
発売日:1986年1月2日
ジャンル:ポップ・ロック/パワー・ポップ/ニューウェイヴ/フォーク・ロック/ギター・ポップ
概要
The Banglesの2作目のスタジオ・アルバム『Different Light』は、1980年代ポップ・ロックにおける重要作であり、ロサンゼルスのペイズリー・アンダーグラウンド由来のギター・ポップ・バンドだった彼女たちを、国際的なメインストリームへ押し上げた作品である。1984年のデビュー・アルバム『All Over the Place』では、The Byrds、The Beatles、The Mamas & the Papas、ガレージ・ロック、フォーク・ロックなど、1960年代ロックへの深い愛情が前面に出ていた。一方、『Different Light』では、そのジャングリーなギター・ポップの魅力を残しながら、よりラジオ向けで、MTV時代に適合する明快なポップ・プロダクションへと大きく接近している。
本作を象徴するのは、「Manic Monday」と「Walk Like an Egyptian」という二つの大ヒット曲である。「Manic Monday」はPrinceがChristopher名義で提供した楽曲で、The Banglesの持つ60年代的なハーモニー感覚と、80年代ポップの洗練が理想的に結びついた名曲である。「Walk Like an Egyptian」は、軽妙なリズム、ユーモラスな振り付け、MTV時代らしい視覚的なインパクトによって世界的なヒットとなり、The Banglesを一気に大衆的な存在へと押し上げた。しかし、この二曲の成功は、バンドにとって大きな恩恵であると同時に、彼女たちの音楽性が単なる明るいポップ・グループとして誤解されるきっかけにもなった。
『Different Light』の本質は、ヒット曲だけにあるわけではない。アルバム全体を聴くと、The Banglesが非常に優れたギター・バンドであり、複数のヴォーカリストを持つハーモニー・グループであり、同時に1960年代ポップを1980年代の文脈で再構成する知的なバンドであったことが分かる。Susanna Hoffsの甘く少し神秘的な声、Vicki Petersonの力強く硬質なギターとヴォーカル、Debbi Petersonの快活な歌唱とドラム、Michael Steeleの低くクールで陰影のある声。それぞれが異なる色を持ち、アルバムに多層性を与えている。
ただし、本作では前作に比べて外部作家の存在感が大きくなっている。Prince、Jules Shear、Liam Sternbergなど、外部ソングライターによる楽曲がアルバムの商業的成功を支えたことは事実である。この点はThe Banglesのキャリアにおいて重要な意味を持つ。彼女たちは自作曲を持つバンドでありながら、80年代のメインストリームへ進む過程で、外部作家やプロデューサーの力を取り込む必要があった。『Different Light』は、そのバンド性とポップ産業の力学が交差するアルバムでもある。
プロデューサーのDavid Kahneは、前作の生々しいギター・ポップ感覚をより整え、80年代中盤のポップ・ロックとして聞きやすい形に磨き上げた。ドラムやベースの音は明瞭になり、ギターは整理され、コーラスはより前面に出ている。これはThe Banglesの魅力を広く届けるうえで効果的だったが、一方でペイズリー・アンダーグラウンド的な粗さやガレージ感はやや後退している。そのため本作は、インディー的な初期衝動とメインストリーム・ポップの洗練のちょうど境界にある作品といえる。
1986年という時代も重要である。この時期のアメリカのポップ・ロックは、MTV、シンセポップ、ニューウェイヴ、アリーナ・ロック、カレッジ・ロックが同時に存在する非常に多様な状況にあった。Madonna、Prince、Cyndi Lauper、Eurythmics、The Go-Go’s、R.E.M.などが異なる方向からポップ・ミュージックを更新していた。その中でThe Banglesは、女性バンドとしての存在感、60年代的なメロディ・センス、現代的なポップ・プロダクションを組み合わせることで、独自の位置を築いた。
女性だけのロック・バンドとしてThe Banglesが世界的成功を収めたことも、音楽史的に重要である。The Go-Go’sが1980年代初頭に切り開いた道を受け継ぎつつ、The Banglesはより60年代ポップ色の強いハーモニーとギター・サウンドによって別の個性を示した。彼女たちは、演奏し、歌い、ハーモニーを作り、楽曲ごとにリード・ヴォーカルを交代するバンドだった。ポップ・スターとして消費されるイメージの背後には、確かなバンドとしての技術と音楽的ルーツが存在していた。
