
1. 楽曲の概要
「Suicide」は、ニューヨークのデュオ、Suicideが1977年に発表したセルフタイトルのデビュー・アルバム「Suicide」の中核にある楽曲である。
ただし、ここで少し注意が必要だ。
Suicideという名前は、バンド名でもあり、アルバム名でもある。
そしてストリーミングや再発盤の表示では、トラック欄にアーティスト名として「Suicide」が何度も並ぶため、「Suicide by Suicide」という表記は、曲単体というよりも、1977年のアルバム「Suicide」全体、あるいはその中の曲群を指して受け取られることもある。
この解説では、1977年のデビュー・アルバム「Suicide」を中心に、その音楽性、特に「Ghost Rider」「Rocket U.S.A.」「Cheree」「Johnny」「Girl」「Frankie Teardrop」などに通じる、Suicideという存在そのものの楽曲世界を読み解いていく。
アルバム「Suicide」は、1977年12月にRed Star Recordsからリリースされた。
Alan VegaのボーカルとMartin Revの電子音による、たった二人のバンドである。
プロデュースはCraig LeonとMarty Thau。録音はニューヨーク州のUltima Sound Studiosで行われたとされる。(Wikipedia – Suicide album)
このアルバムは、パンクの時代に生まれた。
しかし、典型的なパンクではない。
ギターがない。
ベースもない。
ドラムセットもない。
あるのは、Martin Revの原始的で執拗な電子リズム、薄暗く歪んだオルガンのような音、そしてAlan Vegaの叫び、囁き、呻き、ロカビリー風の歌声である。
それはロックなのか。
電子音楽なのか。
パンクなのか。
インダストリアルなのか。
ノー・ウェイヴなのか。
シンセ・ポップの前触れなのか。
答えは、その全部であり、同時にどれでもない。
「Suicide」の音楽は、最低限の要素だけで都市の不安を作り出す。
音数は少ない。
だが、空気は重い。
リズムは単純。
だが、逃げ場がない。
ボーカルは歌っているようで、ほとんど演じている。
そこには、夜のニューヨークの地下室、安アパート、ネオン、暴力、孤独、夢と恐怖がある。
「Suicide」は、聴き手を楽しませるための音楽ではない。
むしろ、聴き手を部屋の隅へ追い込むような音楽だ。
だが、その追い込み方があまりにも鋭い。
そのため、怖いのに目が離せない。
このアルバムは初回リリース時、アメリカでは大きな商業的成功を収めなかった。
むしろ反発も大きかった。
しかし後年、その影響は計り知れないものになった。
Pitchforkは、Suicideの初期2作について、ライブの混沌をそのまま録音したわけではないが、音量を下げてもなお緊張が震えている作品として評価している。(Pitchfork)
「Suicide by Suicide」とは、ひとつの曲名というより、ひとつの音楽的事件のような言葉である。
それは、ロックからギターを取り去ってもロックは残るのか、という問いだった。
そしてSuicideは、その答えを、暗く、硬く、狂ったように反復する電子音で示した。
2. 楽曲のバックグラウンド
Suicideは、Alan VegaとMartin Revによって結成された。
彼らは1970年代のニューヨークで活動し、CBGB周辺のパンク・シーンとも接点を持ちながら、他のどのバンドとも違う音を鳴らしていた。
当時のパンク・バンドの多くは、ギター、ベース、ドラムを基本としていた。
Sex Pistols、Ramones、The Clash、The Damned。
いずれも音は荒く、速く、反抗的だったが、基本的な編成はロックンロールの延長にあった。
しかしSuicideは違った。
Martin Revは、キーボード、電子オルガン、リズムボックスのような装置を使い、機械的で反復的な音を作った。
Alan Vegaは、その上で歌うというより、都市の亡霊のように声を放った。
Vegaのルーツには、1950年代のロックンロールがある。
Elvis Presley、Gene Vincent、Roy Orbison、Jerry Lee Lewis。
彼の声には、そうした古いロックンロールの甘さと狂気が残っている。
ただし、それはノスタルジックな形では現れない。
