
発売日:1992年8月24日
ジャンル:オルタナティヴ・ロック/ルーツ・ロック/フォーク・ロック/アメリカーナ
概要
The Wallflowersは、ロサンゼルスで結成されたThe Wallflowersが1992年に発表したデビュー・アルバムである。後に1996年のBringing Down the Horseと「One Headlight」の大ヒットによって世界的な知名度を獲得する彼らだが、本作はその成功以前の、より土臭く、内省的で、アメリカン・ルーツ・ミュージックへの接近が濃い初期像を記録している。
中心人物はJakob Dylan。Bob Dylanの息子であるという事実は、デビュー当初から否応なく彼への注目を集めた。しかし本作を聴くと、父親のスタイルをそのまま継承しようとした作品ではないことが分かる。確かにフォーク、ブルース、アメリカーナ的な語彙は共有されているが、Jakob Dylanの歌唱はより低く抑制され、歌詞も60年代的なプロテスト・フォークではなく、1990年代初頭のオルタナティヴ・ロックとルーツ・ロックの中間にある。
当時のThe Wallflowersには、Jakob Dylanのほか、Tobi Miller、Barrie Maguire、Peter Yanowitz、Rami Jaffeeらが在籍していた。本作では後の大ヒット期よりもバンドとしての生々しいアンサンブルが前面に出ており、ギター、オルガン、ベース、ドラムが比較的乾いた音で配置される。
プロデュースにはPaul Foxが関わり、録音は過度に磨き上げられていない。そのため後年のBringing Down the Horseに見られるラジオ向けの大きなサビや整然としたオルタナティヴ・ロックとは異なり、本作にはクラブで演奏する若いルーツ・ロック・バンドの空気が残っている。
1992年という発売時期も重要である。
NirvanaのNevermind、Pearl JamのTen、R.E.M.のAutomatic for the Peopleなどによって、アメリカのロック・シーンは急速に変化していた。80年代的なハード・ロックの華美さが後退し、より内省的で、個人的で、時に陰鬱なオルタナティヴ・ロックが主流へ進出していた。
The Wallflowersはグランジではなかった。
しかし、華美なプロダクションを避け、低いテンションのヴォーカル、乾いたギター、孤独や停滞を描く歌詞を中心にした点では、90年代初頭の価値観と共鳴している。
同時に、Tom Petty and the Heartbreakers、The Band、Bruce Springsteen、Neil Young、初期R.E.M.などに通じるアメリカン・ロックの伝統も強い。
つまり本作は、70年代型ルーツ・ロックを90年代初頭のオルタナティヴ感覚で再配置したアルバムと捉えることができる。
歌詞には、失敗した人間関係、夜、金、孤独、自立、諦め、移動、若さの行き詰まりといったテーマが繰り返し現れる。Jakob Dylanはまだ若いソングライターだったが、早くも「感情を説明しすぎず、風景と人物の行動によって見せる」スタイルを持っていた。
その点で、本作は後のThe Wallflowersの原型がすでにかなり明確な一枚である。
全曲レビュー
1. Shy of the Moon
アルバムは「Shy of the Moon」で始まる。
タイトルは直訳しにくいが、月に届かない、あるいは月を避けるような、どこか欠落や距離を感じさせる表現である。
The Wallflowersの初期作品では、この「何かにあと少し届かない」という感覚が非常に重要だ。
成功。
恋愛。
自由。
安心。
それらがすぐ近くに見えるのに、完全には手に入らない。
音楽はミッドテンポのルーツ・ロックで、ギターとオルガンが曲の空気を作る。Rami Jaffeeの鍵盤は後のThe Wallflowersでも重要な要素になるが、本作でもバンドの音を単なるギター・ロックから少し広げている。
Jakob Dylanのヴォーカルは低く、感情を露骨に強調しない。
その抑制が、歌詞の距離感とよく合っている。
2. Sugarfoot
「Sugarfoot」は、より軽快でグルーヴのある楽曲である。
タイトルには愛称的な響きがあり、人物描写を中心にしたルーツ・ロックらしい語り口を持つ。
The Wallflowersの音楽は、初期から人物を説明しすぎない。
名前。
仕草。
移動。
周囲の風景。
そうした断片だけで人物像を立ち上げる。
音楽的にはギターのリフが前へ出るが、ハード・ロックほど重くはない。ベースとドラムの自然な揺れがあり、アメリカ南部のロックやブルースの影響も感じられる。
後年のThe Wallflowersよりも少し荒く、バンドの若さがそのまま聞こえる曲である。
3. Sidewalk Annie
タイトルの「Sidewalk Annie」は、歩道にいるAnnieという具体的な人物像を思わせる。
この曲では都市の風景と人物の孤独が重なる。
