
発売日:2013年9月24日
ジャンル:ヒップホップ/コンテンポラリーR&B/ポップ・ラップ/オルタナティヴR&B/トラップ要素を含むラップ
概要
Drakeの3作目のスタジオ・アルバム『Nothing Was the Same』は、2010年代ヒップホップ/R&Bの中心的な価値観を決定づけた作品のひとつである。2009年のミックステープ『So Far Gone』で、ラップとR&Bの境界を曖昧にする感情的なスタイルを提示し、2010年のデビュー・アルバム『Thank Me Later』でメインストリームへ進出したDrakeは、2011年の『Take Care』でその方法論を大きく完成させた。『Nothing Was the Same』は、その『Take Care』で確立された内省的なラップ、メロディアスなフロウ、ダークで空間的なプロダクションを引き継ぎながら、より自信に満ちた、より整理された、よりラッパーとしての自己主張が強いアルバムである。
タイトルの『Nothing Was the Same』は、「何も以前と同じではなかった」という意味を持つ。これは、成功後のDrake自身の変化を示す言葉であると同時に、2010年代初頭のヒップホップの変化も象徴している。Drake以前にも、ラップと歌を行き来するアーティストは存在した。しかしDrakeは、それを単なる技巧やフック作りの手段ではなく、男性ラッパーの感情表現、孤独、嫉妬、未練、成功後の空虚感を語るための中心的な文法にした。『Nothing Was the Same』では、その文法がさらに洗練されている。
本作の制作を語るうえで、Noah “40” Shebibの存在は欠かせない。40は、Drakeの音楽における空間、沈黙、低音、曇ったシンセ、遅いテンポ、声の近さを設計してきたプロデューサーである。『Nothing Was the Same』でも、彼のプロダクションは作品全体の空気を支配している。ビートは派手に前へ出るというより、Drakeの声が浮かぶための暗い空間を作る。シンセは冷たく、ドラムは重く、サンプルはしばしば霧のように加工される。この音像は、Drakeの内省と成功後の孤独を表現するために非常に効果的である。
『Take Care』が感情的な拡散を持つ作品だったとすれば、『Nothing Was the Same』はよりコンパクトで、ラップ・アルバムとしての輪郭が強い。Drakeはここで、歌うラッパーとしてだけでなく、ラップの技術とステータスを強く主張する存在として自分を位置づけている。「Tuscan Leather」では長尺のラップで自分の成功と野心を語り、「Started from the Bottom」では成り上がりの物語をミニマルなアンセムにし、「Worst Behavior」では周囲に軽視されてきた過去への怒りを爆発させる。一方で、「Hold On, We’re Going Home」では完全にポップ/R&B寄りの歌を提示し、Drakeがラップ・スターであると同時にポップ・スターでもあることを示している。
歌詞面では、成功、家族、友情、女性関係、トロントへの帰属意識、音楽業界への不信、自分を疑った人々への反発が中心となる。Drakeの特徴は、勝利の宣言と不安が常に同居している点である。彼は成功を誇るが、その成功が人間関係を変えてしまったことも知っている。自分を軽視した人々を見返す一方で、本当に信頼できる相手が誰なのかを疑っている。恋愛では支配的で冷たい態度を見せることもあるが、その裏には未練や承認欲求がある。『Nothing Was the Same』は、成功者の余裕だけでなく、成功によってさらに強まった孤独と警戒心を描くアルバムである。
本作は、トロントという都市の存在感も強い。Drakeは、アメリカ南部やニューヨーク、ロサンゼルスのヒップホップ伝統に直接属する存在ではなく、カナダ・トロントから世界のラップ/R&Bの中心へ進んだアーティストである。その地理的な距離感は、彼の音楽に独特の冷たさと内省性を与えている。『Nothing Was the Same』の音は、暑いストリートというより、夜の高層ビル、車窓、雨、冷たい部屋、スタジオの密室を思わせる。この都市的な孤独は、後の多くのR&B/ヒップホップ作品に影響を与えた。
