
発売日:1983年11月21日 ジャンル:New Wave / Pop Rock / Post-Punk
概要
1982年のデビュー作 The Lexicon of Love で、ABCはニューウェーブとソウル、ディスコ、豪華なオーケストレーションを結びつけた独自のポップを完成させた。トレヴァー・ホーンがプロデュースした同作は英国で大きな成功を収めたが、続く Beauty Stab ではその方法を繰り返していない。ホーンとは組まず、バンド自身がプロデュースを担当し、ストリングスやきらびやかなシンセサイザーを後退させて、ギター、ベース、ドラムを前面に押し出した。
中心人物マーティン・フライの歌声には前作から続く芝居がかった華やかさがあるものの、その周囲で鳴る音はかなり硬い。ギターにはロックやポストパンクの鋭さがあり、リズム隊もディスコ的な滑らかさより直接的な勢いを選んでいる。ただし、単純なロック路線への転向ではない。ファンク由来のリズム、ホーンや鍵盤による色付け、複雑な曲構成など、ABCらしいアレンジへのこだわりは残っている。
歌詞にも変化がある。前作が恋愛を豪華な言葉と皮肉で描いた作品だったのに対し、本作では金、労働、権力、社会的な成功といった題材が目立ち、個人的な感情と社会への視線が混ざり合う。商業的には前作ほどの成功を再現できなかったが、ABCが一つのスタイルに固定されることを拒み、ポップ・バンドとして別の可能性を探した記録として興味深い作品である。
全曲レビュー
1. 「That Was Then but This Is Now」
冒頭から前作との違いをはっきり示す曲である。硬く刻むギターと力強いドラムが演奏の中心にあり、ストリングスに包まれていた以前のABCよりもバンドそのものの輪郭が近く感じられる。題名通り、過去と現在を切り分けようとする言葉には自己更新の意識も読み取れるが、フライの大きく身振りをつけるような歌唱は変わらない。音楽性を変えても、声だけでABCと分からせるところが面白い。
2. 「Love’s a Dangerous Language」
タイトルには「Love」があるものの、甘いラブソングにはならない。恋愛に使われる言葉そのものを危険なものとして扱い、親密さの中に駆け引きや不信を見ている。演奏ではベースとドラムが作る引き締まったリズムの上をギターが切り込み、フライの歌もメロディを滑らかに運ぶというより言葉を強く押し出す。前作のロマンティシズムを、より険しい角度から見直したような曲だ。
3. 「If I Ever Thought You’d Be Lonely」
硬質な序盤から少し温度を下げ、メロディを前面に出す。フライの歌唱も攻撃的なアクセントを抑え、相手との距離を測るような響きを持つため、アルバムの中では比較的繊細な感情が見えやすい。バックの演奏は完全なバラードへ向かわず、一定の緊張を残している。柔らかなメロディと落ち着ききらない伴奏の組み合わせによって、題名にある孤独への想像が単純な慰めにはならない。
4. 「The Power of Persuasion」
ファンクの影響が強く出たリズムと、短く鋭いギターのフレーズが噛み合う。タイトルが示す「説得する力」は、単なる会話術というより、人を動かす言葉や社会的な力への関心として聞くことができる。フライは声を滑らかに伸ばすより、フレーズを区切ってリズムへ食い込ませるように歌う。ABCのポップな感覚と、本作の硬いバンド・サウンドが比較的自然に結びついた一曲である。
5. 「Beauty Stab」
アルバム表題曲は短く、歌を中心にした通常のポップソングとは異なる役割を持つ。切り込むようなギターを中心にした緊張感のある演奏で、タイトルの「美」と「刺す」という相反するイメージを音でも表すような構成になっている。華やかな表面と、その裏にある攻撃性という組み合わせはアルバム全体にも通じる。短いからこそ、作品の中盤へ向けて空気を切り替える効果が大きい。
6. 「By Default by Design」
言葉を詰め込んだフライのボーカルと、細かく動くリズムが曲を前へ押していく。タイトル自体が「偶然」と「設計」を並べる言葉遊びになっており、自然に起きたように見える物事の背後に仕組みがある、という感覚を思わせる。演奏も単純なギター・ロックには収まらず、楽器が互いに隙間を作りながら組み合わされている。アルバム前半の社会的な視線を、ABCらしい機知へ変換した曲だ。
7. 「Hey Citizen!」
呼びかけるようなタイトルからも分かる通り、個人的な恋愛より社会へ視線を向けた本作の性格が強く表れる。演奏は行進するような押しの強さを持ち、フライの歌唱にも演説を思わせる誇張が加わるが、その大げささには皮肉が含まれているように聞こえる。市民、権力、豊かさといった問題をポップソングの中へ持ち込み、メッセージだけでなくリズムの勢いによって聞かせる点がABCらしい。
8. 「King Money」
題名通り「金」を擬人化したような視点から、富や成功に人が支配される状態を扱う。ギターとリズム隊は余計な装飾を減らし、フライの言葉が前に出るスペースを作っている。金銭への批判を真正面から説教するというより、権威を持った存在としてMoneyを描くことで、その奇妙さを浮かび上がらせる書き方が特徴だ。アルバム後半の社会批評的な方向を明確にする曲でもある。
9. 「Bite the Hand」
「自分を養う手を噛む」という慣用表現を踏まえつつ、従属することと反抗することの関係を扱った曲として読める。ギターにはそれまで以上に荒い感触があり、ドラムも拍を強く打ち出すため、アルバムが持つロック志向が分かりやすい形で現れる。フライの洗練された声と粗い伴奏が完全には溶け合わないところも特徴で、その違和感自体が本作ならではの緊張につながっている。
