
発売日:2016年10月14日
ジャンル:Power Pop / Alternative Rock / Art Rock
概要
Complete Thirdは、Big Starが1974年から1975年にかけてメンフィスで録音した、のちにThirdあるいはSister Loversと呼ばれることになるセッションをまとめた3枚組のアーカイブ作品である。1978年に初めて世に出たThirdは、発売時期やレーベル、曲順の異なる複数の版が存在し、長く「決定版」が定まりにくいアルバムだった。Complete Thirdはその問題を一つの曲順で解決するのではなく、デモ、初期テイク、ラフ・ミックス、最終段階のマスターを並べ、作品がどのように作られたのかを制作過程そのものから見せる。
中心人物はアレックス・チルトンとジョディ・スティーヴンズで、プロデュースにはジム・ディッキンソンが深く関わった。クリス・ベル脱退後のBig Starはすでに通常の4人組バンドではなく、このセッションでも曲ごとに演奏者や編成が変化する。前2作の明快なギター・ポップは残っているものの、ピアノ、ストリングス、不安定なギター、スタジオ内のノイズまで音楽の一部となり、整ったポップ・ソングと意図的に崩された演奏が隣り合う。
そのためComplete Thirdは、通常のスタジオ・アルバムを拡張した「デラックス版」とは少し性格が違う。同じ曲が異なる状態で何度も登場し、完成形だけを聴く場合には見えにくいチルトンたちの判断や試行錯誤が中心になる。以下では3枚組に収められた69トラックを、同じ曲の別テイクについては変化そのものに焦点を当てて見ていく。
全曲レビュー
1. 「Like St. Joan (Kanga Roo)」
「Kanga Roo」の原型で、完成版よりも曲の骨格が見えやすい。後にノイズや不安定な間が加わる前の状態を聴くことで、もともとはチルトンの歌とコードの動きが中心にある簡潔な曲だったことが分かる。
2. 「Lovely Day」
後の「Stroke It Noel」へつながる素材。まだ華麗な装飾より歌そのものが前面にあり、完成版のストリングスによって曲の性格がどれほど変化したかを理解するための入口になる。
3. 「Downs」
短く奇妙なリズム感を持つ曲で、Big Starの端正なパワー・ポップ像から大きく外れる。日用品めいた音までリズムとして扱う発想には、この時期のチルトンが「きれいなレコード」を作ることから離れていた様子が表れている。
4. 「Femme Fatale」
The Velvet Undergroundの曲を取り上げたカバー。原曲の冷たい美しさを保ちながら、チルトンの頼りなく揺れる声によってさらに私的な歌へ変えている。Big Starと後のインディー・ロックを結ぶ感覚が分かりやすい演奏でもある。
5. 「Thank You Friends」
明るいコードと親しみやすいコーラスを持ち、一見すると前2作に近いポップ・ソングである。しかし過剰なほど感謝を繰り返す歌詞には皮肉とも本心とも取れる曖昧さがあり、その二重性が曲の陽気さを少し不穏にする。
6. 「Holocaust」
ゆっくりしたピアノを中心に、極端な孤独と自己否定を描く。本作の暗さを最も直接的に示す曲の一つで、派手な展開を避けたまま声と伴奏の空白を残すことで、言葉の重さを逃がさない。
7. 「Jesus Christ」
クリスマス・ソングの形式を借りながら、ギターと明快なメロディを大きく広げる。Third周辺の楽曲としては驚くほど開放的で、宗教的な言葉を真正面から歌うことが、周囲の破壊的な曲との強い対照になっている。
8. 「Blue Moon」
小さな声と穏やかな伴奏による夜の歌である。旋律は美しいが、演奏にはどこか心細さがあり、ロマンティックな情景を完全な安心へ変えない。チルトンの繊細な作曲面がよく見える。
9. 「Nightime」
アコースティック・ギターを軸に、夜の街を歩くような親密な感触を作る。言葉と旋律は素直なのに、歌声には距離があり、幸福な場面と孤独が同時に存在しているように聞こえる。
10. 「Take Care」
別れ際の「元気で」という簡単な言葉を、ゆっくりした旋律へ広げた曲である。後のストリングスを含む形では別れの感覚がさらに強まるが、この段階ではチルトンのソングライティングの簡潔さが前へ出る。
11. 「Big Black Car」
テンポを抑え、ほとんど眠りかけているような歌と演奏を続ける。自動車というロックらしい題材を扱いながら疾走感を拒み、移動しているのにどこにも向かっていないような感覚を作る点が独特だ。
12. 「Don’t Worry Baby」