2010年代のヒップホップにおいて、本作の影響は非常に大きい。Drakeはここで、ラッパーが歌い、感情を語り、ポップ・チャートを支配しながらも、ラップとしての競争意識を保つというモデルをさらに確立した。後続の多くのアーティストが、メロディアスなフロウ、内省的な歌詞、暗いR&B的プロダクション、SNS時代の恋愛観、成功後の孤独を取り入れていくことになる。『Nothing Was the Same』は、Drakeの代表作であるだけでなく、2010年代以降のメインストリーム・ラップの標準を作った作品のひとつである。
日本のリスナーにとって本作は、Drakeという存在を理解するうえで非常に重要なアルバムである。『Take Care』の感傷性と、『Views』以降の巨大なポップ・スター性の間に位置し、ラッパーとしての鋭さとR&B的な柔らかさが高いバランスで結びついている。派手なヒップホップの攻撃性よりも、夜の静けさ、成功後の不信、恋愛の曖昧さ、声の距離感を聴く作品である。
全曲レビュー
1. Tuscan Leather
アルバム冒頭を飾る「Tuscan Leather」は、『Nothing Was the Same』の野心を最も明確に示す長尺曲である。約6分にわたってフックらしいフックをほとんど置かず、Drakeは自身の成功、変化、周囲との距離、ラッパーとしての自信を語り続ける。オープニング曲として非常に大胆であり、彼が本作でポップ・スターとしてだけでなく、ラッパーとしての実力を示そうとしていることが分かる。
プロダクションは、Whitney Houstonの声をサンプリングし、それを反転や加工によって幻想的な素材へ変えている。Noah “40” Shebibらしい空間的な音作りが、Drakeのラップを大きく包み込む。ビートは展開を重ね、曲は一つのサウンドから別のサウンドへ移行していく。その構成は、単なるイントロではなく、アルバムの序章として機能している。
歌詞では、Drakeがこれまで歩んできた道のりと、成功後の立場が語られる。彼は自分の成果を誇るが、同時にその成功によって人間関係が変わったことも意識している。周囲からの期待、批判、嫉妬、業界内の競争が、すべて彼の語りの中に含まれる。ここでのDrakeは、弱音を吐くというより、自分の不安すらステータスの一部として提示している。
「Tuscan Leather」は、本作が単なるヒット曲集ではなく、Drakeの自己定義のアルバムであることを示す重要曲である。長尺でありながら緊張を保ち、ラッパーとしてのDrakeの存在感を強く印象づける。
2. Furthest Thing
「Furthest Thing」は、Drakeの内省的な側面が強く表れた楽曲である。タイトルは「最も遠いもの」という意味であり、自分がかつて思い描いていた人物像や、周囲の期待から遠ざかってしまった感覚を示している。成功したにもかかわらず、自分が理想から遠く離れているという矛盾が曲の中心にある。
音楽的には、前半は柔らかく沈んだR&B寄りのトラックであり、Drakeの歌とラップが自然に行き来する。後半ではビートが切り替わり、よりラップ寄りの展開へ進む。この二部構成によって、内省と自己主張が一曲の中で共存する。
歌詞では、Drakeが自分の生活、女性関係、成功の中での変化を振り返る。彼は完璧な人物ではなく、むしろ自分が理想から遠いことを認めている。しかし、その自己批判は純粋な反省ではなく、どこか自己演出も含んでいる。弱さを見せることが、彼のアーティスト像の一部になっているのである。
「Furthest Thing」は、『Nothing Was the Same』におけるDrakeの複雑な自己像をよく示している。成功者でありながら不満を抱え、強さを見せながら自分の欠点も語る。この二重性が彼の音楽の核である。
3. Started from the Bottom
「Started from the Bottom」は、本作最大のアンセムのひとつであり、Drakeの成り上がり物語を極端にシンプルな形で表現した楽曲である。タイトル通り、「底辺から始まり、今ここにいる」というメッセージが中心にある。曲のフレーズは非常に分かりやすく、ラップ・アンセムとして強い即効性を持つ。
