
発売日:1971年7月23日 ジャンル:Progressive Rock / Psychedelic Rock / Art Rock
概要
The Moody Bluesの7作目Every Good Boy Deserves Favourは、1960年代後半から続けてきたオーケストラ的なロック、サイケデリア、哲学的な歌詞をさらに整理し、バンド自身の演奏とスタジオ技術を密接に結びつけたアルバムである。前作A Question of Balanceではライブで再現しやすい簡潔な編成へ一度近づいたが、本作では再びMellotronや多重録音、効果音を積極的に使い、音の空間を大きく広げている。タイトルは五線譜の線上の音名を覚える英語圏の語呂合わせから取られており、音楽そのものを意識した作品名でもある。
制作時期のThe Moody Bluesは、Justin Hayward、John Lodge、Ray Thomas、Mike Pinder、Graeme Edgeという5人全員が作曲を行う体制を確立していた。そのため一人のソングライターが全体を支配するのではなく、フォーク、ハードロック、幻想的なポップ、電子音楽的な実験が曲ごとに入れ替わる。歌詞には人間社会、時間、自然、精神的な自由といったテーマが目立つが、難解な物語を作るより、短いイメージや問いかけとして提示することが多い。プログレッシブ・ロックが大規模化していく時代に、長大な組曲ではなく比較的短い曲の集合としてアルバム全体の流れを作った点も、この作品の特徴である。
全曲レビュー
1. 「Procession」
アルバムは通常の歌ではなく、音そのものの歴史をたどるような短い導入から始まる。人の声、打楽器、原始的なリズム、電子的な音が次々に現れ、文明や音楽が段階的に発展していくような構成になっている。明確なメロディを覚えさせる曲ではなく、The Moody Bluesがロックバンドでありながらスタジオを一つの楽器として扱っていたことを示す役割が大きい。最後にギターが前へ出ることで、実験的な音響から次曲の直接的なロックへ自然に接続する。
2. 「The Story in Your Eyes」
Justin Haywardによる力強いギターリフが中心で、アルバム中でも特にハードロック寄りの曲である。ヴァースではギターとベースが前へ進む推進力を作り、サビではコーラスが加わって音域が大きく開く。歌詞は個人的な関係を思わせながら、社会の混乱や未来への不安にも視線を広げており、相手の目の中に世界の状況まで読み取ろうとするような広がりがある。複雑な構成に頼らず、強いリフとメロディだけでThe Moody Bluesのスケール感を示した代表曲の一つである。
3. 「Our Guessing Game」
Ray Thomasによる曲で、前曲の硬いギターから離れ、柔らかな旋律と軽いリズムへ切り替わる。人生や人間関係を完全には理解できず、結局は推測しながら進むしかないという感覚を、深刻になりすぎない歌い方で扱っている。木管楽器を思わせる音色や穏やかなコーラスが加わることで、Thomasらしい牧歌的な雰囲気が生まれる。哲学的な題材を大げさな宣言へせず、親しみやすいポップソングの中へ収めるところに魅力がある。
4. 「Emily’s Song」
John Lodgeが娘に向けて書いた曲で、親から子へ語りかける視点がアルバムの中でも特に個人的である。アコースティックな響きと穏やかなコーラスを中心に、成長する子どもを見守る喜びと、時間が進んでいくことへの寂しさを同時に描く。演奏は派手に盛り上げず、ベースやギターも旋律の周囲を柔らかく支える。宇宙や文明のような大きな主題を扱う曲が多いThe Moody Bluesにあって、家庭という小さな単位から時間を考える点が印象的である。
5. 「After You Came」
Graeme Edgeが作曲に関わった曲で、複数メンバーがボーカルを受け渡しながら進む。ギターは比較的荒く、リズムも強いため、アルバム前半の穏やかな曲から再びロックへ重心を戻す役割を持つ。誰かとの出会いによって自分の世界が変化した感覚を扱い、歌い手が交代することで一人の告白というより複数の視点が重なって聞こえる。The Moody Bluesがコーラスだけでなく、声そのものの配置をアレンジとして使っていたことがよく分かる曲だ。
6. 「One More Time to Live」
John Lodgeによる壮大な曲で、人類の歴史や文明を広い視点から見つめる。歌詞では「desolation」「creation」といった大きな言葉を繰り返しながら、破壊と再生の循環を考える構成になっている。ベースとドラムが重く進み、Mellotronやコーラスが加わることで、個人的な感情より集団的なスケールが強調される。短いポップソングが続いてきた流れの中で、アルバムの思想的な中心を担う曲であり、プログレッシブ・ロックらしい大きな視野を最も明確に示している。
7. 「Nice to Be Here」
Ray Thomasらしいユーモアと自然への親しみが前に出る軽快な曲である。小さな生き物や身近な風景を思わせるイメージを使い、前曲の文明論的な重さを一気に和らげる。演奏も木管楽器的な音色や跳ねるリズムを取り入れ、童話のような感触を作る。The Moody Bluesのアルバムにはしばしばこうした牧歌的な曲が置かれるが、ここでは作品全体が抽象的な哲学だけに偏るのを防ぎ、自然の中にいることそのものを肯定する役割を果たしている。
