
発売日:1977年12月28日
ジャンル:プロトパンク、シンセパンク、エレクトロニック・ロック、ノーウェイヴ、ミニマル・シンセ、インダストリアル前夜
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Ghost Rider
- 2. Rocket U.S.A.
- 3. Cheree
- 4. Johnny
- 5. Girl
- 6. Frankie Teardrop
- 7. Che
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. The Velvet Underground – White Light/White Heat(1968)
- 2. Silver Apples – Silver Apples(1968)
- 3. Joy Division – Unknown Pleasures(1979)
- 4. Soft Cell – Non-Stop Erotic Cabaret(1981)
- 5. Nine Inch Nails – The Downward Spiral(1994)
概要
Suicideのセルフタイトル作『Suicide』は、1977年に発表されたデビュー・アルバムであり、パンク、ポストパンク、インダストリアル、シンセポップ、ノーウェイヴ、エレクトロクラッシュ、オルタナティブ・ロックにまで大きな影響を与えた、極めて特異な作品である。ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンから登場したSuicideは、Alan VegaのヴォーカルとMartin Revの電子楽器によるデュオであり、ギター、ベース、ドラムを中心とするロック・バンドの標準編成をほとんど拒否した。代わりに、原始的なリズムマシン、反復するシンセサイザー、歪んだ電子音、そして叫び、囁き、呻き、ロカビリー的な節回しを混ぜたヴォーカルによって、都市の恐怖、欲望、暴力、孤独を音楽化した。
1977年という年は、パンク・ロックが世界的に大きく認知された時期である。Sex Pistolsの『Never Mind the Bollocks』、The Clashのデビュー作、Ramonesの初期作品などが、ロックの過剰な技巧や商業主義に対する反発として登場していた。しかしSuicideの『Suicide』は、パンクの同時代作品でありながら、一般的なパンクの形式とは大きく異なる。速いギター、激しいドラム、怒鳴るヴォーカルではなく、機械的な反復、空白、電子音、心理的な圧迫によって暴力性を表現している。その意味で本作は、パンクの精神を最も radical に抽出しながら、パンクの音楽形式そのものを破壊したアルバムである。
Suicideの音楽を理解するうえで重要なのは、ニューヨークという都市環境である。1970年代のニューヨークは、経済的危機、犯罪、荒廃、地下文化、ドラッグ、ポルノグラフィ、アート、パンク、ミニマル音楽が混在する場所だった。Suicideの音楽には、この都市の夜、ネオン、地下鉄、安い部屋、暴力の気配、孤独な歩道、壊れたアメリカン・ドリームが刻まれている。彼らの音は、広いステージで鳴るロックというより、狭い部屋や暗いクラブ、誰もいない通りで反響する機械音のように響く。
Alan Vegaのヴォーカルは、本作の中心的な要素である。彼は伝統的な意味での「上手い歌手」ではない。むしろ、Elvis Presleyやロカビリーの影響を受けた甘い節回しを、恐怖、性的緊張、狂気、祈り、パニックに変形させている。彼の声は、時に不良少年のように挑発的で、時に怯えた子どものようで、時に宗教的な叫びのようでもある。言葉はしばしば断片的で、物語を説明するよりも、身体的な反応として発せられる。Vegaの声は、歌というより都市の神経そのもののように機能する。
Martin Revの電子音も、当時としては非常に異様だった。彼のシンセサイザーやリズムマシンは、後のシンセポップのように洗練された美しい音色ではない。むしろ、安価で粗く、むき出しで、単調で、時に不気味である。反復するリズムは、ダンス・ミュージックの快楽へ向かうのではなく、強迫観念のように聴き手を追い詰める。ミニマルな構造は、The Velvet Undergroundの反復性、ロックンロールの単純なビート、ミニマル音楽の持続、そして工業都市の機械音を結びつけている。
