
発売日:2020年4月22日
ジャンル:パンク・ロック、ロックンロール、カウパンク、オルタナティヴ・ロック
概要
Xの『Alphabetland』は、2020年に発表された通算8作目のスタジオ・アルバムであり、1980年代ロサンゼルス・パンクを代表するバンドが、長い年月を経てなお自分たちの核心を失っていないことを示した作品である。Xにとっては1993年の『Hey Zeus!』以来となるスタジオ・アルバムであり、さらに重要なのは、Exene Cervenka、John Doe、Billy Zoom、D.J. Bonebrakeというクラシックなオリジナル編成がそろって制作した点である。この事実だけでも、本作は単なる新作ではなく、バンドの歴史における大きな帰還として位置づけられる。
Xは1970年代末から1980年代初頭にかけて、ロサンゼルスのパンク・シーンで重要な役割を果たした。彼らの音楽は、ニューヨーク・パンクやロンドン・パンクとは異なり、アメリカ西海岸の荒れた都市感覚、ロカビリー、カントリー、ブルース、ビート文学的な言葉、そして男女ヴォーカルの不安定なハーモニーを組み合わせていた。『Los Angeles』『Wild Gift』『Under the Big Black Sun』『More Fun in the New World』といった初期作品は、パンクの攻撃性を持ちながら、単純な三コードの怒りに収まらない詩的な深みと音楽的な幅を備えていた。
『Alphabetland』は、そうしたXの基本要素へ非常に明確に立ち返ったアルバムである。収録曲は短く、テンポは速く、ギターは鋭く、リズムは前へ突き進む。Billy Zoomのギターは、パンクの荒々しさとロカビリー由来の切れ味を同時に持ち、D.J. Bonebrakeのドラムは年齢を感じさせないほどタイトである。John Doeのベースと声は低く力強く、Exene Cervenkaの声は独特の揺らぎと鋭さを保っている。二人の声が重なった瞬間、Xでしかありえない緊張と美しさが生まれる。
本作の特徴は、懐古的でありながら懐古趣味に閉じていない点にある。『Alphabetland』は、1980年代の音を再現しようとするだけのアルバムではない。むしろ、長い時間を経たバンドが、今なお自分たちの言葉と速度で現在を切り裂く作品である。歌詞には、老い、死、記憶、アメリカ社会の荒廃、都市、孤独、信仰の崩れ、そしてそれでも音を鳴らすことへの意志が漂う。若いパンク・バンドの怒りとは違い、ここには時間をくぐり抜けた者たちの焦燥がある。
タイトルの『Alphabetland』は、言葉と世界の崩壊を思わせる。アルファベットは言語の基本であり、世界を名づけるための最小単位である。しかし、そのアルファベットで作られた土地は、秩序だった世界というより、記号が乱れ、意味がばらばらになった現代社会のようにも響く。Xは本作で、社会的なメッセージを整然と説明するのではなく、短い言葉、切れたイメージ、衝動的なフレーズを通じて、混乱した時代の空気を音にしている。
また、本作は2020年という時代に発表されたことも重要である。コロナ禍の始まりと重なる時期に突然リリースされたこのアルバムは、意図せずして閉塞と不安の時代に響く作品となった。曲は短く、音は荒く、余計な説明はない。しかし、その即時性が、混乱した現実に対する反応として強く機能した。高齢化したパンク・バンドが若作りをするのではなく、老いた身体のまま全力で走る。その姿勢が、『Alphabetland』を非常に生々しい作品にしている。
全曲レビュー
1. Alphabetland
オープニング曲「Alphabetland」は、本作の到着を告げる非常に鋭い楽曲である。冒頭からバンドはほとんど助走なしに突入し、Xの音が一気に立ち上がる。Billy Zoomのギターは乾いていて切れ味があり、D.J. Bonebrakeのドラムは前のめりに疾走する。John DoeとExene Cervenkaの声が重なることで、曲は単なるパンク・ロックではなく、X特有の不穏な合唱になる。
