I’d Like Your Hair Long by HUM（1995）楽曲解説

楽曲レビュー

2025.06.07

1. 歌詞の概要
2. 歌詞のバックグラウンド
3. 歌詞の抜粋と和訳
4. 歌詞の考察
5. この曲が好きな人におすすめの曲
6. “不器用な愛は、いつも自分の中だけで咲いてしまう”

1. 歌詞の概要

「I’d Like Your Hair Long（アイド・ライク・ユア・ヘア・ロング）」は、アメリカのオルタナティブ・ロック／スペース・ロック・バンド、HUM（ハム）が1995年に発表したサード・アルバム『You’d Prefer an Astronaut』の終盤に収録された楽曲であり、**皮肉と甘さ、理想と現実のギャップが激しく揺れ動く、HUM屈指の“風変わりなラブソング”**である。

一見、タイトルの「君の髪は長いほうがいいな」は、軽い恋愛の言葉に見えるかもしれない。しかしこの曲の語り口はあくまで無感情で淡々としており、その背後には、恋愛という幻想、関係の非対称性、自己投影の痛みといった、HUMらしい内省の陰が静かに横たわっている。

物語性はミニマルだが、そこにあるのは不器用な欲望、理解されない感情、そしてどこか“おかしみ”を含んだ自己否定。それらが、重厚なギターとゆるやかなリズムに包まれ、まるで宇宙の果てでつぶやかれる、滑稽で切ない独白として響いてくる。

2. 歌詞のバックグラウンド

『You’d Prefer an Astronaut』は、HUMの代表作であり、轟音ギターと宇宙的テーマ、詩的で断片的な歌詞を軸にした音楽性で評価された名盤である。「I’d Like Your Hair Long」は、そんな作品の終盤に位置し、アルバム全体に漂う孤独感や感情の断絶といったテーマに、ある種のユーモアとひねりを加えて提示する楽曲である。

バンドの中心人物マット・タルボット（Matt Talbott）は、この曲をあえて**“語るように”“無感情に”歌っており、その無機質さと甘いフレーズとのコントラストが、むしろ語り手の不安定な心理を際立たせている。その音像は、従来の恋愛ソングのように情熱を押し出すのではなく、“どうでもいいことに執着してしまう弱さ”や、“好きをうまく伝えられない不器用さ”**を象徴しているかのようだ。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「I’d Like Your Hair Long」の印象的な一節を抜粋し、英語と日本語訳を併記する（出典：Genius Lyrics）：

And I like your hair long
And I like your thighs soft
And I like your face bent over mine

「君の髪は長いほうがいい
君の太ももはやわらかいほうがいい
君の顔が僕の上にあるのが好きなんだ」

And I like the TV
And I like the way you breathe

「テレビも好きだし
君の息づかいも好き」

この一節は非常に生々しく、ある種のフェティッシュな美意識を含んでいるようにも感じられるが、同時に語り手の視点が徹底的に“自分中心”であり、相手の主体性がどこにもないことにも気づかされる。

つまりこれは、愛の告白というよりも、自分が欲しいもの、好きなものをただ列挙しているだけの独白であり、そこには相手との関係性はほとんど存在していない。それが、この曲を**純粋なラブソングではなく、不器用でこじれた“感情の暴露”**へと変えている。

4. 歌詞の考察

「I’d Like Your Hair Long」は、自分本位な欲望と、相手への理解の欠如を、そのまま“素直”に言葉にしてしまった楽曲である。そしてその素直さは、愛の正直さではなく、ある種の未成熟さや、寂しさの裏返しとしての告白として響いてくる。

この“正直さ”こそが、HUMというバンドのひとつの美徳であり、魅力である。「君の髪は長いほうがいい」と言ってしまうことの野暮ったさ、「テレビも好き」と言い出すような距離感の狂い。そういった**“恋愛におけるリアルな未熟さ”**が、轟音のギターとともに語られることで、ロマンチックでもロック的でもない、現実の感情が浮き彫りになるのだ。

また、こうした不器用な感情の描写を、感傷的な旋律や泣きのギターで包むことなく、むしろ鈍重なコード進行と厚いノイズで覆い隠すようなアレンジがなされている点も注目に値する。まるで語り手自身が、「感情を伝えることの怖さ」を音で隠そうとしているようにも思える。