
発売日:1996年3月12日
ジャンル:Alternative Rock / Soul / Indie Rock
概要
The Afghan Whigsが1996年に発表した5作目のスタジオ・アルバムがBlack Loveである。Sub Pop時代を経てElektra Recordsから発表した2作目で、Greg Dulli、Rick McCollum、John Curleyを中心に制作された。前作Gentlemenで確立した、荒いオルタナティブ・ロックとソウル/R&Bを結びつける方法をさらに発展させ、ピアノ、ストリングス、ホーン、コーラスまで含む、暗く映画的な音へ広げている。
制作当時のDulliは犯罪映画を意識した物語的な作品を構想しており、その発想は完成形にも濃く残った。アルバム全体が一本の明確なストーリーとして説明されるわけではないが、犯罪、裏切り、欲望、暴力、逃走、罪悪感といったイメージが曲から曲へ受け渡される。Dulliの語り手はしばしば嫉妬深く、支配的で、自分自身の破滅に気づきながら同じ行動を繰り返す人物である。歌詞の「私」をDulli本人とそのまま同一視するより、ノワール映画の主人公のような不確かな人物として読む方が作品の構造を理解しやすい。
音楽面でも、単純にグランジやオルタナティブ・ロックへ分類しにくい。ギターが激しく鳴る一方、Dulliの歌い方やコード、バック・コーラスには70年代ソウルの影響があり、静かな部分から大きなクライマックスへ向かう構成も多い。ロックの音量とソウルの官能性を別々に並べるのではなく、欲望や自己嫌悪を表現するための同じ言語として使っている点が、本作最大の特徴である。
全曲レビュー
1. 「Crime Scene Part One」
ピアノと抑えた歌声から始まり、アルバムは事件がすでに起きてしまった後のような緊張の中へ入る。題名通り犯罪現場を思わせる断片的なイメージが置かれ、Dulliは事情を丁寧に説明せず、聞き手を物語の途中へ放り込む。演奏は次第にギターとドラムを厚くし、静かな告白から切迫したロックへ変化する。アルバム全体で続く「何か悪いことが起きている」という感覚を、具体的な説明より音の膨張によって提示する導入だ。
2. 「My Enemy」
冒頭から硬いギターとドラムが前へ出て、前曲で蓄積した緊張を短いロック・ナンバーとして放出する。タイトルの「敵」が誰なのかは単純ではなく、他者への攻撃性と自己嫌悪が重なって聞こえるところがDulliらしい。ボーカルも美しく整えるより、声を擦らせながらリズムへ食い込む。ソウル的な滑らかさよりThe Afghan Whigsのパンク由来の荒さが強く、アルバム序盤の速度を一気に上げる。
3. 「Double Day」
重いリズムの上でギターが反復され、逃げ場を狭めていくような曲である。Dulliの語り手は人間関係の中で自分の立場を制御しようとするが、その言葉には自信より焦りがにじむ。サビへ向かって演奏が広がっても爽快な解放にはならず、同じ問題へ再び戻されるような感覚が残る。前作Gentlemenにもあった有害な関係の描写を、より犯罪映画的な暗い世界へ移した曲として聞ける。
4. 「Blame, Etc.」
責任を誰かへ押しつける心理を扱いながら、語り手自身も決して無実には聞こえない。ギターの切れ味とソウル由来のリズム感が共存し、激しく鳴っていても演奏には腰のあるグルーヴがある。Dulliは相手を責める言葉と自分をさらけ出す言葉の間を行き来し、被害者と加害者の位置を安定させない。「Blame」の後に「Etc.」と付けた題名も、責任の所在を簡単には整理できないこの作品らしい。
5. 「Step into the Light」
タイトルは救済を思わせるが、明るい場所へ素直に到達する曲ではない。音量を抑えた演奏とDulliの近い歌声によって、誘惑とも告白とも取れる親密な空間を作る。ここではギターの轟音より、声の間や鍵盤の響きが重要で、アルバム前半の攻撃性を一度弱めている。「光」へ進むという言葉があるからこそ、その周囲に残る暗さが目立つという逆説的な配置である。
6. 「Going to Town」
ピアノの力強い動きと跳ねるリズムによって、アルバムでも特にソウル/R&Bとの接点が分かりやすい曲である。Dulliは叫びと歌の中間のような声を使い、バックの演奏も彼の感情に合わせて次第に熱を上げる。題名には街へ繰り出す軽快さがあるが、アルバムの文脈では享楽と自己破壊が隣り合って聞こえる。ロック・バンドがソウルを装飾として借りるのではなく、曲の身体的な動きそのものへ取り込んだ好例だ。
7. 「Honky’s Ladder」
鋭いギター・リフと強烈なドラムで押し進む、本作屈指の攻撃的な曲である。ヴァースの緊張を保ったままサビで音量をさらに上げるため、アルバム中盤で一度ピークを作る。Dulliのボーカルもほとんど喉を裂くような強さへ達し、欲望や対立が理性的な言葉では制御できなくなる。ソウル的な官能性を持つ本作の中で、The Afghan Whigsが本来持っていた荒々しいロック・バンドとしての力を最も直接的に聞かせる。
8. 「Night by Candlelight」
前曲の爆発から急に音量を落とし、夜の室内を思わせる静かな曲へ移る。ピアノや控えめな伴奏がDulliの声を囲み、親密な雰囲気を作るが、歌詞の人間関係には安心より疑念や疲労が残る。キャンドルの光というロマンティックなイメージも、ここでは幸福な恋愛の装置というより、暗闇を完全には消せない弱い明かりとして機能する。曲順による落差が特に効果的な一曲だ。