タイトルの「Alphabetland」は、言葉の国、記号の土地、あるいは意味がばらばらになった世界として読める。Xの歌詞は、明確な物語を語るよりも、都市の断片、政治的な不安、個人的な苛立ちをぶつけるように並べる。この曲でも、言葉は説明のためではなく、衝撃を与えるために使われている。
音楽的には、1980年代初期のXを思わせるスピード感があるが、単なる過去の再現ではない。音は現在の録音らしく太く、演奏には長年の経験による無駄のなさがある。アルバムの最初にこの曲を置くことで、Xは「まだここにいる」と宣言する。しかもそれは穏やかな帰還ではなく、ほとんど襲撃のような帰還である。
2. Free
「Free」は、タイトル通り自由をテーマにした曲である。しかしXにおける自由は、無邪気な解放ではない。むしろ、束縛、社会の圧力、身体の限界、年齢、記憶の重さを背負ったうえで、それでもなお自由を求める感覚として響く。若いパンク・バンドが叫ぶ自由とは違い、この曲には長い時間を経た者たちの切実さがある。
サウンドは速く、短く、ほとんど息をつく間もなく進む。Billy Zoomのギターはロカビリー的な鋭さを持ちながら、パンクの速度に乗っている。D.J. Bonebrakeのドラムは、曲を前へ押し出し続ける。John DoeとExeneのヴォーカルは、自由という言葉を美しく歌い上げるのではなく、噛みつくように発する。
歌詞では、自由が簡単には手に入らないものとして示される。自由になりたいという願いは、同時に、自分がまだ自由ではないという認識を含む。Xはこの矛盾を、理論的に説明せず、勢いそのもので表現する。「Free」は、パンク・ロックの根源的な衝動を、老練なバンドが再び鳴らした曲である。
3. Water & Wine
「Water & Wine」は、タイトルからして宗教的・象徴的な響きを持つ楽曲である。水とワインは、キリスト教的な奇跡、浄化、儀式、変容を連想させる。Xはしばしば宗教的なイメージを直接的な信仰表現としてではなく、アメリカ社会の罪や個人の苦しみを描くための象徴として用いる。この曲もその流れにある。
サウンドはタイトで、勢いがありながら、どこか乾いた不吉さを持つ。ギターは短く鋭く切り込み、リズムは曲の緊張を保つ。John DoeとExeneの声が重なる部分では、祈りと嘲笑の間にあるような独特の響きが生まれる。
歌詞では、水とワインという二つのイメージが、救済と酩酊、浄化と腐敗の両義性を持って現れる。水は命や清めの象徴であり、ワインは喜びや儀式の象徴である。しかしXの世界では、そうした象徴は常に汚れた現実とぶつかる。「Water & Wine」は、信仰の言葉がまだ意味を持つのか、あるいは空洞化しているのかを、短いロック・ソングの中で問いかける。
4. Strange Life
「Strange Life」は、タイトル通り奇妙な人生をテーマにした楽曲である。Xのキャリアそのものを考えても、このタイトルは非常に重い意味を持つ。1970年代末のパンク・シーンから始まり、多くの変化、別離、再結成、老いを経てなお音楽を続けるバンドにとって、人生はまさに奇妙なものとして映る。
曲は軽快な疾走感を持ちながら、歌詞には人生への戸惑いがある。パンクの速度が、ここでは若い衝動だけでなく、時間に追われる感覚にもつながる。長い人生を振り返る余裕があるようでいて、曲は非常に短く、すぐに駆け抜ける。その短さが、人生の奇妙さと儚さをかえって強調している。
歌詞では、世界が理解しがたく、人生が予想できない方向へ進むことが示される。Xはそれを哲学的に語るのではなく、乾いたユーモアと勢いで処理する。悲観と笑いが同時にある点が、彼ららしい。「Strange Life」は、バンド自身の歴史と現在の感覚が自然に重なる曲である。
5. I Gotta Fever
