に提示している。
2. Weirdo
「Weirdo」は、タイトル通り「変わり者」「奇妙な人物」を意味する楽曲である。New Orderの音楽には、社会の中心から少しずれた感覚、普通の恋愛や普通の人生にうまく馴染めない感覚がしばしば流れている。この曲は、そのずれを比較的軽快なギター・ポップとして表現している。
音楽的には、『Brotherhood』の中でも明るく、親しみやすい部類に入る。ギターは軽やかに鳴り、リズムも前向きで、メロディにはポップな魅力がある。しかし、その明るさは単純な楽天性ではない。タイトルが示すように、曲の中心には自分がどこか変わっているという感覚がある。
Peter Hookのベースはここでも重要で、曲のポップな輪郭を支えながら、独特の切なさを加えている。New Orderの楽曲では、明るいメロディでもベースが哀愁を帯びることで、曲全体に陰影が生まれる。「Weirdo」もその典型である。
歌詞では、自己認識、他者との距離、普通であることへの違和感が感じられる。New Orderの歌詞はあまり説明的ではないが、この曲では「変わっていること」を悲劇的にではなく、少し醒めたユーモアと共に受け入れているようにも聞こえる。
「Weirdo」は、アルバム前半の中でも特にポップな魅力を持つ曲であり、ギター・バンドとしてのNew Orderの明るい側面を示している。しかし、その明るさの奥には、やはり疎外感が残っている。
3. As It Is When It Was
「As It Is When It Was」は、タイトルからして時間のねじれを感じさせる楽曲である。「それが昔そうだった時のように、今もそうである」といった曖昧な構造を持つ言葉であり、過去と現在が重なり合う感覚を生む。New Orderにとって過去とは、常にJoy Divisionの記憶とも結びつく。だが、この曲は直接的な追悼というより、時間の中で関係や感情が変わりながらも繰り返される感覚を描いている。
音楽的には、穏やかなギターと流れるようなベースが印象的で、アルバム前半の中では比較的内省的な楽曲である。リズムは激しくなく、曲全体に柔らかなメランコリーがある。シンセサイザーは控えめに使われ、空間に冷たい透明感を加える。
Bernard Sumnerのヴォーカルは、感情を大きく揺らすのではなく、淡々とした響きを持つ。その淡々とした歌い方が、過去を振り返る曲の性格とよく合っている。思い出は劇的に戻ってくるのではなく、日常の中に静かに混ざり込む。その感覚が曲にある。
歌詞では、過去の関係、変わってしまったもの、しかしどこか変わらず残っているものが示唆される。New Orderの歌詞は、明確な物語を避けることで、聴き手が自分自身の記憶を重ねやすい余白を作る。この曲も、その余白が非常に大きい。
「As It Is When It Was」は、派手な代表曲ではないが、『Brotherhood』の叙情性を支える重要な楽曲である。ギター・ロックとメランコリックな電子音の間で、New Orderらしい時間感覚を作っている。
4. Broken Promise
「Broken Promise」は、タイトル通り「破られた約束」をテーマにした楽曲である。New Orderの歌詞世界では、関係はしばしば不安定で、信頼は簡単に壊れ、言葉は十分に機能しない。この曲は、その裏切りや失望を比較的ストレートなロック・サウンドで表現している。
音楽的には、アルバム前半の中でも最も激しい部類に入る。ギターは荒く、リズムは前のめりで、ヴォーカルにも緊張がある。New Orderの作品の中では、Joy Divisionから続くポストパンク的な硬さが強く残っている曲である。シンセサイザーよりも、バンドの生々しい演奏が中心にある。
Peter Hookのベースは、曲に鋭い推進力を与える。低音というより、怒りや焦りを帯びた旋律として機能している。Stephen Morrisのドラムも硬く、曲全体を冷たい勢いで押し出す。ここでのNew Orderは、クラブ的な洗練よりも、ロック・バンドとしての緊張を前面に出している。
歌詞では、相手に対する不信、約束が破られた後の失望、関係の断裂が示される。感情は強いが、Bernard Sumnerの歌は過度にドラマティックにはならない。そのため、怒りは熱く燃えるというより、冷たく固まっているように響く。
「Broken Promise」は、『Brotherhood』の中で最もロック寄りの楽曲のひとつであり、後半のエレクトロニックな流れとの対比を作るうえで重要である。New Orderがまだギター・バンドとしての荒さを持っていたことを示している。
5. Way of Life
