1960年代にザ・ゾンビーズのキーボーディストとして一世を風靡したロッド・アージェントが、新たな音楽を模索するために結成したバンドがArgentである。
1970年代のイギリス・ロックシーンにおいて、彼らはポップさとプログレッシブな要素を掛け合わせたサウンドを展開し、大ヒット曲「Hold Your Head Up」を中心に世界的な知名度を得た。
一方で、当時の王道ロックとは一味違う柔軟なアレンジとキーボード主体のサウンドメイクにより、後のロックバンドにも多大な影響を与えた存在として語り継がれている。
ここではArgentがどのように始まり、どんな音楽的軌跡をたどり、そして私たちリスナーに何を残してくれたのかを振り返りたい。
ロッド・アージェントの存在感や、強烈なメロディセンスをもつラッス・バラード(Russ Ballard)の活躍を中心に、イギリスらしい重厚かつ洗練されたロックの世界を覗いてみようと思う。
アーティストの背景と歴史
ザ・ゾンビーズ解散後、ロッド・アージェントは自らの音楽的ヴィジョンを探求するため、1969年に新バンドを結成する。
メンバーにはベースのジム・ロッドフォード、ドラムのボブ・ヘンリット、そしてギタリスト兼ボーカリストのラッス・バラードらが集結した。
アージェントの鍵盤による煌びやかなサウンドと、バラードの印象的なメロディメイクが融合し、初期のArgentはすでに独自性を放っていた。
1970年にリリースされたデビューアルバム「Argent」に続き、1971年には「Ring of Hands」を発表。
この2作で彼らはプログレッシブ・ロックやポップ、時にはゴスペルやジャズの要素までも柔軟に取り込みながら、バンドとしての音楽的方向性を模索していった。
そして、1972年にリリースされた「All Together Now」でついに世界的ブレイクを果たす。
ここには後に彼らの代名詞となる大ヒット曲「Hold Your Head Up」が収録され、ラジオでの大量オンエアやチャートの上位進出を通じ、一気にArgentの名が広まることになったのである。
その後もアルバム「In Deep」(1973年)や「Nexus」(1974年)などで積極的な音楽実験を続け、ロックの硬質な面とプログレ的なスペーシーなサウンドの両立を図る。
しかし1970年代半ば頃から、ラッス・バラードがソロ活動や楽曲提供を優先するようになり、バンドのメンバー構成も揺らぎ始める。
結果的にArgentは1976年以降、活動休止と再編を繰り返しながらも長期的な安定を保つには至らず、最終的には解散への道を辿った。
とはいえ、その間に生まれた作品群とパフォーマンスは多くのロックファンを魅了し、特にロッド・アージェントの流麗なキーボードプレイと、バラードの書くアリーナ映えする楽曲は今なお語り草となっている。
後にロッド・アージェントは再びザ・ゾンビーズを再結成するなど、音楽キャリアを多方面で継続。
Argent時代のスピリットはゾンビーズのサウンドにも少なからぬ影響を残し、両プロジェクトを行き来する彼の音楽性は実に魅力的な軌跡を描いていると言えるだろう。
音楽スタイルとその特徴
Argentの音楽を語るうえで外せないのは、やはりロッド・アージェントが奏でるキーボードの存在感だ。
オルガンやメロトロン、さらにはエレクトリックピアノなど多彩な鍵盤楽器を駆使し、時にはプログレッシブ・ロックばりの幻想的な音世界を作り上げる。
一方で、ラッス・バラードのギターやボーカルが持つ洗練されたポップ感が絶妙にブレンドされることで、聴きやすさとアーティスティックな実験精神がうまく融合しているのだ。
例えば「Hold Your Head Up」のようなアンセミックな楽曲では、シンプルで力強いリフとともにエネルギッシュなコーラスが展開される。
しかし同じアルバムの別曲に耳を傾けると、予想外に複雑な曲構成や長尺のキーボード・ソロが飛び出してくるのだから驚かされる。
これはArgentの特徴ともいえる“プログレッシブとポップの二面性”であり、楽曲ごとにまったく異なる魅力を放つ。
彼らの音楽にはジャズやゴスペル的な香りも散りばめられており、イギリスの伝統的なハーモニー文化や教会音楽の影響すら感じさせる瞬間がある。
とりわけロッド・アージェントはクラシックや教会音楽にも精通しており、その知識がロックの枠を越えた広がりをサウンドにもたらしているのだ。
アルバムを通しで聴けば、まるで小さな音楽博物館を巡っているような感覚にさえ襲われるだろう。
代表曲の解説
「Hold Your Head Up」