The Beach Boysのカバーで、Big Starの音楽的ルーツが直接見える一曲。ブライアン・ウィルソンの精密なポップをそのまま再現せず、より緩く壊れやすい演奏へ置き換えている。
13. 「I’m in Love with a Girl」
短いアコースティック曲で、複雑なスタジオ処理から離れてメロディだけを残す。恋をしているという極めて単純な内容を飾らず歌うことで、周囲の混乱した曲とは別種の率直さを生んでいる。
14. 「You Can’t Have Me」
鋭いギターと荒いバンド演奏が前へ出る。歌詞の拒絶と演奏の攻撃性が直接結びつき、セッションの静かな曲で蓄積した緊張を一気に外側へ放出するような勢いがある。
15. 「Kizza Me」
歪んだギターとピアノがぶつかり合い、ポップなメロディをわざと乱暴な音で包む。恋愛の高揚を扱っているのに演奏は落ち着かず、Big Star初期の甘い旋律が崩れていく過程を凝縮したような曲だ。
16. 「For You」
ジョディ・スティーヴンズが書き、歌った穏やかな楽曲。チルトンの不安定な曲が多い中、ストリングスを生かした端正な構成が際立つ。アルバムに別の作曲者の視点を入れることで、全体の陰影も深くなっている。
17. 「O, Dana」
軽快なメロディと会話の断片のような歌詞を組み合わせる。人間関係を説明し切らず、固有名詞や場面だけを置いていくため、聴き手は誰と誰の話なのかを完全にはつかめない。その曖昧さ自体が魅力になっている。
18. 「Dream Lover」
親密な歌声とゆったりした演奏が中心だが、甘い題名ほど安定したラブソングにはならない。完成へ向かう過程で空間の使い方が重要になっていくことが、この段階からすでに聞き取れる。
19. 「She’s a Mover」
初期Big Starにも通じるギター・ロックで、短いフレーズを勢いよく押し出す。セッション全体の沈んだ印象とは異なり、バンドが単純なロックンロールを鳴らしたときの身体的な強さが残っている。
20. 「Stroke It Noel」
「Lovely Day」から発展し、ストリングスが大きな役割を持つ形へ変化する。ヴァイオリンの優雅さとチルトンの気だるい声が完全には溶け合わず、その少し不自然な組み合わせが独特の美しさを生む。
21. 「Downs」
制作が進むにつれて、曲の奇妙なリズムと断片性がよりはっきりする。通常なら整えるはずの粗さを残すことで、スタジオそのものを楽器として扱うThirdの方法が見えてくる。
22. 「Femme Fatale」
アレンジが加わっても、中心にあるのはチルトンの弱々しい声である。原曲への敬意を感じさせながら、完成度を競うカバーではなく、曲を自分たちの不安定な音世界へ引き寄せている。
23. 「Thank You Friends」
バンドとコーラスが厚くなることで、タイトル通りの祝福的な響きが強まる。その一方、周囲の曲にある崩壊感を知っていると、明るさがどこまで額面通りなのか分からない。この曖昧さが完成版でも残る。
24. 「Holocaust」
ピアノ、声、空白の関係が整理されるほど、曲は逆に冷たく聞こえる。感情を大げさな演奏で説明せず、ほとんど動かない伴奏の上に絶望的な言葉を置く判断が、この曲の強さを決定している。
25. 「Jesus Christ」
複数の楽器と声が加わることで、祝祭的な性格が明確になる。暗い曲の多いセッションの中で、ここまで素直に上へ向かうメロディを持つ曲が存在することが、Thirdを単なる「崩壊のアルバム」にしない。
26. 「Blue Moon」
装飾が増えても曲の静けさは保たれ、声の近さが中心に残る。夜という題材をドラマティックに描かず、小さな音量とゆっくりした時間によって表現する方法は、後のインディー・ロックにも通じる。
27. 「Nightime」
柔らかなストリングスが入ることで、素朴なアコースティック曲から室内楽的なポップへ変わる。美しく整えられた伴奏とチルトンの少し投げ出すような歌い方との距離が、このセッションらしい緊張を作る。
28. 「Take Care」
ストリングスが旋律を包み、別れの歌としての性格が強くなる。大きなクライマックスを作らず、最後まで抑制を保つため、励ましの言葉がむしろ最終的な別れのようにも聞こえる。
29. 「Big Black Car」
音の少なさがさらに重要になり、ドラムやギターが曲を前へ押す感覚はほとんどない。ロック・バンドの演奏を意図的に停滞させることで、疲労や疎外感をアレンジそのものへ変えている。
30. 「Don’t Worry Baby」