本作は、ロック史における「少なさ」の革命でもある。Suicideの曲には、一般的な意味での豊かなアレンジはほとんどない。多くの場合、リズムマシンのパターン、シンセのリフ、ヴォーカルだけで曲が成立している。しかし、その少なさが、圧倒的な緊張を生んでいる。音数が少ないからこそ、ひとつひとつの音が不気味に浮かび上がり、聴き手は逃げ場を失う。これは、後のポストパンク、インダストリアル、ノイズ、テクノ、ミニマル・シンセにとって非常に重要な方法論となった。
歌詞の主題は、都市の中の孤独、暴力、性的欲望、死、アメリカ文化の崩壊である。「Ghost Rider」ではコミック的・ロカビリー的なイメージが電子的な暴走へ変わり、「Rocket U.S.A.」ではアメリカのスピードと不安が断片化され、「Cheree」では甘美なラブソングが冷たい電子音の中で異様に美しく響く。「Frankie Teardrop」では、貧困、家庭、労働、殺人、精神崩壊が、ほとんど音楽というより心理的ホラーとして展開される。本作は、アメリカのポップ・カルチャーの記号を使いながら、その裏にある恐怖を露出させている。
後世への影響は非常に大きい。Bruce SpringsteenはSuicideから影響を受け、特に『Nebraska』の暗いミニマリズムにはその影が見える。Joy Division、The Jesus and Mary Chain、Soft Cell、Depeche Mode、Nine Inch Nails、Spacemen 3、Primal Scream、LCD Soundsystem、The Kills、Yeah Yeah Yeahs、Crystal Castlesなど、多くのアーティストがSuicideの反復、電子音、暴力的なミニマリズム、ロックンロールの解体から何かを受け取っている。彼らは商業的には大きな成功を収めたバンドではないが、音楽史の地下水脈としては計り知れない影響力を持っている。
『Suicide』は、聴きやすいアルバムではない。だが、その聴きにくさこそが本作の価値である。これは快適な音楽ではなく、都市の不安、孤立した身体、機械化された欲望、崩壊したロックンロールをそのまま聴き手に突きつける作品である。1977年の時点で、Suicideはすでにパンクの先、ポストパンクの先、シンセポップの暗い裏側、インダストリアルの前夜を鳴らしていた。本作は、ロックが電子音と出会った最も危険な瞬間の一つである。
全曲レビュー
1. Ghost Rider
アルバム冒頭の「Ghost Rider」は、Suicideというバンドの方法論を最も端的に示す楽曲である。タイトルはマーベル・コミックのキャラクターを連想させるが、ここでの「Ghost Rider」は単なるポップ・カルチャーの引用ではない。炎をまとって疾走する幽霊的なライダーのイメージは、アメリカのバイク文化、ロカビリー、コミック、暴走、死、都市の夜を一つに結びつける。Suicideはそのイメージを、ギターではなく電子音で表現する。
音楽的には、非常に単純な反復が中心である。リズムマシンは機械的に刻まれ、シンセサイザーのリフは短く、ほとんど呪文のように繰り返される。一般的なロック・バンドならギターリフで作るであろう推進力を、Martin Revは電子音の最小限の反復で作り出している。その結果、曲は疾走しているようでありながら、同じ地点に閉じ込められているようにも感じられる。
Alan Vegaのヴォーカルは、ロカビリーの残像を持ちながら、狂気じみた反復へ向かう。彼は「Ghost Rider」という言葉を何度も繰り返し、聴き手に物語を説明するのではなく、イメージを身体へ直接叩き込む。これはロックンロールの単純な興奮を、電子的な恐怖へ変換した歌唱である。
「Ghost Rider」が重要なのは、アメリカン・ポップの神話を、未来的で不穏なミニマリズムへ変えている点である。Elvis以降のロックンロールには、車、バイク、夜、スピード、性的エネルギーがつきものだった。Suicideはその神話を受け継ぎながら、生身のバンド演奏ではなく、無機質な機械音によって鳴らす。そこに、1970年代ニューヨークの冷たさが加わる。
アルバムの1曲目として、「Ghost Rider」は非常に効果的である。聴き手はここで、通常のロック・アルバムとは異なる空間に投げ込まれる。音数は少ないが、圧力は強い。ポップ・カルチャーの記号はあるが、快適な娯楽ではない。Suicideの世界は、この幽霊のようなライダーの疾走から始まる。
