
発売日:1969年4月25日
ジャンル:プログレッシヴ・ロック、サイケデリック・ロック、アート・ロック、シンフォニック・ロック、ポップ・ロック、コンセプト・アルバム
概要
The Moody Bluesの4作目にあたる『On the Threshold of a Dream』は、1960年代末の英国ロックにおいて、サイケデリック・ロックからプログレッシヴ・ロックへと移行する流れを象徴する重要作である。1967年の『Days of Future Passed』で、ロック・バンドとオーケストラ的発想を結びつけ、1968年の『In Search of the Lost Chord』で、精神世界、東洋思想、サイケデリックな内面探索を深めたThe Moody Bluesは、本作でさらにコンセプチュアルな表現へ向かった。タイトルが示す通り、作品全体は「夢の入り口」に立つ人間の意識を描き、現実、幻想、記憶、愛、機械文明、精神の解放といったテーマを音楽的に展開している。
The Moody Bluesは、Justin Hayward、John Lodge、Mike Pinder、Ray Thomas、Graeme Edgeを中心とするバンドであり、1960年代後半の英国ロックの中でも独自の位置を占めていた。彼らはブルースやビート・グループの出発点から離れ、メロトロンを多用したオーケストラルな音響、詩的な歌詞、組曲的なアルバム構成、哲学的なテーマによって、後のプログレッシヴ・ロックの形成に大きな影響を与えた。King Crimson、Genesis、Yes、Emerson, Lake & Palmerのような1970年代プログレッシヴ・ロックの先駆として、The Moody Bluesの果たした役割は非常に大きい。
『On the Threshold of a Dream』は、The Moody Bluesのいわゆる「クラシック・セヴン」と呼ばれる1967年から1972年の代表的アルバム群の中でも、特に内省的で夢幻的な色合いが強い作品である。『Days of Future Passed』が一日の時間の流れを描いた作品であり、『In Search of the Lost Chord』が宇宙的・精神的な探求を扱った作品だとすれば、本作は人間の意識が眠り、夢、記憶、無意識へ入っていく過程を描いたアルバムといえる。
本作の冒頭は、日常的な朝の会話や機械的な声を思わせる断片から始まる。そこには、近代社会における人間の生活、情報、機械、合理性への皮肉が込められている。そこからアルバムは次第に夢の領域へ移動し、愛、自由、孤独、幻想、精神の深部へと進んでいく。終盤では「Have You Heard」「The Voyage」などによって、言葉を超えた音響的な旅へ到達する。この構成により、本作は単なる楽曲集ではなく、一つの意識の旅として機能している。
音楽的には、Mike Pinderのメロトロンが極めて重要な役割を果たしている。The Moody Bluesのサウンドを語る上で、メロトロンの存在は欠かせない。弦楽器や合唱を模したこの楽器は、実際のオーケストラとは異なる、少し揺らぎのある幻想的な音色を持つ。本作では、そのメロトロンが夢の空間、精神の広がり、荘厳な高揚を作り出している。これは、後のプログレッシヴ・ロックがメロトロンを重要な楽器として用いる流れにもつながる。
また、The Moody Bluesの魅力は、複雑な構成だけではなく、メロディの親しみやすさにもある。Justin Haywardの透明感ある歌声、John Lodgeの力強いベースとソングライティング、Ray Thomasの牧歌的で詩的な要素、Graeme Edgeの詩的ナレーション、Mike Pinderの音響設計が組み合わさり、哲学的な主題を扱いながらも、楽曲は過度に難解にならない。これはThe Moody Bluesが、プログレッシヴ・ロックの知的な側面と、ポップ・ソングとしての情緒性を同時に持っていたことを示している。
1969年という時代背景も重要である。ビートルズ以降のロックは、単なるシングル・ヒット中心の音楽から、アルバム単位で世界観を構築する表現へと移行していた。サイケデリック・ロックは、意識の拡張、夢、無意識、東洋思想、テクノロジーへの不安を扱い、ロックのテーマを大きく広げた。『On the Threshold of a Dream』は、まさにその変化の中で生まれた作品である。ここには、1960年代末の理想主義と不安、精神的探求と文明批判が同時に刻まれている。
本作は、The Moody Bluesの作品の中でも非常に高い完成度を持つ。後のプログレッシヴ・ロックのような長大な技巧的ソロや複雑な拍子変化を前面に出す作品ではないが、アルバム全体を一つの思想的・音響的体験として構成する点で、明らかにプログレッシヴな作品である。ポップ・ソング、詩、ナレーション、メロトロンによるシンフォニックな音響、サイケデリックなイメージが自然に結びついている。
