
発売日:1976年10月11日
ジャンル:ポップ、ユーロポップ、ディスコ、ポップロック、ダンス・ポップ、ソフトロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. When I Kissed the Teacher
- 2. Dancing Queen
- 3. My Love, My Life
- 4. Dum Dum Diddle
- 5. Knowing Me, Knowing You
- 6. Money, Money, Money
- 7. That’s Me
- 8. Why Did It Have to Be Me?
- 9. Tiger
- 10. Arrival
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. ABBA – ABBA: The Album(1977)
- 2. ABBA – Voulez-Vous(1979)
- 3. ABBA – Super Trouper(1980)
- 4. Bee Gees – Main Course(1975)
- 5. Fleetwood Mac – Rumours(1977)
概要
ABBAの『Arrival』は、1976年に発表された4作目のスタジオ・アルバムであり、グループがヨーロッパの人気ポップ・アクトから、世界的なポップ・ミュージックの象徴へと飛躍した決定的な作品である。「Dancing Queen」「Money, Money, Money」「Knowing Me, Knowing You」という代表曲を収録し、ABBAのソングライティング、スタジオ・プロダクション、ヴォーカル・ハーモニー、ポップとしての普遍性が高い水準で結実している。
ABBAは、Agnetha Fältskog、Björn Ulvaeus、Benny Andersson、Anni-Frid Lyngstadの4人によるスウェーデンのグループである。1974年に「Waterloo」でユーロヴィジョン・ソング・コンテストを制し、国際的な注目を集めたが、当初は一発屋と見られる危険もあった。しかし彼らは、その後「SOS」「Mamma Mia」などで着実にヒットを重ね、1976年の『Arrival』によって、単なるユーロヴィジョン出身グループではなく、1970年代ポップの中心的存在として確立された。
『Arrival』の重要性は、ABBAの音楽的アイデンティティがほぼ完成された点にある。ここには、明快で覚えやすいメロディ、緻密に積み重ねられたコーラス、クラシックや欧州民謡の感覚を含む旋律、ロックやディスコのリズム、そしてスタジオ録音によるきらびやかな音像がある。ABBAの音楽は非常に親しみやすいが、その裏側には高度な作曲技術と録音技術が存在する。『Arrival』は、そのバランスが最も自然な形で表れているアルバムの一つである。
特に「Dancing Queen」は、本作だけでなくABBAのキャリア全体を代表する楽曲である。ディスコのリズムを取り入れながらも、アメリカの黒人音楽由来のディスコとは異なり、ABBAらしい北欧的な透明感とメロディの哀愁が加わっている。曲は祝祭的でありながら、どこか儚い。踊る少女の一瞬の輝きが歌われるが、その輝きは永遠ではない。ABBAのポップの核心は、この「明るさの中にある切なさ」にある。
1970年代中盤のポップ・シーンでは、ディスコ、ソフトロック、グラムロック、プログレッシブ・ロック、シンガーソングライター、フィラデルフィア・ソウルなどが並行して存在していた。ABBAはその中で、どれか一つのジャンルに完全に属するのではなく、ヨーロッパ的なポップ感覚を基盤に、さまざまな要素を取り込んだ。『Arrival』にはディスコ的な高揚、ポップロック的な軽快さ、バラードの叙情、ミュージカル的なドラマ性が混在している。
本作のもう一つの特徴は、歌詞における感情の幅である。ABBAはしばしば明るく華やかなイメージで語られるが、歌詞の多くは恋愛の終わり、不安、孤独、金銭への願望、自己演出、関係の崩壊を扱っている。「Knowing Me, Knowing You」は、別れを避けられない二人の静かな諦めを歌い、「My Love, My Life」は失われた愛への深い回想を描く。「Money, Money, Money」は、金銭的な不満と夢をコミカルに歌いながら、社会的な現実もにじませる。ABBAのポップは、単純な幸福の音楽ではない。幸福を求める人間の切実さを、明るく精密なサウンドに包んだ音楽である。
