1. 歌詞の概要
「Brian Wilson」は、カナダのロックバンド Barenaked Ladies が1992年にリリースしたデビュー・アルバム『Gordon』の収録曲であり、バンドの初期を代表する楽曲のひとつである。その名の通り、The Beach Boys の天才作曲家ブライアン・ウィルソンへのオマージュを含んだ作品でありながら、実際には自分自身の不安定さや孤独、そして創造することの苦しみを重ね合わせる形で描かれた、極めて個人的な歌でもある。
歌詞は、「土曜の夜、私はブライアン・ウィルソンのようだった」という印象的なラインから始まる。ここで描かれるのは、深夜のコンビニやベッドの上という静かで孤独な風景のなかにある、心のざわめきと逃避願望だ。それを“ブライアン・ウィルソンのようだった”という象徴的な言葉で包み込むことで、ただの鬱屈した内省ではなく、芸術家としてのアイデンティティに関わる深い問いかけへと昇華されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲を書いたのは、バンドの共同創設者でありヴォーカリストのSteven Pageである。当時の彼は20代前半で、芸術的な感性の鋭さと精神的な不安定さを抱えた人物だった。彼はブライアン・ウィルソンの音楽、特に『Pet Sounds』に深く影響を受けており、その創造の深さと引き換えに精神のバランスを崩していったブライアン自身の物語に強く共鳴していた。
曲中には、ウィルソンが1960〜70年代に経験した、精神的な病気や過食症、セラピー、そして音楽によって自分自身と格闘しようとする姿が、リスナーとしての視点と、作者自身の投影によって語られている。
面白いことに、曲が話題となったことで実際にブライアン・ウィルソン本人がこの楽曲を知り、後にライブでこの曲をカバーしたというエピソードがある。これは、対象としての人物と、その人物に憧れたアーティストの間に不思議な共鳴が起きた瞬間であり、この曲の神話性をより深めるものとなった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics
Drove downtown in the rain
「雨の中、街に車を走らせた」
Nine-thirty on a Tuesday night
「火曜の夜の9時半に」
Just to check out the late-night record shop
「深夜のレコードショップを覗きにね」I had a restless feeling
「落ち着かない気持ちだった」
By the look in my eye
「自分の目つきを見ても、そうだった」
I said I looked like Brian Wilson
「まるでブライアン・ウィルソンみたいだって、そう思った」
この導入部は、日常の一場面のようでありながら、その裏側には深い空虚感と自己不全感が漂っている。「まるでブライアン・ウィルソンのようだ」とは、単なる憧れではなく、天才でありながら孤独な存在に自分をなぞらえることで、心の奥底にある不安や夢を詩にしているのだ。
Lied in bed, just like Brian Wilson did
「ブライアン・ウィルソンがそうしたように、ベッドに横たわっていた」
この繰り返される一節が、曲全体の中心にある“逃避”と“模倣”の感情を静かに強調する。
4. 歌詞の考察
「Brian Wilson」は、単なるファンソングではない。ブライアン・ウィルソンという人物を鏡にしながら、自分自身の精神的なもろさと、芸術に向き合うことの代償を描いた自己省察の歌なのである。
この楽曲の語り手は、自分の感情や現実の生活にうまくなじむことができず、その代わりに音楽やアイコンの中に「逃げ場所」を見出そうとする。だがそれは単なる“逃げ”ではなく、“どう生きるべきか”“どう表現するべきか”という、創作における根源的な問いかけへと通じている。
また、“Just like Brian Wilson did(ウィルソンがそうしたように)”というフレーズの繰り返しは、自己と他者の境界の曖昧さを象徴している。自分自身であろうとする中で、誰かの人生や音楽に頼らざるをえない――その不安定さは、非常に現代的で切実なものでもある。
そしてそのメロディラインは、心のさざ波のように静かで繊細だ。軽やかに聞こえるが、よく聴けばその裏には感情の深層が静かに揺れており、歌詞とメロディの一体感がじわじわと心に沁み込む。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Elliott Smith – Between the Bars
内向的で、精神的な脆さを抱えた視点から書かれたバラード。孤独と優しさが共存している。 - Ben Folds Five – Brick
日常の痛みと感情の行き場のなさを、繊細なピアノと共に描いた一曲。 - R.E.M. – Nightswimming
思索的でノスタルジックなトーンが、「Brian Wilson」と共通する心の深部を揺さぶる。 - Sufjan Stevens – The Only Thing
精神的不安定さと信仰や芸術への問いが交差する、魂の自問自答のような歌。
6. “ブライアン・ウィルソンのように”生きるということ
Barenaked Ladiesの「Brian Wilson」は、1990年代のオルタナティブ・ロックの中でも、最も内省的で個人的な詩情を持つ一曲である。
ここにあるのは、偶像としてのブライアン・ウィルソンではなく、創ることと壊れることの狭間に立つ者の葛藤だ。そしてそれは、音楽家だけでなく、夢を追い、現実と向き合うすべての人間に共通する物語でもある。
「ブライアン・ウィルソンみたいに」というフレーズは、ただの比喩ではない。私たちがどこかで一度は感じた、“誰かのようになりたい”という切実な祈りの形でもある。
そしてこの楽曲は、その祈りの先にある孤独と、そこから生まれる優しさを、静かに伝えてくれる。
創造の苦しみと、そこに宿る希望の歌。それが「Brian Wilson」なのである。
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