8. 「You Can Never Go Home」
Justin Haywardによる曲で、帰ることのできない過去という題材を、穏やかな導入から大きく広がる後半へ発展させる。懐かしい場所や時間を思い出しても、それをそのまま取り戻すことはできないという感覚が歌われ、アルバム後半に強い余韻を残す。Mellotronとコーラスは音を厚くするだけでなく、記憶が遠く霞んでいくような距離感を作っている。個人的な郷愁を普遍的な時間の問題へ広げる、Haywardの作曲の強みがよく現れた一曲である。
9. 「My Song」
Mike Pinderによる終曲で、ピアノやMellotron、電子的な音響を使いながら長い時間をかけて展開する。歌詞では自己、音楽、宇宙的なつながりが重なり、個人の内面からアルバム全体を包む大きな視点へ広がっていく。途中では音の層が増減し、通常のヴァースとサビだけでは説明できない構成になるが、技巧を誇示するより瞑想的な流れを作ることが目的に聞こえる。「Procession」で音の誕生から始まった作品を、最後は音楽そのものを精神的な場所として捉える曲で閉じている。
総評
Every Good Boy Deserves Favourは、The Moody Bluesが得意としてきた複数の要素を、一枚の中で無理なく共存させたアルバムである。Haywardの力強いギター・ロック、Thomasの牧歌的な曲、Lodgeの大きなテーマを扱う作曲、PinderのMellotron中心の音響、Edgeの実験的な発想が、それぞれ別方向を向きながらバンドのコーラスによって一つにまとまっている。全員が同じ曲調を目指すのではなく、異なる個性を順番に出すこと自体がThe Moody Bluesのアルバム構成になっている。
音楽的には、当時のプログレッシブ・ロックの中でも比較的コンパクトである。YesやEmerson, Lake & Palmerのように長い演奏や技巧的な展開を前面へ出すのではなく、The Moody Bluesは3〜5分程度の歌を中心にしながら、Mellotronや録音技術で曲同士を大きな世界へつなげる。だから演奏の複雑さより、メロディと音色の組み合わせが重要になる。「The Story in Your Eyes」のような直接的なロックと、「My Song」のような広がりのある曲が同じバンドから自然に出てくるところに独自性がある。
歌詞には人生、時間、文明、自然といった大きな主題が多く、現代の感覚では抽象的に聞こえる部分もある。しかし「Emily’s Song」の家族、「You Can Never Go Home」の郷愁、「Nice to Be Here」の自然など、具体的な感情や風景へ着地する曲が間に置かれることで、アルバム全体が観念だけで進むことはない。この大小の視点の切り替えが、The Moody Bluesの哲学的な歌詞を比較的親しみやすくしている。
前作の簡潔さと、Days of Future Passed以降の豪華なスタジオ感覚の両方を持つという点で、本作は1970年代初頭のThe Moody Bluesをよく表している。革新的な技術を一つ提示する作品ではないが、ロック、ポップ、電子音響、クラシック的な広がりをすでに自分たちの語法として使いこなしている。プログレッシブ・ロックの大作主義とは少し違う場所で、短い歌の積み重ねからアルバム全体を一つの思索的な空間へ変えた作品である。
おすすめアルバム
A Question of Balance by The Moody Blues
前作で、複雑なスタジオ処理をやや抑え、ライブで再現しやすいバンドサウンドへ寄せている。そこからEvery Good Boy Deserves Favourで再び音響を広げた変化を比べると分かりやすい。
Seventh Sojourn by The Moody Blues
次作にあたり、より重いシンセサイザーと落ち着いた曲調が前へ出る。メンバー全員が作曲するスタイルを維持しながら、1970年代初頭のバンドがさらに成熟した方向を確認できる。
In Search of the Lost Chord by The Moody Blues
Mellotron、シタール、フルートなど多様な音色を使い、精神世界や宇宙への関心をサイケデリックなロックへ結びつけた1968年作。本作の哲学的な歌詞と音響的な広がりの基礎が見える。
Trespass by Genesis
フォーク的な静けさとMellotronの大きな響きを組み合わせた初期Genesisの作品。The Moody Bluesより曲は長いが、英国的な抒情性をプログレッシブ・ロックへ発展させる方法に共通点がある。
The Yes Album by Yes
同じ1971年に発表され、複雑な演奏と長い曲構成によってプログレッシブ・ロックを別方向へ押し広げた作品である。短い曲とメロディを重視するThe Moody Bluesと比較すると、同時代の英国ロックがどれほど多様だったかがよく分かる。

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