10. 「Unzip」
短い言葉を反復するボーカルとリズムの絡みを軸に、身体的な勢いを強く押し出す。意味を細かく説明するというより、言葉の響きや挑発的なニュアンスを演奏の一部として使うタイプの曲である。ギター主体ではあるが、リズムにはファンク的な跳ね方があり、一直線のロックにはならない。社会的な題材が続いた後で、理屈より身体感覚へ重心を移すことで後半に変化をつけている。
11. 「S.O.S.」
アルバムの中でも特にメロディの美しさが前に出た曲で、硬いギター中心の作品に別の表情を与えている。救難信号を意味する題名を使いながら、歌詞は人と人との間に生まれた切迫した距離感へ重ねて聞くことができる。フライは大げさな表現力を残しつつも声を比較的丁寧に運び、サビでは感情を広げる。初期ABCが得意としたドラマ性を、本作の簡潔な編成へ移したような仕上がりだ。
12. 「United Kingdom」
国名そのものをタイトルに置き、個人の物語ではなく英国社会へ視野を広げる終盤の曲である。経済や階級、社会の状態を意識させる言葉が並び、1980年代初頭の英国という具体的な空気を背景に感じさせる。とはいえ政治的な主張を一つの答えへ整理するより、矛盾や不満をフライ独特の言葉遣いで投げ出していく。華麗な恋愛劇から出発したABCが社会へ目を向けた、本作の変化をよく表している。
13. 「Vertigo」
最後を飾るのは、タイトル通り安定した足場を失うような感覚を持つ曲だ。アルバム前半の勢いを単純に再現するのではなく、やや不穏な響きと動きのあるアレンジによって終幕へ向かう。ここまで繰り返されてきた成功、金、社会、対人関係といった題材の後に「めまい」という感覚を置くことで、明快な解決より不安定さを残す。すっきりした大団円を避けた終わり方が、本作の落ち着かなさによく合っている。
総評
Beauty Stab の面白さは、成功したデビュー作の方式を洗練させるのではなく、その方式を一度崩したところにある。The Lexicon of Love ではストリングスやシンセ、緻密なスタジオ処理がフライの歌を包んでいたが、本作ではギターと生々しいリズム隊が前へ出る。結果として音の豪華さは減ったものの、各楽器がぶつかる感覚や、バンドが実際に演奏しているような緊張は強まった。
ただし、この方向転換が全編で同じ程度に成功しているわけではない。フライの声はもともとソウルやキャバレー的な誇張を含む非常に装飾的な楽器であり、硬いロック・サウンドとの組み合わせでは両者が意図的とも偶発的とも取れるほど離れて聞こえる場面がある。逆に「The Power of Persuasion」や「S.O.S.」のように、リズムやメロディがその声の性格とうまく結びつく曲では、前作とは違うABCの魅力が明確に現れる。この統一しきれなさは弱点であると同時に、作品の独特な手触りでもある。
歌詞の変化も見逃せない。恋愛を商品や契約の言葉になぞらえていた以前の機知を残しながら、金銭、労働、市民、国家といった語彙が増え、視線はより外側へ向かっている。ラブソングと社会批評が完全に別々になるのではなく、人間関係にも社会にも「誰が誰を動かすのか」という力の問題が入り込むため、アルバムには意外な一貫性がある。豪華な装飾を減らしたサウンドも、その厳しい題材とは相性がよい。
商業的な即効性や曲の揃い方では The Lexicon of Love に及ばないが、Beauty Stab を単なる失敗した方向転換として片づけると、ABCの重要な一面を見落とすことになる。1980年代のポップに求められた華やかな表面を熟知したバンドが、その直後にあえてギター中心の硬い音へ移り、自分たちの作曲がどこまで別の衣装に耐えられるかを試しているからだ。完成度の均一さより変化の過程そのものが聞こえる作品であり、ABCのキャリアを通して聴くと、後のスタイル変更を理解するためにも欠かせない一枚である。
おすすめアルバム
The Lexicon of Love by ABC
直前のデビュー作であり、比較対象として最も分かりやすい。ストリングス、シンセ、ファンクのリズムを緻密に組み合わせた華麗な音を聴けば、Beauty Stab がどれほど意識的に装飾を削ったのかが見えてくる。
How to Be a… Zillionaire!
Beauty Stab に続く3作目では、再びギター中心の編成から大きく離れ、電子音と派手なポップ感覚を押し出した。ABCが特定の成功パターンを守るより、アルバムごとに音の外観を変えていたことがよく分かる。
Punch the Clock by Elvis Costello and the Attractions
1983年という同時代に、英国のポップが政治や社会への視線と華やかなアレンジをどう共存させたかを比較できる作品。ABCとは作曲法が異なる一方、洗練されたポップの表面に厳しい現実認識を忍ばせる点で接点がある。
The Crossing by Big Country
同じ1983年の英国で、ギターを前面に出しながらニューウェーブ以後のロックを作った作品。広がりのあるギター音を特徴とするBig Countryと比べると、Beauty Stab のギターがより乾いて鋭い役割を担っていることが分かる。
Songs to Remember by Scritti Politti
ポストパンクから洗練されたポップへ移行する途中の作品で、ファンク的なリズムと政治性を帯びた言葉が共存している。方向はABCと同じではないが、1980年代初頭の英国で「ポップな音」と批評的な歌詞をどう結びつけるかという共通の課題が見える。

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