1. 歌詞の概要
「About a Girl」は、Nirvanaのデビューアルバム『Bleach』(1989年)に収録された楽曲であり、後に1994年の『MTV Unplugged in New York』でのアコースティック・バージョンが話題となり、再評価を受けた1曲でもある。タイトルが示すように「ある女の子について」歌われているが、実際にはカート・コバーン自身の恋愛関係、特に当時のガールフレンドであったトレイシー・マランダーとの関係が色濃く投影されているとされる。
歌詞には、「自分の思いをわかってほしいのに伝わらない」という、恋愛におけるすれ違いと内面の葛藤が率直に表現されており、パンクロック的な粗野さよりも、むしろセンシティブで繊細な感情が表に出ているのが特徴だ。カートの心の中にある不安や自意識、罪悪感のようなものが、極めてミニマルな言葉とコードの中に落とし込まれている。
感情は直接的だが、同時にどこか曖昧で、語り手の心が明確な解を持たないまま揺れている様子が、聴き手にも独特の緊張感と余韻を残す。この曖昧さこそ、後のNirvanaの作品に繋がる“感情の濁流”の原型のようでもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
カート・コバーンが「About a Girl」を書いたのは、Nirvanaがまだ無名だった1988年ごろ。グランジというジャンルがまだシアトルの局地的なサウンドであった時代に、彼はすでにポップメロディとオルタナティブロックを融合させようとしていた。この曲はその第一歩であり、「ラヴソングなんか書くな」と言う仲間たちに対して、意図的に“ポップなラヴソング”を作ったという逸話も残されている。
「About a Girl」が収録された『Bleach』は、全体的に重く歪んだサウンドが特徴だが、この楽曲だけは明らかに異なる。ビートルズ風のコード進行、ミドルテンポのグルーヴ、そしてメロディ重視の構成。カート自身も後に、「あれはジョン・レノンに影響を受けた曲だ」と語っている。
また、この曲に登場する“ガール”は、カートの当時の恋人であり、彼を経済的にも精神的にも支えていた存在だった。だが、彼の無職ぶりや無口な性格、精神の揺らぎが彼女を苛立たせていたのも事実であり、その関係性の不安定さが、そのまま歌詞の曖昧さや迷いとして表出しているのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“I need an easy friend
I do, with an ear to lend”
気楽に付き合える友達がほしいんだ
ちゃんと話を聞いてくれるような“I do think you fit this shoe
I do, but you have a clue?”
君ならその役にぴったりだと思ってた
でも君は、それに気づいてたかな?“I’ll take advantage while
You hang me out to dry”
君が僕を干したままにしている間
僕はその隙を突いてしまうかもしれない
引用元:Genius Lyrics – About a Girl
この歌詞には、相手への求めと自分への疑念、そして関係性の不均衡がにじんでいる。誰かに近づきたいが、そのための言葉がうまく選べない――そんな不器用な心情が、静かに、だが確実に響いてくる。
4. 歌詞の考察
「About a Girl」は、単なる恋愛ソングではない。それは、誰かに愛されたくて仕方がない一方で、どうしても自分を信じきれない男の孤独な独白であり、精神的な疎外感の表明でもある。
歌詞にある「I’ll take advantage while you hang me out to dry(君が僕を干している間に、僕は隙を突く)」という一節は、愛情を乞いながらも、同時にどこかで相手を試そうとしているような、歪んだ自尊心のようなものが垣間見える。自分が頼りない存在であることは分かっているが、それでも誰かに理解されたいという願い――この矛盾が、まさにNirvanaの核心であり、カート・コバーンの詩世界の出発点でもある。
また、“友達”という言葉の使い方も興味深い。これは恋人に対して用いられているが、カートにとって恋人という関係性すら、友情の延長線上に置きたいという“距離感の美学”があったのかもしれない。親密になりたいけれど、完全には開けない。その心理的距離が、「About a Girl」全体を覆うぼんやりとした霧のような印象を生み出している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Pennyroyal Tea by Nirvana
自己嫌悪と静かな崩壊がテーマの楽曲で、より内省的な視点から感情を描いている。 - I’m Only Sleeping by The Beatles
何もしたくない、という怠惰と疲労の美学が描かれる曲。カートが影響を受けたとされるジョン・レノンの作風に近い。 - No Name #3 by Elliott Smith
寡黙な語り口で、感情の行き場のなさを描くエリオット・スミスの名曲。親密で不安定な感情に重なる。 - Pink Moon by Nick Drake
極めてシンプルなアコースティックサウンドの中に、深い孤独と繊細さが込められている。静かな沈み込みが「About a Girl」と呼応する。
6. 静かな始まりが孕んでいた、“叫び”の種
「About a Girl」は、Nirvanaが世界を席巻する前夜に書かれた楽曲でありながら、その中にはすでにカート・コバーンの全要素――繊細さ、不器用さ、孤独、愛への飢え、怒りの種――が詰め込まれている。
当時の“ハードコア至上主義”のグランジ・シーンにおいて、このようなメロディアスな曲を堂々と提示したこと自体が、ひとつの異端であり、同時にNirvanaの独自性を証明するものだった。カート・コバーンが後に語った「ポップソングで痛みを伝える」という信念は、この「About a Girl」で最初に形を成したのだ。
静かなアコースティック・ナンバーでありながら、その奥底には叫びがある。言葉にできない感情が、ギターと声の狭間で揺れ動いている。だからこそ、この曲は何度聴いても、新しい傷口をそっとなぞるような感覚を呼び起こす。そして、その痛みのかけらこそが、Nirvanaの本質に他ならない。
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