アルバムレビュー：An Appointment with Mr Yeats by The Waterboys

アルバムレビュー

2025.05.10

発売日: 2011年9月19日
ジャンル: アート・ロック、フォーク・ロック、スピリチュアル・ミュージック、文学ロック

『An Appointment with Mr Yeats』は、The Waterboysが2011年にリリースしたスタジオ・アルバムであり、
アイルランドの詩人W.B.イェイツの詩に音楽をつけた、壮大な“文学ロック”プロジェクトである。
マイク・スコットは長年にわたりイェイツ詩の音楽化を試みており、
その成果は『Fisherman’s Blues』（1988）の「The Stolen Child」や、ライブ・パフォーマンスなどでも断片的に発表されてきたが、
本作でついに全曲イェイツ詩を元にしたアルバムとして結実することとなった。

“Mr Yeats（ミスター・イェイツ）との約束”というタイトルに込められた通り、
これは単なる詩の朗読や引用ではなく、詩人との霊的な対話と共同創作を意図した作品であり、
文学とロック、神秘と肉体、静けさと激情がせめぎ合う、Waterboysの新たな金字塔である。

全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
特筆すべき事項
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全曲レビュー

1. The Hosting of the Shee
ケルト神話をベースにしたイェイツの詩を、劇的なロック・チューンとして再構築。
戦いの準備を告げるような不穏なエネルギーが満ち、
イントロから霊的世界へとリスナーを誘う壮大なオープニング。

2. Song of Wandering Aengus
イェイツの代表的な“放浪詩”を、柔らかなフィドルとアコースティック・ギターで包み込む美しいバラード。
愛と夢、探求と時間の経過が静かに沁みわたる名曲。

3. News for the Delphic Oracle
神託の巫女を主題とした超現実的で荘厳な一曲。
マイク・スコットは詩の音楽化だけでなく、詩の空間化＝音による再構築にも成功している。

4. A Full Moon in March
変則的なリズムと突き刺すような語り口で展開される実験作。
イェイツの“晩年の異端的詩風”を反映したかのような前衛性を持つ。

5. Sweet Dancer
軽快なビートとともに躍るような構成の、フォーク・ロック的ハイライト。
“踊り子”という象徴的存在に、芸術の一瞬の煌めきと神聖性を託している。

6. White Birds
恋と転生を主題とした美しく悲しい曲。
白い鳥に姿を変えて再会を誓うという幻想的な内容に、
マイク・スコットは繊細で優美な旋律を寄り添わせる。

7. The Lake Isle of Innisfree
最も有名なイェイツ詩のひとつを、静謐で瞑想的なトーンで表現。
水面に波紋が広がるような音作りが、詩の“静けさの風景”を見事に音楽化している。

8. Mad as the Mist and Snow
嵐のようなパーカッションと歪んだギターが印象的な一曲。
“霧と雪のように狂おしい”という言葉の通り、理性と狂気のあいだを揺れる詩に、強靭なロック・スピリットが宿る。

9. Before the World Was Made
軽やかで親密なアレンジによるポップな一曲。
「私は世界ができる前から存在していたの」と語る語り手の声に、
永遠性と肉体性の交錯が浮かび上がる。

10. September 1913
アイルランドの政治と失望を描いた社会的詩の音楽化。
スコットのヴォーカルには怒りと悔しさがにじみ、
詩のメッセージ性が現代にも突き刺さる。

11. An Irish Airman Foresees His Death
第一次大戦で死を予感するアイルランド人パイロットの独白を歌ったバラード。
戦争、国家、個人の葛藤が淡々と綴られ、静けさの中に深い衝撃が残る。

12. Politics
ラストは“恋と政治のあいだで揺れる個人”を描いた短い詩の音楽化。
シンプルな構成ながら、Waterboys流のラブソングとしての余韻と照れくささが心地よい。

総評

『An Appointment with Mr Yeats』は、The Waterboysが到達した文学と音楽の究極的な融合点であり、
単なる“詩に曲をつけた”プロジェクトではなく、詩人イェイツの世界を現代の音楽空間に召喚する“音楽的降霊”の儀式である。

それはときに静かで、ときに怒りに満ち、ときに幻視的である。
そして常に、マイク・スコットの敬意と共鳴、霊的緊張感に満ちている。
ケルト的伝承、ロック的熱量、フォーク的親密さ──それらの総体として本作は、
“Waterboysの本質そのもの”のようなアルバムでもあるのだ。

詩を読む人にも、音楽を聴く人にも、そしてそのあいだを旅するすべての人に捧げられた、21世紀の吟遊詩人たちによる作品といえる。

特筆すべき事項

このプロジェクトは、2006年から2010年にかけてアイルランドとイギリスでライブ形式の“Yeats公演”として上演され、
　本アルバムはその音源をスタジオ録音で再構成したものである。
マイク・スコットはイェイツ財団の許可を正式に得ており、
　詩の一語一句を尊重しつつも、音楽的再解釈を最大限に施している。
本作はリリース後、アイルランド国内で特に高い評価を受け、
　文学ファンとロックリスナーの垣根を超えて多くの支持を集めた。
　Waterboysというバンドの“芸術的格”を決定づけた一作でもある。