
発売日:2017年10月6日
ジャンル:Indie Rock / Art Rock / Indie Pop
概要
Cry Cry Cryは、カナダ・モントリオールのWolf Paradeが2017年に発表した4作目のスタジオ・アルバムである。2010年のExpo 86後に活動を休止したバンドは2016年に再始動し、EPの発表とツアーを経て本作を制作した。Dan Boeckner、Spencer Krug、Dante DeCaro、Arlen Thompsonという編成で録音され、プロデュースにはJohn Goodmansonを迎えている。約7年ぶりのフル・アルバムだが、過去の音を慎重に再現する復帰作というより、休止期間中に各メンバーが別の活動で磨いた要素をWolf Paradeへ戻した作品である。
バンドの核となるのは、BoecknerとKrugという性格の異なる2人のソングライターだ。Boecknerは直線的なギターやシンセを使って大きなフックを作り、Krugはピアノやキーボード、予想しにくい旋律で曲を横方向へ広げる。本作ではこの違いを均一化せず、曲ごとの個性として利用している。荒いギター、アナログ感のあるシンセ、ピアノ、力強いドラムが同じ作品に入り、初期の切迫感を残しながら録音は以前より整理されている。
歌詞の背景には2010年代半ばの政治的・社会的な不安があり、権力、分断、過去への郷愁、破局の予感などが繰り返し現れる。ただし時事問題を直接解説するアルバムではない。崩れかけた社会を恋愛や個人の記憶と重ね、何かがおかしいと分かっているのに日常は続いていく、という感覚をロック・ソングへ変えている。活動休止から戻ったバンド自身の時間感覚とも重なり、過去を振り返りながら現在へ戻ってくる作品になった。
全曲レビュー
1. 「Lazarus Online」
復活したLazarusという題名が、長い休止から戻ったWolf Parade自身を連想させるオープニングである。ピアノとシンセ、ギターが徐々に重なり、最初から全力で鳴らすのではなく、バンドが再び動き出す過程のように音を広げていく。Krugの癖のある歌声も、旋律をきれいに整えるより言葉へ緊張を与える方向に働く。「オンライン」という現代的な言葉を聖書的な復活のイメージと並べることで、過去と現在が奇妙につながる。
2. 「You’re Dreaming」
鋭いギターと一定の速度で前へ押すドラムを中心に、Boecknerらしい直線的なロックへ切り替わる。タイトルの「君は夢を見ている」は優しい言葉ではなく、現実を見ようとしない人物を揺さぶるように響く。シンセがギターの隙間を埋めることで80年代ニュー・ウェイヴに近い硬さも加わる。複雑な展開よりサビの即効性を優先し、アルバム序盤に強い推進力を与える曲だ。
3. 「Valley Boy」
ピアノの動きとKrugの揺れるボーカルが中心となり、Leonard Cohenを念頭に置いた歌詞によって、芸術家の老いと死、名声をめぐる感覚へ視線を向ける。個人への単純な追悼ではなく、偉大な人物さえ時間から逃れられないという意識が曲に陰を落としている。演奏はその重さに沈み込まず、ピアノとリズム隊が絶えず動く。悲しみと妙な高揚が同時に存在するところにKrugの作曲らしさがある。
4. 「Incantation」
反復するリズムとシンセによって、タイトル通り「呪文」を唱えるような感覚を作る。ギターだけで押すWolf Paradeではなく、鍵盤の音色と声の反復を使って緊張を持続させるタイプの曲だ。歌詞も明快な物語へ収束するより、断片的なイメージが積み重なることで不穏さを強める。序盤の比較的分かりやすいロックから少し外れ、アルバムの奇妙な側面を前へ出している。
5. 「Flies on the Sun」
長めの演奏時間を使い、ギター、鍵盤、ドラムの層をじっくり重ねる前半の山場である。太陽という巨大なものと、その前では小さな存在でしかないハエを並べるタイトルからも、人間の自信や権力を相対化するような感覚が伝わる。演奏は一つのフックを反復するだけでなく、音量や楽器の位置を変えながら徐々に熱を上げる。Wolf Paradeのライブ・バンドとしての荒々しさを、長い構成の中で生かした曲だ。
6. 「Baby Blue」
アルバム中盤で一度力を抜き、比較的柔らかなメロディを前へ出す。タイトルには古いポップ・ソングのような親密さがあるが、歌詞には関係が安定して続くという確信より、相手との距離が変わっていく不安が残る。ギターや鍵盤も隙間を作り、激しい前曲の後だからこそボーカルの感情が近く感じられる。作品全体の政治的な不安から離れ、一対一の関係へ焦点を縮める役割も持つ。
7. 「Weaponized」
題名から連想される攻撃性を、硬いリズムと尖ったギターで直接サウンドへ置き換える。人や言葉、情報までが「武器化」されていくような現代社会の緊張を思わせるが、具体的な政治的説明を並べるのではなく、その状況に置かれた人間の苛立ちを優先する。Boecknerの声はメロディを保ちながらも切迫しており、ドラムが休まず前へ押す。後半を再び外向きのエネルギーへ戻す曲である。
8. 「Who Are Ya」
ピアノとシンセを含む忙しいアンサンブルの中で、「あなたは誰なのか」という単純な問いを繰り返し揺らしていく。ここでのアイデンティティは固定された答えではなく、他人からどう見られるか、どんな役割を演じるかによって変化するものとして聞こえる。Krugのボーカルも一つの感情に落ち着かず、演奏とともに上がったり沈んだりする。キャッチーさの中に居心地の悪さを残す、Wolf Paradeらしいポップ・ソングだ。
9. 「Am I an Alien Here」