全曲レビュー
1. In the Beginning
アルバムの冒頭を飾る「In the Beginning」は、通常の意味での歌ものではなく、作品全体の導入部として機能する音響的・演劇的なトラックである。会話の断片、機械的な声、ナレーション的な要素が組み合わされ、聴き手は日常的な現実から、夢と内面の領域へと導かれる。
タイトルの「In the Beginning」は、「はじめに」という意味を持ち、聖書的な響きも感じさせる。しかしここで提示される始まりは、宗教的な創世というより、人間の意識の旅の始まりである。目覚め、思考、機械、社会、情報が混ざり合う中で、アルバムは夢の入口へ向かっていく。
この曲における重要なテーマは、人間と機械の関係である。1960年代末は、コンピューター、宇宙開発、情報社会への期待と不安が高まっていた時代だった。The Moody Bluesはここで、機械的な声や冷たい合理性を導入することで、後に展開される夢や精神世界との対比を作っている。
「In the Beginning」は短い導入部ながら、本作のコンセプトを明確に示している。現実の世界から夢の世界へ、外部の情報から内面の探求へ、機械的な秩序から詩的な意識へ。アルバムはこの地点から始まる。
2. Lovely to See You
「Lovely to See You」は、Justin Haywardによる明るく親しみやすい楽曲であり、冒頭の実験的な導入から一気にポップな広がりを生む。タイトルは「あなたに会えてうれしい」というシンプルな挨拶の言葉であり、アルバムの中では聴き手を夢の世界へ迎え入れるような役割を持つ。
サウンドは軽快で、ギターとリズム隊が前向きな推進力を作る。The Moody Bluesの楽曲としては比較的ストレートなポップ・ロックであり、メロディも非常に明快である。しかし、背景にはメロトロンや厚いハーモニーが加わり、単なるフォーク・ロックやビート・ポップにとどまらない広がりを持っている。
歌詞は、出会い、歓迎、開かれた気持ちを描く。アルバム全体が夢や内面へ向かう旅であることを考えると、この曲は聴き手への招待状のようにも機能する。現実的な挨拶の言葉が、次第に精神的な旅の入口へ変わっていく。
「Lovely to See You」は、The Moody Bluesのポップ・センスを示す重要な楽曲である。哲学的なアルバムでありながら、こうした親しみやすいメロディを配置することで、作品は過度に抽象的にならず、聴き手を自然に引き込む。
3. Dear Diary
「Dear Diary」は、Ray Thomasによる楽曲であり、本作の中でも特に日常の退屈、孤独、疎外感を描いた曲である。タイトルは「親愛なる日記へ」という意味で、語り手が自分の内面を日記に向かって語る形式を取っている。これは、アルバムの夢と意識のテーマにおいて、非常に重要な視点を提供する。
サウンドは比較的穏やかで、少しユーモラスでありながら、どこか寂しさを含む。Ray Thomasの歌唱には、Justin Haywardの透明なロマンティシズムとは異なる、牧歌的で人間味のある味わいがある。彼の声によって、曲の主人公は非常に身近な人物として立ち上がる。
歌詞では、何も特別なことが起こらない日常、同じことの繰り返し、他者との距離、社会の中での小さな孤独が描かれる。サイケデリックや夢のテーマを扱うアルバムでありながら、この曲は非常に現実的である。夢の入口に立つ前に、人間は退屈な日常の中にいる。その事実をこの曲は示している。
「Dear Diary」は、The Moody Bluesの持つ詩的なユーモアと哀しみをよく表している。壮大な宇宙的テーマだけでなく、日々の生活にある小さな虚無を描ける点が、このバンドの幅広さである。
4. Send Me No Wine
「Send Me No Wine」は、John Lodgeによる楽曲であり、前曲の内省的なムードから少し軽快な方向へ進む。タイトルは「ワインを送らないでくれ」という意味で、一見すると個人的で小さな拒絶のように聞こえるが、歌詞全体には自分にとって本当に必要なものを見極めようとする感覚がある。
サウンドは明るく、ギターとコーラスが快活に響く。John Lodgeらしい力強いリズム感があり、アルバムの中でポップ・ロック的な活力を担っている。The Moody Bluesはシンフォニックで夢幻的なバンドとして語られることが多いが、彼らの楽曲にはしっかりとしたロック・バンドとしての骨格も存在する。
歌詞では、表面的な慰めや贈り物ではなく、より本質的な愛や理解を求める姿勢が感じられる。ワインは楽しみや酔いを象徴するが、それだけでは語り手の求めるものは満たされない。これは、1960年代末の精神的探求の文脈ともつながる。外的な快楽よりも、内面的な充足が問われている。
「Send Me No Wine」は、アルバムの中で重くなりすぎない軽快さを与える曲である。同時に、物質的な満足と精神的な欲求の違いを示す点で、本作のテーマにも自然に接続している。