AgnethaとFridaのヴォーカルも、本作の完成度を支えている。二人の声は、それぞれ異なる質感を持ちながら、重なることで非常に独特の輝きを生む。Agnethaの声には透明感とやや切ない鋭さがあり、Fridaの声には温かさと深みがある。二人のハーモニーは、ABBAの最大の武器であり、しばしば一人の声では表現できない複雑な感情を作り出す。歓喜と悲しみ、希望と不安が、同じコーラスの中で同時に響く。
Benny AnderssonとBjörn Ulvaeusの作曲・プロダクションも、非常に重要である。彼らは、ポップソングを単なるメロディと伴奏としてではなく、細部まで組み立てられた音の建築として作っている。ピアノ、シンセサイザー、ギター、ベース、ドラム、ストリングス、コーラスが緻密に配置され、曲ごとに異なる世界を作る。ABBAの楽曲は一聴するとシンプルだが、実際には転調、対旋律、コーラス処理、リズムのアクセントなどが非常に巧妙である。
日本のリスナーにとって『Arrival』は、ABBAの代表作として最も聴きやすい入口の一つである。「Dancing Queen」や「Money, Money, Money」の知名度は高く、メロディもすぐに耳に残る。一方で、アルバム全体を通して聴くと、ABBAの音楽が単なる明るいポップではなく、失恋、憧れ、社会的な願望、自己の揺らぎを含む、非常に緻密なポップ表現であることが分かる。『Arrival』は、ABBAが世界的グループとして「到着」した作品であると同時に、ポップミュージックが持ち得る完成度を示した名盤である。
全曲レビュー
1. When I Kissed the Teacher
「When I Kissed the Teacher」は、アルバムの冒頭を飾る軽快なポップソングである。タイトルは「先生にキスした時」という意味で、学校を舞台にした少しコミカルで、青春映画のような設定を持つ。ABBAのアルバムは、しばしば大きなヒット曲や感情の深いバラードに注目が集まるが、この曲はグループの遊び心とポップ職人性を示す重要なオープニングである。
音楽的には、明るいピアノ、軽快なリズム、厚いコーラスが特徴である。曲は冒頭から勢いよく進み、アルバム全体を楽しく開く。ABBAらしい多重コーラスはすでに完成度が高く、メロディの明快さとアレンジの細やかさが両立している。ポップロック的な躍動感がありながら、サウンドは非常に整理されている。
歌詞では、教師にキスをするという大胆な行動が、青春の一場面として描かれる。これは現実的な恋愛というより、学校生活の中のファンタジーや反抗心、若さの衝動をコミカルに表したものといえる。ABBAはこのような軽い題材でも、メロディとコーラスの力で楽曲を非常に印象的に仕上げる。
この曲の役割は、アルバムを深刻に始めすぎないことにある。『Arrival』には別れや孤独を扱う楽曲も多いが、冒頭ではまず、ポップの明るさと遊びが提示される。ABBAが持つエンターテインメント性を、最初に強く示す曲である。
「When I Kissed the Teacher」は、本作の入口として、ABBAの軽快でカラフルな側面を表す楽曲である。深い名曲というより、アルバムを開くための鮮やかなポップ・ナンバーとして機能している。
2. Dancing Queen
「Dancing Queen」は、ABBAの代表曲であり、1970年代ポップを代表する名曲の一つである。ディスコのリズムを取り入れながらも、ABBA独自のメロディ感覚、ハーモニー、北欧的な透明感が加わることで、単なるダンス曲を超えた普遍的なアンセムになっている。
音楽的には、ピアノのグリッサンドから始まるイントロが非常に印象的である。そこから滑らかにビートが入り、曲は一気に華やかなダンスフロアへ広がる。リズムはディスコ的だが、サウンドは過度にファンク寄りではなく、ABBAらしい整ったポップの輝きがある。ストリングス、ピアノ、コーラスが緻密に重なり、きらびやかな音像を作っている。
歌詞では、17歳の少女がダンスフロアで輝く一瞬が描かれる。彼女は「Dancing Queen」であり、その夜の中心にいる。重要なのは、この曲が単なるパーティー賛歌ではないことだ。歌詞には若さの輝きがあるが、その輝きは一瞬のものである。踊ることは自由であり、自己表現であり、同時に時間の儚さを伴う。