1972年のアルバム「All Together Now」に収録された、バンド最大のヒット曲。
シンプルなベースリフに乗せて突き抜けるようなキーボードと、前向きなタイトルコールが印象的なロック・アンセムである。
イギリスやアメリカのチャートでも大きな成功を収め、Argentの名を世界に知らしめた。
力強く繰り返される「Hold Your Head Up」というフレーズが聴き手の背中を押すようで、ライブでは必ずといっていいほど盛り上がる。
「God Gave Rock and Roll to You」
1973年リリースの「In Deep」に収録された楽曲で、後にペトラやKISSなど、多くのアーティストがカバーしている。
タイトルそのものが象徴するように、ロックの力を称賛するメッセージ性が強く、スケールの大きなメロディ展開が特徴。
ロッド・アージェントの荘厳な鍵盤ワークとコーラスが融合し、まさに“ロックは神様からの贈り物”と感じさせるような熱量を放っている。
「Liar」
初期の作品ながら、ラッス・バラードが作曲したメロディアスでややダークな雰囲気をもつ楽曲。
後にアメリカのスリー・ドッグ・ナイトがカバーしてヒットさせたことでも知られる。
アルバム「Argent」(1970) に収録されており、バンドとしての出発点でありながら、すでにバラードの卓越したポップセンスが開花している一曲でもある。
アルバムごとの進化
「Argent」 (1970)
ザ・ゾンビーズ解散後、ロッド・アージェントが新たな一歩を記したデビュー作。
まだプログレ志向が全面に出る前だが、キーボードの豊かな響きやバラードのメロディセンスが随所に光る。
「Liar」など後にカバーされて名曲となる曲を含む、シンプルながらも洗練されたスタートラインといえる作品だ。
「Ring of Hands」 (1971)
よりバンドとしてのまとまりが感じられる2作目で、ややブルージーなトーンも加味されている。
ここではロッド・アージェントのオルガン演奏が前面に出つつ、ラッス・バラードのギターとの駆け引きも見応えがある。
後に展開されるプログレッシブなアプローチの片鱗が感じられ、アルバム全体に多彩なジャンルが混在している点が魅力的だ。
「All Together Now」 (1972)
Argentを一躍有名にした「Hold Your Head Up」を収録したアルバムで、商業的成功を決定づけた一枚。
パワフルでキャッチーな曲が中心にありながら、随所でギターソロやキーボードソロが複雑に絡み合う構成も見せるなど、ポップさと実験性のバランスが絶妙。
バンドの代表作として多くのファンに愛されている。
「In Deep」 (1973)
タイトルからも窺えるように、より深い音楽性やテーマ性を探求した作品である。
「God Gave Rock and Roll to You」など壮大なロックアンセムがある一方、ジャズのアプローチを思わせる曲や、幻想的なシンセサイザーの音色を取り込んだトラックなど、聴きどころが多い。
スピリチュアルな雰囲気も漂い、Argentの幅広い音楽性がさらに押し広げられた印象が強い。
「Nexus」 (1974)
プログレッシブな方向性がいよいよ本格化したアルバム。
複雑なリズムパターンやインストパートが増え、より“聴かせる”構成が際立つ。
一方で要所にキャッチーなメロディが散りばめられており、Argent特有のポップ感も失われていない。
バンドの熟成度が高まったぶん、聴き応えのある作品となっている。
「Counterpoints」 (1975)
商業的にはやや失速していた時期だが、内容的には完成度の高いアルバムとして評価も根強い。
ただしメンバー間の方向性の違いが表面化し始め、バラードのソロ志向や、他のメンバーの外部セッション参加などが重なって、バンドとしての一体感が揺らいでいく。
結果的にこの時期以降、Argentは存続の危機を迎え、活動休止へと至った。
影響を受けたアーティストと音楽
ロッド・アージェントはビートルズやビーチ・ボーイズのハーモニー感に強い影響を受け、そこにレイ・チャールズやジャズ・ピアニストのプレイスタイルをも取り込んでいる。
ザ・ゾンビーズ時代から独特のコード進行やゴスペル色を感じさせるコーラスワークは顕著で、それをArgentではより自由に広げる機会を得たといえる。
また、当時イギリスで隆盛を極めつつあったプログレッシブ・ロックの潮流――キング・クリムゾンやイエス、ジェネシスなど――からは、長尺曲の構成や変拍子の取り入れなどで共鳴点が見られる。