Suicideの音の中では、50年代のロマンスが、70年代ニューヨークの夜に溶けて壊れている。
アルバム「Suicide」は、たった4日間で録音されたとされる。
音数の少なさは、単なる予算や技術の制限ではなく、スタイルそのものになっている。
Revの音は、時に子どもの玩具のように単純で、時に工場の機械のように冷たい。
Vegaの声は、その上をふらつきながら、突然叫び、突然甘く囁く。
この組み合わせが、後の多くの音楽に影響を与えた。
インダストリアル。
シンセ・ポップ。
テクノ。
ノー・ウェイヴ。
ポストパンク。
エレクトロクラッシュ。
ミニマル・ロック。
Suicideの痕跡は、その後の地下音楽にも、メインストリームにも散らばっている。
それでいて、1977年当時のSuicideはかなり異物だった。
ライブでは観客から強い反発を受けることも多かった。
ギターの暴力に慣れた観客にとって、Suicideの電子音とAlan Vegaの挑発的なパフォーマンスは、理解不能な攻撃だったのだ。
「Suicide」は、パンクの時代に生まれたが、パンクを先へ進めてしまった。
いや、パンクの横をすり抜けて、別の暗い未来へ行ってしまったと言ったほうがいいかもしれない。
このアルバムを聴くと、1977年なのに、すでに80年代の影が見える。
さらに、90年代のインダストリアルや、2000年代以降のミニマルな電子ロックの気配まで感じられる。
それほど早すぎた音楽だった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞は著作権で保護されているため、ここでは短い範囲に限定して引用する。
また、「Suicide」という表記がアルバム全体を指す場合があるため、ここでは1977年のデビュー・アルバムを象徴する楽曲群から、ごく短いフレーズに限って扱う。
Ghost rider
和訳
幽霊のライダー
「Ghost Rider」は、アルバム冒頭を飾る曲である。
この言葉は、Suicideの世界を一瞬で示す。
ライダーは走る。
だが、それは生きた人間なのか、死者なのか、夢の中の存在なのかわからない。
ロックンロールにおけるバイクや車のイメージが、ここでは亡霊化している。
かつてのロックンロールは、自由へ向かって走った。
Suicideのロックンロールは、夜の中を同じ場所へ向かって走り続ける。
その違いが、非常に大きい。
Rocket U.S.A.
和訳
ロケット、U.S.A.
「Rocket U.S.A.」というタイトルには、アメリカのスピードと暴力が詰まっている。
ロケットは未来へ向かうものだ。
だが、Suicideのロケットは明るい未来の象徴ではない。
むしろ、制御不能な加速のように響く。
アメリカという巨大な機械が、夜の中で震えているようだ。
Frankie Teardrop
和訳
フランキー・ティアドロップ
この名前は、アルバムの最も恐ろしい楽曲「Frankie Teardrop」の主人公である。
工場で働き、生活に追い詰められ、破滅へ向かう男。
この曲は、Suicideの中でも特に極限的な楽曲で、Alan Vegaの絶叫はほとんどホラー映画のように響く。
引用元: Suicide「Ghost Rider」「Rocket U.S.A.」「Frankie Teardrop」
作詞作曲・演奏: Alan Vega、Martin Rev
歌詞の著作権は各権利者に帰属する。アルバム「Suicide」は1977年にRed Star Recordsからリリースされ、Alan VegaのボーカルとMartin Revのミニマルな電子音を中心に構成された作品として紹介されている。(Wikipedia – Suicide album)
4. 歌詞の考察
Suicideの歌詞は、長く説明するタイプではない。
むしろ、短い言葉、反復される名前、都市の断片によって、世界を立ち上げる。
「Ghost Rider」では、言葉はほとんど呪文のように繰り返される。
そこに詳しい物語はない。
だが、声とリズムによって、真夜中の道路、ヘッドライト、排気音、幽霊のような孤独が見えてくる。
「Rocket U.S.A.」では、アメリカという言葉が未来的でありながら不吉に響く。
戦後アメリカの夢、宇宙開発、スピード、機械、消費、暴力。
それらが、たった数語の中に圧縮される。
「Cheree」では、Suicideの意外なロマンティックさが現れる。