5. To Share Our Love
「To Share Our Love」は、John Lodgeによる力強いロック色の濃い楽曲であり、本作の中でも特にエネルギッシュな瞬間を作っている。タイトルは「私たちの愛を分かち合うために」という意味で、愛を個人的な感情ではなく、共有される力として描く。
サウンドは、The Moody Bluesとしては比較的ハードで、リズムの押し出しが強い。ギターとベースが曲を前へ押し出し、コーラスも厚く、ライブ感のあるエネルギーがある。メロトロンによる幻想性だけではなく、バンドとしての躍動感が強く表れている。
歌詞では、愛を分かち合うこと、孤独を越えて他者と結びつくことが歌われる。本作全体では、夢や意識の内面探索が大きなテーマだが、この曲では内向きの精神世界だけでなく、他者との共有が重要視されている。夢は孤独なものではなく、愛によって他者とつながる場にもなり得る。
「To Share Our Love」は、アルバムにロック的な力強さを加える楽曲である。The Moody Bluesが繊細で詩的なバンドであると同時に、しっかりとしたバンド・アンサンブルを持っていたことを示している。
6. So Deep Within You
「So Deep Within You」は、Mike Pinderによる楽曲であり、アルバム中でも特に重く、催眠的なグルーヴを持つ。タイトルは「あなたの奥深くに」という意味で、内面、欲望、精神の深部へ向かう感覚が強く表れている。Pinderの楽曲らしく、音響的な密度と神秘性が際立つ。
サウンドは、反復的なリズムと濃厚なオルガン/メロトロン的な音色によって構成される。曲全体には、ブルース・ロック的な重みとサイケデリックな酩酊感がある。The Moody Bluesの中でも、より肉体的で、暗い質感を持つ楽曲である。
歌詞では、相手の内側へ深く入り込むような感覚が描かれる。これは恋愛的・官能的にも読めるが、同時に精神的な融合や意識の深部への接近としても解釈できる。本作の夢のテーマにおいて、「深く入る」という表現は重要である。意識は表面から奥へ、日常から無意識へ進んでいく。
「So Deep Within You」は、アルバムに重心を与える楽曲である。Haywardの透明なメロディやThomasの牧歌性とは異なり、Pinderの音楽はより暗く、密度が高く、神秘的である。この多様性がThe Moody Bluesの魅力を形作っている。
7. Never Comes the Day
「Never Comes the Day」は、Justin Haywardによる美しい楽曲であり、本作の中でも特にThe Moody Bluesらしいメロディアスな叙情性が表れている。タイトルは「その日は決して来ない」という意味で、期待、待望、失望、そして人間が真実に気づくことの難しさを示している。
サウンドは、静かな始まりから徐々に広がり、壮大なコーラスへと展開する。Haywardの声は透明で、少し憂いを帯びており、楽曲の持つ哲学的な悲しみを自然に伝える。メロトロンの響きは、曲にシンフォニックな広がりを与え、時間がゆっくりと開いていくような感覚を作る。
歌詞では、人々が愛や理解を待ち続けながら、実際には行動せず、その日は永遠に来ないというような認識が示される。これは単なる失恋の歌ではなく、人間社会全体への問いかけとしても読める。いつか変わる、いつか分かり合えると思いながら、その「いつか」は訪れない。だからこそ、今ここで愛や理解を選ぶ必要がある。
「Never Comes the Day」は、本作の精神的な中核の一つである。美しいメロディの中に、時間、希望、行動の問題が込められている。The Moody Bluesがポップな叙情性と哲学的なテーマを結びつける力を示す名曲である。
8. Lazy Day
「Lazy Day」は、Ray Thomasによる楽曲であり、アルバムの中で非常に英国的なユーモアと牧歌性を持つ一曲である。タイトルは「怠惰な日」「のんびりした日」を意味し、日曜日の午後のような穏やかで少し退屈な時間が描かれる。
サウンドは軽やかで、どこかミュージック・ホール的な味わいがある。Ray Thomasの歌唱は親しみやすく、日常の小さな場面を優しく描く。The Moody Bluesの壮大な精神世界とは異なる、英国中産階級的な生活感がここにはある。
歌詞では、食事、家族、日曜日、怠惰な時間といった日常的なモチーフが登場する。夢や宇宙を扱うアルバムの中で、こうした生活の細部が置かれていることは重要である。人間の夢は、日常から完全に切り離されたものではない。退屈な午後、家族の会話、食卓の風景もまた、意識の一部である。
「Lazy Day」は、アルバムにユーモアと温かさを加える楽曲である。The Moody Bluesの作品には、壮大な哲学だけでなく、こうした小さな日常への観察がある。それが作品を人間的なものにしている。