「Way of Life」は、タイトルが示す通り、生き方、生活様式、あるいは人が選ぶ態度をテーマにした楽曲である。New Orderの音楽では、日常的な言葉がしばしば深い不安や疑問と結びつく。この曲でも、「生き方」という大きなテーマが、特定の思想としてではなく、都市生活の中で揺れる感覚として表現される。
音楽的には、ギターとシンセサイザーのバランスが取れた楽曲であり、アルバム前半と後半をつなぐ位置にある。リズムは軽快で、メロディも比較的ポップだが、音色は冷たい。New Orderらしく、踊れる要素と内省的な雰囲気が同時に存在している。
Peter Hookのベースは、曲に独自の浮遊感を与える。彼のベースラインはしばしば、曲の感情を決定づける。ここでも、明るく進むように聞こえる曲に、どこか影を落としている。Gillian Gilbertのシンセサイザーは、曲に1980年代らしい透明な質感を与えながらも、過剰に派手にならない。
歌詞では、生き方を選ぶこと、その選択が本当に自分のものなのかという疑問が感じられる。New Orderの曲では、自由や選択は明るいものとしてだけ描かれない。人は自分の生き方を選んでいるようで、実際には関係や社会や欲望に動かされている。この曖昧さが曲の奥にある。
「Way of Life」は、『Brotherhood』の中で比較的地味ながら、New Orderの中期らしいバランス感覚を示す曲である。ロックとエレクトロニック・ポップの間で、自然に揺れている。
6. Bizarre Love Triangle
「Bizarre Love Triangle」は、『Brotherhood』最大の代表曲であり、New Orderの全キャリアを代表する楽曲のひとつである。タイトルは「奇妙な三角関係」を意味し、恋愛、混乱、欲望、自己不信が、エレクトロニックなビートと美しいメロディの中で鮮やかに表現される。New Orderが持つ、ダンス・ミュージックの快楽とメランコリックな感情の融合が、最も分かりやすく結晶した曲である。
音楽的には、シンセサイザー、ドラムマシン、エレクトロニックなベース感覚が中心で、アルバム前半のギター寄りのサウンドから明確に切り替わる。リズムは軽快で、メロディは非常にキャッチーである。しかし、その明るさの奥には深い迷いがある。踊れる曲でありながら、歌詞は恋愛の混乱と自己喪失を描いている。
Bernard Sumnerのヴォーカルは、この曲の魅力に大きく貢献している。彼の声は技巧的に強いわけではないが、感情を過度に演出しないことで、かえってリアルな不安を伝える。「Every time I see you falling」というフレーズには、相手を見ているのか、自分が落ちているのか分からないような曖昧さがある。その曖昧さが、曲の普遍性を高めている。
歌詞では、恋愛における判断の揺れ、罪悪感、期待、失望、相手に向かう衝動が描かれる。三角関係というタイトルは具体的な関係性を示すようでいて、実際にはもっと広い意味で、愛の中にある複数の力、自分と相手ともう一つの感情の絡まりを示しているようにも聞こえる。
「Bizarre Love Triangle」は、New Orderの美学を象徴する名曲である。踊れるのに悲しい。明るいのに壊れている。機械的なのに人間的である。この矛盾こそ、New Orderが1980年代ポップに与えた最大の革新のひとつである。
7. All Day Long
「All Day Long」は、『Brotherhood』後半の中でも特に内省的で、冷たい美しさを持つ楽曲である。タイトルは「一日中」という意味を持ち、終わらない思考、続いていく不安、同じ感情を繰り返す時間を連想させる。New Orderの音楽では、時間の反復がしばしば孤独や精神的な疲労と結びつく。
音楽的には、シンセサイザーの冷たい響きと、抑制されたリズムが中心である。曲は大きく爆発せず、静かに進む。ギターも存在するが、音響全体に溶け込み、前半のロック的な曲よりも電子的な質感が強い。New Orderの後年の洗練に近づいたサウンドである。
歌詞では、関係の中にある不安や、日常の中で続く感情の重さが描かれる。何かが一日中頭から離れない。相手のことかもしれないし、自分の失敗かもしれないし、言えなかった言葉かもしれない。New Orderの歌詞は具体性を避けることで、こうした感情を広く開いている。
この曲は、「Bizarre Love Triangle」のポップな輝きの後に置かれることで、アルバムのムードを再び内側へ引き戻す。ダンス・ポップの快楽の後に残る疲れた時間。その対比が重要である。
「All Day Long」は、New Orderの静かなメランコリーを味わううえで重要な楽曲である。派手さはないが、冷たい音の中に深い孤独がある。
8. Angel Dust