AgnethaとFridaのヴォーカルは、この曲で非常に美しく重なる。二人の声は歓喜を表しながらも、どこか切ない響きを持っている。そのため「Dancing Queen」は明るい曲でありながら、聴き手に少しの涙を感じさせる。ABBAのポップが特別なのは、この明るさと哀愁の同居にある。
「Dancing Queen」は、『Arrival』の中心であり、ABBAが世界的なポップ・グループとして完成したことを示す楽曲である。ダンス、若さ、夢、儚さを完璧なポップソングにした、時代を超える名曲である。
3. My Love, My Life
「My Love, My Life」は、アルバム前半に置かれた美しいバラードであり、失われた愛への深い回想を歌っている。タイトルは「私の愛、私の人生」という意味で、愛する相手が人生そのものと結びついていたことを示す。ABBAのバラードの中でも、特に感情の深い楽曲の一つである。
音楽的には、ゆったりとしたテンポと、柔らかなストリングス、繊細なコーラスが特徴である。サウンドは非常に美しく、静かな悲しみを包むように広がる。ABBAのバラードは、感情を過剰に叫ぶのではなく、メロディとハーモニーによって深く伝えることが多い。この曲もその典型である。
歌詞では、かつて愛した相手を思い出しながら、その関係がもう過去のものになっていることが歌われる。語り手は相手を忘れていないが、戻ることもできない。愛は人生の一部として残り続けるが、現実には終わっている。この静かな喪失感が曲の中心にある。
Agnethaのリード・ヴォーカルは、非常に透明で切ない。彼女の声は、感情を直接的に押し出すよりも、失われたものへの静かな痛みを表現するのに適している。コーラスが加わることで、個人的な回想がより大きな哀愁へ広がる。
「My Love, My Life」は、『Arrival』の中で、ABBAの叙情的な側面を示す重要曲である。華やかなディスコ・ポップの裏にある、深い喪失と記憶の感情が美しく表現されている。
4. Dum Dum Diddle
「Dum Dum Diddle」は、軽快でややコミカルなポップソングであり、アルバムの中では明るいアクセントを担う楽曲である。タイトルの響き自体がナンセンスで、リズミカルな言葉遊びとして機能している。ABBAの遊び心と、ポップソングにおける音の楽しさが前面に出た曲である。
音楽的には、テンポがよく、親しみやすいメロディを持つ。コーラスは明るく、リズムも軽快である。楽曲としては大きなドラマを持つタイプではないが、アルバム全体の流れの中で、重くなりすぎないための役割を果たしている。
歌詞では、音楽家の男性に夢中になっている語り手が描かれる。相手はヴァイオリンを弾く人物として表現され、その演奏や存在に惹かれている。恋愛感情と音楽への憧れがコミカルに混ざり、少し戯画的な雰囲気を生んでいる。
この曲は、ABBAのアルバムにしばしば見られる軽めのポップ・ナンバーである。大ヒット曲やバラードの陰に隠れがちだが、こうした曲があることで、アルバムに明るさと幅が生まれる。ABBAは深い感情だけでなく、こうした軽妙なポップも非常に巧みに作ることができた。
「Dum Dum Diddle」は、『Arrival』の中で遊び心を担う楽曲である。歌詞の軽さ、言葉の響き、明るいアレンジが、ABBAのポップな側面を楽しく示している。
5. Knowing Me, Knowing You
「Knowing Me, Knowing You」は、『Arrival』を代表する名曲の一つであり、ABBAの「明るいサウンドの中にある別れの痛み」を最も鮮明に示す楽曲である。タイトルは「私を知り、あなたを知る」という意味で、互いをよく知っているからこそ、もう関係が終わることを理解している二人を描いている。
音楽的には、堂々としたミッドテンポのポップロックで、イントロから強い印象を残す。ギター、シンセ、リズム、コーラスが非常に緻密に配置されており、別れの歌でありながら曲には力強さがある。サビのメロディは非常に大きく、ABBAのコーラス・ワークの完成度が際立つ。
歌詞では、家の中に残る空虚、かつての幸福の記憶、そして別れの不可避性が描かれる。二人は互いを知りすぎている。だからこそ、もう修復できないことも分かっている。この曲の悲しみは、激しい喧嘩や裏切りではなく、静かな諦めにある。別れは突然の事件ではなく、ゆっくりと避けられない結論として訪れる。