日本のリスナーにとって『Different Light』は、80年代洋楽ポップの明るく親しみやすい入口であると同時に、パワー・ポップや60年代リヴァイヴァルの流れを理解するうえでも重要な作品である。「Manic Monday」や「Walk Like an Egyptian」の印象が強い場合でも、アルバム全体には、より繊細なメロディ、ギター・バンドとしての推進力、少しサイケデリックな陰影が含まれている。『Different Light』は、The Banglesがポップ・チャートの成功とバンドとしての個性を同時に手に入れた、キャリア上の決定的な一枚である。
全曲レビュー
1. Manic Monday
アルバム冒頭を飾る「Manic Monday」は、The Banglesの代表曲であり、1980年代ポップ・ロックの中でも特に完成度の高い楽曲である。PrinceがChristopher名義で提供した曲であり、彼特有のメロディ感覚とThe Banglesのハーモニーが見事に結びついている。Princeの楽曲でありながら、The Banglesが歌うことで、60年代ガール・グループやフォーク・ロックに通じる柔らかなポップ・ソングへと変化している点が重要である。
歌詞では、月曜日の朝に仕事へ向かわなければならない憂鬱と、週末の恋愛の余韻が対比される。タイトルの「Manic Monday」は、慌ただしく、落ち着かず、現実に引き戻される月曜日を表している。恋人と過ごした日曜日の夢のような時間から、目覚まし時計と通勤に支配される平日へ戻る感覚は、多くのリスナーにとって非常に身近である。
音楽的には、メロディの流れが非常に優れている。ヴァースでは日常の倦怠が描かれ、サビでは一気に開放感が生まれる。Susanna Hoffsのヴォーカルは、過度に力強く歌うのではなく、少し眠たげで、夢と現実の間にいるようなニュアンスを持つ。この声質が、曲のテーマとよく合っている。
The Banglesのコーラスも重要である。Hoffsのリードを支えるハーモニーは、曲に60年代ポップ的なきらめきを与えている。ギターは派手に前に出ないが、楽曲の透明感を支えている。結果として「Manic Monday」は、Princeのソングライティング、The Banglesの声、80年代ポップの洗練が理想的に合流した楽曲となった。アルバムの入口として、The Banglesがメインストリームへ進む準備ができていたことを鮮やかに示している。
2. In a Different Light
タイトル曲「In a Different Light」は、アルバム全体の名前と響き合う重要な楽曲である。「違う光の中で見る」という表現は、相手や自分自身、あるいは世界が別の角度から見える瞬間を示している。The Banglesにとってこの言葉は、インディー寄りのギター・バンドからメインストリームのポップ・バンドへと見られ方が変わっていく状況とも重なる。
音楽的には、ギター・ポップとしてのThe Banglesらしさが強く出ている。明るく跳ねるリズム、きらめくギター、重なり合うコーラスが、アルバム初期の流れを支えている。前曲「Manic Monday」が外部作家による洗練されたポップ・ソングだったのに対し、この曲ではよりバンド本来のギター・ポップ感覚が前面に出る。
歌詞では、相手を見る視点が変化することで、関係の意味が変わっていく感覚が描かれる。恋愛の歌として読めるが、単に甘い感情ではなく、認識の変化がテーマになっている点が興味深い。人は同じ相手でも、状況や時間によって違って見える。その不安定さが、曲に軽い陰影を与えている。
「In a Different Light」は、The Banglesのアルバム・トラックとしての魅力をよく示す曲である。大ヒット曲のような派手な印象はないが、ハーモニー、ギター、メロディのバランスが良く、彼女たちの本質的なサウンドが凝縮されている。アルバム・タイトルを担うにふさわしい、バンドの視点の変化を象徴する一曲である。
3. Walking Down Your Street
「Walking Down Your Street」は、明るくキャッチーなポップ・ロック曲であり、『Different Light』の中でもラジオ向けの魅力が強い楽曲である。軽快なリズム、覚えやすいサビ、The Banglesらしいコーラスが組み合わされ、アルバム序盤に親しみやすい勢いを与えている。
歌詞では、相手の家の通りを歩くというイメージが中心にある。これは恋愛の期待、偶然を装った接近、相手に会いたい気持ちを示す日常的な行為である。派手なロマンスではなく、街角や通りといった身近な空間の中で恋愛感情が描かれている点が、The Banglesらしい。60年代ポップにも通じる、少し無邪気で映像的な恋の表現である。
音楽的には、ギターの明るい響きとコーラスの厚みが曲の中心にある。Hoffsのヴォーカルは軽やかで、曲のポップな魅力を引き立てている。サビはシンプルながら強く、The Banglesがヒット・ポップを作る能力をしっかり持っていたことを示す。
