1. 歌詞の概要
「Angeles」は、Elliott Smithが1997年のアルバム『Either/Or』に収録した楽曲で、彼の作品の中でも最も鋭く、静かで、暗い光を放つ一曲である。
タイトルの「Angeles」は、一見すると都市名「ロサンゼルス(Los Angeles)」を指しているように思えるが、同時に“天使たち”という象徴的な意味合いも重なっている。
この二重性は、曲全体を覆う現実と幻想、誘惑と堕落の対比を象徴していると言えるだろう。
歌詞の語り手は、誰かのもとを去っていく人物。
その人は「最も低い価格で売り渡す術を心得ている」と皮肉に語られ、まるで音楽業界や現代社会に潜む**“誘惑と搾取の構造”**を暗示するように描かれる。
エリオット・スミスの静かな囁き声とアコースティックギターが紡ぐこの楽曲は、美しさの中に鋭い毒を含み、甘さの向こうにある冷たさをゆっくりと浸透させていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Angeles」は、Elliott Smithがインディー時代に到達した音楽的・詩的完成度の高さを示す象徴的作品であり、彼のキャリアにおける転機と葛藤の縮図でもある。
この曲は、当時彼がPortland(ポートランド)というDIY精神に満ちた音楽コミュニティから、“大きな都市”であるロサンゼルス、つまり音楽業界の中心へと誘われていた時期に書かれた。
Elliottはその誘いに対し、強い疑念と嫌悪を抱いていたが、一方で自らの音楽をもっと広く伝えたいという欲望も抱えていた。
この曲には、その自己矛盾の裂け目が刻み込まれている。
また、彼の音楽をサウンドトラックに採用した映画『グッド・ウィル・ハンティング』(1997年)により、Elliottはアカデミー賞ノミネートという商業的スポットライトを浴びることになるが、「Angeles」はまさにその直前の過渡的な内面の葛藤を象徴していると言っていい。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC
Someone’s always coming around here
Trailing some new kill
― 誰かがいつもここへやって来て
何か新しい獲物の匂いを引きずっている
Says I seen your picture on a hundred-dollar bill
― 「君の写真を100ドル札で見たよ」なんて言うんだ
And what’s a game of chance to you
Is a game of real skill
― 君にとっての運試しは
誰かにとっては巧妙な計略なんだよ
So glad to meet you
Angeles
― 君に会えてうれしいよ、
アンヘレス
All your secret wishes could right now be coming true
And be forever with my poison arms around you
― 君の秘めた願いは今にも叶うかもしれない
僕の毒の腕の中で、永遠をともにすることだって
4. 歌詞の考察
「Angeles」は、Elliott Smithの繊細で破壊的なまなざしが最も鮮やかに現れた歌である。
ここに描かれる「アンヘレス」は、単なる都市や女性の名前ではない。
それは「業界」「夢」「名声」「金銭」「誘惑」「自己破壊」といった、彼を取り巻くすべての“甘く危険なもの”の象徴である。
語り手は「君」に語りかけながら、実際には自分自身に向けた警告と誘惑を繰り返している。
「誰かの秘めた願いが叶うその瞬間が、毒に包まれている」と知りながらも、その毒に魅せられてしまう。
これは、Elliottが生涯抱え続けた**“純粋さと自己破壊欲の共存”**を象徴しているようでもある。
また、「What’s a game of chance to you is a game of real skill」というラインは、音楽業界の表と裏、理想と現実を突く痛烈な皮肉だ。
この一行で、Elliottは“偶然に見える成功”の裏にある“巧妙な搾取”を見抜いている。
彼の声は静かで美しく、それゆえに、その中に含まれる毒や絶望がよりリアルに響く。
それは決して叫びではない。むしろ、**「耳元で囁くように心を蝕んでいく声」**なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Between the Bars by Elliott Smith
アルコール依存と孤独、誘惑と諦めを描いた名曲。同じく“甘くて壊れやすい希望”を歌っている。 - A Fond Farewell by Elliott Smith
死と別れをテーマにした後期の傑作。自己喪失と記憶の断片が切なく響く。 - Teardrop by Massive Attack
静かなビートに乗せて、生と死のあわいを描く。浮遊感と内省的世界観が「Angeles」と重なる。 - No Name #3 by Elliott Smith
初期作品の中でとりわけ陰鬱で純粋な一曲。メロディと心情が完全に一体化している。
6. 静かな毒と、甘やかな絶望のなかで
「Angeles」は、Elliott Smithの楽曲の中でも最も**“美しいが、決して優しくない”**作品である。
アコースティックギターの細やかなアルペジオに乗せて、彼は名声と自我、成功と破滅のはざまで揺れ動く自分の姿を、まるで他人のように冷静に見つめている。
この曲には、逃れたいという意志も、飛び込んでしまう衝動も、どちらも共存している。
だからこそ、「Angeles」は人の心の奥に沈み込み、何年経っても消えない“感情の影”を残していくのだ。
Elliott Smithにとっての「アンヘレス」は、都市であり、恋であり、夢であり、そしてその夢を蝕む毒そのものだった。
この曲を聴くとき、私たちは静かに問いかけられている――
「あなたは、その毒にキスをする勇気がありますか?」と。
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