音楽的には、ミニマルなピアノの反復と重いドラムが印象的である。ビートは派手ではないが、その空白がDrakeの声とフレーズを際立たせる。過剰に飾らないプロダクションによって、曲のスローガン性がより強まっている。
歌詞では、Drakeが自分と仲間たちの成功を語る。ただし、彼の「bottom」が伝統的なヒップホップにおける貧困やストリートの物語と同じ意味ではない点は、しばしば議論されてきた。Drakeの出自は、従来のギャングスタ・ラップ的な苦難とは異なる。しかし重要なのは、彼が自分なりの疎外感や軽視されてきた経験を、成功の物語へ変換している点である。
「Started from the Bottom」は、Drakeのブランドを象徴する楽曲である。シンプルなフレーズ、仲間との共有、成功の宣言、そしてどこか冷たいミニマリズム。2010年代のヒップホップ・アンセムとして非常に重要な曲である。
4. Wu-Tang Forever
「Wu-Tang Forever」は、タイトルからWu-Tang Clanへの明確な言及を持つ曲である。しかし、内容はクラシックなニューヨーク・ラップへの直接的なオマージュというより、Drakeらしい恋愛と自己意識の曲になっている。このズレが興味深い。タイトルはハードコア・ヒップホップの歴史を呼び起こすが、サウンドと歌詞はむしろ暗く親密なR&Bラップである。
音楽的には、サンプルを用いた暗いビートが中心で、全体に夜の密室のような空気がある。ドラムは抑えられ、Drakeの声は近く、曲は派手に展開しない。Wu-Tangという名前が持つ荒々しさとは対照的に、楽曲は非常に内向きである。
歌詞では、女性関係、距離、欲望、未練が描かれる。Drakeは相手との関係を支配しようとしながらも、自分自身が感情に捕らわれている。ここには、彼の恋愛曲に頻繁に見られる曖昧さがある。優しさと所有欲、未練と冷たさ、親密さと自己中心性が混ざっている。
「Wu-Tang Forever」は、Drakeがヒップホップの伝統を参照しながらも、それを自分の感情的な文法へ変換する力を示している。タイトルと内容のズレは、彼が古典的なラップの枠に収まりきらない存在であることを示す。
5. Own It
「Own It」は、「自分のものにしろ」「受け入れろ」という意味を持つタイトルの通り、恋愛関係の中での所有、欲望、自己肯定を扱った楽曲である。『Nothing Was the Same』の中でもR&B色が強く、Drakeの歌う側面が前面に出ている。
音楽的には、柔らかいシンセとスロウなビートが中心で、夜の空気を感じさせる。Drakeのヴォーカルは抑制されており、ラップよりもメロディの流れが重要になる。プロダクションは空間が広く、声の余韻が曲のムードを作る。
歌詞では、相手に対して関係や感情を認めるよう促すような言葉が並ぶ。しかし、そこにはロマンティックな優しさだけでなく、相手を自分の世界へ引き込もうとする所有的なニュアンスもある。Drakeの恋愛表現は、しばしばこの曖昧さを持つ。愛情と支配が近い距離にある。
「Own It」は、本作のR&B的な流れを支える曲であり、Drakeがラッパーであると同時に、感情のニュアンスを歌で表現するアーティストであることを示している。
6. Worst Behavior
「Worst Behavior」は、本作の中でも特に攻撃的で、反発心の強い楽曲である。タイトルは「最悪の振る舞い」を意味し、Drakeが過去に自分を軽視した人々に対して怒りをぶつける曲である。彼の音楽における「見返してやる」という感情が、ここでは非常に直接的に表れている。
音楽的には、ビートは重く、ミニマルで、不穏な緊張を持つ。Drakeのラップは強く、フロウも挑発的である。普段の内省的なトーンとは異なり、この曲では怒りと誇示が中心になる。フレーズの反復も印象的で、ライヴでの強度を意識した構成になっている。
歌詞では、自分を疑った人々、成功を認めなかった人々、過去の軽視が繰り返し想起される。Drakeはすでに成功しているが、その成功によって過去の傷が消えたわけではない。むしろ、成功したからこそ、その傷を何度も確認し、勝利の証拠として提示する。