この曲は、アルバム全体の中で過度に深刻にならず、ポップ・ロックとしての楽しさを担う。The Banglesの音楽には、知的なルーツ意識と同時に、素直に聴き手を楽しませるポップ感覚がある。「Walking Down Your Street」はその明るい側面をよく表した楽曲である。
4. Walk Like an Egyptian
「Walk Like an Egyptian」は、The Bangles最大のヒット曲のひとつであり、1980年代ポップ文化を象徴する楽曲である。Liam Sternbergによるこの曲は、ユーモラスなリズム、印象的なフレーズ、メンバーが交代で歌う構成、そしてエジプト風のポーズを取り入れた映像的イメージによって、MTV時代に非常に強いインパクトを与えた。
歌詞は、世界中のさまざまな人々が「エジプト人のように歩く」というコミカルなイメージで描かれる。内容自体に深い物語性があるわけではなく、むしろ言葉の響き、リズム、視覚的な動きが中心である。この軽さが曲の強みであり、同時にThe Banglesが本来持っていたギター・ポップの文脈から切り離されて受け取られやすくなった理由でもある。
音楽的には、独特のリズム処理が重要である。ビートは軽妙で、曲全体が少しコミカルに跳ねる。メンバーが交代でリード・ヴォーカルを取る構成は、The Banglesが複数の声を持つバンドであることを示している。ただし、一般的な印象としては、楽曲の遊び心と映像的な振り付けが強く記憶されることになった。
「Walk Like an Egyptian」は、The Banglesに巨大な成功をもたらした一方で、バンドの音楽性を単純化して見せる曲でもあった。とはいえ、楽曲としての完成度と時代への適応力は非常に高い。80年代のポップが、音、映像、ユーモア、ダンスを一体化させて広がっていく仕組みを端的に示す楽曲である。
5. Standing in the Hallway
「Standing in the Hallway」は、Vicki PetersonとDebbi Petersonによる楽曲で、The Banglesのガール・グループ的なハーモニーと60年代ポップへの愛情がよく表れた一曲である。タイトルの「廊下に立っている」というイメージは、待つこと、ためらい、相手との距離を象徴している。華やかなヒット曲の後に置かれることで、アルバムは再びバンド自身のギター・ポップ的な世界へ戻る。
歌詞では、誰かを待っているような状態、関係の入口に立ち尽くしているような感覚が描かれる。廊下は部屋の中でも外でもない中間的な場所であり、決断や接近の前段階を表している。The Banglesはこうした日常的な空間を使って、恋愛の不安や期待を描くのが得意である。
音楽的には、メロディは明るく、コーラスは非常に美しい。60年代のThe Shangri-LasやThe Ronettesのようなガール・グループ的な感覚を、80年代のギター・ポップとして再構成している。ギターは軽やかに鳴り、ドラムも過度に大きくならず、バンドのまとまりを支えている。
「Standing in the Hallway」は、アルバムの中では大ヒット曲ほど目立たないが、The Banglesの本質をよく表す曲である。メンバー自身の作曲、複数の声の重なり、60年代ポップへの深い理解が一体となった、非常に重要なアルバム・トラックである。
6. Return Post
「Return Post」は、Michael Steeleが関わる楽曲であり、アルバムの中に少し陰影とクールな質感を加えている。The Banglesの魅力は、Hoffsの甘い声だけでなく、Steeleの低く落ち着いた声によって作品に奥行きが生まれる点にある。この曲でも、その効果がよく表れている。
タイトルの「Return Post」は、手紙の返送や返信を連想させる。歌詞には、距離、伝わらない言葉、返ってくるメッセージ、関係のすれ違いが感じられる。電話や手紙が恋愛の重要なメディアだった時代の空気があり、現代のリスナーにとっては、アナログなコミュニケーションの切なさとしても響く。
音楽的には、やや落ち着いたギター・ポップで、明るさよりもメロディの陰影が前面に出ている。Steeleの声は、HoffsやPeterson姉妹とは異なる冷静さを持ち、曲に内省的な響きを与える。The Banglesのアルバムにおいて、こうした声の違いは非常に重要である。バンドが単一のイメージに収まらず、多面的な女性像を提示できるからである。
「Return Post」は、『Different Light』の中で控えめながら深みのある楽曲である。ヒット曲の明るい印象の背後に、The Banglesが持っていた内省的なギター・ポップの魅力を伝えている。
7. If She Knew What She Wants