2. Rocket U.S.A.
「Rocket U.S.A.」は、アメリカそのものをロケットのような速度と不安の中に置いた楽曲である。タイトルには、宇宙開発、冷戦、技術信仰、スピード、国家的な野心が含まれている。しかしSuicideが描く「U.S.A.」は、希望に満ちた未来国家ではない。むしろ、制御不能な速度で飛び出し、どこへ向かっているのか分からない不安定な存在である。
音楽的には、「Ghost Rider」と同様に反復が中心だが、より荒く、断片的で、混乱した印象を与える。リズムとシンセの反復は、ロケットの発射や機械の振動のように響く。音は滑らかではなく、粗い電子信号のように聴こえる。ここには、後のインダストリアルやノイズロックにつながる感覚がすでにある。
Alan Vegaのヴォーカルは、歌詞を明瞭に物語るというより、断片的な叫びや呻きとして機能する。彼の声は、アメリカのスピードに巻き込まれた人間の神経のようである。ロケットは上昇するが、その高揚は勝利ではなく、パニックを伴う。Vegaの声は、祝祭的な宇宙時代の夢を、不安と混乱へ反転させている。
歌詞の面では、「U.S.A.」という言葉が重要である。Suicideは、アメリカという国家を直接的な政治的スローガンで批判するのではなく、音の質感と断片的な言葉によって表現する。ロケット、スピード、機械、暴走。これらのイメージは、20世紀アメリカの技術的・軍事的・文化的な加速を象徴している。
「Rocket U.S.A.」は、アメリカン・ドリームの裏側にある神経症を鳴らした曲である。未来へ向かうはずのロケットは、ここでは不安の乗り物である。Suicideの音楽は、ロックンロールの快楽だけでなく、アメリカ社会そのものの暴走をミニマルな電子音へ変換している。
3. Cheree
「Cheree」は、『Suicide』の中で最も美しく、同時に最も不気味な楽曲の一つである。タイトルのChereeは女性名として響き、曲はラブソングの形式を持っている。しかし、このラブソングは通常の甘いポップソングとはまったく異なる。冷たい電子音、反復するリズム、空虚な空間の中で、Alan Vegaの声が相手の名を呼び続ける。その結果、愛の歌でありながら、幽霊的な孤独を強く感じさせる。
音楽的には、穏やかなシンセの反復と簡素なリズムによって構成されている。攻撃的な「Ghost Rider」や「Rocket U.S.A.」に比べると、音は柔らかく、メロディも甘い。しかし、その甘さは人肌の温かさではなく、ネオンや安い電球のような人工的な光に近い。電子音が作る空間は、親密でありながら空虚である。
Alan Vegaの歌唱は、ロカビリーやドゥーワップのラブソングを思わせる節回しを持つ。彼は相手の名前を繰り返し、愛情を表す。しかし、その声にはどこか距離があり、相手が実在しているのか、記憶の中の人物なのか、あるいは幻想なのか分からない。愛の対象が近くにいるようでいて、決定的に手が届かない。
この曲の重要な点は、1950年代的なロマンティックなポップの記憶を、1970年代の電子的な孤独へ置き換えていることである。ロカビリーやドゥーワップの甘い愛の形式は残っている。しかし、それを支えるサウンドは、生身のバンドではなく、機械的な反復である。愛の言葉が機械音の中で響くことで、感情そのものが人工的で幽霊的に感じられる。
「Cheree」は、Suicideが単なる攻撃的なノイズ・ユニットではないことを示す楽曲である。彼らは美しいメロディも書ける。しかし、その美しさは常に不安と隣り合っている。甘さと冷たさ、愛と空虚、ロカビリーと電子音が重なることで、この曲は唯一無二の存在感を持つ。
4. Johnny
「Johnny」は、短く、反復的で、ロックンロールの原型を極限まで削ぎ落としたような楽曲である。タイトルのJohnnyという名前は、アメリカのポップ・ミュージックやロックンロールの中で非常に典型的な若者の名前として響く。Johnnyは不良少年であり、恋人であり、街角の人物であり、無数の古い歌に登場してきた架空の青年でもある。Suicideはその名前を、電子的な反復の中に置く。
音楽的には、非常にミニマルである。リズムとシンセのパターンは単純で、曲は短く、ほとんどスケッチのように進む。しかし、その短さの中に、ロックンロールの亡霊のような感覚が凝縮されている。これはバンド編成のロックではないが、ロックンロールのリズム、名前、態度の残骸を持っている。
Alan Vegaのヴォーカルは、Johnnyという名前を呼び、短いフレーズを反復する。ここで重要なのは、物語がほとんど説明されないことだ。Johnnyが誰なのか、何をしたのか、何を求めているのかは明確ではない。だが、その名前だけで、アメリカの若者文化、暴力、セックス、逃走、孤独のイメージが立ち上がる。