電子音は冷たい。
しかし、Alan Vegaの声には甘さがある。
この曲は、まるで1950年代のラブソングが壊れたラジオから流れてくるように聴こえる。
恋愛の歌なのに、現実の温かさよりも、記憶の中の幻のようだ。
そして「Frankie Teardrop」。
この曲は、Suicideの最も強烈な物語である。
工場労働者フランキーが、生活苦と絶望に追い詰められ、家族を殺し、自分も破滅する。
言葉の量は多くないが、Vegaの声の演技によって、物語は異様なリアリティを持つ。
ここで描かれるのは、ただの犯罪ではない。
アメリカの労働者階級の絶望であり、都市の孤立であり、家庭という場所が安全ではなくなる瞬間である。
Suicideの歌詞は、社会批評を論理的に語らない。
だが、音と声によって、社会の底にある恐怖をむき出しにする。
彼らの言葉は、新聞記事のようでもあり、B級映画の台詞のようでもあり、悪夢の断片のようでもある。
そこに、Suicideの独自性がある。
パンクはしばしば怒りを叫んだ。
Suicideは、怒りの後に残る静かな地獄を鳴らした。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Ghost Rider by Suicide
Suicideのデビュー・アルバムの冒頭曲であり、彼らのスタイルを最も端的に示す楽曲である。
反復する電子リズム、Alan Vegaのロカビリーの亡霊のような声、都市を走る幻影。
Suicideというバンドの入口として、避けて通れない曲だ。
- Frankie Teardrop by Suicide
同じアルバムに収録された、Suicideの最も凄惨で有名な楽曲のひとつである。
聴きやすい曲ではない。
しかし、Suicideがなぜ単なるシンセ・デュオではなく、都市の悪夢を音楽化した存在だったのかがわかる。
Alan Vegaの絶叫は、ロック史の中でも特異な瞬間である。
- Warm Leatherette by The Normal
Daniel MillerによるThe Normalの1978年の楽曲で、冷たい電子音と肉体的な不安が結びついた初期シンセ・パンクの重要作である。
Suicideのミニマルな電子ロックに惹かれるなら、この曲の無機質で不穏な質感にも強く反応するはずだ。
- Nag Nag Nag by Cabaret Voltaire
1979年のインダストリアル/ポストパンク重要曲である。
荒れた電子音、反復するリズム、神経質なボーカル。
Suicideが切り開いた「ロックの身体からギターを抜き取る」感覚を、別の英国的な形で発展させたような曲だ。
- Bela Lugosi’s Dead by Bauhaus
1979年のゴシック・ロックの古典である。
Suicideとはサウンドの質感が違うが、長い反復、暗い空間、演劇的なボーカルという点でつながりがある。
Alan Vegaの都市の亡霊性が好きなら、Peter Murphyの吸血鬼的な存在感にも惹かれるはずだ。
6. アルバム「Suicide」の中での位置づけ
1977年のアルバム「Suicide」は、全体がひとつの作品として強烈にまとまっている。
個々の曲が独立しているというより、ひとつの夜の中を歩いているように聴こえる。
冒頭の「Ghost Rider」で、アルバムはすぐに異様な世界へ入る。
電子リズムは単純だが、そこにAlan Vegaの声が乗ると、音楽は一気にロックンロールの幽霊になる。
続く「Rocket U.S.A.」では、よりアメリカ的なスピードと不安が現れる。
「Cheree」では甘さが差し込む。
しかし、その甘さも明るいラブソングではなく、遠い幻のようだ。
「Johnny」「Girl」では、50年代のポップやロカビリーの残骸が見える。
ただし、そこにあるのは懐かしさではなく、壊れたジュークボックスのような感覚である。
そして終盤に「Frankie Teardrop」が来る。
この曲は、アルバムの闇を極限まで深める。
ここまで聴いてきた電子音の反復とVegaの声が、最も恐ろしい形で結びつく。
アルバム全体の構造を見ると、「Suicide」はロックンロールの解体として聴ける。
ロックンロールには、もともと反復がある。
ビートがあり、欲望があり、声があり、身体がある。
Suicideはそこからギターを取り、バンドの肉体性を削り落とし、機械的な鼓動と声だけを残した。
