アルバムレビュー:As I Try Not to Fall Apart by White Lies

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2022年2月18日 ジャンル:ポストパンク・リバイバル、シンセ・ロック、オルタナティブ・ロック、ニューウェイヴ、ダークウェイヴ

概要

『As I Try Not to Fall Apart』は、ロンドン出身の3人組White Liesが2022年に発表した6作目のスタジオ・アルバムである。重厚なバリトン・ボーカル、ポストパンク由来の緊張感、1980年代的なシンセサイザー、巨大なサビを軸にしてきた彼らが、中年期へ近づく不安、自己評価の揺らぎ、死への意識、社会的な疎外を、これまで以上に率直な言葉で扱った作品に位置づけられる。

White Liesは、Harry McVeigh、Charles Cave、Jack Lawrence-Brownによって結成された。2009年のデビュー作『To Lose My Life…』では、Joy DivisionEcho & the Bunnymen、Interpolなどを想起させる暗いポストパンクと、アリーナ規模のコーラスを組み合わせ、英国ロックの新世代として広く注目を集めた。

その後も『Ritual』『Big TV』『Friends』『Five』と作品を重ね、シンセポップ、ゴシック・ロック、プログレッシブな構成、電子音響を取り込みながら、自らの様式を拡張してきた。White Liesの音楽には一貫して、死、別れ、都市、時間、感情の不均衡が現れる。しかし本作では、それらが架空の人物や劇的な物語を通じてではなく、より直接的な自己観察として提示される。

アルバム・タイトルの「As I Try Not to Fall Apart」は、「崩れ落ちないように努めながら」という意味を持つ。重要なのは、すでに完全に壊れた人物を描くのではなく、崩壊を予感しながら日常を維持しようとする過程に焦点を当てていることである。

人は深刻な危機に直面した時だけ崩れるのではない。仕事、年齢、期待、身体、社会的な役割、将来への不安が少しずつ蓄積し、自分の輪郭を保つことが難しくなる。本作は、その静かな圧力を複数の角度から描く。

タイトル曲では自己像の崩壊を防ごうとする姿勢が示され、「Am I Really Going to Die」では死が抽象的な概念ではなく、自分自身にも訪れる出来事として問われる。「I Don’t Want to Go to Mars」では未来志向の技術的幻想への不信が、「Roll December」では時間の経過と季節の重さが扱われる。

この作品が発表された2022年という時期も重要である。世界的な感染症の流行によって、多くの人々が隔離、死、不安、生活様式の変化を経験した。White Liesは本作を単純な時事的アルバムとして制作してはいないが、社会全体に広がった不確実性は、作品の言葉と音響に明確な影を落としている。

音楽面では、従来のWhite Liesらしい大きなシンセサイザーとギターを維持しながら、ファンク、ニューウェイヴ、プログレッシブ・ロック、エレクトロニック・ポップの要素を柔軟に取り入れている。各曲は暗い歌詞を持つ一方、必ずしも音楽まで沈鬱ではない。

特に「Am I Really Going to Die」や「I Don’t Want to Go to Mars」は、死や社会的不安を扱いながら、リズムには軽快さがある。この明るさと暗さのずれが、本作の重要な特徴である。深刻な感情を、重苦しいバラードだけで表現せず、踊れるビートや大きなサビへ変換している。

Harry McVeighの歌唱は、従来どおり低く響くバリトンを中心とする。しかし本作では、その声が権威的な物語の語り手としてだけでなく、迷い、恐れ、自己疑念を抱える人物として使われる。低い声の安定感と、歌詞にある不安定さの対比が、作品へ独特の緊張を与えている。

Charles Caveのベースは、単に低音を支えるだけでなく、多くの曲で旋律的に動く。Jack Lawrence-Brownのドラムは、重いロックの推進力と、ダンス・ミュージック的な反復をつなぐ。三人の演奏が、シンセサイザーやスタジオ処理の層の下でも明確に聞こえる点が、本作の強みである。