「Worst Behavior」は、Drakeの自己防衛的な攻撃性を象徴する曲である。彼は単に余裕のある勝者ではなく、いまだに過去の侮辱を燃料にしている。その執念が曲の強さになっている。
7. From Time feat. Jhené Aiko
「From Time」は、Jhené Aikoを迎えた内省的なR&Bラップであり、本作の中でも特に繊細な楽曲である。タイトルは「時間から」「時間を経て」といった曖昧な響きを持ち、過去、記憶、家族、恋愛、成長がテーマとして重なる。
音楽的には、ピアノを基調とした静かなトラックで、Jhené Aikoの柔らかい声が曲に深い余白を与えている。Drakeのラップは抑制され、普段よりも率直に自分の内面を語る。ビートは控えめで、声と言葉が中心になる。
歌詞では、Drakeが過去の恋愛や家族関係、自分の感情の未熟さを振り返る。特に母親との関係や、女性との向き合い方に関する言及は、彼の自己分析的な側面を強く示している。ここでのDrakeは、自分の成功を誇るのではなく、自分がどのように人を傷つけ、また傷ついてきたかを見つめている。
「From Time」は、『Nothing Was the Same』における感情的な中心のひとつである。Jhené Aikoの存在によって、曲は独白ではなく対話のように響く。Drakeの弱さと自己理解が最も自然に表れた名曲である。
8. Hold On, We’re Going Home feat. Majid Jordan
「Hold On, We’re Going Home」は、Drakeのポップ・スターとしての才能を最も明確に示す楽曲である。ラップ曲ではなく、ほぼ完全なR&B/シンセ・ポップ曲であり、80年代的な滑らかなサウンドと現代的なミニマリズムが融合している。Majid Jordanの参加も、後のOVO Sound的な音楽性を象徴する。
音楽的には、シンセ・ベース、柔らかいドラム、滑らかなメロディが中心で、非常に洗練されている。Drakeの歌唱は技巧的に派手ではないが、抑えた声が曲のムードに合っている。フックは非常に強く、ポップ・ソングとしての完成度が高い。
歌詞では、相手を家へ連れて帰る、あるいは安心できる場所へ向かうという親密なイメージが描かれる。ここでの「home」は、単なる場所ではなく、感情的な帰属や安全を意味する。しかしDrakeの声には、完全な安心よりも、夜の不安定なロマンスの空気がある。
「Hold On, We’re Going Home」は、Drakeがヒップホップの枠を越えて、世界的なポップ・アーティストとして機能することを証明した楽曲である。本作の中でも最も普遍的で、長く聴かれる曲のひとつである。
9. Connect
「Connect」は、人と人がつながること、あるいはつながれないことをテーマにした楽曲である。Drakeの恋愛曲では、連絡、電話、メッセージ、距離、タイミングがしばしば重要な要素になる。この曲も、現代的なコミュニケーションの不安定さを描いている。
音楽的には、暗く沈んだトラックで、ビートはゆったりとしている。Drakeの声は近く、ラップと歌の中間を漂う。曲全体には、夜遅くに誰かへ連絡するような孤独な空気がある。
歌詞では、相手との関係が完全には成立せず、つながろうとしてもすれ違う感覚が描かれる。Drakeは相手を求めているが、その求め方は必ずしも誠実ではない。自分の都合で近づき、また離れる。現代的な恋愛の曖昧さと、彼自身の自己中心性が同時に表れている。
「Connect」は、本作の中では派手な曲ではないが、Drakeの恋愛観を理解するうえで重要である。接続が簡単になった時代に、感情的な接続はむしろ難しくなる。その矛盾が曲に表れている。
10. The Language
「The Language」は、Drakeのラッパーとしての自信と、周囲への警戒心が前面に出た楽曲である。タイトルは「言語」を意味するが、ここでは単なる言葉ではなく、成功者同士のコード、ラップ・ゲーム内の話法、権力を持つ者の振る舞いを指しているように響く。
音楽的には、ミニマルで冷たいビートが中心で、Drakeのラップが淡々と前へ出る。派手な展開は少ないが、フロウの余裕と反復によって曲は強い中毒性を持つ。Drakeはここで、怒鳴るのではなく、低い温度で支配力を示している。
