1. 歌詞の概要
「A Question of Time」は、Depeche Modeが1986年にリリースしたアルバム『Black Celebration』に収録され、シングルとしても発表された楽曲である。歌詞は一見するとラブソングの形を取りながらも、その奥には「若さと純粋さの喪失」「社会の中での成長と汚染」といったテーマが潜んでいる。語り手は10代の少女を守りたいと願いながら、同時に社会や欲望の現実が彼女を取り巻いていくことに危惧を抱いている。
タイトルの「A Question of Time（時間の問題）」が示すのは、避けられない成長と変化、そして無垢さが奪われる瞬間が訪れるのは時間の問題に過ぎないという残酷な現実である。曲調はアグレッシブでリズミカルだが、そのエネルギーの背後には、社会の中での危うさと焦燥感が重ねられているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
1986年の『Black Celebration』は、Depeche Modeが初期のシンセポップから完全に脱却し、ダークでゴシック的な音楽性を確立したアルバムである。「A Question of Time」はその中でも特に力強いトラックで、ライブでの定番曲としても長く演奏され続けている。
この曲の歌詞を書いたのはマーティン・ゴアであるが、当時のインタビューで彼は「若い女の子があまりにも早く大人の世界に晒されてしまうことへの不安」を動機にしたと語っている。現代社会のスピードの速さや、欲望に満ちた人々の中で、若者がその無垢さを守るのは難しい。歌詞に描かれる「彼女を守る語り手」は、必ずしも恋人ではなく、保護者や兄のような存在としても解釈できる。
サウンド面では、アラン・ワイルダーのアレンジ能力が存分に発揮されている。メタリックな打撃音や機械的なリズムが織り込まれ、インダストリアルの影響が色濃い。攻撃的なシンセとダンサブルなビートは、まるで時間の流れに抗おうとする焦燥感そのものを体現している。
さらに、この楽曲には映画監督アントン・コービンによる初のDepeche Modeのミュージック・ビデオが制作され、以後バンドの映像的イメージを決定づける重要な役割を果たした。ビデオは荒野でバイクに乗る男と少女をモチーフにしており、歌詞のテーマを寓話的に視覚化している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（歌詞引用元：Depeche Mode – A Question of Time Lyrics | Genius）
It’s just a question of time
ただの時間の問題だ
Before they lay their hands on you
やがて奴らがお前に手を伸ばすだろう
And make you just like the rest
そしてお前も他の人間と同じにされてしまう
It’s just a question of time
それは時間の問題に過ぎない
Before they take hold of you
やがて彼らがお前を捕らえるだろう
And make you do what they want you to
そしてお前は望まぬことを強いられる
It’s just a question of time
結局は時間の問題なのだ
And it’s running out for you
そしてその時間はもう尽きかけている
ここで歌われる「they（彼ら）」とは、社会や大人の世界を象徴しているとも、欲望にかられた人間そのものとも解釈できる。少女を守ろうとする語り手の焦りと絶望感が、シンプルなフレーズの反復に込められている。
4. 歌詞の考察
「A Question of Time」は、若さと純粋さが社会の中で失われていく様を描いた寓話的な楽曲である。歌詞の語り手は一見すると保護的な存在だが、その眼差しが純粋に守る意志なのか、それとも自らの欲望を正当化するための言葉なのかは曖昧であり、そこに不気味さが漂っている。Depeche Modeは常に「表の意味」と「裏の意味」を併せ持つ歌詞を書いており、この曲もその二重性を色濃く示している。
「It’s just a question of time（ただの時間の問題だ）」というリフレインは、未来に対する諦念のようでもあり、警告のようでもある。この「時間」という概念は、Depeche Modeの作品にたびたび現れるテーマであり、人間の有限性や社会的腐敗の不可避性を象徴するものとして機能している。
サウンドもまた歌詞のテーマと緊密に結びついている。攻撃的で機械的なリズムは、止めようのない時間の流れを表現しており、少女が「彼ら」に捕らわれるまでのカウントダウンを思わせる。メロディの中に漂う緊張感は、聴く者に「保護と支配」「欲望と純粋さ」という対立を突きつける。
この曲はまた、バンドの成長を象徴している。初期の恋愛中心のポップソングから一線を画し、社会的で存在論的なテーマを扱いながらも、同時にポップな魅力を失わないという点で、後の『Violator』や『Songs of Faith and Devotion』に至るまでの重要な橋渡しとなった。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Stripped by Depeche Mode
同じアルバム収録曲。人間の本質を求める深遠なテーマを持ち、暗く美しい響きを放つ。 - Black Celebration by Depeche Mode
アルバムのタイトル曲。退廃的な時代を祝うという逆説的なテーマが強烈。 - Never Let Me Down Again by Depeche Mode
『Music for the Masses』（1987）の代表曲。依存と裏切りをテーマにしたダークなアンセム。 - Atmosphere by Joy Division
青春の喪失と孤独を象徴的に描いたポストパンクの名曲。 - Head Like a Hole by Nine Inch Nails
社会や権力への抵抗を叫ぶインダストリアル・アンセム。攻撃性と批評性の融合が共通する。
6. 「A Question of Time」が示すDepeche Modeの進化
「A Question of Time」は、Depeche Modeがシンセポップの軽やかさを脱ぎ捨て、社会性と哲学性を兼ね備えたアーティストへと成長したことを鮮やかに示す楽曲である。特に、少女の純粋さを守りたいという表層的な物語と、その裏に潜む不安や支配の構造が二重に描かれている点は、彼らの歌詞世界の複雑さを象徴している。
また、アントン・コービンのミュージック・ビデオによって、バンドのビジュアル・アイデンティティが確立され、以降の映像作品でも続く「ダークで寓話的な世界観」が確立されたことも大きな意味を持つ。
この曲はライブにおいても高い人気を誇り、観客がリズムに合わせて体を揺らす一体感は、歌詞の暗さと対照的に解放的ですらある。まさに「ダークさ」と「ポップさ」の融合が完成した瞬間であり、Depeche Modeの進化を示す決定的なマイルストーンとなったのである。
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