『As I Try Not to Fall Apart』は、若い頃の死へのロマンティックな想像から、実際に年齢と時間を意識する段階へ移ったWhite Liesの作品である。死は美的な象徴ではなく、身体、生活、家族、将来へ関わる現実的な問題となっている。

同時に本作は、崩壊を完全に防ぐ方法を提示しない。自己肯定、逃避、愛、社会批判、呼吸、記憶など複数の方法が試されるが、どれも最終的な解決にはならない。その未解決性こそが、本作を現実的なものにしている。

全曲レビュー

1. Am I Really Going to Die

「Am I Really Going to Die」は、「自分は本当に死ぬのか」という極めて直接的な問いを題名にしたオープニング曲である。死が一般論ではなく、自分自身に起こる出来事として認識される瞬間を描く。

多くの人は、死を知識として理解している。しかし日常生活では、それを自分の具体的な未来として考え続けることは難しい。この曲の主人公は、その避けてきた事実へ突然向き合う。

歌詞には恐怖だけでなく、驚きや不信がある。死は遠い他人の出来事であるはずなのに、自分も例外ではない。その認識が、人物の生活や優先順位を揺さぶる。

音楽は意外なほど軽快で、ファンク的なベースと跳ねるリズムを持つ。重い主題を暗いテンポで描くのではなく、身体を動かすグルーヴへ変換している。

この対比によって、死への問いは哲学的な沈思ではなく、日常のなかに突然入り込む不安として響く。主人公は死について考えながらも、身体はなお動き続ける。

アルバムの最初に死を問うことで、以後の楽曲はすべて、限られた時間をどう生きるかという問題へ接続される。

2. As I Try Not to Fall Apart

タイトル曲「As I Try Not to Fall Apart」は、自分の内面が崩れつつあることを認識しながら、外見上の生活を維持しようとする人物を描く。

「fall apart」は、精神的な崩壊、関係の破綻、身体的な衰え、社会的な立場の喪失など、複数の意味を持つ。曲はそれらを一つに限定せず、自己全体が分解していく感覚として表現する。

主人公は、他者から見れば日常を送っている。しかし内側では、自信、目的、感情の統一性が失われつつある。崩れないようにする努力そのものが、大きな負担になっている。

音楽は大きなシンセサイザーとギターによって進み、サビではWhite Liesらしい壮大な広がりを持つ。だが、その大きさは勝利を示さない。むしろ、個人の危機を外部へ隠すための巨大な外殻のように機能する。

Harry McVeighの低い声は安定して聞こえるが、歌詞には不安がある。この声と内容のずれによって、「崩れていないように見せる」人物の状態が表現される。

本作全体の中心であり、精神的な危機を劇的な破局ではなく、継続的な努力として描いた楽曲である。

3. Breathe

「Breathe」は、呼吸という最も基本的な生命活動へ意識を向ける楽曲である。不安や混乱が大きくなった時、人物は複雑な解決ではなく、まず呼吸を続けることへ戻る。

歌詞では、精神的な圧力によって身体感覚が乱れ、呼吸さえ意識的に行う必要がある状態が示される。呼吸は生存の証拠であると同時に、現在へ意識を戻す方法でもある。

しかし、この曲は呼吸だけですべてが解決すると主張しない。呼吸は危機を一時的にやり過ごす手段であり、問題そのものを消すものではない。

音楽は比較的穏やかで、シンセサイザーとリズムの間に余白がある。息を吸い、吐くように、音の密度が増減する。

McVeighの歌唱も抑制され、長い音を使いながら、身体のリズムへ寄り添う。アルバム前半の大きな不安を、より内面的で身体的な視点へ移す一曲である。

4. I Don’t Want to Go to Mars

「I Don’t Want to Go to Mars」は、火星移住や宇宙開発をめぐる未来的な理想を拒む楽曲である。題名はユーモラスだが、その背後には技術進歩や現実逃避への強い懐疑がある。