「If She Knew What She Wants」は、Jules Shearによる楽曲であり、The Banglesがカヴァーすることで、より鮮やかなポップ・ロックとして生まれ変わった一曲である。タイトルは「彼女が自分の欲しいものを分かっていたなら」という意味で、恋愛や人生における迷い、自己認識の不確かさを扱っている。
歌詞では、何を望んでいるのか分からない女性が描かれる。しかし、この曲の面白さは、その女性を単純に批判しているわけではない点にある。欲しいものが分からないことは弱さであると同時に、複雑な内面を持つことの表れでもある。The Banglesが歌うことで、このテーマはより共感的に響く。
音楽的には、明るく開放的なサビが印象的で、80年代ポップ・ロックとして非常に完成度が高い。Hoffsのヴォーカルは透明感があり、歌詞の中にある迷いを軽やかに表現している。コーラスはThe Banglesらしく美しく、曲に広がりを与える。
「If She Knew What She Wants」は、外部作家の楽曲でありながら、The Banglesの個性に非常によく合っている。彼女たちは曲を単に演奏するのではなく、自分たちの声とハーモニーによってバンドの文脈へ引き寄せている。アルバム中盤の重要なポップ・ソングである。
8. Let It Go
「Let It Go」は、The Bangles自身のロック・バンドとしてのエネルギーが強く出た楽曲である。タイトルは「手放す」「気にしないで進む」という意味を持ち、関係や感情に執着しない姿勢を示している。アルバム後半に入る前に、曲全体を引き締めるような勢いがある。
音楽的には、ギターの存在感が強く、前作『All Over the Place』に近いガレージ・ポップ/パワー・ポップの感触がある。The Banglesはヒット曲の印象からポップ・グループとして語られやすいが、実際にはギターを中心としたしっかりしたロック・バンドであり、この曲はその側面を示す。
歌詞では、状況を深刻に抱え込みすぎず、手放すことの必要性が描かれる。これは恋愛の歌としても、人生の不安や対人関係のしがらみから離れる歌としても読める。The Banglesの明るいコーラスによって、メッセージは重くならず、前向きなロック・ナンバーとして響く。
「Let It Go」は、『Different Light』の中でバンドらしい硬さを感じさせる重要な曲である。外部作家のヒット曲が注目されがちな本作において、The Bangles自身のギター・ロック的な芯を確認できる楽曲である。
9. September Gurls
「September Gurls」は、Big Starの名曲をThe Banglesがカヴァーしたものであり、本作における音楽的ルーツの表明として非常に重要である。Big Starは1970年代パワー・ポップの重要バンドであり、商業的には大成功しなかったものの、後のR.E.M.、The Replacements、Teenage Fanclub、そしてThe Banglesのようなギター・ポップ・バンドに大きな影響を与えた。
歌詞は、9月の少女たちへの憧れ、届かない恋、季節の移ろいを描く。非常にシンプルでありながら、メロディには甘さと切なさが同居している。The Banglesはこの曲を、原曲への敬意を保ちながら、自分たちのハーモニーと明るいギター・サウンドによって再解釈している。
音楽的には、きらめくギター、軽快なリズム、美しいコーラスが中心で、The Banglesがパワー・ポップの伝統をどれほど深く理解していたかが分かる。原曲の持つ少し壊れやすい感覚に対し、The Bangles版はより明るく、整理された響きを持つ。しかし、メロディの切なさはしっかり残されている。
「September Gurls」は、The Banglesを単なる80年代のヒット・バンドではなく、パワー・ポップの系譜に位置づける重要な曲である。彼女たちの音楽的背景を知るうえで、本作の中でも欠かせないカヴァーである。
10. Angels Don’t Fall in Love
「Angels Don’t Fall in Love」は、Susanna HoffsとVicki Petersonによる楽曲で、タイトルからして少し幻想的で、同時に皮肉を含んでいる。「天使は恋に落ちない」という言葉は、純粋さや無垢さと、現実の恋愛の複雑さを対比させる。The Banglesらしい甘いメロディの中に、少し影を含ませた曲である。
音楽的には、ミッドテンポのギター・ポップで、コーラスの美しさが印象的である。ギターは明るく鳴るが、曲調にはどこか寂しさがある。Hoffsの声は、タイトルの幻想性とよく合っており、夢のようでありながら少し距離を置いた感覚を生む。
歌詞では、理想化された存在と現実の感情の落差が描かれる。天使のように清らかで傷つかない存在は、恋愛の混乱に巻き込まれない。しかし人間はそうはいかない。恋に落ち、傷つき、迷う。この対比が、曲に少し大人びた響きを与えている。
