発売日: 1996年3月12日
ジャンル: ソウル・ロック、オルタナティブ・ロック、ノワール・ロック、ダーク・ソウル
概要
『Black Love』は、The Afghan Whigsが1996年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、“愛と犯罪、欲望と破滅”をめぐるフィルム・ノワール的世界を、ソウルフルなロックで描いた彼らの最も野心的かつ濃密な作品である。
前作『Gentlemen』で達成した“男性性の解体”をさらに推し進めた本作では、単なる恋愛や性の物語を超え、裏社会、救済、暴力、そして死といったモチーフが物語的に交錯していく。
アルバム全体には、まるで一本の犯罪映画やゴシック・ロマンス小説のような筋立てがあり、楽曲がそのシーンの断片として機能している。
音楽的にも、従来のグランジ由来のラウドなギターに加え、オーケストレーションやピアノ、パーカッションの多彩な導入によって、よりシネマティックな広がりを獲得している。
グレッグ・デュリはこの時期、実際に脚本家としての活動も視野に入れており、本作は彼の“ロック・アルバムを映画にする”という美学の体現と言えるだろう。
全曲レビュー
1. Crime Scene Part One
映画のオープニングのような緊張感ある導入。
“犯行現場”というタイトルが象徴するように、物語の起点であり、過去と現在の境界が曖昧になる瞬間。
2. My Enemy
シンプルなコード進行に乗せて、裏切りと怒りを描く。
“敵”という言葉が示すのは他者ではなく、愛したはずの誰か。
3. Double Day
テンポの良いビートにシニカルな語りが乗る、都会的な疾走感を持ったトラック。
昼と夜、現実と幻想が交錯するようなイメージ。
4. Blame, Etc.
ヘヴィなリフとソウルフルなボーカルが絡むアルバムの中核曲。
責任転嫁、自己嫌悪、そして愛の破綻が一体化したような複雑な心理描写。
5. Step Into the Light
静かで内省的なスロウ・ナンバー。
“光の中へ”というタイトルが示す希望と諦めの狭間。
6. Going to Town
ファンキーなリズムが光る、ライブでも人気のある一曲。
“街へ行く”という行為が、何かを忘れる逃避でもあり、破滅への道でもある。
7. Honky’s Ladder
本作で最も挑発的なタイトルと構成。
ファンクとロックの融合が進化した、緊張と破裂のダイナミズムを感じる一曲。
8. Night by Candlelight
ジャジーな響きと囁くようなボーカルが、夜の情景を静かに描き出す。
愛と罪の告白が、ろうそくの灯りのように揺らめく。
9. Bulletproof
過去の傷と“無敵”になろうとする虚勢を描いた曲。
バラード調ながら、内面の荒野が広がるような緊張感。
10. Summer’s Kiss
明るくキャッチーなメロディながら、歌詞には皮肉と不穏が滲む。
夏のキスは、一瞬の幸福か、それとも終わりの始まりか。
11. Faded
壮大なエンディングにふさわしいスケールを持ったラストトラック。
“色褪せた”というタイトルが物語の余韻と疲労感を象徴しており、サウンドも含めて映画のエンドロールのような美しさを備える。
総評
『Black Love』は、The Afghan Whigsがロックバンドであることを超えて、音楽という手段で物語を語る“作家集団”へと進化したことを示すアルバムである。
全編を通じて、愛と暴力、救いと裏切り、生と死が交錯する世界が描かれ、一聴して分かる“キャッチーさ”ではなく、聴き込むことで深まる“心理的な重み”を提示する。
その構造はコンセプト・アルバムというよりは、“音のフィルム・ノワール”であり、聴き手自身がその登場人物として感情を引き受けることになる。
グレッグ・デュリのボーカルは、この作品で最も芝居がかっている――だがそれは演技ではなく、“演じなければ語れない真実”を音楽で表現するための方法なのだ。
この作品が与えるのは快楽ではなく、共鳴と疼きである。
おすすめアルバム
- Nick Cave and the Bad Seeds / Murder Ballads
愛と死をめぐる物語的構成と語りの重層性。 - Tricky / Maxinquaye
都市の闇と官能、サウンドと語りの境界が崩れる実験性。 - Massive Attack / Mezzanine
漆黒の美学と内省的なリズム感。 - Scott Walker / Tilt
崇高と狂気が同居する、アート・ロックの極北。 -
Tom Waits / Bone Machine
生と死のサーカスを描いた、語りの極地。
ビジュアルとアートワーク
『Black Love』のジャケットには、薄暗いホテルのロビーのような空間に立つグレッグ・デュリの姿が描かれている。
スーツ姿でありながら憂いを帯びた表情と構図は、まさに映画の主人公、あるいは犯人か探偵かも分からない“語り手”の佇まいを示している。
このビジュアルは音楽と完全に一致しており、“現代の黒い愛の寓話”としてのアルバム全体の世界観を視覚的に凝縮している。
制作の裏側（Behind the Scenes）
グレッグ・デュリは本作制作前に、“犯罪ドラマ映画の脚本”を手がけようとしていたが、企画が頓挫。
その未完の映画の世界観をすべてこのアルバムに落とし込んだと言われており、音楽が映像に、映像が音楽に変換された結果が『Black Love』である。
また、レコーディングにはストリングスやホーンセクションが導入され、音響的にも“重厚でシネマティックな黒い音像”が作り込まれた。
プロデューサーにはメンバー自身が関わり、徹底してアルバムのビジョンを守る制作体制がとられた。
『Black Love』は、単なる作品ではなく、愛と罪の交差点で鳴らされた音のフィルムなのだ。
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