現代社会では、地球の問題を解決するより、新しい惑星へ移住する構想が未来の希望として語られることがある。しかし主人公は、火星へ行くことを進歩とは考えない。

歌詞では、現在の世界を破壊しながら、新しい場所へ逃げようとする人間の態度が批判される。地球上の不平等、環境問題、孤独を解決せず、宇宙へ向かうことに意味があるのかが問われる。

音楽はキャッチーで、シンセポップ的な明るさを持つ。題材の皮肉に対して、サビは親しみやすく、大きな合唱へ向かう。

この明るさによって、曲は説教的な社会批判にならない。むしろ、未来を語る広告や技術的な楽観主義の軽さを、そのまま音楽へ取り込んで反転させている。

主人公が求めているのは、別の惑星ではなく、現在の場所で生きられる社会である。逃走ではなく、地上の現実へ責任を持つ必要を示す一曲である。

5. Step Outside

「Step Outside」は、「外へ一歩出る」という簡潔な命令を題名に持つ。閉じた部屋、閉じた思考、自己隔離から離れることを促す楽曲である。

歌詞の主人公は、自分の内面へ深く閉じこもり、外部世界との接触を避けている。外へ出ることは、単なる散歩ではなく、他者や現実へ再び接続する行為である。

一方、外部世界が安全であるとは限らない。人は傷つくことを避けるために閉じこもる。したがって「外へ出る」という助言には、恐怖を引き受ける必要も含まれる。

音楽は前向きなリズムと上昇するメロディを持ち、サビでは視界が広がるような感覚がある。ただし、完全な解放にはならず、内面の暗さは残る。

本作のなかでは比較的直接的な励ましの曲だが、単純な自己啓発にはならない。外へ出ることが困難である人物の状態を理解した上で、その一歩の重要性を示している。

6. Roll December

「Roll December」は、12月という時間を転がすように進める、季節と記憶の楽曲である。12月は一年の終わり、冬、寒さ、祝祭、孤独を同時に連想させる。

歌詞では、時間が個人の意思に関係なく進んでいくことが示される。人物が準備できていなくても、年末は訪れ、過去一年を振り返らせる。

「roll」という言葉には、転がる、進み続ける、音楽的なリズムに乗るという意味がある。12月は静止した季節ではなく、人物を次の年へ押し流す力として描かれる。

音楽は穏やかながら、低音に重さがあり、冬の広い空間を感じさせる。シンセサイザーは冷たいが、メロディには温かさもある。

曲の主人公は、過去を完全に整理できていない。それでも時間は進む。年末を再生の機会として理想化せず、未解決の感情を抱えたまま季節を越えることを描いた楽曲である。

7. Ragworm

「Ragworm」は、海辺の砂や泥のなかに生息する環形動物を題名にした、アルバム中でも特に奇妙な楽曲である。目立たない生物を通じて、隠れた生命や不快さを描く。

ラグワームは、地表から見えにくい場所で生き、釣り餌として扱われることもある。曲では、社会の表面下にいる人物、あるいは他者から価値を道具的に判断される存在の比喩として読むことができる。