Beach Boys由来の美しいコードとコーラス感覚が、Big Starのポップ志向の根を示す。一方で、原曲の磨き上げられた安心感から離れた演奏には、憧れと距離の両方が感じられる。
31. 「I’m in Love with a Girl」
装飾の少なさが最大の特徴である。短い演奏の中でメロディと言葉を直接結びつけており、複雑化していくセッションの中でも、チルトンが簡潔なポップ・ソングを書く能力を失っていなかったことが分かる。
32. 「You Can’t Have Me」
複数の楽器が密集し、音が少し飽和するほどのロックへ仕上がっていく。整然としたアンサンブルより衝突する勢いを選んでおり、拒絶を歌う言葉と演奏の荒さが一致する。
33. 「Kizza Me」
ピアノとギターがせわしなく動き、歌も演奏に押されるように進む。キャッチーな曲を磨くのではなく、過剰な音の中へ放り込むことで、従来のBig Starらしいメロディを別の角度から聞かせている。
34. 「For You」
スティーヴンズの柔らかな歌とストリングスが、セッション中でも特に均整の取れた響きを作る。混乱を表現するチルトンの曲とは異なり、感情を旋律とアレンジの美しさへ素直に落とし込んでいる。
35. 「O, Dana」
軽い足取りを保ちながら、人物関係の断片を次々に置いていく。完成へ近づいても歌詞の謎は解消されず、むしろ具体的な名前があることで、聴き手が知らない私的な会話を偶然聞いているような感覚が強まる。
36. 「Dream Lover」
ゆっくりした演奏の中に空白を大きく残し、声を孤立させる。ロマンティックな曲名に反して安心できる着地点を作らず、愛情と孤独をほぼ同じ音色で表現している点がThirdらしい。
37. 「She’s a Mover」
荒いロックンロールとしての性格が強まり、スタジオの緊張から一時的に抜け出すような勢いがある。精密さより演奏の瞬間的な力を優先しており、他の曲とは違う種類の粗さを持つ。
38. 「Whole Lotta Shakin’ Goin’ On」
ロックンロールのスタンダードを取り上げ、セッションの実験性とは対照的な直接性を見せる。チルトンの音楽的背景に古いロックンロールが深く存在していたことを、理屈ではなく演奏そのもので示す。
39. 「Kanga Roo」
デモ段階の素朴さから大きく変貌し、ギターのノイズや長い間が曲の中心へ入り込む。旋律を支えるための伴奏ではなく、音が崩れたり膨らんだりする過程そのものが感情を表す。後のオルタナティブ・ロックを思わせる大胆な録音だ。
40. 「Thank You Friends」
完成に近い形ではコーラスの華やかさが一段と際立つ。感謝の歌として聞くことも、音楽業界や周囲への皮肉として聞くこともでき、その解釈を決め切らない歌唱が曲に奥行きを与えている。
41. 「O, Dana」
ラフな段階との違いは細部にあるが、リズムと声の位置が整うことでポップ・ソングとしての輪郭が強くなる。それでも説明不足な歌詞と少し投げやりな歌唱は残され、磨きすぎないことが重要だったと分かる。
42. 「Dream Lover」
スタジオ処理を重ねても中心にある孤独感は変わらない。むしろ音の奥行きが増すほど、チルトンの声が遠くにいるように感じられ、通常のラブソングとは逆方向へ進んでいく。
43. 「You Can’t Have Me」
完成形に近づくほどギター、ピアノ、リズムの圧力が強くなり、セッション中でも特に攻撃的な曲になる。メロディの美しさより演奏の摩擦を前へ出した判断が、初期Big Starとの差を明確にする。
44. 「Kizza Me」
歪みと勢いを保ったまま、ポップなサビを押し出す。整った演奏と崩れた音の境界にあり、ThirdがBig Starの作曲能力を捨てた作品ではなく、その見せ方を意図的に変えた作品だと分かる。
45. 「For You」
完成版ではストリングスとスティーヴンズの歌が自然にまとまり、アルバムでも特にクラシカルなポップとして響く。チルトン中心の混沌から少し距離を置くことで、作品に必要な呼吸を作っている。
46. 「Nightime」
弦楽器の柔らかな動きとアコースティック・ギターが夜の静けさを形にする。歌詞を劇的に解釈せず、何気ない時間をそのまま残すため、派手な「Kanga Roo」とは正反対の方法で強い余韻を生む。
47. 「Blue Moon」
声とストリングスの繊細な組み合わせが完成し、短い曲ながら独立した世界を作る。孤独を叫ばず、ほとんど囁くような歌唱で示す方法は、このセッションの静かな側面を代表している。
48. 「Take Care」
優雅なストリングスを伴いながら、感情を最後まで爆発させない。別れの言葉を大きな悲劇にせず、静かな気遣いとして終えることで、Thirdの終幕にふさわしい余白を作る曲となった。