The Wallflowersはロサンゼルスのバンドだが、華やかなハリウッドのイメージより、道路、夜、路上、バー、移動といった周辺的な空間を歌うことが多い。
「Sidewalk Annie」もその典型である。
人物がどこから来たのか、なぜそこにいるのかを詳細には説明しない。
しかし「歩道」という場所だけで、その人物が社会の中心から少し外れている感覚が生まれる。
サウンドは比較的静かで、ヴォーカルとギターの間に余白がある。
Jakob Dylanの作詞における「孤独な人物を遠くから観察する」視点がよく表れている。
4. Hollywood
「Hollywood」は、The Wallflowersが拠点としていたロサンゼルスの象徴的な地名をタイトルにした楽曲。
しかし当然ながら、映画産業やスターの華やかさを無条件に賛美する内容ではない。
Hollywoodは夢の場所である。
同時に、夢が商品化され、失敗した人間が大量に残される場所でもある。
この二面性が曲の背景にある。
Jakob Dylanにとって、Hollywoodは抽象的な神話ではなく、実際の生活圏の一部だった。そのため視線には観光的な憧れより、距離と冷静さがある。
音楽はややブルージーで、ギターの乾いた響きが都市の虚無感と合う。
The Wallflowersの後年作品にも続く「アメリカの夢と、その裏側の疲労」というテーマの初期形として重要である。
5. Be Your Own Girl
「Be Your Own Girl」は、タイトル通り自立を促すような言葉を持つ。
ただし単純なエンパワーメント・ソングというより、誰かとの関係の中で自分自身を失わないようにするというニュアンスが強い。
相手の期待。
恋愛関係の役割。
社会的なイメージ。
それらに従うのではなく、自分自身でいること。
Jakob Dylanの歌詞は説教的ではなく、少し離れた場所から相手へ語りかける。
音楽は比較的キャッチーで、アルバムの中でもポップな側面が強い。
後の「One Headlight」や「The Difference」ほど巨大なサビではないが、The Wallflowersがすでにメロディー志向のバンドだったことが分かる。
6. Another One in the Dark
「Another One in the Dark」は、本作の中でも特に陰鬱なタイトルを持つ。
“in the dark”には、暗闇の中にいることと、状況を知らされていないことの両方の意味がある。
つまりこの曲では、物理的な暗さと心理的な疎外が重なる。
The Wallflowersの歌詞では、主人公が何かの中心人物になることは少ない。
多くの場合、出来事はすでに進んでいて、人物はその外側にいる。
知らない。
届かない。
遅れている。
その感覚が“another one”という言葉にもある。
自分だけが特別に苦しんでいるのではない。
同じように暗闇の中にいる人間が他にもいる。
音楽も抑制されており、アルバム中盤の内省性を深める。
7. Ashes to Ashes
タイトルは「灰は灰に」という、死や終焉を連想させる古い表現である。
David Bowieの同名曲とは異なる文脈だが、ここでも終わったものが元の状態へ戻るという感覚が重要になる。
関係。
夢。
若さ。
人間そのもの。
最終的には消えていく。
The Wallflowersはこのテーマを壮大な死生観としてではなく、個人の生活の中へ落とし込む。
音楽はルーツ・ロック的で、オルガンとギターが陰影を作る。
Jakob Dylanの声には若さがある一方、歌詞には妙に疲れた感覚がある。
この「若いのに老成している」印象は、本作全体の大きな特徴でもある。
8. After the Blackbird Sings
「After the Blackbird Sings」は、本作の中でも特に叙情的なタイトルを持つ。
Blackbirdは英米のフォークやロックで頻繁に使われる象徴であり、夜、自然、自由、死、歌そのものなど複数の意味を持つ。
ここでは「黒い鳥が歌った後」という時間設定が重要だ。
何かが起こった後。
歌が終わった後。
夜が変化した後。
人物がその余韻の中にいる。
The Wallflowersの歌詞は、事件の中心より「その後」を描くことが多い。
大きな感情が起こった後に残る静けさ。
その部分に彼らの美学がある。
サウンドも静かで、アルバムの中でもフォーク・ロック的な側面が強い。
9. Somebody Else’s Money
「Somebody Else’s Money」は、金銭と他者の生活を扱う曲である。
タイトルは「誰か他人の金」。
つまり、自分の力ではないものに依存して生きることや、他人の資源を消費することへの皮肉がある。
アメリカン・ロックでは、金は成功の象徴であると同時に、人間関係を壊すものとして頻繁に登場する。
The Wallflowersもその伝統を受け継ぐ。
しかし社会批判を大きく掲げるより、一人の人物の行動として見せる。
誰かの金で暮らす。
誰かの人生に便乗する。
その小さな行動から、依存や空虚さを浮かび上がらせる。
音楽は少し荒く、アルバム後半に再びロック的な推進力を加える。