「I Gotta Fever」は、熱、欲望、焦燥をテーマにした曲である。タイトルの「fever」は、病気の熱であると同時に、ロックンロール的な興奮や身体的な衝動を意味する。Xの音楽では、身体の不調や社会の病が、しばしば音楽の熱と重なる。この曲も、その二重性を持っている。
サウンドはシンプルで、ギターとリズムが前へ押し出される。パンク・ロックの基本に忠実でありながら、演奏は非常に引き締まっている。ベテラン・バンドらしい無駄のなさがあり、短い曲の中に必要なエネルギーだけが詰め込まれている。
歌詞では、熱に浮かされた状態が描かれる。これは恋愛や欲望の熱とも読めるし、現代社会そのものの病的な興奮としても読める。2020年という時代を考えると、発熱という言葉には偶然以上の不穏さも感じられる。「I Gotta Fever」は、肉体と社会の不調をパンクの速度へ変えた一曲である。
6. Delta 88 Nightmare
「Delta 88 Nightmare」は、Xのアメリカン・ルーツ感覚が強く表れた楽曲である。Delta 88はOldsmobileの車種を連想させ、1950年代ロックンロール、車、アメリカの道、逃避、速度のイメージを呼び込む。だがタイトルには「Nightmare」が付いており、これは単なるノスタルジックなドライヴ・ソングではない。アメリカン・ドリームの車が悪夢へ変わる曲である。
音楽的には、ロカビリーやカウパンクの要素が濃い。Billy Zoomのギターはこの種の曲で特に輝く。彼の演奏は、1950年代ロックンロールへの深い理解を持ちながら、パンクの鋭さも保っている。リズムは跳ね、曲全体に荒れたロード・ムーヴィーのような感覚がある。
歌詞では、車と悪夢のイメージが結びつく。車は自由の象徴である一方、暴走、事故、逃げられない移動の象徴にもなる。Xはアメリカの古いロックンロール神話を愛しながら、それをそのまま信じてはいない。「Delta 88 Nightmare」は、ルーツ・ロックへの敬意と、その裏にある悪夢を同時に鳴らした曲である。
7. Star Chambered
「Star Chambered」は、タイトルからして政治的・歴史的な響きを持つ。Star Chamberは、かつての英国の特別裁判所を連想させ、秘密裁判、権力、密室の断罪といったイメージを持つ。Xはこの言葉を、現代社会の閉鎖的な権力構造や不透明な判断の象徴として用いているように聞こえる。
サウンドは鋭く、緊張感がある。ギターは短いフレーズで切り込み、ドラムは曲を硬く支える。John DoeとExeneのヴォーカルは、告発というより、断片的な警告のように響く。Xの政治性は、長い説明ではなく、短い言葉と音の圧力によって現れる。
歌詞では、誰かが密室で裁かれ、意味が歪められ、権力が見えないところで働く感覚がある。これは現代の政治やメディア、社会的な断罪とも結びつけて読める。Xはパンク・バンドらしく、制度への不信を持ち続けている。「Star Chambered」は、本作の中でも特に鋭い社会的な緊張を持つ曲である。
8. Angel on the Road
「Angel on the Road」は、タイトルに天使と道という二つのイメージを持つ楽曲である。Xの音楽において道は重要なモチーフであり、移動、逃避、旅、アメリカ的な広がりと結びついている。一方、天使は救済や見守りを意味するが、Xの文脈では少し傷ついた存在として響く。
曲は速さよりも、やや叙情的な感覚が前面に出ている。とはいえ、過度に柔らかいバラードではなく、Xらしい乾いたロックンロールの芯がある。ギターは明るくも切なく、John DoeとExeneの声は、道の上で出会う人物や記憶を呼び起こす。
歌詞では、旅の途中に現れる天使のような存在が描かれる。これは実際の人物かもしれないし、過去の記憶や死者のイメージかもしれない。長い旅を続けてきたバンドにとって、道は単なる移動の場所ではなく、出会いと別れの積み重なりでもある。「Angel on the Road」は、本作の中で少し人間的な温度を感じさせる楽曲である。
9. Cyrano deBerger’s Back