すると、ロックンロールは骨だけになった。
その骨が、夜の中でまだ動いている。
それが「Suicide」というアルバムである。
この作品は、パンクの文脈で語られることが多い。
しかし、実際にはパンクよりもさらにミニマルで、さらに未来的で、さらに不気味だ。
パンクがロックを速く、荒くしたのだとすれば、Suicideはロックを削り、冷やし、都市の壁に反響させた。
その意味で、アルバム「Suicide」は、1977年のロック史における異物であり、同時に未来への入口だった。
7. サウンドの特徴と音像
Suicideのサウンドは、徹底して少ない。
Martin Revの電子音は、豪華ではない。
きらびやかなシンセ・ポップのような洗練もない。
むしろ、古い機械が同じ動作を繰り返しているような粗さがある。
リズムは単純だ。
しかし、その単純さが怖い。
普通のバンドなら、ドラムが人間的な揺れを作る。
ギターがコードを広げる。
ベースが低音を支える。
Suicideには、それがない。
だから、音楽の中に逃げ場が少ない。
同じリズム、同じ音型、同じ空気が続く。
その上で、Alan Vegaの声だけが人間のように暴れる。
この対比が、Suicideの本質である。
機械の反復。
人間の叫び。
冷たい電子音。
熱いロックンロールの亡霊。
都市の無機質さ。
個人の孤独と狂気。
この二つがぶつかることで、曲は異様な緊張を持つ。
録音は、決して豪華ではない。
むしろ密室的で、閉じ込められているような音だ。
Pitchforkも、Suicideのスタジオ作品について、ライブの混沌をそのまま爆発させるのではなく、抑えられた形の中に緊張を閉じ込めていると評している。(Pitchfork)
この「抑えられているのに怖い」感じが重要だ。
大音量で叫ぶ音楽は、わかりやすく攻撃的である。
しかしSuicideは、音数を削ることで逆に恐怖を増やしている。
何もない空間が怖い。
同じ音が続くことが怖い。
次にAlan Vegaが何をするかわからないことが怖い。
このサウンドは、後のインダストリアルやノイズ、テクノ、ミニマルな電子音楽に大きな影響を与えた。
だが、今聴いても完全には過去のものになっていない。
むしろ、古い機材の粗さが、今ではかえって生々しく聴こえる。
8. Alan Vegaの声と身体性
Suicideの音楽において、Alan Vegaの声は楽器以上の存在である。
彼の歌は、きれいなメロディをなぞるものではない。
叫ぶ。
囁く。
震える。
笑う。
呻く。
時にElvis PresleyやGene Vincentのようなロックンロールの色気を見せ、次の瞬間には地下室の狂人のようになる。
この変化が、Suicideの音楽を危険なものにしている。
Martin Revの音は、ある意味で無表情だ。
同じリズムが続く。
同じ機械が回る。
そこにVegaの声が入ることで、音楽は突然、肉体を持つ。
ただし、それは安心できる肉体ではない。
傷ついた身体。
路上をふらつく身体。
叫びを抑えられない身体。
欲望と恐怖が同時に宿る身体である。
Vegaは、歌手というよりパフォーマーだった。
ライブでは観客を挑発し、時に危険な緊張を生み出した。
その身体性は、スタジオ録音にも残っている。
「Frankie Teardrop」の絶叫は、その最たるものだ。
あれは単なる効果音ではない。
人間の声がどこまで崩れられるかを見せるような瞬間である。
だが、Vegaの声は怖いだけではない。
「Cheree」や「Johnny」では、甘さもある。
古いロックンロールやドゥーワップの影がある。
この甘さがあるからこそ、Suicideは単なるノイズや恐怖の音楽ではなくなる。
恐怖とロマンス。
暴力と甘さ。
叫びと囁き。
Alan Vegaの声は、その全部を持っている。
9. Martin Revの電子音とミニマリズム
Martin Revの役割は、Suicideの音楽の骨格そのものである。
彼の電子音は、非常にミニマルだ。
しかし、そのミニマリズムは美術館的な静けさではない。
もっと汚れていて、もっと路上に近い。
同じリズムが鳴る。
同じフレーズが続く。
音は大きく展開しない。
だが、その反復が、少しずつ聴き手の神経に入り込んでくる。
これは、ロックンロールの反復を電子音へ移したものでもある。
ロックンロールのビートは、本来とても単純だ。
だが、その単純さが身体を動かす。