ヴォーカルは、感情を抑えながらも深い痛みを表現している。ABBAのコーラスは、別れの個人的な感情を、ほとんど普遍的なドラマへ広げる。特にサビの広がりは、個人の失恋を大きな人生の場面として響かせる力を持つ。
「Knowing Me, Knowing You」は、ABBAの成熟した別れの歌として非常に重要である。ポップソングとしての完成度、歌詞の感情の深さ、プロダクションの緻密さが高いレベルで結びついている。
6. Money, Money, Money
「Money, Money, Money」は、ABBAの代表曲の一つであり、金銭への願望をコミカルかつ劇的に歌った楽曲である。タイトルの反復は非常に印象的で、歌詞のテーマを一瞬で伝える。華やかなポップソングでありながら、経済的な不満や階級意識も含んでいる点が重要である。
音楽的には、ややミュージカル的なドラマ性を持つ。マイナー調のメロディ、ピアノの印象的なフレーズ、劇的な展開が、金銭をめぐる欲望と皮肉を強調している。ABBAはここで、単なるポップソングではなく、舞台上のキャラクターが歌うような演劇的な楽曲を作っている。
歌詞では、語り手が働いてもなかなか豊かになれず、金持ちの男性と結婚できたら楽になれるのに、と夢想する。これは一見コミカルだが、生活の現実を反映している。愛や理想だけではなく、お金が人生を左右するという事実が、軽快なメロディの中に込められている。
Fridaのヴォーカルは、この曲の演劇性をよく引き出している。彼女の声には、皮肉、願望、少しの疲れが混ざっている。コーラスはその感情を華やかに支え、曲全体をミュージカル的な場面へ変えている。
「Money, Money, Money」は、ABBAのポップにおける社会的な側面を示す楽曲である。金銭への欲望を明るく歌いながら、その裏にある生活の切実さを隠さない。ABBAのドラマ作りの巧さが際立つ一曲である。
7. That’s Me
「That’s Me」は、自己主張と自己認識をテーマにしたポップソングである。タイトルは「それが私」という意味で、自分の性格や生き方を相手に示すような内容になっている。ABBAの中では比較的軽快で、ポップロック的な勢いを持つ楽曲である。
音楽的には、明るいギター、弾むリズム、キャッチーなコーラスが特徴である。曲はコンパクトで、ABBAらしいメロディの親しみやすさがある。シングル級の強いインパクトというより、アルバム曲として流れを支える役割が大きい。
歌詞では、語り手が自分はこういう人間だと示す。恋愛関係において、相手に合わせるだけではなく、自分の個性や気まぐれさを認めてほしいという感覚がある。ABBAの楽曲では、女性の語り手が恋愛の中で揺れることが多いが、この曲では比較的自立した自己像が前面に出る。
Agnethaのヴォーカルは、明るさと少しの強さを持っている。彼女の声は可憐でありながら、ここでは自己を主張するエネルギーも感じさせる。コーラスは曲をさらにポップにし、軽快な聴き心地を作る。
「That’s Me」は、『Arrival』の中で、ABBAの軽快なポップロック面を担う楽曲である。恋愛の中でも自分らしさを失わないというテーマが、明るいメロディで表現されている。
8. Why Did It Have to Be Me?
「Why Did It Have to Be Me?」は、ブルースやロックンロールの影響を感じさせる楽曲であり、アルバムの中では少し異色の存在である。タイトルは「なぜそれが僕でなければならなかったのか」という意味で、恋愛のもつれや巻き込まれてしまった感覚をユーモラスに歌っている。
音楽的には、他の曲に比べてよりルーズで、バンド演奏の楽しさが前面に出ている。ピアノやリズムのノリには、アメリカン・ルーツ音楽への接近が感じられる。ABBAの整ったスタジオ・ポップとは少し違い、ライブ感のある軽いロックンロールとして機能している。
歌詞では、恋愛の面倒な状況に巻き込まれた男性の視点が描かれる。語り手は相手に惹かれながらも、その関係が自分に厄介な感情をもたらしていることを嘆いている。深刻な悲劇ではなく、少しコミカルなぼやきとして表現される。
Björnのヴォーカルが前面に出ることで、アルバムの中に声の変化が生まれる。ABBAはAgnethaとFridaのハーモニーが中心だが、男性ヴォーカル曲が入ることで、アルバムに別の表情が加わる。この曲は、ABBAの多様性を示す役割を持っている。
「Why Did It Have to Be Me?」は、『Arrival』の中で、気楽なロックンロール感とユーモアを担う楽曲である。大きな代表曲ではないが、アルバムに人間味と緩急を与えている。
