イントロダクション
フェリーが行き交うタスマン海の向こう側、オークランドの夜景を反射する水面。
そこに浮かぶスマートフォンの小さな光が、世界中の若者たちのイヤフォンへとつながっている。
BENEE(ベニー)は、ベッドルームで育った個人的ざわめきを、ドリーミーなシンセと気だるいグルーヴで包み込み、グローバルチャートに乗せたニュージーランド発のポップアイコンだ。
代表曲「Supalonely」がパンデミック期の TikTok を席巻して以降、彼女はソーシャルメディア世代の孤独と高揚を同時にまとう稀有な存在となった。
アーティストの背景と歴史
2000 年、オークランド南部グレイ・リンに生まれたステラ・ローズ・ベネットは、13 歳でギターとベースを自己流で習得。
高校時代はサウンドクラウドに宅録デモをアップし、カリフォルニアのオルタナ・ポップやニュージーランド独特のラバーグルーブを並列に吸収した。
2017 年、初シングル「Tough Guy」がニュージーランドのオルタナチャートをにぎわせ、地元レーベルと契約。
2019 年の EP『Fire on Marzz』で新人賞を総なめにし、翌年リリースしたデビューアルバム『Hey u x』収録曲「Supalonely」が TikTok バイラルを起こす。
Post Malone、Lily Allen、Kenny Beats らと急速にコラボの輪を広げ、2023 年夏にはセカンドアルバム『LYCHEE』を発表。
現在は 2025 年リリース予定とされるサード作を制作中で、「ベッドルーム・ポップ第三章」を掲げながら新たな音像を探っている。
音楽スタイルと影響
基盤は 100 前後の BPM で跳ねるレイドバック・ビート。
ハイハットの鋭さとオフビートのベースが波打つ上で、シンセパッドがミルキーな広がりを持たせる。
ヴォーカルはウィスパー気味の囁きから低域のアルトへ滑り込み、コーラスワークには国籍不明のエスニック・スケールが顔を出す。
影響源には Tame Impala のサイケデリック空間、Lorde の内省的ポエトリー、そして 90 年代 US オルタナの素朴さが等量でブレンドされる。
歌詞は若者文化のスラングとニュージーランドの海辺イメージを交錯させ、傷口を見せながらユーモアで包帯を巻くような肌触りを残す。
代表曲の解説
「Supalonely」
Kenny Beats のタイトなビートとゴスペル風コーラスが沸き立ち、失恋の虚しさを踊れる快楽へ変換する。
サビ終わりでシンセが半音下がる瞬間、憂鬱が急落下して耳に残る。
「Glitter」
エレクトリック・ギターのカッティングとチープなクラップが、10 代の放課後を思わせる甘酸っぱさを演出。
アウトロの変拍子へ突入する仕掛けがライヴの跳ねポイント。
「Happen To Me」
デビュー盤の幕開けを飾るスロー・チューン。
メジャー 7th のコードが夜明けの寝室を描き、パニック障害への不安を穏やかな語り口で吐露。
「Green Honda」
『LYCHEE』期。
ジョングル系ブレイクビーツと歪んだベースが衝突し、旧型ホンダをメタファーに“乗り捨てる恋”を歌い上げる。
アルバムごとの進化
年 | 作品 | 特徴 |
---|---|---|
2019 | Fire on Marzz (EP) | ドリームポップとトロピカル・グルーヴの混交。MV にはニュージーランドの夕焼け色彩 |
2020 | Hey u x | フィーチャリング多用で国際色を獲得。コラージュ的トラック構成 |
2023 | LYCHEE | ダンスビート強化、アジアンフルーツのタイトル通り甘味と酸味を両立 |
2025 | (制作中) | オーガニック打楽器とデジタルグリッチを融合、“水とガラス”の音像を模索中と発言 |
影響を受けたアーティストと音楽
Billie Eilish から学んだ息遣いのマイクワーク、Lorde のミニマル R&B 感覚、Gorillaz のジャンル横断、Unknown Mortal Orchestra のサイケ・ファンク。
そこへニュージーランドのポリネシア系リズムと、子どものころ聴いたハイライフ・バンドの陽気さが影となり光となり現れる。
影響と波及
BENEE のバイラル以降、南半球発のベッドルーム・ポップが国際マーケットで注目され、Te Ao Māori(マオリ文化)要素を織り込む新人も台頭。
TikTok では「#BENEEdance」のコンテンツが十億回再生を突破し、音楽プロモーションの新モデルとして音源×振付の相乗効果が定着した。
オリジナル要素
- ステージ装飾に本物のフルーツを吊るし、観客が匂いまで含めて曲世界を体感する“インタラクティブ・ガーデン”。
- SNS でファンの夢日記を募集し、歌詞に一文だけ引用する「Dream Borrowing」企画を実施。
- カセット限定で左右チャンネルを逆位相にミックスし、“イヤフォン逆さ装着”推奨盤を販売。
まとめ
BENEE のポップは、陽光の刺す窓辺とベッドシーツの陰影、その両方を抱きしめる。
脳裏でこだまするキラキラしたシンセの奥には、未整理の不安が息づき、それを可視化することで彼女は同世代に小さな救いを手渡している。
次なるアルバムでどんな甘味と苦味を配合するのか。
ニュージーランドの風とネット回線のノイズを同時に感じながら、その続報を待ちたい。
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