Revは、その単純さをさらに抽象化し、機械の鼓動のようにした。
その結果、Suicideの音楽には、人間的なグルーヴと機械的な冷たさが同時にある。
たとえば「Ghost Rider」のリズムは、非常に原始的だ。
だが、そこにギターの歪みやドラムの人間的な揺れがないため、むき出しの骨のように聴こえる。
「Rocket U.S.A.」の音は、都市を走るエンジンのようでもあり、壊れかけた遊園地の機械のようでもある。
Revの電子音には、未来的な美しさよりも、安っぽさ、粗さ、不安定さがある。
そこが重要だ。
後のシンセ・ポップは、電子音を洗練されたポップの道具にした。
Suicideは、その前に、電子音を都市の恐怖とロックンロールの欲望の道具にした。
この差が、Suicideの音楽を今も危険にしている。
10. 「Frankie Teardrop」という極限
アルバム「Suicide」を語るうえで、「Frankie Teardrop」は避けられない。
この曲は、10分を超える悪夢である。
Martin Revの反復する電子音の上で、Alan Vegaが工場労働者フランキーの物語を語る。
仕事に追い詰められ、家族を養えず、精神的に崩壊し、妻と子を殺し、自分も破滅する。
この曲が恐ろしいのは、物語の内容だけではない。
音の作り方が怖い。
背景の電子音は、ほとんど変わらない。
それが日常の機械音のように鳴り続ける。
その上で、Vegaの声だけがどんどん壊れていく。
つまり、社会やシステムは変わらない。
人間だけが壊れる。
この構造が、あまりにも冷酷である。
「Frankie Teardrop」は、ホラーソングのようにも聴こえる。
だが、そこにある恐怖は超自然的なものではない。
貧困、労働、家庭、孤独、絶望。
非常に現実的な恐怖である。
だからこそ、この曲は今も強い。
Suicideは、この曲で都市の底にある暴力を音楽化した。
それはパンクの怒りとは違う。
怒りを通り越して、もう何かが壊れてしまった後の音だ。
この曲を聴くことは簡単ではない。
しかし、「Suicide」というアルバムの本質を理解するうえで、非常に重要である。
11. パンクとの関係
Suicideはパンク・バンドとして語られることが多い。
実際、彼らはニューヨーク・パンクの時代に活動し、CBGB周辺のシーンとも関わっていた。
だが、彼らの音は典型的なパンクではなかった。
ギターがない。
ドラムがない。
速い曲ばかりでもない。
スローで、反復的で、電子的で、時にポップで、時に恐ろしく長い。
では、なぜSuicideはパンクなのか。
それは態度の問題である。
Suicideは、ロックの決まりを壊した。
バンドはこうあるべきだ、という形を無視した。
観客を楽しませることより、自分たちの異様な音を突きつけることを選んだ。
その意味では、彼らは非常にパンクだった。
むしろ、パンクの精神を最も過激に実践していたとも言える。
多くのパンク・バンドは、音楽的にはロックンロールの簡略化だった。
Suicideは、そのさらに先へ行き、ロックンロールを機械と声だけにまで削った。
これは、パンクの内側からの革命ではなく、パンクの外側からの侵入のようだった。
当時の観客が戸惑ったのも当然である。
パンクを聴きに来たつもりが、得体の知れない電子音と叫びを浴びせられる。
それは不快だったかもしれない。
しかし、後から見ると、その不快さこそが未来だった。
12. 後世への影響
Suicideの影響は、非常に広い。
シンセ・ポップやインダストリアルに直接的な影響を与えただけでなく、ポストパンク、ノー・ウェイヴ、テクノ、エレクトロニック・ボディ・ミュージック、ノイズ、オルタナティブ・ロックなど、多くのジャンルに影を落としている。
The Normal、Cabaret Voltaire、Throbbing Gristle、Soft Cell、Depeche Mode、Nine Inch Nails、Spacemen 3、The Jesus and Mary Chain、Primal Scream、LCD Soundsystem。
直接間接を問わず、Suicide的なものはさまざまな場所に現れる。
特に重要なのは、ロックと電子音を結びつける方法である。
電子音楽は、必ずしも冷たく知的である必要はない。
ロックは、必ずしもギターを必要としない。
ミニマルな反復は、身体的で暴力的になり得る。
歌は、美しくなくても人間の深い場所へ届く。