「Cyrano deBerger’s Back」は、タイトルからして言葉遊びと文学的な引用を含む楽曲である。Cyrano de Bergeracは、長い鼻と詩的な才能を持つ人物として知られる文学的キャラクターであり、恋愛、言葉、自己像、代弁のテーマを持つ。Xはその名をもじることで、詩的なロマンティシズムとパンク的な冗談を同時に鳴らしている。
サウンドは勢いがあり、曲は短く鋭く進む。文学的なタイトルに反して、音は非常に肉体的である。この対比がXらしい。彼らは知的な引用を使いながら、それをアカデミックなものにせず、パンク・ロックの速度の中へ投げ込む。
歌詞では、言葉、恋愛、自己演出への皮肉が感じられる。Cyranoは言葉によって愛を伝える人物だが、その愛はしばしば間接的で、ねじれている。Xはこのモチーフを、現代的なコミュニケーションの不器用さや、ロックンロール的な自己戯画として扱っている。「Cyrano deBerger’s Back」は、Xの文学性とユーモアが短い曲の中に凝縮された一曲である。
10. Goodbye Year, Goodbye
「Goodbye Year, Goodbye」は、時間の区切りと別れをテーマにした楽曲である。タイトルは、ある年に別れを告げる言葉であり、過ぎ去った時間への決別、またはその年がもたらした苦しみからの解放を意味する。2020年という発表年を考えると、この曲にはさらに不穏で切実な響きがある。
サウンドは勢いを保ちながらも、歌詞には別れの感覚がある。パンク・ロックの疾走感が、ここでは祝祭というより、時間を振り払うような動きとして機能する。John DoeとExeneの声は、過ぎ去る年へ怒りと諦めを投げつけるように響く。
歌詞では、年が終わることへの感情が描かれる。新年への希望というより、まずは過去を切り離したいという思いが強い。Xの音楽は、ノスタルジーに浸るよりも、古いものを抱えたまま次へ進む力を持つ。「Goodbye Year, Goodbye」は、本作の中で時間への意識を最も直接的に示す曲である。
11. All the Time in the World
「All the Time in the World」は、タイトルだけを見ると穏やかで余裕のある言葉に思える。しかしXのアルバムの中でこの言葉が置かれると、むしろ皮肉や哀しみを帯びる。世界中の時間がある、という表現は、実際には時間が限られていることを強く意識しているからこそ響く。
サウンドは比較的落ち着いているが、Xらしい緊張感は残っている。曲には、疾走するだけではないバンドの深みがある。長いキャリアを経たミュージシャンが時間について歌うとき、その言葉には若いバンドには出せない重みが宿る。
歌詞では、時間の広がりと有限性が同時に感じられる。かつては無限にあるように思えた時間が、実際には限られていたことに気づく。しかし、その気づきは絶望だけではなく、今なお歌い、演奏することの価値を強める。「All the Time in the World」は、『Alphabetland』の中で最も成熟した時間感覚を持つ楽曲のひとつである。
12. Turn My Head
「Turn My Head」は、視線をそらすこと、考えを変えること、あるいは何かに気を取られることをテーマにした曲である。Xの歌詞には、日常の中でふと目に入るものが、不安や記憶を呼び起こす瞬間が多い。この曲も、視線や意識の動きが重要になっている。
サウンドは短く引き締まっており、アルバム終盤でも勢いを保つ。ギターは切れ味があり、ドラムは曲をコンパクトにまとめる。Xの後期的な強みは、短い曲の中に必要な感情とエネルギーだけを入れ、余分な装飾をしない点にある。
歌詞では、何かを見ること、視線を向けることによって心が乱される感覚が描かれる。人は見たくないものから目をそらすこともあれば、見てしまったものによって考えが変わることもある。「Turn My Head」は、短いながらも、現実と記憶の間で意識が揺れる瞬間を捉えた楽曲である。
13. ¿Delta 88 Nightmare?