歌詞の人物は、自分が尊重される主体ではなく、誰かの目的のために利用される存在だと感じている。地中で動く生物のイメージが、社会的な不可視性や自己嫌悪と結びつく。

音楽は不穏で、ベースと電子音が粘りつくような質感を作る。明快なポップ・ソングより、奇妙な反復と音色が重視される。

本作のなかで最も実験的な曲のひとつであり、White Liesが大きなサビだけでなく、醜さや異物感を音楽へ持ち込めることを示している。

8. Blue Drift

「Blue Drift」は、青い漂流という抽象的な題名を持つ。青は悲しみ、冷たさ、空、海を連想させ、「drift」は目的地を持たず流される状態を意味する。

主人公は、自ら進路を選ぶのではなく、感情や状況の流れに身を任せている。完全に絶望しているわけではないが、明確な方向も失っている。

海や空の青さは広さを与える一方、孤立を強める。どこまでも視界が開けているのに、帰る場所や進むべき場所が分からない。

音楽は広いシンセサイザーと旋律的なベースを持ち、浮遊感を作る。ドラムは一定の動きを保ち、漂流が静止ではなく、制御できない移動であることを示す。

歌詞と音響が密接に結びつき、本作の孤独を最も空間的に表現した一曲である。

9. The End

「The End」は、終わりそのものを題名にした楽曲である。アルバム終盤に置かれ、関係、人生、時代、自己像の終了を複数の意味で示す。

歌詞の主人公は、何かが終わりつつあることを理解している。しかし終わりが明確な瞬間として訪れるのではなく、徐々に意味が失われていく過程として描かれる。

人間関係では、別れの言葉より前に、会話、期待、関心が少しずつ減っていく場合がある。この曲は、その静かな終わりを扱う。

音楽は重厚で、サビに向かって大きく広がる。タイトルの簡潔さに対し、演奏は感情を複雑に積み重ねる。

終わりは喪失であると同時に、次の段階へ進むための条件でもある。しかし曲は再生を急いで提示せず、まず終了そのものの重さへ留まる。

10. There Is No Cure for It

終曲「There Is No Cure for It」は、「それには治療法がない」という厳しい認識を題名にする。アルバム全体で扱われた不安、死、時間、孤独に対し、最終的な解決が存在しないことを認める楽曲である。

何に治療法がないのかは限定されない。人間の有限性、愛すること、老い、記憶、孤独、自己意識そのものを指している可能性がある。

この曲は、治せないなら何もできないという絶望へ直結しない。治療法がないと知ることで、問題を完全に消そうとする無理な努力から離れる可能性もある。

音楽はアルバムを総括するように、静かな部分と大きな広がりを持つ。McVeighの声は落ち着いており、終盤でも過剰な絶叫へ進まない。

「崩れないように努める」というタイトルから始まった作品は、最後に、すべてを修復する方法はないという認識へ到達する。しかし人物はなお歌い、呼吸し、時間を進む。

治癒ではなく共存を示す終曲であり、本作の成熟した視点を最も明確に表している。

総評

『As I Try Not to Fall Apart』は、White Liesが長く扱ってきた死、孤独、時間という主題を、中年期へ向かう自己認識と結びつけた作品である。

初期White Liesの死は、若い人物が想像する劇的でロマンティックな終末として現れることが多かった。本作では、それがより現実的な問題へ変わる。「Am I Really Going to Die」という問いは、死が芸術的な象徴ではなく、自分の身体へ訪れる事実であることを認識する言葉である。

この変化によって、作品の暗さには新しい重みが生まれている。若者の疎外感だけでなく、年齢、責任、生活の継続、社会の未来が関わるからである。

タイトル曲が示すように、本作の人物はすでに完全に崩壊しているわけではない。仕事をし、話し、移動し、他者と関係を持ちながら、内部の分裂を防ごうとしている。

この「機能しているように見える危機」は、現代社会に広く存在する。外見上の安定が、精神的な安定を保証しない。White Liesはその状態を、大きく整ったロック・サウンドの内側へ置く。

音楽と歌詞の対比は、本作の最大の特徴である。歌詞は死、不安、社会的な逃避を扱うが、演奏はしばしば踊れる。「Am I Really Going to Die」や「I Don’t Want to Go to Mars」は、暗い内容を軽快なリズムへ乗せる。

この方法は、悲しみを軽視するものではない。むしろ、人間が深刻な不安を抱えながらも、身体を動かし、日常を続ける現実を表している。

Harry McVeighのバリトンは、作品へ一貫した重さを与える。彼の声は自信に満ちて聞こえるが、歌詞の人物は迷っている。そのずれが、崩壊を隠しながら生活する人間の状態を示す。

Charles Caveのベースは、本作で特に重要である。多くの曲でベースが旋律を作り、ギターやシンセサイザーとは別の動きを見せる。暗いサウンドのなかに身体的な推進力を与えている。

Jack Lawrence-Brownのドラムは、ロック的な重さとダンス・ミュージック的な精密さをつなぐ。四つ打ち、細かなハイハット、強いスネアを使い分け、各曲の感情をリズムとして整理する。