ラッス・バラード自身もロックンロールだけでなく、ソウルやR&Bにも通じるヴォーカルアプローチを身につけていたため、Argentの楽曲には時折ブラック・ミュージックのグルーヴが垣間見える。
そんな多様な音楽的背景が交錯しながらも、バンドとしてのカラーを失わずに保てたのは、やはりロッド・アージェントが築き上げた“キーボードを軸とした音世界”が大きかったのだろう。
影響を与えたアーティストと音楽
Argentのカタログを後世が振り返ると、最も目立つのはやはり「Hold Your Head Up」や「God Gave Rock and Roll to You」のカバーである。
スリー・ドッグ・ナイトやペトラ、KISSなどの大物バンドがArgentの楽曲を取り上げることで、彼らの名はロック史のなかでも息長く語り継がれてきた。
また、キーボードを前面に出したバンド編成のあり方は、1970年代後期から1980年代のAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)シーンにも少なからぬ示唆を与えたと見る向きもある。
ロッド・アージェント個人のプレイスタイルは、同時代のキーボーディストや後続のプログレ勢にも影響を与え、鍵盤がロックバンドの主役になることを当たり前にした先駆者の一人でもあった。
そしてラッス・バラードが残したポップでエッジの効いた作曲手法は、後に彼が提供した楽曲が様々なアーティストに歌われることからも明白である。
Argentというバンドは、互いに違う音楽的嗜好をもつメンバーがぶつかり合い、そこから新しいロックのスタイルを生み出した好例として、今なお敬意を集めているのだ。
オリジナルエピソードやトリビア
ロッド・アージェントはザ・ゾンビーズ時代から「Time of the Season」のようなヒット曲を手がけ、すでに名声を得ていたが、Argent結成時には自分の音楽観をより深めるためにあえて“バンド名に自分の姓をつける”形を選んだとされる。
これはリーダーシップを強調するというより、自分の名を冠して責任を背負うことで、音楽的な冒険を躊躇なく試みる狙いがあったのだとも言われている。
また、ラッス・バラードは在籍中から数々のアーティストへ楽曲提供を行っており、後に大ヒットとなる「Since You Been Gone」も彼のペンによるものである。
この曲はレインボーがカバーして世界的に知られるようになったが、その原点はArgent時代に培ったキャッチーかつロックンロールな作曲手法にあるのかもしれない。
なお、1970年代中盤には、ロッド・アージェントとクリス・ホワイト(ザ・ゾンビーズの元メンバーであり、Argentではプロデュース的立場でも関わっていた)を中心に、さらなるプログレ志向のプロジェクトを模索していたという話もある。
しかしバンドの活動スケジュールやメンバーの離脱などが重なり、実現に至ることはなかった。
こうした未完の構想がなおさらArgentの音楽的魅力を“途上の冒険”として捉えさせる一因になっているのだろう。
まとめ
Argentは、ザ・ゾンビーズでの成功を背負いつつも、新たな道を切り開いたロッド・アージェントの探求心そのものを体現したバンドであった。
プログレッシブ・ロックやポップ、ゴスペルやジャズなど多様な影響を取り込みながら、メロディアスかつドラマティックに展開するサウンド。
そこにはイギリスらしい知的なアプローチと、あくまで“人を魅了する歌”を軸としたロックのエネルギーが同居していたと感じられる。
絶頂期に放った「Hold Your Head Up」の爆発的なインパクトは、今なお多くのロックファンの心を奮い立たせる名曲の一つだ。
しかしArgentのカタログを深く掘り下げていくと、それだけにとどまらないバンドの奥行きと多彩さに驚かされる。
まるで光と影、流麗さと荒々しさを同時に持ち合わせた音の迷宮を進んでいくような感覚は、きっとロック史の一断面として強い印象を残すに違いない。
解散やメンバーの離脱による波乱を経ても、Argentがもたらした音楽的ヴィジョンは多くのバンドにインスピレーションを与え続けている。
そしてロッド・アージェント自身のキャリアの一部としても、Argentという章は欠かせない輝きを持つのだ。
もしもまだ「Hold Your Head Up」しか知らないなら、ぜひアルバム単位で聴いてみてほしい。
きっとそこには、鍵盤を軸にした華麗なる冒険が今も息づいているはずである。
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