歌詞では、業界内の競争、女性関係、自分の地位、相手への不信が描かれる。Drakeは自分の成功を当然のものとして扱いながら、同時に周囲の視線を警戒している。彼にとって成功は安心ではなく、さらに複雑な駆け引きの始まりである。
「The Language」は、本作のクールで支配的な側面を担う曲である。Drakeのラップは感情的である一方、こうした冷たい権力の言葉も持っている。
11. 305 to My City feat. Detail
「305 to My City」は、マイアミの市外局番「305」をタイトルに含む曲であり、都市、ナイトライフ、女性、移動、成功の感覚が描かれる。Drakeにとって都市名や地域コードは、単なる地理ではなく、ライフスタイルや関係性を示す記号として機能する。
音楽的には、暗くスロウなトラックで、Detailのヴォーカルがムードを作る。ビートは重く、夜のクラブや車内を思わせる。Drakeのラップは大きく感情を爆発させるのではなく、冷静に状況を描く。
歌詞では、都市を移動する生活、女性との関係、成功によって変化した人間関係が描かれる。ここでの都市は、自由の場所であると同時に、孤独や消費の場所でもある。Drakeの世界では、移動と成功が増えるほど、安定した関係は難しくなる。
「305 to My City」は、本作の都市的な夜の感覚を支える曲である。派手な代表曲ではないが、アルバム全体の冷たいラグジュアリー感を強めている。
12. Too Much feat. Sampha
「Too Much」は、本作の中でも最も深い内省を持つ楽曲のひとつであり、Samphaの声が非常に重要な役割を果たしている。タイトルは「多すぎる」という意味で、成功、感情、家族の問題、プレッシャー、記憶が過剰に積み重なる感覚を示している。
音楽的には、Samphaの繊細なヴォーカル・サンプル/フックを中心に、静かで緊張感のあるトラックが構成されている。ビートは控えめで、Drakeの言葉がはっきりと前に出る。曲全体に、夜明け前のような重い静けさがある。
歌詞では、Drakeが家族、特に母親や親族との関係、自分の成功が周囲へ与える影響を語る。彼は成功しているが、その成功が家族の問題をすべて解決するわけではない。むしろ、距離や沈黙、心配、期待が増えている。ここでのDrakeは、自己誇示よりも罪悪感と責任を強く抱えている。
「Too Much」は、『Nothing Was the Same』の感情的な頂点のひとつである。Samphaの声が持つ脆さと、Drakeの率直なラップが結びつき、成功後の孤独と家族への思いを深く表現している。
13. Pound Cake / Paris Morton Music 2 feat. Jay-Z
「Pound Cake / Paris Morton Music 2」は、アルバム終盤の重要な長尺曲であり、Drakeのラップ・キャリアにおける自己定義と、ヒップホップの世代的な継承を示す楽曲である。Jay-Zを迎えることで、Drakeは自分をラップ界の成功者の系譜に位置づけている。
前半の「Pound Cake」は、サンプルを用いた重厚なビートの上で、成功、金銭、業界、信頼、ラップの地位が語られる。Jay-Zのヴァースは、ベテラン成功者としての視点を加え、Drakeとの対比を生む。二人とも成功について語るが、Jay-Zには長年の支配者としての余裕があり、Drakeには新世代の王者としての緊張がある。
後半の「Paris Morton Music 2」では、より内省的でメロディアスなムードへ移行する。Drakeは自分の過去、女性関係、成功の意味を振り返る。タイトルにあるParis Mortonは、Drakeの音楽世界で象徴的な名前として機能し、彼の個人的な記憶や恋愛の物語と結びついている。
この曲は、本作の総括として非常に重要である。ラップ・ゲームの頂点へ向かう野心と、個人的な記憶への執着が一曲の中で結びついている。Drakeの音楽におけるパブリックな成功とプライベートな感情の二重性が、ここに凝縮されている。
14. Come Thru
「Come Thru」は、デラックス版に収録された楽曲でありながら、『Nothing Was the Same』期のDrakeのR&B的な魅力をよく示す曲である。タイトルは「来てくれ」「立ち寄ってくれ」という意味で、夜の連絡、親密さ、未練、身体的な近さをテーマにしている。
