発売日: 2002年9月24日
ジャンル: インディー・ポップ、サイケデリック・ポップ、パワー・ポップ
物語の幕を一度閉じて、ポップに遊ぶ——“脱コンセプト”期のof Montrealが紡ぐ極彩色の小曲集
『Aldhils Arboretum』は、of Montrealが2002年にリリースした5枚目のアルバムであり、それまでのストーリーテリング志向からの一時的な転換点として位置づけられる作品である。
『The Gay Parade』『Coquelicot Asleep in the Poppies』と続いたコンセプト・アルバム的な手法から離れ、本作では一曲ごとに完結した“短編小説的ポップソング”の集積というスタイルが採られている。
それぞれの楽曲が異なるキャラクターや状況を描きながらも、全体としては幻想性、ユーモア、恋愛、自己言及といったテーマが貫かれ、まるで架空の植物園“Aldhils”を歩きながら、さまざまな草花=曲を見て回るような感覚を覚える。
音楽的には60〜70年代のバロック・ポップ、グラム、サーフ・ロックなどを巧みに引用しつつ、よりメロディに重きを置いた明快なポップ・アプローチが目立つ。
全曲レビュー
1. Doing Nothing
のんびりとしたイントロに始まり、自由気ままな日常を肯定するような詞が心地よい。開放的でポジティブな導入曲。
2. Old People in the Cemetery
風変わりなタイトルに反して、メロディは柔らかく、死生観を軽やかに見つめ直すような視点が印象的。
3. Isn’t It Nice?
甘く切ないラブソング。皮肉も含みつつ、“幸せ”のあり方を問いかける一曲。
4. Jennifer Louise
パワーポップ調の軽快なナンバー。キャッチーなメロディに乗せて、恋の軽やかさと危うさを描く。
5. The Blank Husband Epidemic
風刺的なタイトルの通り、“空っぽな夫”たちをコミカルに描写。社会批評とポップの融合が見事。
6. Pancakes for One
孤独な朝食風景をユーモアたっぷりに描いた楽曲。孤独と自嘲が混じる、愛すべきミニチュア世界。
7. We Are Destroying the Song
メタ的視点からの“楽曲破壊”宣言。of Montrealらしい遊び心と自己言及性が詰まった一曲。
8. An Ode to the Nocturnal Muse
夜のインスピレーションを称える幻想的なポップソング。柔らかなシンセとハーモニーが美しい。
9. Predictably Sulking Sara
「ふてくされるサラ」のキャラソング。戯画的な人物描写が映える、ユーモラスでチャーミングな一曲。
10. Natalie and Effie in the Park
『Coquelicot』からの再録。公園での記憶や会話を通して、感傷と親密さが描かれる。
11. A Question for Emily Foreman
実在感のある名前を持つエミリー・フォアマンへの問いかけ。過去と再会の余韻が漂うメロディが魅力的。
12. Kissing in the Grass
牧歌的なキスの情景を描く、春のように温かな一曲。素朴で愛らしいポップ感覚が心地よい。
13. Kid Without Claws
弱さを抱えた子供の姿を描く、やさしくもどこか切ないトーンの楽曲。
14. Death Dance of Omipapas and Sons for You
実験色が強く、物語性もある異色のトラック。狂騒と混乱の中に美しさを見出そうとする構成。
15. Will You Come and Fetch Me?
呼びかけと願いの交錯。シンプルながらエモーショナルなナンバーで、アルバムの締めくくりとして余韻を残す。
総評
『Aldhils Arboretum』は、of Montrealが“物語作家”としての顔から一度距離を取り、ポップソングの純粋な楽しさに立ち戻った作品である。
とはいえその一曲一曲には、人間観察の鋭さ、言葉の遊び、そして音のファンタジーが丁寧に詰め込まれており、単なる小品集には終わっていない。
物語の束縛から解放されたことにより、ケヴィン・バーンズのソングライティングがより自由に、そしてより多様な感情を表現している。
このアルバムを聴くことは、of Montrealという奇妙で優しい植物園を散策するような体験なのだ。誰かの奇妙な人生に偶然出会い、ふと自分自身を見つめ直してしまう——そんな瞬間の連なりがここにはある。
おすすめアルバム
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The Gay Parade / of Montreal
キャラクターとコンセプトに満ちた前作。よりドラマチックな物語を味わいたい人に。 -
Coquelicot Asleep in the Poppies / of Montreal
幻想的な夢物語の集大成。本作と対照的に物語性を極めた一枚。 -
Bee Thousand / Guided by Voices
短くて風変わりな楽曲が連なるローファイ・ポップの名作。断片的美学が共通する。 -
Trompe le Monde / Pixies
風刺、言葉遊び、エネルギーに満ちた不条理なポップ感覚が似ている。 -
Sunlandic Twins / of Montreal
のちのエレクトロ期への移行が始まる作品。音の変化を体験したい人におすすめ。
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