アルバムレビュー：A Dream Is All We Know by The Lemon Twigs

アルバムレビュー

2025.04.21

発売日: 2024年5月3日
ジャンル: バロックポップ、サイケデリック・ロック、フォーク、70年代志向ロック

夢と現実の狭間で——The Lemon Twigs、失われゆく“理想”にすがる、若き老作家たちの幻想譚
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
- 関連記事:

夢と現実の狭間で——The Lemon Twigs、失われゆく“理想”にすがる、若き老作家たちの幻想譚

『A Dream Is All We Know』は、The Lemon Twigsが2024年に発表した5作目のアルバムであり、タイトルが象徴するように、“現実”の輪郭がぼやけた時代において、夢と幻の中から音楽の真実を掴み取ろうとする試みである。

2023年の傑作『Everything Harmony』で到達したフォーク／ソフトロック路線をさらに深化させつつ、今作ではよりドラマティックな展開とアナログ的サウンドの豊かさが強調されており、まるで失われた時代のレコード棚から発掘されたような錯覚に陥る。

サウンドは引き続き、The Beach Boys、Todd Rundgren、Big Star、Harry Nilsson、10ccといった1970年代の“音楽職人”たちへの強いリスペクトに根ざしており、彼らの持つ“過去への忠誠”と“未来への予感”が、夢のように浮かんでは消える構成美のなかに織り込まれている。

全曲レビュー

1. My Golden Years
アルバム冒頭にふさわしい懐古調のバラッド。“黄金の時代”を思い出すが、それは現実なのか夢なのか——そんな不確かさを纏った幕開け。

2. Church Bells
エレガントなハーモニーと鐘の音が交差する、儀式のように荘厳なポップソング。 “祈り”のイメージと“都市の孤独”が同時に描かれる。

3. Sweet Vibration
The Byrds〜The Beatlesを彷彿とさせるサイケ風ナンバー。ヴァイブがすべてを解決する——という無邪気さと諦観が共存する。

4. A Dream Is All I Know
タイトルチューン。現実が夢の続きなのか、夢こそが真実なのかという逆説的命題を、センチメンタルなコード進行で語る。

5. If You and I Are Not Wise
内省的で哀しみに満ちたスロウ。“僕たちが賢くないなら、この世界でどう生きられる？”という問いが静かに突き刺さる。

6. How Can I Love Her More
愛することの限界、あるいは過剰。ソウルフルなピアノと熱のこもったボーカルが、McCartney的な哀愁を引き出す。

7. Ember Days
灰のように燃え尽きた日々——というイメージに、燃え残る情熱と敗北の美学が染み込む。

8. In the Eyes of the Girl
女性の視点、もしくは彼女の見る世界を追体験する視点の歌。軽快なギター・ポップの中に深い孤独が隠れている。

9. I Should’ve Known Right From the Start
後悔と決定的な回想。タイトルの語感の強さが、まるで古典的失恋ソングのような風格を漂わせる。

10. Rock On (Over and Over)
唯一ややロック調に傾いたナンバー。“繰り返されるロック”の皮肉を込めた、奇妙に陽気なアブストラクト・ポップ。

11. Peppermint Roses
童話のようなタイトルに反して、甘さの奥に潜む痛みがにじむ短い小品。

12. New to Me
ラストは静かに自己更新を示唆する一曲。“それは僕にとっては新しいんだ”という無垢な言葉が、音楽と向き合う純粋さを回復させる。

総評

『A Dream Is All We Know』は、The Lemon Twigsが長年愛してきた過去のポップスと、彼ら自身の“今”とを重ね合わせた、“夢の技法”による物語集である。
そこにあるのはノスタルジーだけではない。過去への執着と、現代的な心のざわめき、そして未来への儚い希望が、美しいコード進行とヴォーカルに包まれて語られている。

彼らの音楽はどこまでも誠実で、誰かの記憶を再生しながら、誰かの未来をひそかに照らしている。
その意味で本作は、“夢”がまだ何かを動かしうると信じる人たちへの、優しくて、少しだけ苦いラブレターなのかもしれない。