49. 「Big Black Car」
完成形でも意図的な停滞感が残される。音数を増やしてドラマを作るのではなく、テンポ、声量、楽器の間隔を抑えることで倦怠感を表現しており、後世のスローコアにも似た感覚を先取りして聞かせる。
50. 「Holocaust」
最終的な形ではピアノの重さと空間の深さが際立ち、チルトンの歌はほとんど独り言のように聞こえる。救済へ向かう展開を用意しないことが、この曲を単なる悲しいバラード以上に厳しいものにしている。
51. 「Downs」
完成段階でも奇妙さを整えず、通常のロックのリズムから外れた感触を残す。短い実験のようでありながら、何を「完成」と考えるかというセッション全体の価値観をよく表している。
52. 「Femme Fatale」
チルトンの歌唱はLou ReedやNicoの世界を模倣するのではなく、さらに壊れやすいポップへ曲を移し替える。Velvet UndergroundとBig Star、その後のインディー・ロックを結ぶ美意識が自然に見えてくる。
53. 「Jesus Christ」
ギターとコーラスが華やかに広がり、アルバムの暗いイメージを一時的に反転させる。信仰を扱う言葉にも過度な演出を加えず、明快なポップ・ソングとして成立させていることがかえって異彩を放つ。
54. 「Thank You Friends」
完成版では演奏とコーラスが非常に堂々としており、Big Starがまだ大きなポップ・ソングを作れたことを示す。しかし「友人たち」への感謝を繰り返す声には皮肉も読み取れ、華やかさだけでは終わらない。
55. 「Kanga Roo」
最終的な「Kanga Roo」は、静かな歌の周囲でノイズが突然膨張し、再び消えていく。通常ならミスや雑音として除かれるような要素まで構成へ取り込み、恋愛の混乱を説明するのではなく音響として体験させる。
56. 「O, Dana」
親しみやすい旋律と私的な歌詞の距離が魅力である。人物や出来事について十分な説明をしないため、意味を完全に理解するより、断片的な会話のリズムを楽しむ曲として機能する。
57. 「For You」
スティーヴンズの作曲と歌唱が、チルトンとは違う種類の繊細さを持ち込む。ストリングスを含む端正な仕上がりによって、アルバムが意図的な崩壊だけを目指していたわけではないことも分かる。
58. 「You Can’t Have Me」
激しい演奏を制御しすぎず残したことで、怒りがスタジオ録音の表面から直接飛び出してくる。Big Starの美しいハーモニーという一般的なイメージを最も乱暴に裏切る一曲の一つだ。
59. 「Nightime」
完成版ではアコースティックな親密さとストリングスの優雅さが均衡する。夜を歩くという小さな場面を過剰に物語化せず、その瞬間の寂しさと安らぎだけを残している。
60. 「Blue Moon」
短い演奏の中で旋律、声、弦楽器が必要最低限に配置される。大きな感情表現を避けながら忘れがたい雰囲気を作れる点に、チルトンのポップ作家としての強さが現れている。
61. 「Take Care」
別れを扱う曲でありながら、相手を責めたり自分を劇的に悲しんだりしない。ストリングスの穏やかな動きがその距離感を支え、作品の激しい感情を静かに受け止める役割を果たす。
62. 「Big Black Car」
ほとんど動かないようなテンポと疲れた歌声によって、車の歌を疾走とは正反対のものにする。移動のイメージと精神的な停滞を重ねたところに、この時期のチルトンらしい反転がある。
63. 「Holocaust」
完成版はThirdの暗部を代表する録音である。ピアノの低い響きと大きな空白が、孤独を説明するための装飾ではなく、孤独そのもののように作用する。美しいが、聴きやすさへ逃げない曲だ。
64. 「Downs」
短く風変わりな構成のまま残されたことで、アルバムの規則性を崩す存在になった。完成度を均一化しないというThirdの姿勢が、こうした小品にもはっきり表れている。
65. 「Femme Fatale」
完成されたカバーでも、原曲を豪華に更新する方向には進まない。弱い声と簡素な演奏によって曲の脆さを引き出し、Big Star自身の曲と並べても違和感のないものへ変えている。
66. 「Jesus Christ」
明快なギター・ポップと祝祭的なコーラスが、セッションの中では例外的な光を作る。暗さと崩壊だけを強調してThirdを理解すると取りこぼしてしまう、チルトンのメロディ感覚がよく表れた録音である。
67. 「Thank You Friends」
