1. 歌詞の概要
「Boys」は、Charli XCXが2017年にリリースしたシングルであり、シンプルな構成と繰り返されるフレーズの中に、複雑なジェンダー感覚と自己の欲望を織り込んだ、極めてミニマルで実験的なポップソングである。一見すると「男の子のことを考えてばかりいる」というライトな恋愛ソングのようだが、その裏には、ポップカルチャーにおける視線の転換や、女性の欲望の肯定といった先鋭的なテーマが隠されている。
歌詞は極めて単純で、「○○しているけど、男の子のことばかり考えてる（I was busy thinking ‘bout boys）」という構造を繰り返すだけで進行していく。その繰り返しの中に、行動と欲望のズレ、理性と衝動のあいだにあるユーモアと自己分析が込められており、リスナーに“軽やかな違和感”を残す楽曲となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Boys」は、Charli XCXが2017年の夏にサプライズでリリースしたデジタル・シングルであり、同時に公開されたミュージック・ビデオが大きな話題を呼んだ。MVには、Joe Jonas、Diplo、Mac DeMarco、Stormzy、Brendon Urieなど、ジャンルや世代を越えた男性アーティストたちが登場し、“カワイイ”や“セクシー”といった文脈の中で被写体として扱われる。
これは、従来のポップミュージックにおいて“女性”が受けてきた視線（Gaze）を意図的に“男性”に当てはめ直した表現であり、視覚的にも主導権を逆転させたフェミニズム的な実験として、評論家からも高く評価された。
音楽的には、ソフトで繊細なシンセ・リフと控えめなビート、そしてささやくようなボーカルで構成されており、ポップソングの“主張の強さ”から距離をとることで、かえってメッセージを浮き立たせるという構造になっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I was busy thinking ‘bout boys
Boys, boys
私、ずっと考えてたの
男の子のことばかり
I was busy dreaming ‘bout boys
Boys, boys
夢を見てたの
男の子のことばかり
Head is spinning, thinking ‘bout boys
頭がクラクラする
男の子のことでいっぱいで
引用元：Genius Lyrics – Charli XCX “Boys”
4. 歌詞の考察
「Boys」の歌詞は、非常にシンプルで反復的だが、そこに込められた意図は明確である。それは、これまでポップソングで描かれてきた「男性から女性への視線」を、意図的に“女性から男性への視線”へとひっくり返すこと。つまり、恋愛対象としての男性像を、あくまで“語り手の欲望”として提示することで、ポップの枠組みそのものを再構成しようとする試みなのである。
注目すべきは、その視線が“力強い支配”としてではなく、“夢想や妄想”として語られる点だ。Charliの語り口は、決して声高ではない。むしろささやくように、ぼんやりと、そして無意識のように語られる。だが、その繰り返しが強調されることで、むしろその“思考の占有度”の高さが浮かび上がってくる。
この手法は、男性的な視線によって長らく作られてきた“セクシュアルなポップカルチャー”への、やわらかくも鋭いカウンターである。彼女は「私は男の子のことを考えてる」と言いながら、それを“自分の言葉で”、“自分の視点で”表現している。このアプローチは、現代ポップの中におけるフェミニズム的感性の新たな表現形として注目すべきものだろう。
また、歌詞の中に“guilt”や“regret”がまったく登場しない点も特徴的だ。そこには、恋や欲望を「悪いもの」とせず、むしろ「自然なこと」として提示し、女性の自由な感情の在り方を肯定する意思が感じられる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Green Light by Lorde
恋愛の終わりと再生を描いたポップ・アンセム。内面の複雑さをポップに昇華した点で共鳴する。 - Break the Rules by Charli XCX
“従わない”ことの肯定をテーマにしたCharli自身の楽曲。反逆とポップの結合。 - Cool Girl by Tove Lo
「感情を抑えるクールな女の子」になろうとするアイロニカルなラブソング。自己分析の視点が似ている。 - Want You in My Room by Carly Rae Jepsen
明るくポップなサウンドにのせたセクシュアルな願望の告白。視点の肯定と明るさが「Boys」と重なる。
6. 視線を奪い返すポップ――“Boys”の革命性
「Boys」は、そのビジュアルと音の両面で、“誰が誰を見るのか”“誰が語るのか”というポップミュージックにおける根本的な問いを、可愛く、軽やかに、しかし確信犯的に突きつけてくる楽曲である。
ポップというジャンルは、時に軽視されがちだが、その表面の下には時代の空気や、社会構造の変化が織り込まれている。「Boys」は、その典型例とも言える。リスナーは、“かわいい曲だな”と感じながら、無意識のうちに、今まで見落としていた視点に出会うことになる。
Charli XCXは、この曲で“女の子はこうあるべき”というテンプレートを壊し、逆に“男の子だって可愛く見られるべき”という多様性の感覚を提示した。それはポップの可能性の再発見であり、自己表現の自由さを讃える宣言でもある。
だからこそ、「Boys」はただの“恋の歌”では終わらない。これは“誰もが主役になれる世界”への小さなポップ革命なのだ。軽やかに響くビートの裏で、世界はほんの少し、確かに変わっていく。
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