「Angels Don’t Fall in Love」は、The Banglesのサイケデリック・ポップ的な繊細さと、恋愛をめぐる軽い皮肉が結びついた楽曲である。アルバム後半において、甘さだけではない感情の陰影を与えている。
11. Following
「Following」は、Michael Steeleが作曲しリード・ヴォーカルを取る楽曲であり、『Different Light』の中でも最も暗く、内省的で、異質な雰囲気を持つ曲である。The Banglesの明るいポップ・イメージからは離れ、フォーク・ロックやサイケデリック・フォークに近い静かな緊張感が漂う。
歌詞では、誰かを追いかけること、あるいは誰かに追われているような心理が描かれる。タイトルの「Following」は、単純な恋愛の追跡ではなく、執着、影、記憶、自己の分裂のような不穏な感覚を含んでいる。Steeleの低く落ち着いた声が、この不安を強く印象づける。
音楽的には、非常に抑制されている。派手なドラムや明るいギター・ポップの構成ではなく、静かで暗い音響が中心となる。アルバムの中でこの曲が持つ異質性は大きいが、それこそがThe Banglesの多面性を示している。彼女たちは明るいヒット曲だけでなく、こうした影のある楽曲も表現できた。
「Following」は、『Different Light』の隠れた重要曲である。Michael Steeleの存在が、The Banglesの音楽にどれほど深みを与えていたかを明確に示している。アルバムの中で最も内向的な瞬間であり、作品全体のバランスを大きく広げている。
12. Not Like You
アルバムを締めくくる「Not Like You」は、The Banglesのギター・バンドとしての勢いを感じさせる楽曲である。タイトルは「あなたとは違う」という意味を持ち、自己の違い、距離、独立性を示している。終曲として、この言葉はThe Bangles自身の立ち位置を象徴するようにも響く。彼女たちはメインストリームに進みながらも、どこかで自分たちのルーツと個性を保とうとしていた。
音楽的には、明るく力強いギター・ポップで、アルバムをエネルギッシュに締めくくる。コーラスはしっかりしており、バンド全体の演奏もタイトである。『Different Light』はポップなヒット曲が目立つアルバムだが、最後にこのようなギター・ロック曲を置くことで、The Banglesの本来のバンド性が再確認される。
歌詞では、相手との違いが強調される。これは恋愛関係における距離とも、自分の個性を守る宣言とも読める。80年代の音楽産業の中で、女性バンドが自分たちの声を保つことは簡単ではなかった。その文脈で聴くと、この曲にはささやかな抵抗の響きもある。
「Not Like You」は、アルバムを爽やかに終わらせながらも、The Banglesの独立した姿勢を感じさせる楽曲である。商業的成功の中で見えにくくなりがちなバンドの芯を、最後にしっかり示している。
総評
『Different Light』は、The Banglesがアンダーグラウンド寄りのギター・ポップ・バンドから、世界的なポップ・ロック・グループへと飛躍した決定的なアルバムである。前作『All Over the Place』がペイズリー・アンダーグラウンドや60年代ガレージ/フォーク・ロックの色を濃く残していたのに対し、本作はより洗練され、ラジオやMTVに適合したサウンドへと進化している。その変化は商業的成功をもたらした一方で、バンドの見られ方にも大きな影響を与えた。
本作の最大の特徴は、ポップ・ヒットとしての完成度と、ギター・バンドとしてのルーツが同居している点である。「Manic Monday」はPrince提供曲として、The Banglesのメロディアスな魅力を理想的に引き出した。「Walk Like an Egyptian」は、80年代MTV文化の中で巨大なヒットとなり、バンドの知名度を一気に押し上げた。しかし、アルバムにはそれだけでなく、「Standing in the Hallway」「Let It Go」「Not Like You」のようなバンド自身のギター・ポップ、「September Gurls」のようなパワー・ポップへの敬意、「Following」のような暗く内省的な楽曲も含まれている。
The Banglesの強みは、複数の声による多層性にある。Susanna Hoffsの声は確かに本作の商業的イメージを大きく支えたが、Vicki Peterson、Debbi Peterson、Michael Steeleの存在も欠かせない。特にMichael Steeleの「Following」や「Return Post」は、アルバムに深い陰影を与えている。The Banglesは、単一のフロントウーマンを中心にしたバンドではなく、複数のヴォーカルと視点が共存するグループだった。この構造が、彼女たちの音楽を単なるポップ・ヒット集以上のものにしている。