音楽的には、柔らかくスロウなビートと、Drakeの歌うようなフロウが中心である。曲は大きく展開せず、一定のムードを保つ。これは、Drakeが得意とする深夜のR&Bラップの典型である。
歌詞では、相手に会いたいという気持ちが描かれるが、その感情は純粋な愛情だけではない。寂しさ、欲望、過去の関係への執着、自分の都合で相手を呼び寄せたい感覚が混ざっている。Drakeの恋愛曲は、しばしばこの曖昧さによってリアルに響く。
「Come Thru」は、本作のメインストーリーを補完する曲であり、Drakeが作り上げた夜のR&B空間を象徴している。
15. All Me feat. 2 Chainz & Big Sean
「All Me」は、デラックス版に収録されたアンセム的な楽曲であり、2 ChainzとBig Seanを迎えたことで、アルバム本編よりも外向きで派手なヒップホップ色が強い。タイトルは「すべて自分の力」という意味を持ち、成功と自己肯定を前面に出している。
音楽的には、重いビートと反復的なフックが特徴で、クラブやライヴで映える構成になっている。2 ChainzとBig Seanのヴァースは、それぞれ異なるキャラクターで曲に勢いを加える。Drakeのヴァースも自信に満ちており、本編の内省的な空気とは異なる勝利宣言の側面が強い。
歌詞では、成功、金銭、女性、自分の地位が誇示される。ここではDrakeの不安や孤独は後退し、ラップ・スターとしての強気な姿勢が中心になる。ただし、『Nothing Was the Same』全体の文脈では、この自己誇示もまた、過去に軽視されたことへの反動として聴くことができる。
「All Me」は、本作の中ではボーナス的な位置づけながら、Drakeのヒップホップ・アンセム作家としての力を示す重要曲である。
総評
『Nothing Was the Same』は、Drakeのキャリアにおける最重要作のひとつであり、彼が2010年代ヒップホップ/R&Bの中心的存在であることを決定づけたアルバムである。『Take Care』で確立した感情的で暗いR&Bラップの世界を受け継ぎながら、本作ではより引き締まった構成とラッパーとしての強い自己主張が加わっている。Drakeはここで、内省的な歌い手であると同時に、競争的なラッパーであり、ポップ・スターであり、トロントを代表するブランドそのものでもある。
本作の最大の魅力は、勝利と不安が常に同時に存在している点にある。Drakeは成功を誇る。「Started from the Bottom」「Worst Behavior」「The Language」「All Me」では、自分を疑った人々に対して明確な勝利宣言を行う。しかし、その一方で「From Time」「Too Much」「Furthest Thing」では、成功によって変化した家族関係、恋愛、自己認識の問題を語る。成功はゴールではなく、新たな孤独と警戒の始まりとして描かれる。
音楽的には、Noah “40” Shebibを中心としたプロダクションが非常に重要である。『Nothing Was the Same』の音は、空間が広く、低音が深く、シンセは曇り、ドラムは重い。これは、従来のヒップホップの力強い前景性とは異なる。音はしばしば後ろへ引き、Drakeの声と感情の余白を作る。この音響設計によって、彼のラップと歌は非常に近い距離で響く。
Drakeの歌詞は、自己中心的でありながら自己分析的である。彼は相手を傷つける側にもなり、傷つけられる側にもなる。女性関係においては、しばしば支配的で矛盾した態度を取るが、その矛盾を隠さずに音楽へ変える。家族や友人に対しては、愛情と罪悪感が混ざる。業界に対しては、不信と野心が同居する。この複雑な自己像が、彼を単なる成功者のラッパーではなく、時代の感情を代表する存在にしている。
『Nothing Was the Same』は、Drakeのラップ作品としても重要である。「Tuscan Leather」は、彼がフックに頼らず長いラップでアルバムを始める大胆な曲であり、「Pound Cake / Paris Morton Music 2」ではJay-Zと並ぶことで、自分をヒップホップの系譜に位置づけている。Drakeはしばしば歌うラッパーとして語られるが、本作ではラップの技術、言葉の配置、フロウのコントロールも強く示している。
