発売日: 2001年7月30日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、エクスペリメンタル・ポップ
概要
『Beetroot』は、Castが2001年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのブリットポップ時代を締めくくる問題作とも言える作品である。
1995年のデビュー以降、着実にキャリアを重ねてきたCastだが、本作では大きな音楽的方向転換を試みている。過去のギター主導のロックンロールから一転し、ファンク、ソウル、エレクトロニカ、さらには実験的ポップまでを導入したそのサウンドは、ファンや批評家に大きな戸惑いを与えた。
制作はジョン・パワー自身がプロデュースを担当し、従来のバンドらしいアンサンブルよりも、個々のサウンド・テクスチャーやループ感を重視した作りになっている。そのため、これまでの「リヴァプール的メロディ至上主義」とは明らかに一線を画しており、意図的に壊した美学とでも言うべき姿勢が感じられる。
本作は商業的には成功を収められず、UKチャートでもトップ40に届かずに終わった。また、本作を最後にバンドは2001年に一度解散することとなり、『Beetroot』はその意味でも節目となる1枚である。しかし、再評価の機運は徐々に高まっており、「過小評価された異端作」として語られることも増えている。
全曲レビュー
1. Desert Drought
ファンク色の強いリズムに、サンプリングやスキャットが重なる異色のオープニング。
従来のCastのイメージを根底から覆すようなサウンドで、挑戦の意志が明確に表れている。
2. Heal Me
繰り返されるグルーヴとコーラスが印象的な、ソウル/ゴスペル的アプローチの楽曲。
「癒し」を求める切実な声が、コーラスワークを通して集団的な祈りに昇華していく。
3. Giving It All Away
前作までの流れを一部引き継ぐ、ギター・ポップ寄りのメロディが光る楽曲。
とはいえ、音響処理やビートの選択は現代的かつ実験的で、ポップでありながら一筋縄ではいかない。
4. Lose Yourself
ループ感の強いドラムに、エフェクトを施したボーカルが絡むミニマルな構成。
「自己喪失」や「再生」といった主題が、リリックの断片性とも呼応している。
5. High Wire
サーカスや危うさをイメージさせるような、浮遊感のあるコード進行とリズム。
聴き手の感情を不安定にさせる構成で、アルバムの中でも異彩を放つ。
6. I Never Wanna Lose You
ストレートなラブソングに聴こえるが、トラック自体は実験的で、メロディとビートの乖離が印象的。
甘さと歪さが同居する感触は、ある種のエレクトロ・ソウルを思わせる。
7. U-Turn
急激な変化=“ユーターン”というタイトルの通り、展開が目まぐるしい楽曲。
ブレイクビーツや不協和音的なパートも挿入され、混沌としたエネルギーが満ちている。
8. Jetstream
タイトルのイメージ通り、滑空感のあるシンセとリズムが印象的。
風や空といった自然要素を抽象的に音で表現したようなインストゥルメンタル風の構成。
9. Look Around
内省的な歌詞と、ゆるやかなメロディのコントラストが美しい。
フォーク的な素朴さを持ちながら、背景にはしっかりとしたビートとテクスチャーが広がる。
10. Universal Truth
アルバムの終盤を飾るにふさわしい哲学的ナンバー。
「普遍的な真理」というタイトルに違わず、リリックは抽象的かつ問いかけ的で、スピリチュアルな締めくくりをもたらしている。

総評
『Beetroot』は、Castというバンドが持っていた“誠実なギター・ロック”というイメージを、あえて打ち壊そうとした意欲作である。
確かに本作は、リスナーの期待を大きく裏切る内容かもしれない。だが、その裏切りは無謀さではなく、“更新”への強い欲望に裏打ちされたものなのだ。ジョン・パワーのヴォーカルはこれまで以上に自由であり、サウンドも意図的な“解体と再構築”を繰り返している。
ブリットポップが終焉を迎え、音楽業界が多様性と実験性へと向かっていった2001年という時代において、本作の存在はむしろ自然な進化とも言える。評価されにくかった背景には、時代の変化とファンの“Castらしさ”への期待があったが、20年以上を経た今、その振れ幅こそが本作の魅力に映る。
このアルバムは、むしろCastの“最も個人的”な作品として再発見されるべきであり、キャリアの中で最も複雑で、最も正直な瞬間を封じ込めた一作なのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
- Blur / 13
ブリットポップの終焉を象徴するような実験作。『Beetroot』と同様に脱構築的なアプローチが光る。 - Super Furry Animals / Guerrilla
ポップと実験の境界を揺れ動く感覚が非常に近い。 - Radiohead / Amnesiac
2001年という同年に発表された、ポスト・ブリットポップの混沌と不確かさを示す作品。 - Beck / Midnite Vultures
ファンク、エレクトロ、ソウルが渾然一体となった作風。『Beetroot』との共通性は多い。 -
The Beta Band / Hot Shots II
ジャンル越境的で独創性に満ちた作品。内省と遊び心のバランスが、『Beetroot』にも通じる。
ファンや評論家の反応
『Beetroot』は当初、キャリア中もっとも酷評された作品のひとつであった。
「Castらしくない」「方向性が見えない」といった声が多く、当時のファンには困惑を与えたことは否めない。
しかし近年では、アルバム全体のコンセプト性や挑戦的な音像を評価する声も増えている。
再結成後のライブではこのアルバムからの楽曲が再演されることは少ないものの、熱心なリスナーの間では“カルト的名作”として密かに語り継がれている。
音楽的冒険の代償として失ったものもあるが、その代わりに得た表現の自由さと個人的誠実さは、今こそ再評価されるべきであろう。
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