タイトルの問いそのものが、周囲から切り離された感覚を端的に示している。ギターと鍵盤が広い空間を作り、その上でボーカルが自分の居場所を確かめようとするため、アルバムで繰り返される疎外感が個人的な言葉へ変わる。単純に「自分は異邦人だ」と断定せず、疑問形のまま残すことが重要だ。社会が変わったのか自分が変わったのか分からない、復帰作ならではの時間のずれとしても聞ける。
10. 「Artificial Life」
電子的な鍵盤とロック・バンドの演奏を重ね、人為的に作られた生活や現実への違和感を思わせる。Wolf Paradeはデジタル社会を単純に批判するのではなく、人間自身もその環境の一部になっているという落ち着かなさを音にする。シンセの冷たい響きに対してドラムは生々しく、機械と身体が同じ場所で動いているような対比がある。終盤に向けて、本作の現代社会への視線をもう一度強める一曲だ。
11. 「King of Piss and Paper」
刺激的なタイトルとともに、権威や権力を滑稽なものとして縮小して見せる。立派に見える支配者も、実際には脆い材料の上に立っているというイメージがあり、政治的な風刺として読むことができる。演奏は暗さだけに向かわず、ピアノやギターが忙しく動くことで奇妙な活気を生む。怒りを重苦しい抗議歌にするのではなく、皮肉と演劇性を使って表現するKrug側の個性が強く出ている。
12. 「No Regrets」
タイトルは後悔しないという断言だが、曲から聞こえるのは完全な確信というより、過去を抱えたまま前へ進もうとする意志である。アルバム終盤らしく演奏には広がりがあり、活動休止以前の時間と現在をつなぐような感触も持つ。復帰を美しい物語としてまとめず、失われた時間も間違いも消せないまま受け入れる姿勢が重要だ。「Cry Cry Cry」へ向けて、作品の視線を社会から再び個人へ戻していく。
13. 「Cry Cry Cry」
最後はアルバム・タイトル曲で締めくくられる。泣くという非常に直接的な行為を三度繰り返すタイトルに対し、曲は単純な悲嘆だけではなく、疲労や諦め、それでも続いていく時間を含んでいる。鍵盤とバンド演奏が感情を徐々に広げる一方、完全な解決や勝利を用意しない。社会も人間関係も簡単には修復できないという本作の認識を保ち、感情を外へ出すこと自体を最後の行為として残している。
総評
Cry Cry Cryが復帰作として優れているのは、Wolf Paradeの初期サウンドをそのまま再現することを目的にしていない点である。荒いギター、癖のあるシンセ、強いドラム、BoecknerとKrugという二つの声は変わらないが、アンサンブルには以前より整理された部分がある。各楽器を無秩序に衝突させるだけでなく、曲によってギターを前へ出すか、ピアノやシンセに空間を譲るかが明確になった。
最大の強みは、やはり2人のソングライターの違いである。Boecknerの曲には直線的なビートと大きなフックがあり、Krugの曲は旋律や言葉が予想外の方向へ曲がる。この差はアルバムの統一感を弱める可能性もあるが、Wolf Paradeではむしろ曲順の起伏を生む。「You’re Dreaming」の即効性と「Valley Boy」の演劇的な感触が同居できること自体が、このバンドの個性である。
歌詞には2017年という時代の緊張が濃く入り込んでいる。権力への不信、社会の分断、人工的な生活への違和感が現れる一方、それらは恋愛や孤独、老い、死といった個人的な問題から切り離されない。社会が不安定なら個人の生活もその影響を受けるし、逆に巨大な政治状況も一人の人間が感じる恐怖や疎外を通してしか経験できない。本作はその二つのスケールを頻繁に行き来している。
デビュー作Apologies to the Queen Maryのような、演奏が崩れそうなほどの切迫感を期待すると、本作は整いすぎて聞こえる部分もある。しかし7年間の空白をなかったことにせず、メンバーが別々の活動で得たものを持ち帰った結果と考えれば、その成熟は自然である。過去へ戻るのではなく、変化した時代にWolf Paradeというバンドをもう一度置き直したことがCry Cry Cryの意味であり、復活そのものより「復活した後に何を鳴らすか」へ答えたアルバムである。
おすすめアルバム
Expo 86 by Wolf Parade
活動休止前の2010年作。ギターとキーボードがより荒々しくぶつかり、バンド全体の緊張感を前へ出しているため、7年後のCry Cry Cryで演奏がどう整理されたかを比較しやすい。
Apologies to the Queen Mary by Wolf Parade
2005年のデビュー作で、BoecknerとKrugという異なるソングライターが一つのバンドで衝突する面白さを最も生々しく記録している。本作まで続くWolf Paradeの基本形を知るための一枚だ。
Shut Up I Am Dreaming by Sunset Rubdown
Spencer Krugが率いたプロジェクトの2006年作。曲構成や言葉が予想外の方向へ動く彼の作家性が濃く、本作の「Valley Boy」などに聞かれる演劇的な側面をさらに深く追える。
Plague Park by Handsome Furs
Dan Boecknerによる別プロジェクトの作品で、硬いビート、簡潔なギター、孤独を帯びたメロディをミニマルに組み立てている。本作の直線的なロック曲につながるBoecknerの特徴が分かりやすい。
Funeral by Arcade Fire
同じ2000年代のモントリオール周辺から登場し、個人的な喪失と共同体の感覚を大きなインディー・ロックへ変えた作品。Wolf Paradeとは作曲法が異なるが、私的な不安を社会的なスケールまで広げる点で響き合う。

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