Suicideは、そのことを早い段階で示した。
また、彼らの影響は音だけではない。
ライブの緊張感、観客との対立、都市的なイメージ、50年代ロックンロールの亡霊性。
そうした美学も後の多くのアーティストに受け継がれた。
Suicideは、大きなヒットを連発したバンドではない。
しかし、音楽の地下水脈を大きく変えた。
彼らの音は、表のチャートではなく、後のアーティストたちの神経の中で鳴り続けたのである。
13. 聴きどころと印象的なポイント
「Suicide」を聴くうえでまず注目したいのは、音の少なさである。
最初は、あまりにも何もないように感じるかもしれない。
だが、少ないからこそ、一音一音が異様に大きく響く。
リズムの反復、電子音の歪み、Vegaの息づかい。
すべてが裸で聴こえる。
次に、Alan Vegaの声。
彼の声は、普通の意味でうまい歌ではない。
だが、圧倒的に存在感がある。
歌、演技、叫び、語り、すべての境界を越えている。
Martin Revの音も重要である。
単調に聴こえる反復が、時間とともに催眠的になる。
同じフレーズが続くことで、聴き手の感覚が少しずつ変わっていく。
「Cheree」のような曲では、Suicideの甘さに注目したい。
彼らは恐怖だけのバンドではない。
壊れたロマンティシズムも持っている。
その甘さがあるから、アルバムの闇がさらに深くなる。
そして「Frankie Teardrop」。
この曲は簡単にすすめられるものではないが、Suicideの極限を知るためには避けて通れない。
聴くというより、耐える曲に近い。
しかし、その体験は忘れがたい。
アルバム全体としては、夜に一人で聴くと非常に強く響く。
ただし、聴き手の状態によってはかなり重く感じることもある。
それほど、Suicideの音楽は神経に直接触れる。
14. 特筆すべき事項:ロックンロールの幽霊を電子音で呼び出したアルバム
「Suicide」は、ロックンロールの幽霊を電子音で呼び出したアルバムである。
この作品には、古いロックンロールの影がある。
Gene Vincentのような不良性。
Elvis Presleyのような色気。
ドゥーワップの甘さ。
路上のロマンス。
だが、それらはすべて壊れている。
ギターは消えた。
ドラムも消えた。
残ったのは、電子リズムと声だけ。
そこに、20世紀後半の都市の不安が流れ込んでいる。
Suicideは、ロックを未来へ進めたというより、ロックの死後の姿を見せた。
ロックンロールが死んだ後、その亡霊がリズムボックスの上でまだ歌っている。
それが、このアルバムの感触である。
そして、その亡霊は意外にも甘い。
恐ろしいだけではない。
「Cheree」や「Johnny」のような曲には、壊れたラブソングの美しさがある。
一方で「Frankie Teardrop」には、社会の底が抜けるような恐怖がある。
この幅こそが、Suicideのすごさである。
彼らはミニマルだった。
だが、感情は少なくなかった。
音数は少ない。
しかし、そこに詰まっているものは非常に濃い。
愛。
孤独。
暴力。
都市。
労働。
夢。
失敗。
機械。
ロックンロールの記憶。
それらが、たった二人の音で鳴っている。
1977年の「Suicide」は、当時の多くの人にとって早すぎた。
だが、早すぎた音楽は、後から時代が追いつく。
このアルバムもそうだった。
今聴くと、むしろ驚くほど現代的だ。
電子音と声だけで世界を作ること。
反復によって不安を生むこと。
ロックの衝動を機械に移すこと。
それらは、今の音楽にも深く通じている。
「Suicide by Suicide」とは、バンドとアルバムが同じ名前を持つことで生まれる、奇妙な自己言及でもある。
SuicideがSuicideを演奏する。
それは、名前そのものが音になったような状態だ。
危険で、冷たく、甘く、暗い。
そして、どうしようもなくかっこいい。
Suicideは、ロックンロールを殺したのではない。
むしろ、その死体から別の鼓動を聞き取った。
その鼓動が、1977年のデビュー・アルバムに刻まれている。
「Suicide」は、聴きやすい名盤ではない。
だが、一度入ると、簡単には抜け出せない。
都市の夜の奥で、まだ機械が鳴っている。
Alan Vegaの声が遠くから聞こえる。
Martin Revのリズムが、同じ場所で回り続ける。
それは、ロックの未来から届いた古い悪夢である。



コメント