最終形では、明るさ、皮肉、達成感が一つの演奏に重なる。商業的成功に恵まれなかったBig Starの歴史を後から知るほど意味深く聞こえるが、歌詞そのものは解釈を一つに限定していない。
68. 「Kanga Roo」
セッションを象徴する曲が最終段階で改めて現れる。美しいコードと壊れたようなギター・ノイズを同じ録音の中に置く発想は、1980年代以降のインディー/オルタナティブ・ロックがBig Starに見いだしたものを端的に理解させる。
69. 「Take Care」
最後に残るのは派手な結論ではなく、相手を気遣う静かな別れである。混乱、ノイズ、冗談、絶望まで含んだ長大なセッションを経た後では、その簡潔さがいっそう強く聞こえる。完成品だけでなく制作の迷路そのものを収録したComplete Thirdを閉じるのにふさわしい余韻を持つ。
総評
Complete Thirdの価値は、単にThirdの曲を大量のボーナストラック付きで聴けることではない。最初は比較的素朴だった曲が、ストリングスやノイズを加えられ、ときには整えられ、ときには意図的に崩されていく。その変化を追うことで、Third特有の不安定さが偶然の産物だけではなく、スタジオで積み重ねられた選択の結果でもあったことが具体的に聞こえてくる。
Big Starの最初の2作では、クリス・ベルとチルトンを中心としたギター、ハーモニー、明快なメロディが大きな魅力だった。ここにも同じ作曲能力は残っている。「Nightime」「Blue Moon」「I’m in Love with a Girl」のような曲を伴奏から切り離せば、むしろ非常に簡潔で美しい。しかしThirdのセッションでは、その美しさをきれいに提示することだけが目的ではなくなった。「Kanga Roo」ではノイズが曲を侵食し、「Holocaust」では空白が演奏と同じほど重要になり、「Downs」では通常の完成度という基準自体が揺さぶられる。
69曲を通して聴く場合、同じ曲の反復が多いため、通常のアルバムのようなテンポのよい鑑賞体験にはならない。むしろその反復こそがComplete Thirdの本体である。デモと完成版を比較すると、チルトン、スティーヴンズ、ディッキンソンらが何を加え、何を残し、どこで曲を壊したのかが聞こえる。完成版だけでは「奇妙なアレンジ」と感じる箇所にも、その前段階を知ることで明確な意味が生まれる。
後のR.E.M.、The Replacementsをはじめとするオルタナティブ/インディー・ロックの文脈でBig Starが高く評価された理由も、このセッションを通して理解しやすい。重要なのは単に後続バンドと似た音を鳴らしたということではなく、優れたポップ・メロディと、傷やノイズを隠さない録音を同居させた点にある。Complete ThirdはThirdの「正しい曲順」を提示する作品ではなく、そもそも一つの完成形へ簡単に固定できない音楽だったことを、制作資料そのものによって示した記録である。
おすすめアルバム
#1 Record by Big Star
1972年のデビュー作。クリス・ベルとアレックス・チルトンによる明快なギター、コーラス、美しいメロディが中心で、Complete Thirdまでの短い期間にBig Starの音がどれほど変化したかを最も鮮明に比較できる。
Radio City by Big Star
クリス・ベル離脱後の1974年作で、鋭いギターと「September Gurls」に代表されるポップな作曲を両立する。Thirdの不安定さへ向かう兆候を持ちながら、まだバンドとしての推進力が強く残っている。
The Velvet Underground by The Velvet Underground
激しい実験性を抑え、静かな演奏と親密な歌を中心にした1969年作。「Femme Fatale」のカバーも含め、チルトンが接近したVelvet Underground的な簡素さや、脆い声を生かす美学との共通点を探れる。
Tonight’s the Night by Neil Young
喪失や疲労を、演奏上の粗さを消さずに記録した1975年作。音楽的にはBig Starと異なる部分も多いが、整ったスタジオ作品より、その場の不安定な感情を優先する姿勢がThirdと響き合う。
Let It Be by The Replacements
1984年作で、荒々しいパンクと傷つきやすいポップ・ソングを一枚の中に共存させた。Big Starへの敬意を公言してきたThe Replacementsが、端正なメロディと崩れた演奏を併存させる感覚を次世代へどうつないだかが分かる。

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