発売日: 2015年5月12日
ジャンル: ガレージロック、サイケポップ、ノイズポップ、ラテン・ロック
概要
『Boys』は、Crocodilesが2015年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、
バンド史上最も色彩豊かで外向的、そして“楽しさ”と“危うさ”が同時に鳴り響くアルバムである。
前作『Crimes of Passion』までで確立されたノイズ×ラヴポップの退廃美学に加えて、
本作では大胆にトロピカルなリズム、ラテン的エネルギー、カリブ〜中南米の陽気さを取り込み、
まるで灼熱のバルコニーで泥酔しながら語られる愛と破滅の物語のような世界観が広がっている。
制作はメキシコシティで行われ、現地の空気感が色濃く反映されたサウンドが特徴。
メキシコの陽光とサイケデリックな陶酔、そしてカトリック文化的な罪の意識が混ざり合い、
“Boys”=少年性/無垢さ/破壊性というテーマが、アルバム全体に陰影を与えている。
ローファイとハイファイ、純粋と猥雑、軽やかさと病的な情念――。
Crocodilesは『Boys』でそのすべてを抱え込みながら、**“腐った太陽の下のポップソング”**を鳴らし続けている。
全曲レビュー
1. Crybaby Demon
パーカッシブなリズムとねじれたギターが特徴のオープニング。
“泣き虫の悪魔”という奇妙なフレーズは、男の子らしさのグロテスクなメタファーとして機能。
陽気さと狂気が入り混じる、まさに本作の象徴曲。
2. Foolin’ Around
60sポップの影響を感じさせる甘いメロディと、気だるく皮肉なボーカルが印象的。
“ふざけてるだけ”というタイトルが示す通り、恋愛と逃避、嘘と優しさが絡み合う。
ラテン調のビートが軽快さを際立たせる。
3. Do the Void
Crocodilesらしい、虚無感と踊りたい衝動のねじれた結晶。
“ヴォイドを踊れ”というリフレインは、空虚を肯定する美学のひとつの到達点。
Suicide的ミニマル・パンクの影響も。
4. The Boy Is a Tramp
ノスタルジックなガールグループ風アレンジと、ジェンダーに対するアイロニーが交差する。
“トランプ(浮浪者)”と呼ばれる少年は、自由と社会的不適応の象徴。
Crocodilesの社会的視線が見える数少ない楽曲。
5. Hard
ガレージ的な剥き出しのビートと、うねるギター。
性的な含意と暴力的なエネルギーがぶつかり合い、荒々しい快楽としての“硬さ”が剥き出しにされる。
ライヴでの爆発力が想像される一曲。
6. Blue
アルバム中もっともメロウで、陶酔的なサイケデリアが際立つ小宇宙的楽曲。
“青”という色彩が示す通り、涼しさ、悲しみ、クールネスが折り重なり、
耳に残る反復フレーズが夢の中へ引きずり込む。
7. Kool TV
キャッチーで踊れる、モンド〜エキゾチカ的アプローチが楽しい1曲。
“クールなテレビ”というタイトルは、視覚メディアと中毒、ポップ文化批判のレイヤーを感じさせる。
8. Don’t Look Up
空を見上げるな=現実を見るな、という反逆的メッセージを持ったサイケポップ。
歌詞には暗い皮肉とささやかな希望が交錯しており、現実逃避を美として昇華している。
ギターはThe Byrds風だが、裏には毒がある。
9. Transylvania
突如として現れるゴシックなサーフロック。
“トランシルヴァニア”という舞台設定が、西洋吸血鬼神話とラテン・ノワール的エネルギーを融合させる。
異国情緒がアルバムの流れを変える異色作。
10. Don’t Look Back
エンディングを飾るにふさわしい、祝祭と郷愁が入り混じったサマーアンセム。
“振り返るな”というメッセージが、Crocodiles流の再生の祈りとして響く。
アルバム全体の毒々しさと陶酔を、最後に軽やかに肯定する。
総評
『Boys』は、Crocodilesがこれまで積み上げてきた退廃美・ノイズ・ラヴポップの文脈に、
ラテン・パーカッション、陽性のエネルギー、社会的アイロニーといった新しい要素を融合させた、**“毒入りサマー・アルバム”**である。
とりわけ、少年という存在を純粋で無垢な記号ではなく、暴力性と破壊性を孕んだ象徴として描いており、
本作全体が享楽と堕落、現実逃避と自己破壊のカーニバルとして機能している。
メキシコの太陽の下で鳴らされるノイズとファズの中に、
Crocodilesはあくまでロックンロールの理想――**“美と混沌の共存”**を追い求めたのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- The Growlers – Hung at Heart (2013)
カリフォルニア産のトロピカル・サイケポップ。享楽的退廃という点で共鳴。 - The Black Lips – Arabia Mountain (2011)
ガレージロックとポップの境界線で暴れる快楽主義者たち。 - Los Saicos – ¡Demolición! (1965)
ペルー産ガレージの原点。ラテン文化とパンクの交錯点として。 -
Devendra Banhart – Mala (2013)
ラテン風味とローファイ・アートポップの融和。異国情緒とDIY感がリンク。 -
Jacuzzi Boys – Glazin’ (2011)
フロリダ出身のサーフ/ガレージ・バンド。陽性のノイズポップとして親和性大。
歌詞の深読みと文化的背景
『Boys』の歌詞には一貫して、“少年性”というものへの挑発的かつ詩的な問いかけが込められている。
それは純粋さの賛美ではなく、むしろ破壊性・無責任・享楽・無垢という言葉がもつ危うさへの言及でもある。
“Boys”はこのアルバムにおいて、暴力と快楽、カトリック的罪悪感と性欲、アイドル性と刹那性をすべて引き受けるシンボルなのだ。
また、アルバムのラテン的要素も、単なる“陽気さ”ではなく、欲望と死、祝祭と破滅の二項対立を裏打ちする文化的装置として機能している。
Crocodilesはこの作品で、
世界が“クール”であることをやめた時代に、あえて不謹慎で、下品で、熱く、愛おしい音楽を鳴らすことの意味を示した。
それは、破滅の予感を抱えながら、なお踊ることを選ぶ人間への賛歌なのだ。
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