9. Tiger
「Tiger」は、都会の危険、誘惑、夜の緊張をテーマにした楽曲である。タイトルの「虎」は、捕食者、危険、野生、攻撃性を象徴する。ABBAのポップとしては、ややダークでスリリングな雰囲気を持つ曲である。
音楽的には、緊張感のあるリズムと鋭いサウンドが特徴である。メロディにはミステリアスな雰囲気があり、コーラスもどこか不穏に響く。ABBAの明るいイメージとは違い、この曲では夜の都市を駆け抜けるような緊迫感がある。
歌詞では、語り手が都会の中で危険な存在として振る舞う。自分は虎であり、相手に警告する。この曲は、恋愛の歌というより、都市の夜に潜む危険な自己像を描いている。ABBAの音楽では珍しく、少し攻撃的なキャラクターが前面に出る。
ヴォーカルとコーラスは、曲の不穏さを強調している。AgnethaとFridaの声は美しいが、ここでは甘さよりも鋭さがある。ABBAが単なる明るいポップ・グループではなく、緊張感のある楽曲も作れることを示している。
「Tiger」は、『Arrival』の中でダークなアクセントを担う楽曲である。都会、危険、誘惑というテーマを通じて、アルバムにスリリングな表情を加えている。
10. Arrival
終曲「Arrival」は、アルバムのタイトルを冠したインストゥルメンタルである。ABBAのアルバムにおいて、インスト曲が最後に置かれていることは特徴的であり、本作を単なるヒット曲集ではなく、ひとつの旅として締めくくる役割を持つ。
音楽的には、シンセサイザーやコーラス風の音色を用いた、荘厳で牧歌的な雰囲気を持つ楽曲である。どこか北欧的な広がりがあり、民謡や賛歌のような響きも感じられる。歌詞はないが、メロディは非常に印象的で、アルバムの最後に穏やかな到達感を与える。
この曲は、タイトル通り「到着」を表しているように聴こえる。アルバムは学校の軽快な場面から始まり、ダンス、失恋、金銭、自己主張、都市の危険を経て、最後に言葉のない広い場所へたどり着く。歌詞がないため、聴き手はそれぞれの到着地点を想像できる。
ABBAの音楽はしばしばヴォーカル・ハーモニーで語られるが、この曲ではBennyとBjörnの作曲・編曲能力が前面に出ている。メロディの構築、音色の配置、穏やかな高揚感は、ABBAのポップが歌だけでなく器楽的な美しさも持っていたことを示す。
「Arrival」は、アルバムの終曲として非常に効果的である。言葉ではなく音によって、ABBAが世界的なポップの場所へ到着したことを象徴するような楽曲である。
総評
『Arrival』は、ABBAのキャリアにおける最重要作の一つであり、彼らが世界的ポップ・グループとして完全に確立されたアルバムである。ここには「Dancing Queen」「Money, Money, Money」「Knowing Me, Knowing You」という代表曲が収められており、ABBAの持つ明るさ、哀愁、ドラマ性、ポップ職人性が非常に高い水準で結実している。
本作の最大の魅力は、ポップとしての即効性と、感情の深さが同時に存在する点である。「Dancing Queen」は誰もが口ずさめる華やかなダンス・アンセムだが、その歌詞には若さの儚さがある。「Knowing Me, Knowing You」は大きなサビを持つ完璧なポップソングだが、歌われているのは関係の終わりを避けられない二人の静かな諦めである。「Money, Money, Money」はコミカルで劇的だが、生活の現実と金銭への切実な願望を描いている。
ABBAの音楽は、しばしば明るいポップとして消費される。しかし『Arrival』を丁寧に聴くと、その明るさは決して単純ではない。むしろ、失恋、孤独、憧れ、社会的な不安を、きらびやかなサウンドに包むことで、多くのリスナーに届く形にしている。ABBAの偉大さは、悲しい感情を暗く沈めるのではなく、誰もが歌えるメロディへ変換する力にある。
プロダクション面でも、本作は非常に完成度が高い。多重録音されたヴォーカル、緻密なコーラス、ピアノやシンセの配置、ギターやストリングスの使い方は、1970年代ポップの中でも非常に洗練されている。ABBAの楽曲は一見シンプルに聞こえるが、細部には多くの工夫がある。サビへ向かう構成、転調、コーラスの厚み、リズムの処理が、曲の印象を強めている。