シンセサイザーは1980年代的な懐古の装飾にとどまらない。冷たい音色は、技術的な未来、不安、都市的な孤立を表し、同時に巨大なコーラスを支える。

「I Don’t Want to Go to Mars」は、本作の社会的な視点を代表する。未来を宇宙や技術へ求めるより、現在の地球で生きられる条件を作る必要があるという考えが示される。

これはWhite Liesが個人的な不安だけでなく、現代社会の進歩観へ疑問を向けていることを示す。人間が内面の問題や社会的な不平等を解決しないまま、別の場所へ逃げても、同じ問題を持ち込む可能性が高い。

一方、「Breathe」「Step Outside」では、より小さな実践が示される。呼吸すること、外へ出ることは、世界を変える壮大な解決ではない。しかし危機のなかにいる人物にとって、その小さな行動が重要になる。

本作は、万能の答えを提示しない。「There Is No Cure for It」が示すように、人間の有限性や孤独には完全な治療法がない。

ただし、治療法がないことと、何もできないことは同じではない。呼吸し、外へ出て、他者とつながり、時間を越えることはできる。作品はその小さな継続を重視する。

アルバムの弱点としては、White Liesの既存の様式から大きく離れていない点が挙げられる。重いバリトン、大きなシンセ、劇的なサビという構造は、多くの曲で共通している。

そのため、過去作を知る聴き手にとっては、音楽的な驚きより、歌詞の成熟が中心となる。曲によっては、巨大な音像が繊細な感情を均一化しているように聞こえる場合もある。

しかし、本作の目的はバンドの形式を破壊することではなく、その形式へ新しい年齢と現実感を持ち込むことにある。White Liesは、自分たちの音楽的な語彙を維持しながら、若い頃とは異なる問いを扱っている。

『As I Try Not to Fall Apart』は、ポストパンク・リバイバル、ダークなシンセ・ロック、ニューウェイヴ的な低音、壮大なコーラスを好むリスナーに適している。また、死や不安を単なる絶望ではなく、日常を維持する努力として描く作品を求める聴き手にも重要な一枚である。

本作が最終的に示すのは、崩れないことが勝利を意味するとは限らないということである。人は壊れかけながら生活し、完全には治らない問題と共存する。

それでも、呼吸し、外へ出て、季節を越え、終わりを認めることはできる。White Liesはその継続を、巨大なシンセサイザーと低い声によって、個人的な不安から共同体的な歌へ変換した。

完全な回復ではなく、不完全な持続を肯定した点に、『As I Try Not to Fall Apart』の成熟と価値がある。

おすすめアルバム

White Lies『To Lose My Life…』

死、愛、若者の孤独を、ポストパンクと巨大なアリーナ・ロックへまとめたデビュー作。『As I Try Not to Fall Apart』における死への現実的な視点と比較することで、バンドの年齢的・作詞的な変化を確認できる。

Editors『In This Light and on This Evening』

ギター中心のポストパンクから、暗いシンセサイザーと電子的な低音へ移行した作品。バリトン・ボーカル、都市的不安、巨大な音響という点でWhite Liesと強く共鳴する。

The National『Sleep Well Beast』

中年期の不安、夫婦関係、社会的な疲労を、低い男性ボーカルと電子音を含むロック・サウンドで描いた作品。感情の崩壊を派手な破局ではなく、日常の継続として表現する点が本作と関連する。

Depeche Mode『Playing the Angel』

死、信仰、依存、罪悪感を、重い電子音と大規模なコーラスへまとめた作品。暗い主題を身体的なリズムへ変換する方法が、『As I Try Not to Fall Apart』の重要な背景となる。

Interpol『El Pintor』

鋭いギター、低いボーカル、都市的な孤立を保ちながら、長いキャリアのなかで自らの様式を成熟させた作品。初期ポストパンク・リバイバル勢が、中堅期にどのように自己更新したかを比較できる一枚である。

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