アルバム終盤に置かれた「¿Delta 88 Nightmare?」は、先に登場した「Delta 88 Nightmare」の変奏的な役割を持つ曲である。タイトルに逆疑問符が付くことで、曲は英語圏だけでなく、ロサンゼルスの多文化的な環境、特にラテン系文化の気配も漂わせる。Xは初期からLAという都市の多層性を音楽に刻んできたバンドであり、この表記にもその感覚が表れている。
この曲は、同じモチーフを別角度から見直すように機能する。車、悪夢、アメリカ的な自由、移動のイメージが再び現れるが、疑問符が付くことで、その意味はさらに不安定になる。これは本作全体の「Alphabetland」というタイトルとも響き合う。記号が変われば、意味も揺れる。
音楽的には、アルバムの流れに変化を与え、過去の曲の影を再び呼び戻す役割を果たしている。Xは同じ素材を単純に繰り返すのではなく、記憶の反復として配置する。悪夢は一度で終わらず、形を変えて戻ってくる。この曲は、その反復性を示すトラックである。
14. All the Time in the World
アルバムの最後に再び現れる「All the Time in the World」は、本作の終曲として非常に意味深い。先に登場した同名曲の反復、あるいは別ヴァージョンとして機能することで、アルバム全体に円環構造を与えている。時間について歌う曲が再び戻ってくること自体が、本作のテーマを強めている。
終盤でこの曲が再提示されると、「世界中の時間がある」という言葉はさらに重く響く。アルバムを通じてXは、自由、奇妙な人生、熱、悪夢、年の終わり、道の上の天使を歌ってきた。その後に再び時間の問題へ戻ることで、本作は単なる疾走するパンク・アルバムではなく、時間をどう生きるかという作品として閉じられる。
サウンドは静かな余韻を残し、アルバムを過剰な大団円ではなく、少し開かれた状態で終わらせる。Xは答えを提示しない。時間はあるのか、ないのか。自由はあるのか、ないのか。意味はあるのか、ないのか。その問いを残したまま、アルバムは終わる。
総評
『Alphabetland』は、Xが長い沈黙を破って提示した、驚くほど鋭く、コンパクトで、生命力に満ちたアルバムである。多くのベテラン・パンク・バンドの再始動作が、過去の再現か、無理な現代化に陥りがちな中で、本作はそのどちらでもない。Xはここで、自分たちの核にあるロカビリー、パンク、カントリー、アメリカ文学的な言葉、男女ヴォーカルの不協和なハーモニーを再び鳴らしながら、現在の身体と時代の不安をそのまま刻み込んでいる。
本作の最大の魅力は、演奏の即時性である。曲は短く、ほとんど余計な装飾がない。ギターは鋭く、ドラムはタイトで、ベースは地を這い、声は生々しい。若いバンドのような無謀さとは違うが、演奏には明らかに緊急性がある。長いキャリアを経たバンドが、過去の名声に頼るのではなく、今この瞬間に必要な音だけを鳴らしている。その集中力が、アルバム全体を引き締めている。
Exene CervenkaとJohn Doeのヴォーカルの関係は、本作でもXの最重要要素である。二人の声は、完璧に美しく重なるわけではない。むしろ、少しずれ、ぶつかり、不安定に揺れる。その不完全さこそがXの魅力である。男女デュエットというより、二つの異なる意識が同じ世界を別の角度から叫んでいるように聞こえる。『Alphabetland』では、その声の化学反応が年齢を重ねたことでさらに深みを増している。
Billy Zoomのギターも重要である。彼の演奏は、パンク・ギタリストとしてだけでは語れない。ロカビリー、カントリー、ブルース、初期ロックンロールの語彙を持ち、それをパンクの速度と緊張へ変換する。『Alphabetland』においても、彼のギターは単なる伴奏ではなく、Xの音楽の骨格そのものである。D.J. Bonebrakeのドラムもまた、曲を暴走させながらも崩さない強靭な軸として機能している。