9. Are You Sitting Comfortably?
「Are You Sitting Comfortably?」は、Ray ThomasとJustin Haywardによる幻想的な楽曲であり、アルバムがいよいよ夢と物語の領域へ入っていくことを示す重要な曲である。タイトルは「楽に座っていますか?」という意味で、物語を語り始める前の語り手の言葉のように響く。
サウンドは柔らかく、アコースティックな質感とメロトロンの幻想的な響きが重なる。フルートの音色も印象的で、曲に牧歌的で神話的な雰囲気を与える。The Moody Bluesの中でも特に美しい夢幻的な楽曲の一つである。
歌詞では、アーサー王伝説や魔法使いマーリンを思わせるイメージが現れる。これは単なる童話趣味ではなく、夢の中で古い神話や物語が再び立ち上がる感覚を示している。人間の無意識には、個人的な記憶だけでなく、文化的な神話や集合的なイメージも潜んでいる。本作はここで、その領域へ踏み込む。
「Are You Sitting Comfortably?」は、聴き手を完全に夢の中へ招き入れる楽曲である。冒頭の「Lovely to See You」が現実からの招待だったとすれば、この曲は物語と無意識への招待である。アルバム後半の幻想性を決定づける重要曲である。
10. The Dream
「The Dream」は、Graeme Edgeによる詩的なナレーションであり、アルバムのコンセプトを明確に言葉として示す短いトラックである。The Moody Bluesのアルバムでは、Edgeの詩が重要な役割を果たすことが多く、本作でもその伝統が受け継がれている。
この曲では、夢というものが単なる睡眠中の幻想ではなく、人間の精神、希望、恐れ、真実への接近として扱われる。語りは劇的でありながら、どこか静かな余韻を持つ。音楽的には、次の「Have You Heard」へ橋渡しする役割を果たしている。
「The Dream」の重要性は、アルバムのテーマを抽象的に凝縮している点にある。夢は逃避ではない。むしろ、現実の表面では見えないものへ接近するための方法である。The Moody Bluesは夢を、精神的な真実への入口として扱っている。
この短い詩的トラックによって、アルバムは単なる楽曲の連続ではなく、一つの思想的な旅としての性格を強める。1960年代末のロックが詩やナレーションを積極的に取り込んでいたことを示す好例でもある。
11. Have You Heard, Pt. 1
「Have You Heard, Pt. 1」は、Mike Pinderによる楽曲であり、アルバム終盤の組曲的な流れの始まりを担う。タイトルは「聞いたことがあるか」という問いかけであり、単なる情報の確認ではなく、精神的な気づきへの呼びかけとして機能している。
サウンドは荘厳で、メロトロンの響きが大きな役割を果たす。Pinderの歌唱は落ち着いており、曲全体に賢者のような静かな重みを与える。ここでは、The Moody Bluesのサウンドが最もシンフォニックで瞑想的な方向へ向かっている。
歌詞では、人間が内側にある真実や、世界の深い響きに耳を傾けることが促される。聞くという行為は、単に音を受け取ることではなく、意識を開くことである。これは、本作の夢のテーマと強く結びつく。夢の入口を越えた先で、人は何を聞くのか。何に気づくのか。
「Have You Heard, Pt. 1」は、終盤の精神的な高揚への導入として非常に重要である。曲は短いが、次の「The Voyage」とともに、アルバムの最もプログレッシヴな部分を形成している。
12. The Voyage
「The Voyage」は、アルバム終盤の中心となるインストゥルメンタルであり、本作の中でも最もシンフォニックで幻想的な楽曲である。タイトルは「航海」を意味し、ここでは物理的な海の旅というより、精神の旅、夢の内部を進む旅として機能している。
音楽的には、Mike Pinderのメロトロンと鍵盤が大きな役割を果たし、クラシック音楽的な構成とロック的な音響が融合している。旋律は荘厳で、波のように広がり、聴き手を言葉のない領域へ導く。ここでThe Moody Bluesは、ポップ・ソングの形式を離れ、音そのものによって夢の風景を描く。
