1. 歌詞の概要
「My Instincts Are the Enemy（僕の本能は敵なんだ）」は、American Footballが2016年に17年ぶりに発表したセカンドアルバム『American Football (LP2)』に収録された楽曲であり、長い沈黙を破って帰還したバンドの新たな核心を示すような、痛みと自己省察に満ちた一曲である。
タイトルの通り、この曲は“自分自身の内側にある衝動や習性”を敵視し、それに支配されてしまうことの苦しさを描いている。衝動的に発した言葉や行動が、大切な人を遠ざけてしまう。理性では止めたくても止められない自分。その葛藤が、静かに、しかし確かにこの楽曲には刻み込まれている。
American Footballは、かつて“感じすぎること”の美しさを描いていたが、この曲では“感じてしまうこと”の恐ろしさと、それに伴う自己否定を中心に据えている。まさに「エモ」の成熟系とも言える内容だ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「My Instincts Are the Enemy」は、2000年代以降、時間を経て再評価されたAmerican Footballが、2016年に再結成し発表したアルバム『LP2』の冒頭を飾る楽曲である。デビュー作『LP1』で描かれたのは青春の過剰と未熟さだったが、『LP2』では、時間を経てなお解決されなかった感情――特に「自己の内面」との葛藤に深くフォーカスが当てられている。
Mike Kinsellaはこの時点ですでに父親となっており、歌詞のトーンにも大人としての「言い訳のできなさ」や「自己責任」が色濃くにじんでいる。つまりこの曲は、他者との関係における問題を、自分の外ではなく“内側”に見つけた大人の視点から生まれているのだ。
サウンド面でも、デビュー作に比べるとより洗練され、リバーブの深いクリーントーンや、複雑でありながら流れるようなリズムによって、感情の“渦”ではなく“淀み”が表現されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「My Instincts Are the Enemy」の印象的な歌詞の一部を英語と日本語で紹介する。
Oh, the muscle memory
ああ、染みついたこの癖のような反応It must take more than a little effort now
少しの努力じゃ、もうどうにもならないみたいだMy instincts are the enemy
僕の本能は、僕の敵なんだI know I’m not the one you think about when you’re older and wiser
年を取って、賢くなった君が思い出す相手は、きっと僕じゃない
出典: Genius Lyrics – My Instincts Are the Enemy by American Football
4. 歌詞の考察
この楽曲の最大の焦点は、「自分のせいで、すべてがうまくいかない」という自己嫌悪にある。それは悲壮感というよりも、どこか冷めた視点からの“自己観察”のように響いてくる。特に「muscle memory（筋肉の記憶）」という表現は、自分の行動がもはや“癖”になってしまっていて、それを意識的に止めるのが難しいことを表している。
「僕は、君が年を取って賢くなったときに思い出すような相手じゃない」というラインは、自分が“学ぶべき存在”ではなかったという諦念のようでもあり、同時に、かつての自分を過去の相手の中に残しておきたいという願いも感じさせる。
このように、歌詞全体を通して「どうしようもない自分」との距離感を探っている様子が見て取れる。そしてAmerican Footballは、その距離感そのものを美しく音に変換している。ギターのレイヤー、空間の広がり、そしてヴォーカルの無表情さ――それらがすべて、感情の冷却と内向きな視点を補強しているのだ。
これは、過ちを犯した人間が“懺悔”をする歌ではない。むしろ、過ちが繰り返されることを“もう受け入れてしまっている”ような静けさがある。それが逆に、この曲をより深く、痛ましくしている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Casimir Pulaski Day by Sufjan Stevens
喪失と信仰、自責の念を淡々と語る内省的な名曲。 - Self Esteem by The Offspring（意外な対比として）
衝動と自己否定の連鎖をパンク的に描いたアプローチ。 - We Looked Like Giants by Death Cab for Cutie
若さゆえの自己中心性とその後悔を回想するようなトーンが共通。 - I Need My Girl by The National
男性の不器用な愛情と、成熟した距離感を繊細に描いた楽曲。 - Let You Break by William Fitzsimmons
誰かを傷つけることを止められなかったという後悔を、温かなサウンドで包んだ静かな懺悔。
6. “大人のエモ”としてのAmerican Footballの再出発
「My Instincts Are the Enemy」は、American Footballというバンドの“再出発”を象徴する楽曲であり、彼らが単なるノスタルジーや自己模倣に陥ることなく、むしろ“時間を経てしまった者たちの感情”を誠実に描いていることの証明である。
この曲が放つのは、若さのような生々しさではない。むしろ、すでに過ぎてしまったことへの“諦めと共存”という、新しい感情の領域である。
それは「大人になったエモ」とも呼べるものであり、静かに沈殿した感情が、音楽という形でまた浮かび上がってくる。
聴いているうちに、自分の中にも「敵」となっている衝動や習性があることに気づくかもしれない。そして、それが止められないことも、完全に否定しきれないことも。
だからこそ、この曲はただの自省ではなく、共感と受容への入り口なのだ。
「My Instincts Are the Enemy」は、American Footballが過去と向き合いながら、新たな感情の輪郭を切り取った傑作である。
そしてそれは、リスナーにとってもまた、“自分自身の敵”とどう付き合っていくかを静かに問いかけてくる音楽なのだ。
コメント