この曲は、Suicideのポップ・カルチャーの扱い方をよく示している。彼らは古いロックンロールを引用するが、それを懐かしく再現するわけではない。むしろ、名前やリズムの断片だけを取り出し、冷たい電子音の中に置くことで、ロックンロールの神話を解体する。Johnnyはもはやヒーローではなく、都市のノイズの中で反復される記号である。
「Johnny」は小品的な曲だが、アルバム全体の美学を支える重要な役割を持つ。Suicideは、アメリカン・ロックの過去を知り尽くしたうえで、それを破壊し、幽霊のように再出現させている。この曲はその一例である。
5. Girl
「Girl」は、タイトルだけを見ると非常に単純なラブソング、あるいはロックンロールの古典的な主題に見える。しかしSuicideの手にかかると、「Girl」という言葉は、欲望、幻想、孤独、執着、そして不安の対象として響く。特定の人物というより、ポップ・ソングの中で何度も呼ばれてきた「女の子」という記号そのものが、ここでは不気味に浮かび上がる。
音楽的には、反復的なリズムとシンセのパターンが曲を支える。音は簡素で、空間は広く空いている。その余白の中で、Alan Vegaの声が非常に生々しく響く。彼のヴォーカルは、甘さと不安定さを同時に持ち、相手へ呼びかけるたびに、愛情と危うい執着の境界が曖昧になる。
歌詞は非常にシンプルで、複雑な物語を持たない。しかし、その単純さが曲の不気味さを強めている。ポップ・ミュージックでは、「girl」という呼びかけは無数に使われてきた。Suicideはその使い古された言葉を、冷たい電子音の中で反復することで、ロマンティックな記号の背後にある空虚さや欲望を露出させる。
この曲の重要な点は、愛の対象が実在の相手というより、語り手の内部で増幅された幻想のように感じられることだ。相手に向かって歌っているようで、実際には自分自身の欲望の中に閉じ込められている。これは、Suicideの多くの曲に共通するテーマである。都市の中で人は他者を求めるが、その声は機械音と空虚な空間に吸い込まれていく。
「Girl」は、Suicideがロックンロールの基本的な主題である「若者と女の子」を、どれほど不安定で異様なものに変えたかを示す曲である。最小限の音と言葉によって、ポップ・ソングの甘さが、心理的な緊張へ変わっている。
6. Frankie Teardrop
「Frankie Teardrop」は、『Suicide』の中心にある最も過酷な楽曲であり、ロック史においても屈指の心理的ホラーとして語られる作品である。10分を超える長尺の中で、工場労働者Frankieの貧困、家庭、絶望、殺人、自殺、地獄のような精神崩壊が描かれる。これは通常の意味での歌ではなく、都市の貧困と精神的破綻を音楽化した極限的な作品である。
音楽的には、極めてミニマルである。リズムマシンの単調なビートが延々と続き、シンセサイザーは不気味な空間を作る。展開は少なく、むしろ変化のなさが聴き手を追い詰める。逃げ場のない反復は、Frankieの生活の閉塞、工場労働の単調さ、貧困の循環をそのまま表しているように響く。
Alan Vegaのヴォーカルは、ここで最も過激な表現に達する。彼は物語を語り、叫び、悲鳴を上げ、Frankieの精神の崩壊を身体で演じる。特に曲中の悲鳴は、単なる演出を超え、聴き手の身体に直接刺さる。これはロックのシャウトではなく、恐怖、罪悪感、地獄、精神的断絶の叫びである。
歌詞の物語は非常に暗い。Frankieは20歳の若い工場労働者で、妻と子どもを養えず、追い詰められていく。彼は家族を殺し、自らも命を絶つ。この物語はセンセーショナルだが、Suicideはそれを犯罪物語として消費するのではなく、社会的な絶望の極限として提示する。貧困、労働、家族を養えない苦しみ、男性性の崩壊、アメリカン・ドリームの失敗が、Frankieの破滅へ集約されている。
「Frankie Teardrop」が重要なのは、個人の狂気を社会から切り離さない点である。Frankieは単に異常な人物として描かれているのではない。彼は労働と貧困と家庭責任に押し潰された存在である。もちろん彼の行為は救いようがない。しかし、その破滅の背後には、社会的な圧力がある。Suicideはそれを説教ではなく、音と声の恐怖として表現する。
