1. 歌詞の概要
「Aquarius」は、Boards of Canadaの1998年のデビュー・アルバム『Music Has the Right to Children』に収録された、独特のユーモアと不穏な感覚が同居する実験的な楽曲である。彼らの代表的なサウンド=ノスタルジア・ローファイ・アナログ感に加え、「Aquarius」では特に音声サンプリングの遊びと異化作用が際立っている。
“子供番組的なサンプル”と“ファンキーなビート”、そして不気味さが混在し、聴き手に明快な感情ではなく不穏な懐かしさを植えつける。数字を数える子供の声や、「orange」という単語の繰り返しが印象的だが、その無垢さが逆説的に“何かズレた世界”を表現しているかのようにも聞こえる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Aquarius」というタイトルは、占星術の“水瓶座”に由来し、“未来的”で“博愛的”なイメージを喚起する言葉だが、実際の曲は未来というより忘れられた記憶のカタログのような印象を与える。サンプリングにはアメリカのテレビ番組『Sesame Street』的な教育番組を思わせる音声が使われており、これが郷愁と皮肉を伴って鳴らされることで、無垢さの歪曲というテーマが浮き彫りになる。
Boards of Canadaはこの曲で、“記憶”の中にひそむ無意識の怖さ、懐かしさと不安の二面性を音によって可視化してみせた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
英語原文:
“Orange…
I will have a big brother…
Orange…”
日本語訳:
「オレンジ…
お兄ちゃんができるんだ…
オレンジ…」
引用元:Genius – Aquarius Lyrics
この断片的な言葉は意味よりも音そのものの不穏な質感が重要である。音声自体は明るく無邪気に聞こえるが、反復と加工により、ノイズ的な意味喪失=意味過剰の状態が生まれ、聴き手の記憶や感情を撹乱していく。
4. 歌詞の考察
「Aquarius」は、単なる“実験音楽”ではなく、記憶のトリックと自己の揺らぎをテーマにした哲学的作品である。子供の声は本来守られるべき無垢の象徴だが、ここではそれが反復され、加工されることで、むしろ無垢の危うさが強調される。
語られない物語が、音のレイヤーに宿っている。その構成は、夢の中で見た不明瞭なテレビ映像のようであり、明確な意味をもたないにもかかわらず、心の深いところに爪痕を残す。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Happy Cycling” by Boards of Canada
同様にノスタルジーと不気味さの同居する短編的傑作。 - “Alberto Balsalm” by Aphex Twin
柔らかなサウンドの裏にじわじわと染み込む不安定さ。 - “Everything You Do Is a Balloon” by Boards of Canada
もっと抒情的だが、感覚の撹乱という共通性がある。
6. 教育番組と悪夢の狭間で
「Aquarius」は、子供時代に受け取った情報が、どう記憶の中で変質するかを追体験させる楽曲である。愛らしさと狂気のはざまで、我々は無意識の中に眠る記憶の“加工”を知らぬ間に体感しているのだ。
Reach for the Dead by Boards of Canada(2013)楽曲解説
1. 歌詞の概要
「Reach for the Dead」は、Boards of Canadaの2013年のアルバム『Tomorrow’s Harvest』からの先行シングルであり、終末感と無機的な静けさをたたえた異色の楽曲である。この曲では、音によるナラティブが極限まで研ぎ澄まされており、“言葉なき死者への呼びかけ”というタイトルが示す通り、喪失と静謐の美学が貫かれている。
静かに広がるシンセの音像と、崩れかけたメロディ。打ち込みのリズムが入るまでの2分半は、まるで死の風景を歩いているかのような無重力感に包まれており、その後に訪れる機械的なビートが、生と死の境界線を踏み越える合図のようにも聞こえる。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Tomorrow’s Harvest』は、Boards of Canadaが『The Campfire Headphase』以来8年ぶりに発表したアルバムであり、核戦争後の荒廃した風景/近未来のディストピアというイメージが全体を支配している。映画『The Andromeda Strain』『Threads』、あるいは1970〜80年代の終末的ドキュメンタリーを参照したような音構成で、彼らの音楽はこの作品で最も無機的で冷たい空気を纏うに至った。
「Reach for the Dead」はその象徴とも言える楽曲で、死後の世界に手を伸ばすという不穏なタイトルと、それに呼応する音の“空白”が強烈に作用している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
この曲にも明確な歌詞は存在しないが、タイトル自体がひとつの“詩”として機能している:
“Reach for the Dead”
「死者へと手を伸ばす」
ここに込められたイメージは、霊的というよりも存在の記録を追い求めるような科学的冷淡さを感じさせる。記憶、映像、記録、数字——すべてが朽ち果てた後に残る“無音”の中で、それでもなお“誰か”を探す行為が描かれている。
4. 歌詞の考察
この楽曲の構成は、明らかに**“ポストアポカリプスのサウンドスケープ”**である。2分半まで音響のみによって空間が描かれ、そこに遅れて入ってくるビートは、かつての文明の残響とも取れる。だがそのビートもまた、“踊らせる”のではなく、“動かさないことの動き”を示すような、不気味な律動だ。
Boards of Canadaが目指したのは、人類なき地上における感情の残響。死の中にある静寂、文明が失われたあとの美しさ。まるで、廃墟となった都市で風だけが吹き抜けているような印象を与える。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Cold Earth” by Boards of Canada
同アルバムから、凍てついた感情を描いた続編的楽曲。 -
“Radiator” by Oneohtrix Point Never
未来的でありながら崩壊した風景を彷彿とさせる音像が類似。 -
“Spiral” by Jon Hopkins
無機質なリズムと精神性の衝突を感じさせる一曲。 -
“An Ending (Ascent)” by Brian Eno
死と再生を音で描いたアンビエントの金字塔。
6. 死の記録と、静けさの美学
「Reach for the Dead」は、Boards of Canadaがこれまで以上に“音”の構成要素を削ぎ落とし、美しさとは何か/記憶とは何か/終わりとは何かという問いを突きつける、極めて哲学的な作品である。
誰もいない街、風だけが吹く場所、かつての記録が再生される廃墟。その中で“死者に手を伸ばす”というタイトルは、過去へのノスタルジーではなく、無から意味を汲み上げる祈りのような行為として響いてくる。
Boards of Canadaが提示する“終末の風景”は、決して恐怖ではなく、美と諦念、そして静謐な敬意に満ちている。音が止んだあとの“無”までも含めて、「Reach for the Dead」は一つの完結した黙示録なのだ。
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