一方で、「Hold On, We’re Going Home」の存在は、本作の射程を大きく広げている。この曲は、ヒップホップ・アルバムの中に置かれたポップ/R&Bの名曲であり、Drakeがジャンルを越えた存在であることを示す。彼はラップの文脈に立ちながら、完全にポップ・チャートでも機能する楽曲を作ることができる。この柔軟性こそが、2010年代以降のDrakeの支配力の源である。
本作はまた、OVO的な美学の確立という点でも重要である。暗い音響、夜の都市、低い温度のR&B、感情の曖昧さ、トロント的な冷たさ。これらは後にPARTYNEXTDOOR、Majid Jordan、dvsnなどにもつながるサウンドの基盤となる。Drakeは単なるソロ・アーティストではなく、一つの音楽的都市イメージとレーベル的美学を作り上げた。
日本のリスナーにとって『Nothing Was the Same』は、Drakeの代表作として非常に聴く価値が高い。『Take Care』の方が感情の幅は広く、『Views』以降の作品の方がポップ・スターとしての規模は大きい。しかし、本作にはDrakeが最も集中していた時期の鋭さがある。ラップ、R&B、ポップ、内省、自己誇示のバランスが非常に高い水準で成立している。
総じて『Nothing Was the Same』は、Drakeが自分の成功を確認しながら、その成功によって何が変わってしまったのかを見つめたアルバムである。タイトル通り、何も以前と同じではない。友人、恋人、家族、街、音楽業界、自分自身。すべてが変化した後の場所から、Drakeは勝利と不安を同時に語る。この二重性こそが、本作を2010年代ヒップホップ/R&Bの重要作にしている。
おすすめアルバム
1. Take Care by Drake
2011年発表。Drakeの代表作のひとつであり、『Nothing Was the Same』の前提となる作品である。R&B的な内省、暗いプロダクション、恋愛と孤独のテーマが大きく展開されている。「Marvins Room」「Take Care」「Headlines」などを収録し、Drakeの感情的なラップ/R&Bスタイルを理解するために欠かせない。
2. So Far Gone by Drake
2009年発表のミックステープ。Drakeがメインストリームへ進出するきっかけとなった作品であり、ラップと歌を自然に行き来するスタイルの原点が確認できる。「Best I Ever Had」「Successful」などを収録し、『Nothing Was the Same』で完成される美学の初期形を聴くことができる。
3. House of Balloons by The Weeknd
2011年発表。トロント発の暗いオルタナティヴR&Bを象徴する作品であり、Drake周辺の音楽的空気を理解するうえで重要である。夜、欲望、孤独、ドラッグ、冷たいプロダクションが結びつき、『Nothing Was the Same』の暗いR&B的背景とも関連性が高い。
4. good kid, m.A.A.d city by Kendrick Lamar
2012年発表。Drakeと同時代にヒップホップの中心へ進んだKendrick Lamarの代表作であり、物語性、ラップ技術、都市の描写において非常に高い完成度を持つ。Drakeの内省的で都市的な成功者の視点と比較することで、2010年代ヒップホップの多様な方向性が見えてくる。
5. Channel Orange by Frank Ocean
2012年発表。R&B、ソウル、ポップ、ヒップホップ以降の感覚を融合し、2010年代の感情表現を大きく更新した作品である。Drakeとは異なる方法で、男性アーティストの脆さ、欲望、孤独を描いた重要作であり、『Nothing Was the Same』の時代的背景を理解するうえで関連性が高い。

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