10. Asleep at the Wheel
タイトルの“asleep at the wheel”は、文字通り「ハンドルを握ったまま眠っている」という意味であり、転じて責任を果たせず、状況を制御できていないことを表す。
The Wallflowersの世界観に非常によく合う表現である。
人生は進んでいる。
しかし運転している本人は目を覚ましていない。
そのため、どこへ向かっているのか分からない。
この曲では、自己管理の喪失、無気力、惰性といったテーマが感じられる。
1990年代初頭のオルタナティヴ・ロックには、80年代的な成功主義への反動として、停滞や無気力を描く作品が多かった。
The Wallflowersはグランジではないが、「何かを成し遂げたい」という強い意志より、「進んでいるのに目的がない」という感覚を共有している。
11. Honeybee
「Honeybee」は、タイトルだけ見ると甘く親密なラブソングを思わせる。
蜂蜜。
蜂。
恋人への愛称。
そうした伝統的なブルース/フォークの語彙を持つ。
音楽も比較的柔らかく、アルバム後半の中では温度が高い。
しかしThe Wallflowersの恋愛曲には、完全な幸福が少ない。
親密さの中にも距離があり、愛称の裏にも不安が残る。
「Honeybee」も、単純なロマンティック・ソングというより、親密さを求める人物の不安定さを含んでいる。
この少し苦い後味が、The Wallflowersらしさである。
12. For the Life of Me
アルバムを締めくくる「For the Life of Me」は、「どうしても分からない」「自分の人生をかけても理解できない」といった意味を持つ表現。
最後に置かれるタイトルとして非常に象徴的である。
このアルバムでは、人物は多くのことを完全には理解できない。
恋愛。
金。
都市。
自分自身。
未来。
それらについて答えを出すのではなく、分からない状態のまま進んでいく。
「For the Life of Me」は、その不確実さをそのまま受け入れるエンディングである。
音楽も大げさな締め方をせず、ルーツ・ロックの自然な流れの中で終わる。
デビュー作として「これが自分たちだ」と強く宣言するのではなく、「まだ分からない」という感覚を残す。
その未完成さが、本作の魅力でもある。
総評
The Wallflowersは、後のBringing Down the Horseほど洗練されておらず、ヒット曲の即効性も弱い。
しかしThe Wallflowersというバンドの本質を理解するうえでは非常に重要な作品である。
なぜなら、彼らが最初から「Bob Dylanの息子が率いるバンド」という話題性だけで成立していたのではなく、独自のルーツ・ロックと90年代的な内省性をすでに持っていたことが分かるからだ。
Jakob Dylanにとって、父親の存在は避けられない。
音楽史上最大級のソングライターの息子としてデビューすれば、どんな曲を書いても比較される。
フォークを歌えば父親に似ていると言われる。
ロックを歌えば父親から逃げていると言われる。
その状況の中でJakob Dylanが選んだのは、極端に個人的なスタイルでも、父親の伝統を露骨に拒絶する方法でもなかった。
彼はバンドを作った。
ここが重要である。
The Wallflowersは「Jakob Dylan名義のシンガーソングライター作品」ではない。
ギター。
オルガン。
ベース。
ドラム。
それらの相互作用によって曲を作るロック・バンドである。
特に本作ではその集団性が強い。
後年の作品ではJakob Dylanのソングライターとしての存在感がさらに大きくなるが、デビュー作では演奏そのものの粗さが前面に出る。
これがThe WallflowersをBob Dylanの系譜だけでなく、Tom Petty and the HeartbreakersやThe Band、初期R.E.M.、Lone Justiceなどのアメリカン・ロックへ接続している。
サウンド面では、1992年という時代の影響がある。
ギターは乾いている。
ドラムは過度に巨大ではない。
シンセサイザーによる華美な装飾も少ない。
この質感は、80年代後半のメインストリーム・ロックから距離を取る90年代初頭の美学と一致する。
しかしグランジのような強い歪みや怒りはない。
代わりに、疲労と停滞がある。
ここがThe Wallflowers独自の位置である。
彼らの主人公は、社会へ激しく反抗しない。
むしろ社会の端に立ち、何かが過ぎていくのを見る。
「Sidewalk Annie」。
「Another One in the Dark」。
「Asleep at the Wheel」。
こうしたタイトルだけでも、中心ではなく周辺にいる人物が多いことが分かる。
この視点は後の「One Headlight」にもつながる。
The Wallflowersの歌には、成功した人物より、何かを失った人物が多い。
それでも完全な絶望にはならない。
どこかへ行こうとする。
車に乗る。
道を歩く。
街を見る。
歌う。
その小さな移動が残る。