音楽的には、1960年代ロックへの愛情が本作の奥にしっかりと存在している。The Byrds的なギターのきらめき、ガール・グループ的なハーモニー、The Beatles以降のメロディ感覚、Big Star的なパワー・ポップの甘酸っぱさ。それらは、80年代的なプロダクションによってより明るく整理されている。つまり『Different Light』は、60年代ポップの遺産を80年代のメインストリームへ持ち込んだアルバムである。
一方で、本作はバンドと音楽産業の関係を考えるうえでも重要である。外部作家の楽曲がヒットを生み、MTVでの露出がバンドを巨大な存在にしたことで、The Banglesは一気に大衆的な成功を得た。しかし、その成功は、メンバー個々のバランスやバンドとしてのイメージに影響を及ぼした。後の『Everything』でその緊張はさらに強まり、最終的に一度の解散へつながっていく。『Different Light』は、その成功の光と影が始まる地点でもある。
歌詞面では、恋愛、日常、自己認識、距離、迷いが多く描かれる。「Manic Monday」では日常と恋の余韻が対比され、「If She Knew What She Wants」では自分の欲望を見極められない人物が描かれ、「Angels Don’t Fall in Love」では理想化された純粋さと現実の恋愛が対比される。「Following」では、より暗い執着や不安が表現される。こうした多様な視点によって、アルバムは明るいポップ・ロックの表面以上の奥行きを持っている。
日本のリスナーにとって『Different Light』は、80年代洋楽ポップの代表作として非常に聴きやすいアルバムである。同時に、パワー・ポップ、60年代リヴァイヴァル、女性バンドの歴史を理解するうえでも重要な作品である。特に「Walk Like an Egyptian」のコミカルなイメージだけでThe Banglesを捉えている場合、本作を通して、彼女たちが非常に優れたハーモニー・ギター・バンドであったことが分かる。
総じて『Different Light』は、The Banglesのキャリアにおける大きな転換点であり、1980年代ポップ・ロックの魅力と矛盾を同時に抱えた作品である。輝かしいメロディ、洗練されたプロダクション、複数の声、60年代への敬意、そしてメインストリーム成功の始まり。そのすべてがこのアルバムに刻まれている。タイトル通り、The Banglesを「違う光」の中で照らし出した一枚であり、彼女たちの魅力を広く世界へ届けた決定的な作品である。
おすすめアルバム
1. All Over the Place by The Bangles
1984年発表のデビュー・アルバム。『Different Light』よりもギター・バンドとしての生々しさが強く、ペイズリー・アンダーグラウンドや60年代ガレージ/フォーク・ロックの影響が明確に表れている。The Banglesの原点を知るために欠かせない作品であり、本作でメインストリーム化する前の姿を理解できる。
2. Everything by The Bangles
1988年発表の3作目。『Different Light』で得た世界的成功を受け、より成熟したポップ・ロックへ向かった作品である。「In Your Room」「Eternal Flame」などを収録し、バンドのハーモニー、ギター・ポップ、AOR的な洗練がさらに発展している。The Banglesの80年代期の集大成として重要なアルバムである。
3. Beauty and the Beat by The Go-Go’s
1981年発表。女性ロック・バンドが自作・演奏を武器にメインストリームで成功した先駆的作品である。The Banglesとは音楽性が異なり、よりニューウェイヴ/パンク寄りだが、1980年代に女性バンドがチャートで存在感を示した文脈を理解するうえで欠かせない一枚である。
4. #1 Record by Big Star
1972年発表。パワー・ポップの古典的名盤であり、『Different Light』に収録された「September Gurls」の原点につながる作品である。きらめくギター、甘く切ないメロディ、簡潔で美しいソングライティングは、The Banglesの音楽的背景を理解するうえで非常に重要である。
5. Document by R.E.M.
1987年発表。アメリカのカレッジ・ロックがメインストリームへ接近していく時期の重要作である。The Banglesとは音楽性は異なるが、60年代ギター・ロックへの影響、ジャングリーなギター、1980年代後半のアメリカン・ギター・ポップの広がりという点で関連性が高い。『Different Light』の時代背景を広く理解するために有効な一枚である。

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