9. 「Bulletproof」
「防弾」というタイトルに反して、語り手は精神的にはまったく傷つかない人物ではない。強がりと脆さを同時に抱え、相手との関係で受けた傷を隠そうとする姿が浮かぶ。演奏はギターだけで押し切らず、ソウル・バラードに近い劇的な高まりを使いながら徐々に感情を大きくする。Dulliの声がきれいに整っていないことも重要で、ひび割れた歌唱そのものが「bulletproof」という自己像を崩している。
10. 「Summer’s Kiss」
柔らかな題名とメロディを持ちながら、アルバム終盤らしい喪失感が強い。夏のキスという記憶は現在の幸福ではなく、すでに手の届かないものを振り返るイメージとして響く。ギターは激しく前へ出ず、Dulliの旋律を支えることで、それまでの暴力や欲望から少し距離を取る。甘い記憶ほど現在の暗さを際立たせるという、本作のロマンティシズムのねじれがよく表れている。
11. 「Faded」
約8分に及ぶ終曲で、ピアノを中心とした静かな始まりから、ストリングスやギターを加えながら徐々に巨大なクライマックスへ向かう。題名が示すように、ここまで登場してきた欲望や怒りは鮮明さを失い、語り手には疲労と諦めが残る。Dulliの歌唱も最初から最大音量にはせず、長い時間をかけて声を強めるため、感情の高まりが自然に聞こえる。
後半では演奏が大きく広がり、アルバムの暗い物語を映画のエンドロールのようなスケールで包み込む。ただし、犯罪や恋愛の問題が解決されたとは言い難い。むしろ、それまでの出来事が遠ざかり、人物だけがその結果とともに残されたような終わり方である。The Afghan Whigsのロック、ソウル、映画的な構成力が一つに集約された、本作のフィナーレにふさわしい曲だ。
総評
Black Loveを特徴づけるのは「暗い」という形容詞だけではなく、暗さを作るために複数の音楽的な言語を使っていることである。歪んだギターは怒りを、ソウル由来のリズムやコーラスは欲望を、ピアノやストリングスは後悔や喪失を担う。それらを曲ごとに切り替えるのではなく、一曲の中でも混ぜるため、暴力的な場面に官能性があり、静かな場面にも危険が残る。
Dulliの歌詞も同じ二重性を持つ。語り手は他人を責め、相手を欲しがり、自分の傷を訴えるが、聞き進めるほど本人にも問題があることが分かってくる。だから歌詞を純粋な失恋の告白として読むと、その不快さや面白さのかなりの部分を取り逃がす。Dulliは魅力的だが信用できない人物を中心に置き、聞き手がその人物へ共感すると同時に距離も取らざるを得ない状況を作っている。
前作Gentlemenとの違いは、個人的な関係の泥沼をより大きな舞台へ移したところにある。Gentlemenには狭い部屋で口論を続けるような生々しさがあったが、Black Loveでは犯罪映画や70年代ソウルを思わせる演出によって、同種の感情が夜の街を移動する物語へ拡大される。「Crime Scene Part One」から「Faded」まで明確な筋書きがあるわけではないものの、曲順には一晩の事件を追っているような連続性がある。
90年代オルタナティブ・ロックの中でThe Afghan Whigsが異質だった理由も、本作では特に明確だ。ハードなギターと告白的な歌詞だけなら同時代にも多かったが、彼らはそこへブラック・ミュージックのリズム、歌唱、官能性を深く持ち込み、男性的な攻撃性そのものを疑わしいものとして描いた。聞きやすい作品ではない部分もあるが、その不快さを消さずに美しいメロディと劇的な演奏へ変換したことが、Black Loveの強さである。
おすすめアルバム
Gentlemen by The Afghan Whigs
1993年作。破綻した恋愛と男性の自己欺瞞を、荒いギターとソウルへの愛情を通して描いた代表作である。Black Loveの映画的な広がりに対し、こちらはさらに狭く生々しい人間関係へ焦点を絞っている。
1965 by The Afghan Whigs
1998年の次作。ニューオーリンズでの録音も生かし、R&Bとソウルの官能性をさらに前面へ出した。Black Loveの犯罪映画的な緊張が、より肉体的で夜遊びの匂いを持つサウンドへ変化した姿を聞ける。
There’s a Riot Goin’ On by Sly and the Family Stone
1971年作。濁ったリズムと疲労した歌声によって、ソウルの高揚感を暗く内向きな音へ変えた作品。音楽性は異なるが、グルーヴを幸福ではなく欲望や消耗の表現として使う点でBlack Loveにつながる。
Let Love In by Nick Cave and the Bad Seeds
1994年作。愛情、暴力、執着を演劇的な語り手と暗いロックで描く。ソウル色はThe Afghan Whigsほど強くないが、ロマンティックな言葉と危険な人物像を意図的に重ねる作詞法は、本作との比較に適している。
The Boatman’s Call by Nick Cave and the Bad Seeds
1997年作。ピアノを中心に恋愛と喪失を静かに描き、激しいバンド演奏を抑えた作品である。Black Loveの「Faded」や「Night by Candlelight」にある、暴力的な感情が過ぎ去った後の疲労と親密さを別方向から深く掘り下げている。

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