「Angel Dust」は、タイトルから薬物、陶酔、幻覚、危険な快楽を連想させる楽曲である。Angel DustはPCPの俗称でもあり、天使的な名前と危険な薬物のイメージが重なる。New Orderの音楽におけるクラブ的な快楽と暗い心理状態の関係を考えるうえで、非常に象徴的なタイトルである。
音楽的には、リズムとシンセサイザーが中心となり、アルバム後半のダンス志向を強めている。曲は比較的硬質で、冷たいグルーヴを持つ。踊れる要素はあるが、完全に開放的ではない。むしろ、暗い場所で反復するビートに身を委ねるような感覚がある。
歌詞では、陶酔、混乱、危険な感覚が暗示される。New Orderのダンス・ミュージックは、単純な享楽ではない。踊ることは解放であると同時に、自己を失うことでもある。この曲では、その危うさが音にもタイトルにも表れている。
Peter Hookのベースはここでも独自の存在感を持ち、電子的なリズムに人間的な揺れを加える。Stephen Morrisの正確なドラム感覚とGillian Gilbertのシンセサイザーが、曲を機械的に進める一方で、バンドとしての緊張も残っている。
「Angel Dust」は、『Brotherhood』の後半で、New Orderの暗いクラブ感覚を示す楽曲である。快楽と不安が切り離せないものとして鳴っている。
9. Every Little Counts
ラスト曲「Every Little Counts」は、『Brotherhood』の終曲として非常に独特な位置を持つ楽曲である。タイトルは「小さなこと一つひとつが重要だ」という意味で、ささやかな感情や行動の積み重ねを示しているように聞こえる。しかし、曲全体には不思議な脱力感と皮肉がある。New Orderらしい、真剣さとユーモアの微妙な混在がここにある。
音楽的には、穏やかでシンセポップ的な質感を持ち、アルバムを大きなクライマックスではなく、少し奇妙な余韻で閉じる。メロディは柔らかく、リズムも過度に強くない。曲のムードは、夜明け前のようにぼんやりとしている。
Bernard Sumnerのヴォーカルには、感情を込めながらもどこか力が抜けたような響きがある。この曲の有名な特徴として、歌詞の中にほとんど悪意のあるような辛辣なフレーズも含まれているが、それがあまりに淡々と歌われるため、冷たい冗談のようにも聞こえる。この感覚はNew Order特有である。深刻なことを、どこか不器用に、時に奇妙な軽さで歌う。
歌詞では、恋愛や関係の中での小さな感情が扱われるが、そこには優しさと冷たさが同居している。小さなことが重要だという言葉は、ロマンティックにも聞こえる。しかし同時に、関係は小さな不満や言葉のズレによって壊れていくものでもある。この二重性が曲に深みを与えている。
「Every Little Counts」は、アルバムを壮大に締める曲ではない。むしろ、少し肩透かしのように終わる。しかし、その終わり方は『Brotherhood』らしい。完全な解決ではなく、曖昧な余韻、皮肉、そして少しの優しさが残る。
総評
『Brotherhood』は、New Orderのキャリアにおいて、過渡期でありながら非常に興味深い作品である。『Movement』の喪失感、『Power, Corruption & Lies』の発見、『Low-Life』の洗練を経て、バンドはここでギター・ロックとエレクトロニック・ダンス・ミュージックの二つの方向を、あえて一枚の中に並べている。結果として、アルバム全体はやや分裂している。しかし、その分裂こそが1986年時点のNew Orderのリアルな姿だった。
本作の前半は、比較的ギター・バンドとしてのNew Orderを示している。「Paradise」「Weirdo」「As It Is When It Was」「Broken Promise」などでは、Joy Divisionから続くポストパンク的な緊張、Peter Hookのベースの存在感、バンド・アンサンブルの硬さが前面に出る。これらの曲には、エレクトロニックな洗練よりも、ロック・バンドとしての冷たい推進力がある。
一方、後半では「Bizarre Love Triangle」を中心に、シンセサイザーとドラムマシンによるダンス・ポップ志向が強まる。ここでNew Orderは、ロックの感情をクラブ・ミュージックの構造へ移し替えることに成功している。特に「Bizarre Love Triangle」は、彼らの代表曲にふさわしい完成度を持つ。メロディは輝き、ビートは軽快でありながら、歌詞には恋愛の混乱と不安が深く刻まれている。
『Brotherhood』の魅力は、この前半と後半の違いをどう聴くかにある。統一感という点では、『Low-Life』や『Technique』のほうが上回るかもしれない。しかし、『Brotherhood』には、New Orderが二つの方向の間で揺れていた時期ならではの緊張がある。ギターを捨てきれず、しかしシンセサイザーとビートへ強く惹かれている。その中間状態が、アルバムに独特の質感を与えている。