歌詞面では、老いと時間の意識が強く表れている。ただし、それは静かな回想ではない。「Goodbye Year, Goodbye」や「All the Time in the World」には、時間が過ぎることへの鋭い認識がある。Xは過去を懐かしむだけではなく、過去が現在にどう残り、現在がどれほど不安定であるかを歌っている。『Alphabetland』は、若さを取り戻すアルバムではなく、年を取ったパンク・バンドが年を取ったまま走るアルバムである。
また、本作にはアメリカ社会への不信も強く漂う。「Star Chambered」や「Delta 88 Nightmare」に見られるように、権力、車、自由、悪夢といったモチーフは、アメリカ的な神話が崩れた後の風景を示している。Xは初期からロサンゼルスという都市の裏側を歌ってきたが、本作ではその視線がさらに広がり、アメリカそのものの疲弊や混乱を感じさせる。
『Alphabetland』は、パンク・ロックの再現ではなく、パンク・ロックが本来持っていた即時性を現在に取り戻す作品である。音楽的な新奇性よりも重要なのは、必要なことを必要な速さで言い切ることだ。Xはその点で、若いバンド以上にパンクである。長い説明を拒み、短い曲で世界の不安を切り裂く。その姿勢が、本作を単なる復活作ではなく、バンド後期の重要作にしている。
日本のリスナーにとって本作は、初期Xはもちろん、The Blasters、The Gun Club、The Cramps、Dead Kennedys、Ramones、初期The Clash、Social Distortion、Mekons、Violent Femmes、そしてカウパンクやルーツ寄りのオルタナティヴ・ロックに関心がある場合に非常に聴きやすい作品である。速いパンクだけでなく、アメリカン・ルーツ音楽の影を持つロックを好むリスナーには特に響くだろう。
『Alphabetland』は、Xが過去の伝説ではなく、現在も有効なバンドであることを証明したアルバムである。若さの怒りではなく、時間を経た怒り。無垢な速度ではなく、残された時間を知る者の速度。ロサンゼルス・パンクの原点にいたバンドが、40年以上を経てなお自分たちの言葉を失っていないことを示した、力強い後期作品である。
おすすめアルバム
1. Los Angeles by X
1980年発表のデビュー・アルバム。Xの原点であり、ロサンゼルス・パンクの重要作である。Ray Manzarekのプロデュースによって、パンクの荒々しさとロカビリー/アメリカン・ルーツの要素が結びついた。『Alphabetland』の速度と緊張の源流を知るために欠かせない作品である。
2. Wild Gift by X
1981年発表の2作目。初期Xの鋭さ、短い曲の集中力、ExeneとJohn Doeの不安定なハーモニーが最も高い密度で記録されている。『Alphabetland』のコンパクトなパンク・ロック感覚は、この作品と特に強くつながっている。
3. Under the Big Black Sun by X
1982年発表の作品。パンクの速度に加え、より深い哀しみ、死、カントリー的な要素が表れたアルバムである。『Alphabetland』にある時間や喪失の感覚を理解するうえで重要で、Xが単なる高速パンク・バンドではないことを示す作品である。
4. Fire of Love by The Gun Club
1981年発表のアルバム。ロサンゼルス周辺のパンクとブルース、アメリカ南部の亡霊的なイメージを結びつけた重要作である。Xとは異なる暗さを持つが、パンクとアメリカン・ルーツ音楽を融合させる姿勢に共通点がある。『Alphabetland』のルーツ感覚を広げて理解できる作品である。
5. The Blasters by The Blasters
1981年発表の作品。ロカビリー、R&B、ブルース、カントリーを現代的なロックンロールとして再構築したアルバムであり、Xと同じLAシーンの重要バンドとして関連が深い。Billy Zoomのギターにあるロカビリー的な切れ味や、Xのアメリカン・ルーツ要素を理解するうえで有効な一枚である。

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