この曲は、聴き手に快楽を与えるための音楽ではない。むしろ、音楽がどこまで不快で、恐ろしく、耐えがたいものになれるかを示している。しかし、その過酷さゆえに、「Frankie Teardrop」は極めて重要である。パンクが社会への怒りを叫んだ時代に、Suicideはその怒りを都市の心理的地獄として描いた。この曲は、インダストリアル、ノイズ、ダークウェイヴ、ポストパンクに大きな影を落とす、恐るべき作品である。
7. Che
「Che」は、アルバム本編の最後に置かれた楽曲であり、短く、反復的で、政治的な記号とポップ・ミニマリズムが結びついた曲である。タイトルの「Che」は、革命家Che Guevaraを連想させる。1970年代のカウンターカルチャーにおいて、Cheは革命、反体制、若者文化の象徴だった。しかしSuicideはそのイメージを、明確な政治賛歌としてではなく、反復される記号として扱う。
音楽的には、軽快で単純なリズムとシンセの反復が中心である。「Frankie Teardrop」の地獄のような長尺の後に、この曲が置かれることで、アルバムは奇妙に軽い終わり方をする。しかし、その軽さは安心ではない。革命の象徴さえも、ここでは冷たい電子音の中で反復されるポップ・アイコンのように響く。
Alan Vegaのヴォーカルは、Cheという名前を唱えるように扱う。ここでも物語はほとんど説明されない。Cheが何を意味するのか、語り手が彼を称えているのか、皮肉っているのか、はっきりとはしない。その曖昧さが重要である。Suicideは政治的記号をそのまま掲げるのではなく、都市のノイズとポップ文化の中で記号化された革命のイメージを提示する。
この曲は、革命のロマンすら商品化され、反復され、消費される時代の不気味さを感じさせる。Cheという名前は力を持っている。しかし、それが電子音の中で短く繰り返されるとき、その力はどこか空虚にも聴こえる。これはSuicideらしい冷たい視点である。
「Che」は、アルバムの締めくくりとして、政治的な救済を提示しない。Frankieの地獄の後に、革命が解決として現れるわけではない。むしろ、革命の名前もまた、反復される記号の一つとして残るだけである。この乾いた終わり方が、『Suicide』の徹底した虚無感を強めている。
総評
『Suicide』は、ロック史における最も重要で、最も不穏なデビュー・アルバムの一つである。1977年のパンク爆発の中で登場しながら、Suicideは一般的なパンクの形式を取らなかった。彼らはギターの轟音や高速ドラムではなく、リズムマシン、シンセサイザー、反復、叫び、沈黙、空白によって、パンクの暴力性と反抗精神を表現した。その結果、本作はパンクでありながら、ポストパンク、インダストリアル、ミニマル・シンセ、エレクトロニック・ロックの未来を先取りする作品となった。
本作の最大の特徴は、ロックンロールの解体である。Suicideはロックの過去を否定しているわけではない。むしろ、Alan Vegaの歌唱にはElvis Presley、Gene Vincent、ロカビリー、ドゥーワップへの深い影響がある。しかし、その影響は懐古的に再現されるのではなく、機械的な電子音の中で歪められ、幽霊化される。「Cheree」や「Girl」には古いラブソングの甘さがあるが、その甘さは冷たいシンセと空白によって不気味に変質している。Suicideは、ロックンロールの魂を抜き取り、ネオンの下に置いたような音楽を作った。
Martin Revの音作りは、極端にミニマルでありながら、非常に強い存在感を持つ。シンプルなリズムマシン、反復するシンセ、粗い電子音だけで、彼は都市の圧迫感を作り出す。これは後の電子音楽の洗練とは異なる、原始的で危険な電子音である。機械はここで、未来の快楽ではなく、孤独と暴力の装置として鳴っている。
Alan Vegaの声は、その機械音に人間の恐怖と欲望を注入する。彼の声は、甘く、汚く、壊れていて、挑発的で、時に悲鳴そのものになる。「Frankie Teardrop」における彼の叫びは、ロックのヴォーカル表現の限界を押し広げたものといえる。歌はここでメロディを伝える手段ではなく、精神的な崩壊をそのまま記録する媒体になる。
歌詞の面では、本作はアメリカの暗部を描いている。バイク、ロケット、女の子、Johnny、Cheといったポップ・カルチャーや政治的記号は、一見するとアメリカ的な神話の断片である。しかしSuicideはそれらを輝かしい象徴としてではなく、壊れた都市の中に漂う幽霊のように扱う。特に「Frankie Teardrop」では、貧困、労働、家庭、男性性、暴力が極限まで追い詰められ、アメリカン・ドリームの完全な崩壊として描かれる。