「The Voyage」では歌詞がないため、聴き手は音の動きに意識を委ねることになる。これはアルバムのコンセプト上、非常に重要である。夢の深部では、言葉は意味を失い、イメージと感覚だけが残る。この曲は、その状態を音楽として表現している。
後のプログレッシヴ・ロックにおける長大なインストゥルメンタルや組曲的展開の先駆としても、この曲は重要である。技巧的な複雑さよりも、音響的な旅の感覚を重視している点がThe Moody Bluesらしい。「The Voyage」は、本作の精神的なクライマックスである。
13. Have You Heard, Pt. 2
アルバムの最後を飾る「Have You Heard, Pt. 2」は、前の「The Voyage」を受けて再び歌へ戻る楽曲であり、本作の旅を締めくくる役割を担う。Pt. 1で提示された問いが、ここでより開かれた形で再提示される。
サウンドは、荘厳さと穏やかさを兼ね備えている。長い夢の航海を経た後、聴き手は再び人間の声へ戻ってくる。しかし、その声は冒頭の日常的な世界のものとは異なる。夢を通過した後の声であり、精神的な気づきを含んだ声である。
歌詞では、内面の真実や、心の奥にある響きに耳を傾けることが改めて促される。これは、アルバム全体の結論ともいえる。夢は単なる幻想ではなく、人間が自分自身や世界を深く理解するための入口である。聴くこと、感じること、内側へ向かうこと。それが本作の最終的なメッセージとして浮かび上がる。
「Have You Heard, Pt. 2」は、派手な結末ではなく、余韻を残す終わり方をする。The Moody Bluesはここで、答えを断定するのではなく、聴き手に問いを残す。夢の入口に立った者が、次にどこへ向かうのか。それは聴き手自身に委ねられる。
総評
『On the Threshold of a Dream』は、The Moody Bluesがサイケデリック・ロック、シンフォニック・ロック、初期プログレッシヴ・ロックを高い次元で融合させた重要作である。アルバム全体は、現実から夢へ、日常から無意識へ、機械文明から精神的な内面へと進む一つの旅として構成されている。これは、1960年代末のロックが単なる娯楽音楽から、思想や哲学、音響的な体験を含む総合芸術へ変化していったことを示す作品である。
本作の最大の特徴は、コンセプトの明確さと楽曲の親しみやすさが両立している点にある。プログレッシヴ・ロック的な作品でありながら、後の1970年代プログレのように技巧や複雑な構成を前面に出すわけではない。むしろ、ポップ・ソングとしてのメロディ、ハーモニー、短い楽曲の連なりによって、アルバム全体の大きな流れを作っている。これはThe Moody Bluesならではの方法である。
Mike Pinderのメロトロンは、本作の音響的な核である。メロトロンの幻想的な弦や合唱のような響きは、アルバム全体に夢の質感を与えている。実際のオーケストラとは異なる、少し不安定で揺らぎのある音色が、本作のテーマと非常によく合っている。メロトロンはここで、単なる装飾ではなく、夢と精神の空間を作る主要な楽器となっている。
Justin Haywardの楽曲は、透明なメロディとロマンティックな憂いを作品に与えている。「Lovely to See You」「Never Comes the Day」は、彼のソングライティングの強みを示す楽曲であり、アルバムのポップな魅力を支えている。John Lodgeは、より力強くロック的な楽曲で作品に推進力を与え、Ray Thomasは日常的なユーモアや牧歌的な幻想を加える。Graeme Edgeの詩は、作品に哲学的な枠組みを与え、Pinderは音響と終盤の精神的な高揚を担う。このように、メンバーそれぞれの個性が明確に機能している。
歌詞面では、夢、愛、孤独、退屈、精神的な目覚め、文明批判が繰り返し現れる。冒頭の「In the Beginning」では機械文明や情報社会の冷たさが提示され、「Dear Diary」や「Lazy Day」では日常の退屈が描かれる。一方で、「Never Comes the Day」や「Have You Heard」では、人間がより深い真実へ気づくことが求められる。つまり本作は、日常から逃れるための夢ではなく、日常を越えて人間の精神を見つめるための夢を描いている。