Peter Hookのベースは、本作でも決定的である。彼の高音域ベースは、New Orderの音楽における感情の中心と言ってよい。Bernard Sumnerのヴォーカルが感情を抑え、シンセサイザーが冷たい光を作る中で、Hookのベースは曲に人間的な切なさを与える。「Paradise」や「As It Is When It Was」ではその役割が特に明確であり、「Bizarre Love Triangle」のような電子的な曲でも、New Orderらしい哀愁を支えている。
Bernard Sumnerのヴォーカルも、本作の重要な特徴である。彼は技巧的な歌手ではないが、その不器用さがNew Orderの感情表現に合っている。恋愛や孤独を大きく歌い上げるのではなく、少し距離を置き、時に感情を持て余すように歌う。その声は、1980年代的な冷たいサウンドの中で、過剰なドラマを避ける役割を持つ。
歌詞面では、明確な物語よりも、断片的な感情が重視されている。愛、裏切り、疑い、日常の不安、奇妙な自己認識。これらは、はっきり説明されるのではなく、短いフレーズとして浮かんでは消える。New Orderの歌詞は、しばしば曖昧である。しかし、その曖昧さが、シンセサイザーの冷たい響きや反復するビートと結びつくことで、都市的な孤独を強く表現する。
音楽史的には、『Brotherhood』は1980年代半ばのロックとダンス・ミュージックの接近を理解するうえで重要な作品である。New Orderは、ギター・バンドでありながらクラブ・カルチャーに深く入り込み、ロックの感情と電子音楽の身体性を結びつけた。『Brotherhood』ではその融合が完全に滑らかではないが、だからこそ移行期の実感がある。
日本のリスナーにとって本作は、New Orderを「Blue Monday」や「Bizarre Love Triangle」のようなエレクトロニック・ポップの代表曲から聴く場合、前半のギター・ロック色に驚くかもしれない。一方で、Joy Divisionからの流れで聴く場合は、後半のダンス志向が大きな変化として響く。つまり『Brotherhood』は、どちらの入口から入っても、New Orderの二面性を理解できるアルバムである。
総じて『Brotherhood』は、New Orderがギターとシンセ、過去と未来、ロックとクラブ、メランコリーと快楽の間に立っていた時期を記録した作品である。最高傑作ではないかもしれないが、非常にNew Orderらしい矛盾を抱えたアルバムである。兄弟愛というタイトルの下にあるのは、完全な調和ではなく、異なる要素が同じ場所で共存する緊張である。その緊張こそが、『Brotherhood』を今も興味深い作品にしている。
おすすめアルバム
1. New Order – Low-Life
1985年発表の前作。ギター、シンセサイザー、ダンス・ビート、メランコリックな歌心が高い水準で統合された作品であり、『Brotherhood』の前提を理解するうえで重要である。New Order中期の完成度を知るための必聴作である。
2. New Order – Power, Corruption & Lies
1983年発表の2作目。Joy Divisionの影から脱し、シンセポップとポストパンクを融合するNew Orderの新しい方向性を決定づけた作品である。『Brotherhood』の電子音楽的な側面の出発点として重要である。
3. New Order – Technique
1989年発表のアルバム。イビサのクラブ文化、アシッド・ハウス、ギター・ポップを融合し、New Orderのダンス志向が最も洗練された形で結実した作品である。『Brotherhood』後半の方向性がさらに発展した作品として聴くことができる。
4. Joy Division – Closer
1980年発表のJoy Divisionの2作目。New Orderの出自にある暗さ、Peter Hookのベース、Stephen Morrisの機械的なドラム感覚を理解するための重要作である。『Brotherhood』前半に残るポストパンク的な緊張の源流として欠かせない。
5. Depeche Mode – Black Celebration
1986年発表のシンセポップ/ダーク・ウェイヴ作品。電子音楽、暗いメランコリー、ポップなメロディを融合した同時代の重要作であり、『Brotherhood』後半のエレクトロニックな陰影と比較して聴く価値が高い。

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