本作は、後のポストパンクやインダストリアルに大きな影響を与えた。Joy Divisionの冷たい反復、Soft CellやDepeche Modeの暗いシンセポップ、Nine Inch Nailsの機械的な苦痛、Spacemen 3のミニマルなサイケデリア、The Jesus and Mary Chainのロックンロールのノイズ化、さらにはエレクトロクラッシュやダンスパンクに至るまで、Suicideの影響は多方面に広がっている。彼らはジャンルとしては小さな存在だったかもしれないが、方法論としては巨大な影響力を持った。
また、本作は「デュオ」という編成の可能性を大きく広げた作品でもある。ロック・バンドには必ずギター、ベース、ドラムが必要だという前提を、Suicideは根本から覆した。二人だけでも、いや二人だからこそ、音はこれほどまでに鋭く、閉塞的で、危険になり得る。後の多くのミニマルなロック/電子音楽ユニットにとって、Suicideは重要な先例となった。
日本のリスナーにとって『Suicide』は、最初は非常に聴きづらい作品かもしれない。メロディの豊かさやバンド演奏の快感を期待すると、音はあまりにも単調で、冷たく、荒く感じられる。しかし、反復の中にある緊張、空白の中にある恐怖、Alan Vegaの声の身体性に耳を向けると、本作が単なる実験作ではなく、非常に強いロックンロールの変異体であることが分かる。これはロックの外側にある音楽ではなく、ロックの中心にあった欲望と暴力を電子音でむき出しにした作品である。
『Suicide』は、快適な名盤ではない。むしろ、聴き手を不快にし、緊張させ、時には拒絶させる。しかし、それこそが本作の力である。音楽は常に美しく、気持ちよく、整っていなければならないわけではない。都市の恐怖、貧困の絶望、欲望の空虚、機械化された生活の不安を表現するには、このような音が必要だった。Suicideは1977年に、その必要な音を鳴らしてしまった。
総じて『Suicide』は、パンクの精神を電子音によって再定義した革命的なアルバムである。ロックンロールの過去、都市の現在、電子音の未来が、ここで不気味に交差している。Ghost Riderは夜を走り、Rocket U.S.A.は暴走し、Chereeは冷たい愛の中で呼ばれ、Frankie Teardropは地獄へ落ちる。このアルバムは、アメリカの夢の裏側にある悪夢を、最小限の音で最大限に描いた作品である。
おすすめアルバム
1. The Velvet Underground – White Light/White Heat(1968)
Suicideの反復性、都市的な暴力性、ロックの解体精神を理解するうえで重要な先行作品である。The Velvet Undergroundはギター・ノイズとミニマルな構造によって、ロックを地下文化の不穏な表現へ変えた。Suicideの電子的な荒廃感の背後には、この作品の過激な都市感覚がある。
2. Silver Apples – Silver Apples(1968)
電子音とロック/ポップを結びつけた初期の重要作であり、Suicide以前にデュオ編成と発振音、反復ビートによって異様な音楽を作り出していた。Suicideの電子的ミニマリズムを考える際に、重要な前史として聴くことができる。
3. Joy Division – Unknown Pleasures(1979)
ポストパンクにおける冷たさ、反復、都市的な孤独を代表する名盤である。Joy Divisionはバンド編成でありながら、機械的なリズムと空白を使って精神的圧迫を表現した。Suicideの不穏なミニマリズムが、ポストパンクへどのように受け継がれたかを理解するうえで重要である。
4. Soft Cell – Non-Stop Erotic Cabaret(1981)
シンセポップの形式を用いながら、都市の欲望、退廃、孤独を描いた作品である。Suicideの冷たい電子音とポップ・ソングの歪んだ結合は、Soft Cellの暗く官能的なシンセポップにも通じる。よりメロディアスだが、都市の夜の不穏さを共有している。
5. Nine Inch Nails – The Downward Spiral(1994)
インダストリアル・ロックの代表作であり、機械音、身体的苦痛、精神崩壊、暴力的な内面を大きなスケールで描いた作品である。Suicideの「Frankie Teardrop」にある心理的ホラーと電子的な圧迫感は、後のNine Inch Nailsの表現にも通じる。機械と人間の苦痛が結びつく音楽の系譜として関連性が高い。



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