アルバム終盤の「Have You Heard」「The Voyage」「Have You Heard, Pt. 2」の流れは、本作のクライマックスである。ここでThe Moody Bluesは、通常のポップ・ソングの形式から離れ、音響的な旅へと進む。言葉は少なくなり、メロトロンと鍵盤が夢の深部を描く。この展開は、後のプログレッシヴ・ロックにおける組曲的なアルバム構成の先駆として評価できる。
日本のリスナーにとって『On the Threshold of a Dream』は、プログレッシヴ・ロックの入り口としても非常に聴きやすい作品である。King Crimsonのような緊張感や、Yesのような技巧的複雑さ、Pink Floydのような長大な音響空間とは異なり、The Moody Bluesはメロディの美しさと詩的なコンセプトを軸にしている。そのため、プログレッシヴ・ロックに慣れていないリスナーでも、アルバム全体の流れを自然に追うことができる。
一方で、本作には1960年代末特有の理想主義や詩的表現が強く刻まれているため、現代の耳にはやや素朴に感じられる部分もある。しかし、その素朴さは欠点ではなく、時代の精神を伝える重要な要素である。The Moody Bluesは、夢や精神世界を真剣に信じ、ロック・アルバムを通じて人間の意識を広げようとしていた。その姿勢こそが、本作の魅力である。
『On the Threshold of a Dream』は、夢の入口に立つアルバムである。現実の騒音から始まり、日常の退屈を通り、愛と孤独を見つめ、神話的な物語へ入り、最後には言葉を超えた精神の航海へ到達する。The Moody Bluesはこの作品で、ポップ・ソングの連なりを一つの意識の旅へ変えた。1960年代末の英国ロックが生んだ、詩的で幻想的なコンセプト・アルバムの名作である。
おすすめアルバム
1. Days of Future Passed by The Moody Blues
The Moody Bluesの代表作であり、ロックとオーケストラ的構成を融合させた画期的なアルバム。「Nights in White Satin」を収録し、一日の時間の流れをコンセプトとして描いている。『On the Threshold of a Dream』のシンフォニックな方向性を理解するための出発点となる作品である。
2. In Search of the Lost Chord by The Moody Blues
『On the Threshold of a Dream』の前作にあたり、精神世界、東洋思想、サイケデリックな内面探索をテーマにした作品である。メンバー自身による多彩な楽器演奏も特徴で、The Moody Bluesがサイケデリック・ロックからプログレッシヴな表現へ進む過程を理解できる。
3. To Our Children’s Children’s Children by The Moody Blues
1969年発表の次作。宇宙開発や人類の未来をテーマにした、より壮大で瞑想的な作品である。『On the Threshold of a Dream』の精神的・音響的な広がりをさらに宇宙的な方向へ拡張しており、The Moody Bluesのクラシック期を追う上で重要な一枚である。
4. In the Court of the Crimson King by King Crimson
1969年発表のプログレッシヴ・ロック史における決定的な作品。The Moody Bluesよりも暗く、緊張感が強く、実験性も高いが、メロトロンを用いたシンフォニックなロックという点で関連性がある。1969年にプログレッシヴ・ロックがどのように多様な形で成立していたかを理解するための重要作である。
5. A Saucerful of Secrets by Pink Floyd
1968年発表のPink Floyd初期作品。サイケデリック・ロックからより抽象的で音響的な表現へ向かう過程を示している。The Moody Bluesとは異なり、より実験的で不穏な質感を持つが、夢、宇宙、意識の拡張といった1960年代末のテーマを共有している。

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