この「壊れているが、まだ進んでいる」という感覚が、The Wallflowersの作風の核である。
Jakob Dylanのヴォーカルも重要だ。
彼は派手に歌い上げない。
高音を武器にするタイプでもない。
低く、少し乾いた声で、言葉を抑えて置く。
そのため、感情は直接伝わるというより、聴き手の側がその裏側を読む必要がある。
この抑制は、後年の彼の歌唱でもほぼ一貫している。
また、歌詞にはアメリカ的な風景が多い。
道路。
街。
Hollywood。
金。
蜂。
鳥。
夜。
これらはアメリカン・ロックでは古典的なモチーフだ。
しかしJakob Dylanは、それを英雄的なロード・ソングにはしない。
移動しても答えは出ない。
街へ行っても成功するとは限らない。
金があっても幸福ではない。
この反英雄的な視点が、1990年代らしい。
本作が商業的に大きな成功を収めなかったことも、その後のバンドの歴史を考えるうえで重要である。
デビュー後、The Wallflowersはレーベル環境を変え、メンバー構成も変化し、数年後にBringing Down the Horseで大きな成功を得る。
その意味で本作は、完成された成功形ではなく「試行錯誤の記録」でもある。
しかし、後年の成功から逆算すると、すでに多くの要素が揃っていることが分かる。
低く抑えたJakob Dylanの声。
Rami Jaffeeのオルガン。
アメリカン・ルーツ志向。
孤独な人物。
道路と夜。
キャッチーだが明るすぎないメロディー。
それらがBringing Down the Horseでより整理され、巨大なラジオ・ロックへ変わる。
そのためデビュー作と2作目を比較すると、The Wallflowersが「別のバンドになった」というより、もともと持っていた要素をより明確にしたことが分かる。
歴史的には、本作は90年代のアメリカーナ再評価の前段階としても興味深い。
1990年代にはUncle Tupelo、Son Volt、Wilco、The Jayhawksなどが、カントリー、フォーク、ロックを再接続し、後にオルタナティヴ・カントリー/アメリカーナと呼ばれる流れを形成する。
The Wallflowersはそれらよりメインストリーム志向が強いが、ルーツ音楽とオルタナティヴ・ロックを結ぶという意味では同じ時代の空気を共有している。
特に本作では、後年よりアメリカーナ的な土臭さが強い。
それがこのアルバムの独自性である。
The Wallflowersは、代表曲を求めるリスナーにとって最初に選ばれる作品ではないかもしれない。
しかし、バンドの根本を理解するには非常に重要だ。
これは成功前のThe Wallflowers。
ラジオ向けに完成される前のThe Wallflowers。
まだ自分たちの居場所を探しているThe Wallflowers。
だからこそ、歌詞の人物たちとバンド自身の状況が重なって聞こえる。
「自分たちはどこへ行くのか。」
その答えはまだない。
しかし、このデビュー作の中には、後に大きく開花するソングライティングとアンサンブルの種がすでに存在している。
おすすめアルバム
1. The Wallflowers – Bringing Down the Horse(1996)
The Wallflowersの世界的ブレイクを決定づけた代表作。「One Headlight」「The Difference」「6th Avenue Heartache」などを収録し、デビュー作のルーツ・ロックと内省性を、より洗練されたオルタナティヴ・ロックへ発展させている。
2. Tom Petty and the Heartbreakers – Damn the Torpedoes(1979)
アメリカン・ルーツ、ロックンロール、ポップなフックを絶妙に融合した代表作。The Wallflowersの「バンドとしてのアメリカン・ロック」を理解するうえで重要な先行例である。
3. The Jayhawks – Hollywood Town Hall(1992)
本作と同じ1992年に発表されたオルタナティヴ・カントリー/アメリカーナの重要作。フォーク、カントリー、ロックを自然に融合し、90年代初頭のルーツ回帰を象徴している。The Wallflowersの土臭い側面との親和性が高い。
4. R.E.M. – Automatic for the People(1992)
同じ1992年に発表された、内省的なオルタナティヴ・ロックの名作。音楽的にはThe Wallflowersより静かでアート性が強いが、派手なロックより喪失、孤独、時間の経過を重視した点で時代的な共鳴がある。
5. The Band – The Band(1969)
アメリカのフォーク、カントリー、ブルース、R&Bを一つのロック・サウンドへ統合した歴史的作品。The Wallflowersのルーツ・ロック的なアンサンブル、物語性、オルガンを含む音響の重要な源流として位置づけられる。

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