AgnethaとFridaの声は、本作の感情的な中心である。二人の声が重なることで、ABBA特有のきらめきが生まれる。Agnethaの透明で鋭い声、Fridaの温かく深い声が重なると、喜びと悲しみが同時に響く。この二重性は、ABBAのポップの本質そのものである。彼女たちのハーモニーは、単に美しいだけでなく、歌詞の感情を複雑にする。
一方で、『Arrival』はアルバムとして見ると、完全に一貫したコンセプト作品ではない。軽快なポップ、バラード、ディスコ、ロックンロール風の曲、ダークな曲、インストゥルメンタルが並び、曲ごとに性格は大きく異なる。しかし、その多様性こそが1970年代のポップ・アルバムらしい魅力でもある。ABBAはアルバム全体で一つの物語を語るというより、さまざまなポップの形式を通じて、自分たちの幅広さを示している。
『Arrival』というタイトルも象徴的である。これは、ABBAが世界的な成功の地点へ「到着」したことを示すと同時に、彼らのポップ美学が完成の域へ達したことを意味する。前作までに築かれたヒット・メイキングの技術は、本作でより大きなスケールを持った。特に「Dancing Queen」の成功は、ABBAを世界のポップ・スタンダードへ押し上げた。
1970年代のポップ史において、本作はディスコ時代の到来と、ヨーロッパ発のポップが世界市場を席巻する流れの中で重要な位置を占める。ABBAはアメリカや英国の音楽をただ模倣したのではなく、そこに北欧的なメロディ感覚、欧州ポップの明晰さ、スタジオ・ワークの精密さを加えた。その結果、国境を越えて機能するポップソングが生まれた。
日本のリスナーにとって『Arrival』は、ABBAの魅力を最も分かりやすく体験できる作品の一つである。代表曲の強さはもちろん、アルバム曲にもABBAらしい工夫が多い。英語詞を追うと、明るく聞こえる曲の中にある切なさや皮肉がより明確になる。ダンス、別れ、お金、自己主張、危険、到着。これらのテーマが、非常に洗練されたポップとして提示されている。
総じて『Arrival』は、ABBAがポップ・ミュージックの頂点へ到達したことを示す名盤である。完璧なメロディ、緻密なプロダクション、輝くハーモニー、そして明るさの裏にある深い哀愁。これらが一枚のアルバムに凝縮されている。『Arrival』は、ポップが単に楽しい音楽であるだけでなく、人間の不安や喪失を最も美しく、最も広く届ける形式になり得ることを証明した作品である。
おすすめアルバム
1. ABBA – ABBA: The Album(1977)
『Arrival』の次作であり、「The Name of the Game」「Take a Chance on Me」などを収録した重要作である。より構成が大きく、ミュージカル的な要素や長尺の組曲的な発想も含まれる。『Arrival』で完成されたポップ美学が、さらに広がりを見せた作品である。
2. ABBA – Voulez-Vous(1979)
ABBAがディスコ色をさらに強めたアルバムであり、「Voulez-Vous」「Chiquitita」「Does Your Mother Know」などを収録している。『Arrival』の「Dancing Queen」で示されたダンス・ポップの方向性が、より全面的に展開された作品である。
3. ABBA – Super Trouper(1980)
成熟期のABBAを代表する作品であり、「The Winner Takes It All」「Super Trouper」を収録している。離婚や別れ、名声の孤独など、より大人びたテーマが増え、ABBAの哀愁がさらに深まっている。『Arrival』の明るさの裏にある切なさを発展させた作品である。
4. Bee Gees – Main Course(1975)
ディスコ時代へ向かうBee Geesの転換点となった作品であり、ポップとダンス・ミュージックの融合を理解するうえで重要である。ABBAとは声質も文化的背景も異なるが、1970年代中盤のダンス・ポップの発展を比較するうえで有効なアルバムである。
5. Fleetwood Mac – Rumours(1977)
ABBAと同時代に、ポップロックの完成度を極限まで高めた名盤である。男女ヴォーカルの関係性、恋愛の崩壊、緻密なスタジオ制作という点で、『Arrival』と比較して聴く価値が高い。明るく聴きやすいサウンドの裏に深い人間関係の痛みがある点も共通している。



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